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生命存略夢現  作者: 朝霞ちさめ
第一章 年々歳々/歳々年々
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02 - 二兎を追う者

 2016年12月30日午後3時42分。

 今年もたったの32時間ほどとなったこの時、僕は何をしていたかというと、もちろん帰宅する最中だった。報告会も終わったし。

 ちなみに郁也くんと一緒に途中まで帰ったので、いつもと比べれば大分寄り道気味になっている。大通りの国道の信号を渡るといよいよ寄り道どころの騒ぎでは無いので、そこで郁也くんとは『良いお年を!』と挨拶を告げ――といってもどうせ電話くらいはするだろうけど――、せっかくなのですぐ近くにある鯛焼き屋さんで鯛焼きを購入。

 今日の『あん』はカスタードクリームのものにしてみたんだけど、これはこれでなかなか美味しい。和風シュークリームみたいな感じだ。

(ずりぃ)

 洋輔にもお土産は買っておいたので安心して欲しい。

(よろしい)

 掌を返すのが早すぎると思う。

 閑話休題、そのまま大通り沿いに河川敷の方へと向かう。あと二つ先の信号を右折したらあとは道なりで僕と洋輔の家に到着……という移動中だった。

「佳苗。こんニちハ」

「……おや。珍しい。久しぶり、冬華。学校以来かな?」

 僕に対して冬華はそうね、と頷いた。

 流石に大通り、まばらとはいえ人通りはそれなりにあるので、まさか異世界言語で会話するわけにもいかないのだ。

 大分マシになってきているとはいえ、片言会話になるのもやむを得まい。

「一分。心配、記録は?」

「その当たりは追々、渡鶴とかもつかって説明するよ」

 僕の回答に満足してくれたらしい、冬華はうん、と大きく頷いた。

「ちなみに冬華はどうしたの、こんなところで」

「散歩」

「ふうん。あんまり心配させちゃダメだからね」

「佳苗。言う、筋合い、無し」

 それもそう。

 ちなみに散歩がてらに色々と買い食いをしているようで、その右手には袋に入った菓子パンが握られていた。ドーナツパン……美味しそうだな。あまり邪魔をするのも良くないし、それ以上に僕と冬華が会話していると言うだけで何かと疑われるのが僕達なので、詳しいことは後で別な方法をと思ったのだけど、

『少し急ぎの要件よ』

 と、深刻な表情を浮かべて冬華が伝えてきた。

 冬華のこういう表情は茶化すときにも使われるので、その類いかとも思ったのだけど、真偽判定的には真、つまり心の底から深刻だと考えている……?

『あなたたちがごく短時間、少なくともこの街に存在しなかったことに気付いた連中がいるって事は……その表情からして、知らなかったみたいね』

 頷く。

 頷くしか、ここはリアクションの取りようが無い。

 少なくとも色別に反応は無かったと思うんだけど……。

『佳苗にせよ洋輔にせよ、あなたたちは「色別」を過信してるところが有るわね。たしかにあれを使えば敵対と友好を一定の閾値で確認出来るけれど、裏を返せばその閾値を超えない程度の敵意や好意には意味が無いわ。そして私が言っている連中は、それに見事に当てはまる。ほどほどの敵意とほどほどの好意を持ち合わせているんだもの』

『中立ってこと?』

『中庸ってことよ』

 状況次第ではあなたたちの味方もするでしょう、けれどあなたたちと敵対だってするでしょう、そう言うと冬華は、食べていた菓子パンの袋を外すと、僕にはい、と渡してくる。

「それ。捨てる。頼む」

「……まあ、良いけどね」

 フ、としてからくしゃりと袋を握るようにすると、話は済んだとでも言わんばかりに冬華は既に立ち去りかけていた。

「冬華」

「何?」

「よいお年を」

「……何?」

 …………。

「お父さんにでも聞いてあげてよ」

 僕が投げ出すようにそう言うと、冬華は悪い笑みを浮かべて頷いた。

 それはとても決まった表情だった。

 ドーナツパンを食べながらと言う事を除けばだけど。

 こうして冬華とは別れつつ、いつも通り周囲に野良猫が居れば野良猫を愛でてようやく帰宅したのは、午後5時頃だった。

「ただいまー」

「おかえりなさい。思ったより遅かったわね」

「そうかな。そうかも。猫と遊んでたから」

「…………」

 相変わらずね、と白けた視線を向けてくるお母さんは一旦無視して洗面所へ、手洗いうがいを済ませてもう一度リビングへと向かうと、お父さんがソファでうつらうつらとしていた。空調を効かせているこの部屋は僕には少し暖すぎる。

