37 - 進化と進展
家庭教師の香木原さんが帰った丁度その頃、葵くんから続報が入り、平日だと二月二週目に入ってからの方が都合は付くらしい。こっちもお母さんに確認してみると、
「あなたがそうしたいならそうしなさい。最近は特にあなたの選択が間違ってるとも思えないしね。けれどベッドはどうするの?」
「前多くんも小さい部類だから、一緒のベッドでもそれほど差し支えは無いと思うんだけど……、冬だし」
「そういう問題じゃ無いわ」
だよね。
「一応布団ならばあるから、そっちを床に敷いて僕が寝るかな。僕のベッドで寝て貰うというのもまた妙な話になるけれど」
「なにもあなたが決める必要も無いわ。そのまえだくん、に選ばせれば良いんじゃないかしら」
やはり年の功というものはあるようだった。いや年の功とは関係ないな。お母さんまだ若いし。
「ともあれ、オッケーということでいい?」
「ええ。夕食はあなたが作るんでしょう、ならば構わないわよ。朝食も前もって準備できるからね」
「よかった。じゃあ、そう伝えておくね」
スマホでオッケーを貰ったことを送信、葵くんはすぐにそれにスタンプでよっしゃー、と伝えてきた。なんとも熱血なスタンプだなこれ。特撮系のように見えてアニメだし、よく分からない……何だろう、この元ネタ。
悩みつつも「おやすみ」と一応の挨拶を交わして自室に戻り、亀ちゃんを洋輔から返して貰いつつ椅子に座る。当然自室はしっかり施錠、だ。
「で、説明するとは言ってたが、何の説明だ。心当たりが多すぎるんだが」
「神智術について、簡単に。僕の解釈だけど、それを錬金術と組み合わせたらどうなるかって話だけ」
「細かい話はどうせ聞いてもわかんねえしな。雑に端的に、何が出来るようになったのかだけを教えろ」
「オッケー。神智術を使って『材料の情報を詳細単位で保存』しておいて、必要なときに神智術で『材料の情報を詳細単位で読込』する。その時、神智術そのものはマテリアルに出来ないけど、適当な換喩系の道具――対応先のフルなんとかマテリアル――に神智術を適応してやれば、詳細な情報をデータとして代入できるようになった」
「雑に端的にと言ったはずだが」
「可能な限り雑に言ったつもりだけど」
「もっと簡単に言え」
贅沢め。
「『徹底して分析したものを神智術で保存』……」
「だから雑に」
ええ……。
「えっと……。じゃあ、ゲームに喩えるよ?」
「ゲームねえ」
「洋輔はあるゲームをしていたらやくそうを拾った」
「ああ」
「やくそうのデータをアイテム図鑑に登録した」
「それで?」
「どくそうも拾って、登録した」
洋輔はこくりと頷いた。
「アイテム図鑑には今のところ、『やくそう』と『どくそう』が登録されてる状態だな?」
「うん。図鑑をみればその道具がどんなものなのか、その詳細が記録されてる状態」
「裏を返せば図鑑そのものは記録してるだけだから、別に図鑑がやくそうやらどくそうやらの効果を持つわけじゃねえんだよな」
「その通り」
で、そこを強引に利用するのが換喩術&代入術の合わせ技。
「さて、そんな洋輔の手元に『この道具は全ての草と同じものとして扱える』ってものがあったとする」
「うん……? ああ、フルグラスマテリアル……とかだっけ?」
「そうそう。さて、ここで洋輔の手元にはさっきの図鑑もあるんだ」
「……つまり、手元には『全ての草と同じものとして扱える』道具があって、『やくそうとどくそうについて記録された図鑑』があるから、フルグラスマテリアルはやくそうでもあってどくそうでもある?」
「その通り。でもそのままだと使いにくい。だから、『図鑑のやくそうに関するページを複製して、そのページをフルグラスマテリアルに叩き込む』と、それで『やくそう』として振る舞うようになる」
「…………」
雑な説明だけど、これで概ね説明はできていたりする。
つまり。
「まさか図鑑とページってのが神智術の悪用法か……?」
「その通り。神智術はそもそも、全く新しい者を生み出すのがとても苦手な技術――但し、もともとある物を取り込んで、それを複製することがとても得意な技術でもある。神智術の基本は『データ収集』で、収集したデータを元に術式をくみ上げて出力する技術だ」
