35 - あぶり出された
バレー部恒例のお疲れ様会……言ってしまえば打ち上げだけど、それが散会となった後、僕はと言うとそのまま喫茶店に残っていた。コーチや郁也くん達が特に何も言わないのは、これも恒例として、『打ち上げのついでに紅茶の茶葉を買っている』……ということを知っているからである。
実際買ってるしね。
美味しいのだ、ここの紅茶は。お母さんのみならずお父さんもファンだったり。
ふぁんってしたほうが早いのは内緒。
で。
二階のレイアウトを戻す手伝いをしながら、マスターとの間で情報を交換。
何から言うべきか悩んだ結果、
「彼はルイス・フォスターと自称してました。CIAの身分証らしきものも見せられてます。顔写真的には同一人物ですけど、身分証が本物かどうかは不明……、名前も偽名かも知れませんね」
と、直球を投げる事にした。
「話が早くて助かるよ。その人物についてはこちらでも追っている……君たちの学校から運ばれた先は似鳥大学病院。検査結果のカルテ、見るかい」
「いいんですか?」
「ああ」
すっと横から差し出されたタブレットを確認。カルテに書かれているのは日本語混じりのドイツ語……、英語もちらほらとあるな。一貫性がないけど、専門用語とかの問題かな?
内容的には心身共に異常なし念のための検査入院をするまでもない、そうだ。ちなみに身体の何処にも傷が無く、更に血液検査でも異常らしい異常が一つも無かったので、何故突然倒れたのかはまるで不明、病理判断不可能、だそうで。
健康なことはいい事だけれど、医者が困っている様子が手に取るように分かってしまい、ちょっと悪いことをしたなと反省。あくまでも医者にだけど。
「君の見解は?」
「健康なことはいい事です」
「それはそうだ」
タブレットを返却すると、どうぞ、と席を勧められたのでそのまま座ると、正面にマスターが座った。
少し遅れて、僕とマスターにそれぞれ紅茶が出される。長丁場になると踏んでいるようだ。
「答えたくないならば答えないでも良い。原因は君かな?」
「原因はあくまでもその人です。僕らはそれに反撃、対処しただけにすぎません」
「反撃ね。つまり何らかの攻撃があったということか」
「眼鏡にカメラが付いてました。ネクタイピンにはマイクも……そもそも友好的ではありませんでしたし、なぜか僕達の写真を持ってましたからね」
「写真?」
「ええ。去年の暮れの買い物帰りの写真です。盗撮したそれを持って、『これに見覚えは』なんて聞かれて、ましてや盗聴盗撮を現在進行形でしている相手を味方と見做すほど僕達は優しくありません」
「ふむ……だから、反撃した?」
「反撃は言葉が強すぎますか。ただ……これ以上詮索されるのは嫌だったから、その場を終わらせた。それだけです」
僕の断定にマスターは一度頷くことで是とした。
このあたりの割り切りがありがたい。
「完全とは言えずとも、今回の君たちの行動はこちらの意に沿う。色々と探りを入れているんだが、なかなか尻尾を出さなくてな」
「どこまで特定しているんですか?」
「四人のチームで使っている名前であること。チームの名前が『ルイス』であること。残念だが、これ以上は」
連名タイプ……、か。
「四人って特定しているのは、ちゃんと資料があるんですか?」
「ある。但し、情報が古い。一昨年のものだ」
二年前の情報……、どこまで信頼出来るものやら。
僕の疑問は、マスターも同じく感じていたようで、それでも全くのノーデータではないだけマシだと言わんばかりにタブレットを操作。
表示されたのは一人ずつの写真である。
「左から二番目。この人ですね、学校に来たのは」
「それは確認済みだ」
「それと一番右の人はもう死んでます。少なくとも世間的には。確認漏れですか?」
「…………? 何?」
この様子だと気付いてない……かな?