 キッチンで晩ご飯の準備を既に始めているお母さんの邪魔にならないようにさくっと飲み物を確保して、っと。

「部屋で亀ちゃんと遊んでるね」

「ええ。出来たら呼ぶわ」

 というわけで自室に戻ると、亀ちゃんは洋輔の肩の上に乗っていた。

 もう少し正確に表現すると、亀ちゃんは洋輔の肩の上に乗り、洋輔の頭に手を付いて伸びをしていた。かわいい。

「いや重いし微妙に爪が刺さって痛えぞ。さっさとどかしてくれ」

「はいはい。亀ちゃん、こっちにおいでー」

 荷物は床に置けばゴーレムがちゃんと整理をしてくれるので任せてしまい、洋輔の頭に駆け上って思いっきりジャンプしてきた亀ちゃんをキャッチ。

「だから爪が刺さって痛え」

「そのくらいなら大丈夫だって判断されてるんじゃないの」

「上様さあ。もう少し俺にも優しくしてくれねえかな」

「にゃん」

「嫌だって」

「…………」

「冗談だよ。『考えとく』的な感じ」

「結局同じじゃねえかな――まあいいや。そんな不毛な話をしに来たんじゃあ無い」

「うん」

 洋輔がゲームを中断して僕の部屋に来たのは、冬華からの警告を受けた時点でだった。

 そして冬華から受け取った『菓子パンの袋』の中身に僕は錬金複写術を行使、その完成品は洋輔の感覚を介することで洋輔の手元に作り出したという次第である。

 尚、錬金複写術という錬金術の応用はソフィアが獲得していた特殊技能、神智術の概念を取り入れることで実現した錬金術によるコピーだ。但し、その名前に使われているのが『複写』にしているように、残念ながら完全な複製ではない。

 それでもこれまのような『重の奇石』を特異マテリアルとして使った時の効果である『完成品の二重化』をする必要が無くなったのは極めて大きい。

「……その辺色々曖昧だけどよ、具体的に何がどう変わって、出来る出来ないの違いは何なんだよ」

「説明するのは良いけど、脱線するよ?」

「俺も未だ考えを纏めてる最中だからな。とりあえずそっちの説明をしてくれ」

「細かいところを説明すると三時間くらいかかるけど良い?」

「俺は説明しろとは言ったが講義しろとは言っていない。雑な解説で良いんだよ雑で」

 ふむ。

「これまでは重の奇石の『完成品を二重』にするっていう特異マテリアルの効果を利用してたんだよ。『A』を錬金術で『一度消費して』、『A'1とA'2』の二つに作り直してた」

「ん」

「で、錬金複写術は『A』を基に、僕が別に指定したマテリアルに対して、『A』の情報を代入して消費することで『A'』にするって技術」

「つまりその場合は『A』が消費されねえってことか」

「そういうこと。その分精密性が薄れてるし、僕が理解できてないものとかだと結構間違ったりもするね」

 今回、冬華が『菓子パンの袋』を渡してきたのは、それはまあゴミを押しつけたという側面が無かったわけでも無いだろうけれど、その袋の中は『白黒(モノクロ)世界の文字』で書かれた手紙が入っていた。要するに冬華なりに偽装した封筒というわけだ。

 それに袋というのは、錬金術師ならば何かしら引っかかる物がある。

 器としてそこそこ使われる物だし。

「で、洋輔。錬金術の復習なんてしてないで、そっちの説明はそろそろできるかな?」

「ああ。冬華からの警告……俺たちが地球から消えてたことに気付いてた連中ってのは恐らく、アメリカだ」

「…………?」

 アメリカ?

「冬華の指摘は大雑把に二つ。ごく短時間とはいえ俺たちが地球上から消失したその場面を何かが観測していたらしいと言うこと。そして現在進行形でその観測者が監視を強くしていると言う事だ。その上で補足として、来栖冬華としての母親、つまりクロットさんとその周囲は動いていない事、そもそもこの監視体制に対してもまだ気付いていないだろうという事、今朝方に『英語で会話する日本人の二人組』を少なくとも三セット確認しているそうだ。会話の内容は他愛の無いものだったそうだが……」

 一つ一つの情報だけでは特定には到底及ばない。

 けれど全てをかみ合わせると、ある程度の絞り込みは出来るか。

 現実的にそれが可能である組織力。

 かつ、僕達に反応しうる理由を持っている組織……?

 僕も手紙を読みつつ、確かに洋輔が要約したような内容だなあと思う。かなり砕けた言葉で書かれているのは冬華なりの暗号化だろうか。

「冬華はアメリカと断定していないようだけど、なんで洋輔はアメリカだと思ったの?」

「英語を喋ってるって事はアメリカ、イギリス、あとはオーストラリアにカナダあたりか。無論他にも公用語として、あるいは第二公用語として英語を採用しているところはいくらでもあるが、大きな組織力を持っていて、現実的に俺たちの監視をしようと決めてすぐに人員を調達できるとなるとかなり巨大な国家、ぶっちゃけイギリスかアメリカだろ。で、俺たちはしっかりと尾行されてればそれとなくでも気付けるはずだ。なのに俺も佳苗も指摘されるまでまるで気付けなかった……ここまでは良いな?」