当初僕は道具の情報を神智術にぶち込むことで、マテリアルというコストの踏み倒しを目論んだ。しかしこれが上手く行かなかった。理由を検証している中で判明したのは、錬金術的に神智術で作り出された物はあくまでも『神智術によって再現された何か』であって、本来のソレとは別物であるという事実である。
じゃあその上で、なんとか手抜きが出来ないかと考えた。丁度その頃、換喩術とか代入術の調整も出来てきたし、その当たりを絡めれば行けるんじゃ無いかと思って実行――具体的にはさっき洋輔に説明したとおり、『神智術上で薬草を取り込み』、錬金術において全てのワイルドカードとして扱える道具、完全エッセンシアにその情報を代入してみたのだ。
結果、完全エッセンシアを薬草として文字通り完全に再現することに成功。もっともこれは完全エッセンシアの『何でもワイルドカード』という性質がそうさせただけかもしれないと思い、段階を分けて調査したところ、錬金術におけるあらゆるその性質を持つという道具、つまり神智術上に保存されている情報に対応する『フルなんとかマテリアル』にならば完全な再現が可能である所までが確定。尚、対応していないものでも無理矢理代入することは出来る。不完全ながら最低限の情報は与えられるので、いざという時は使えるかも知れない。
閑話休題、しかしこの方法にも問題があった。『神智術上で取り込んだ情報』は、神智術的には出力する段階で消えてしまう。使い捨ての消耗品なのだ。しかも図鑑単位で。これは薬草と毒草を保存した図鑑を使うと、どちらかの情報として利用した段階でその図鑑が消えてしまうと言うことを意味する。使い勝手がとにかく悪い。
ならば図鑑をもっと細分化したらいいと思うかも知れないし、実際図鑑の数に制限が無いならばそれでも良いかなとは思ったんだけど、僕の才能では神智術上に用意できる図鑑の数は有限だった。更に言うと、たとえば薬草の図鑑を一つ作った時、その図鑑を使えばもう薬草の図鑑が無くなってしまう。よく使う道具筆頭である薬草はだから複数冊の図鑑を用意しておかなければならず……、いくら何でも非効率的すぎる。
けれど考えてみれば、図鑑が消費される原因は図鑑をマテリアルに代入し、それを換喩することで固定するからだ。裏を返せばその前の段階で図鑑を複製してしまえばいい。……とは思ったんだけど、図鑑の複製が出来なかった。図鑑単位では出来なかった。いや厳密にはできるんだけど手間が掛かるし時間も掛かるのだ。
だからどうしようかなーと考えていたんだけど、ある日パソコンを弄っていたときにふと気付く。つまり神智術において図鑑というものはフォルダーとファイルなのだ。フォルダーごとコピーしようとするから、図鑑の中身、ファイル全てをコピーしようとするから時間が掛かるのであって、必要なページ、必要なファイルだけをコピーするならば迅速だと言うことに。
そこに気付けばあとは簡単、神智術が用いるリソースである『内部領域』に図鑑を生成しておいて、その図鑑の指定した部分をコピーするという神智術もあらかじめ準備しておく。これによって神智術で『道具を取り込み/データ化』して図鑑に登録し、必要なときにその登録されたページをコピーし、そのコピーしたデータを代入、換喩してやればいい。その場合、図鑑そのものは使わないのだから、図鑑は消費されない。消費されるのはコピーになる。
「もちろん、問題点もまだまだ残っててね。たとえば図鑑に登録するためには道具を入手するだけじゃだめで、神智術に取り込まないと行けない」
机の上に置いてあったシャープペンシルを手に取り、洋輔に見せる。
「シャーペンだな」
「『この程度』の簡単なものでも、神智術的の図鑑に登録するためには滅茶苦茶時間を掛けて分析していくか、あるいは取り込み処理をしなきゃいけない」
「分析はわかる。最小単位まで分解して、それをどうやって組み立てるか……、どっちかというと俺の領分だが、物理的な者ならば佳苗にも出来るだろう。で、取り込みってのは?」
「そのままだよ」
洋輔に答える形で神智術を起動、内部領域に既定の形状を準備して発動することで神智術/取り込みを実行。手の中にあったシャープペンシルを対象に指定、神智術で発生した光輪がシャープペンシルをまるでCTスキャンでもするかのようにすっと動き、その直後、シャープペンシルが手元から消失した。
「これは光輪術の領域になるのかな……ソフィアに確認しないとね。ともあれ今みたいに、文字通り完全に取り込む。神智術で一度、完全に分解して、その組成をそのまま神智術で作った辞書に記録しちゃうんだよ」
「あー……つまり、入手した道具を失うけど辞書に記録できる、ってわけか?」
「そうそう」
それはでけえデメリットだな、と洋輔は眉間にしわを寄せて頷いた。
しかし直後、うん? と小首を傾げた。
「待て。佳苗。確か錬金複写術の前に使ってたやつだが……重の奇石による完成品の二重化があったよな」
「うん」
「二重になったものの片方だけでも登録は出来る?」
「できるね」
「実質ノーコストじゃねえか!」
気付いたようだ。
その通り。
「僕が現状で錬金術のマテリアルとして指定できるものならば重の奇石で二重化して、さらにその片方を神智術に取り込んでしまうことで事実上、ノーコストで辞書登録が出来るって寸法だ。で、一度辞書登録が出来れば、対応するフルマテリアルに代入して換喩できる。更に言うと、神智術上への記録は錬金術でやってるわけじゃないから、その道具がどんなものなのかを理解していなくてもまるで問題は無い」
つまりパソコンだろうがスマホだろうが、適当な不可効果をつけつつ二重化する。
で、片方を神智術に記録して、完全エッセンシアを適当に準備してそれに代入、錬金術を実行すれば、記録された道具を忠実に再現できる――
「――理論上は、だけどね」
僕の補足に、洋輔はほっとするように息を吐いた。
その通り。理論上はもう出来るのだ。そして事実、簡単なものならば出来ているし、スマホ程度のサイズならば既にこの方法で、完全エッセンシアから作成できる。
但しそれ以上のサイズ、パソコンとかになるとちょっとキツイ。まだ出来る範囲ではあるけど大分無理をしなければならない。車とかのサイズはもう無理だ。リソースが完全に不足する。
「神智術が使うリソース、内部領域を多分、今の僕ははてしなく無駄遣いしてるんだろうね……だから不足しちゃう。ソフィアにうまくやりくりする方法が聞ければ改善できるかもしれない。そうなれば殆ど錬金術に隙は無くなる」
「いよいよ無人島を作っても電化製品も含めて何不自由なくいけそうだな」
「いやあ。リソース面がクリア出来ても、まず登録しないと行けないから、結局は大変だけどね」
「そんなのは簡単だろ。夜中にデパートにでも忍び込んで片っ端から複製すりゃいい。電気で動くセキュリティは電気を切断すりゃ無効化できる、まあそんな自体になった時点で『何かがあった』とセキュリティは動くだろうけど、それでも現実的に警備会社が到着するまでのタイムラグはあるだろ。その間に空間整理でデパートを隠して、一通り二重化して登録、終わったら脱出しつつ結界解除。それでいい」
「洋輔って時々雑で大胆なわりに好戦的な作戦を出してくるよね……」
「後先考えねえなら、だけどな。それをやる時点で空間整理を全力で使う、喫茶店には勘付かれると見た方が良い。その後も俺たちがじゃあ中で何をしてたのかと思われるだろーから……」
その通りだ。
「願わくばそんな後先が来ないことを願いてえな」
「それに現状では、結局まだきついしね。そのためにもソフィアとなんとか連絡取らないと……」
「それに関しては俺の方で少し進展したぜ。報告だ」
うん?
「弓矢の姉貴が探ってた絵があっただろ。あのソフィアが関係してそうなアレな」
「『猫と少年』だね。それがどうしたの?」
「それをそもそも持ち込んだ奴の名前が割れた。そのあたりを喫茶店に確認してえんだ」
名前が……分かった?
「どうやって……」
「なにも遠隔観測はお前の渡鶴にしか出来ねえわけじゃない。……ひよこチックを海外便に紛れ込ませてポーランドのその美術館に送り付けて、地道ににわとりバード経由でひよこチックを操作、名簿を見てきた」
なんつー強引な。
アナログすぎる。
けどたしかにそれなら洋輔にも出来るな……、渡鶴によるエミュレーションとも違って現実の観測だから信頼性も文句は無いし。
……でも、喫茶店に確認するのはなんでだろう。
「ソフィア・ニコラエヴナ・ウラノヴァ」
…………。
え?
「ポーランドの美術館に持ち込んだ奴の名前だ。ロシア系ドイツ人……色々と、嫌な符号が多いだろ?」
こぼれ話:
理不尽な進化を遂げれば遂げるほど、何かのフラグが蓄積しているようで。