「うん」

「となると、尾行はされていなかった、けれど監視はされていたという状況があり得る」

「ん……、ああ。『監視衛星』か」

「たとえばな」

 監視衛星だとあからさますぎるので、偵察衛星と呼ばれているソレなわけだけど。

 現状でそれをまともに運用している国、しかも日本上空を飛ばしている国となるとかなり絞れるな。なるほど、そりゃアメリカが第一候補にもなるわけだ。

「だとすると、管轄はCIAかな……衛星が監視しているときに僕達が消える瞬間と、出てくる瞬間が映った……」

 いや、無いな。

 あまりにもピンポイント過ぎる。

 実際映像は撮られているのかも知れないけど、明らかに『現実離れ』した出来事だ。まずはその組織の中で検証をするだろう、それが一日やそこらで終わるとは考えにくい。

「だな。だから監視衛星を使ったマークは後付け……『今している方法』だと思うぜ」

「だとしたらあの日は……」

「別件で別の誰かを監視していた。そんな中で俺たちが消えて、目の錯覚かと疑っていたらまた戻っていて、何事も無かったかのように歩き出した……当然だが異常として報告しただろう、状況を確認して監視を実行。この線はどうだ」

「その別件と言えるような問題があって、かつCIAなりなんなり、そういう大きい組織が監視をしなければならないような人物がいるならね。そんな偶然あるかなあ……」

 …………。

 いや、何だろう。

 なんか心当たりがあるかもしれない。

「話せ。佳苗は何を疑った?」

喫茶店(パステル)から離反者(うらぎりもの)が出たって話、覚えてる?」

「ああ。その落とし前をつけようとしてるって話も……あー」

 それか、と洋輔もうんざりとした様子で頷いた。

 たぶん、そうだろう。

 喫茶店(パステル)は組織としてみるならば、僕達が産まれたころにはとっくに過去の話となってはいるけど、冷戦構造の片翼をになっていた者達の残党のようなものだ。

 であるならばそのもう片方の翼をになっていた者達が監視を付けていてもなんら不思議では無い……ましてや僕や洋輔がその喫茶店に出入りしていることもしっかり確認されているだろう、それも踏まえて怪しいと考えられたか。

「だとすると、僕達の最初の失踪も絡めて調べられるかな?」

「恐らく。それである程度の攪乱は出来るだろうが……、どうする?」

「…………、」

 どうするもこうするも、こっちからは何も出来ないよな。

 何か明確なリアクションを取ればそれだけで疑われるし、場合によっては敵対構造が明確に……ん? ああ、そうか。

 今のところ僕達は『監視されている』けど、それだけ、まだ敵対はしていない……。

「『状況次第ではあなたたちの味方もするでしょう、けれどあなたたちと敵対だってするでしょう』……か」

「冬華のアドバイスだな。確かに不快ではあっても、敵対してるわけじゃねえし、直接的に手を出してくるとも考えにくい」

「だね。しばらくこっちが大人しくしてれば、手薄になる。こっちから何かをするとしたらその後の方が良い」

「同感だ」

 方針決定。

 となればこのことをもう少し詳しく調べてから喫茶店(パステル)に連絡しないとな。

 ……連絡手段どうしよう。

 電話……、盗聴されるかな?

 流石にそこまではしないか?

 いや、喫茶店(パステル)の跳ね返りはこの部屋に侵入して道具類を盗んだりした。

 それにクロットさんだって最初は色々と仕掛けてきていた。

 西側と東側でやり口は違うだろうけど、この場合は可能性として想定しておくべきだろう。

「それにしても、色別が通用しない日が来ようとはなあ……」

「全くだぜ。これまでも結構やばかったのかもな」

「ぞっとしないね……」

 そんな欠点が判明したとしても、この色別が無ければこれまで大分困ってただろうからなあ……ま、大ポカをする前に気付けた分、それで良しとしよう。

 あと改良しよう。

「折角だしこの相手、ちょっと利用できたらいいんだけどね」

「ああ、ソフィア探しにか。……ふむ。なら、喫茶店(パステル)に頼んでそれとなく探してる相手を漏らすか?」

「…………」

 それは……できたら理想だけれど。

「難しいか」

 すこししゅんとした様子で洋輔は言い、僕はそれに頷いた。

 無理じゃあないと思うけど……。

「喫茶店は今回の僕達のオーダーに興味を持ってるはず。そのオーダーの理由をつかめればあるいはなんて思ってるかも知れない。それでも持っていきようはありそうだけど……、僕と洋輔のキャパシティは超えるんじゃ無いかな。きっとどこかで処理が追いつかなくなるよ」

 そしてそうなれば全部が悪い方向に働きかねない。

 少なくとも今の僕達には二兎を追えるだけの余裕は無いのだ。

「ソフィアも同じように悩んでるのかね?」

「どうだろうね。そうであってほしくないような、けれど同じ苦労を共有して貰いたいような」

 ソフィアには僕達にとっての冬華みたいなのがいるのかな。

 いるなら……ん?

「どうした?」

「このバイクの音、クロットさんかな……」

「へ?」

 何言ってんだ、という洋輔を他所に、しかしそれから一分もし無い内にインターフォンが鳴らされる。

 そしてさらに数十秒後、「佳苗、お客さんよー」と一階から声がした。

「……洋輔。そこのトランクケース持って付いてきて」

「これ、か?」

「うん」

 何だろうなあ。

 このタイミング。たぶん――碌でもないんだろうなあ。

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