「ちょっと失礼」
自身のスマホを取り出して日付とニュースの名前を入力、検索。
すぐに発見したウェブページを表示してマスターに見せる。
「このニュースは……」
「昨年の十一月のニュースです。単身で冬山登山をしていた外国人の男性が途中で遭難、救助されたのですが、その後病院で死亡が確認されたという件ですね。亡くなった方の名前は『アルバート・フィッシャーマン』、国籍は報道によれば米国……」
名前はまるで違うけれど。
しかし、そこに表示されている画像は間違い無く、タブレットの一番右、『ルイス』の一人として表示されている人物と同一だ。
「それと右から二番目の人も見覚えがありますね……、この街で反物を売ってる蕪屋ってお店をご存じですか?」
「蕪屋……、というと、大通りを挟んで随分遠く、エイタ小の向こうにある店のことか? 電話会社のオフィス近くにある老舗だな」
「はい。その蕪屋の近くに目立たないんですけど、せんべい屋さんがあるのは……」
「美味しいおかきを作っているところだな。あそこのは逸品だ」
「ならば話は早い。そのせんべい屋さんの『裏手』にあるアパート、そこで見たことがあります。その近くにクラスメイトが済んでいて、一度遊びに行ったときに見たんですよね。202号室のベランダだったと思います」
「すぐに確認させよう。……ふむ。となると、一番左のこの『ルイス』だけ知らない、のか」
「…………、」
記憶には……、まあ、無いよなあ。見覚え。
(いや、俺が見たことがあるな。オキ小の近くに予備校があるだろ? そこの講師やってたやつにそっくりだ)
意外と近くに居る……、いや。
近くに居て当然なのか。
「もしかしたら、オキ小の近くの予備校で一番左の『ルイス』も見たことがあるかも知れない……、確証があるわけじゃあ無いですが。ひょっとしなくても『ルイス・フォスター』って、喫茶店を監視する一団ですか?」
僕の問いに、マスターは方をすくめることで答えた。
ビンゴということだ。
「ふむ。分水嶺というやつだな」
「分水嶺?」
「ああ。これ以上の細かい説明をするならば、少なくとも君には事情を共有することになるし……それは、共犯関係になるということでもある。もちろんかばい立てに最善は尽くすと約束するが、一種の契約、一種の誓約……を、して貰わなければならない」
「なるほど。確かにこれを受けるかどうかで大分変わりますね……」
けれど、この分水嶺はなあ……。
僕達側にとってのメリットが殆ど無い。
『ルイス・フォスター』にしたって、概ね事情は分かった。
やっぱり喫茶店を怪しんでいたCIAがその行動を監視するために配置した集団で、その集団の一人が去年の十二月、一分程度の失踪をたまたま目撃していたんだろう。
しかし何事も無く帰ってきた僕達は、何事も無く歩き出した。だからそれを訝しんで写真を撮った……となると、僕達を見つけたというのが左から二番目、学校に来たルイスかな? 他の面々にもその情報は共有し、僕達が頻繁にこの店へと出入りしていることを知って本格的に監視対象にした、そんなところかな……。
一応、ここで喫茶店と手を組むことに意義を見いだすならば、竪川日比生との仲介を頼みうる事が挙げられる。けれど喫茶店を回するまでも無く、竪川響谷先輩の伝手が十分に使える状況である以上、勢力の誓約を受けてまで情報を得ることに意味は無い。
大体、ここまで大枠で分かっていて、しかも一人は遺伝子型も分かっているならば、どうしても知りたいなら渡鶴でエミュレーションすれば良いし。
「そういえば、パンケーキ。大好評みたいですね」
「おかげさまでランチは大盛況だよ。特に土日はな。とはいえ、リピーター率があまりにも低い。一過性で終わるだろう」
「改善ならできるでしょうに」
「儲けを出すためにやってる店でもないでな」
それも、そうか。
「……僕みたいな子供にどれほどの価値を感じられているのやら」
「さあ。比類無きとしか言いようがあるまい」
「どうでしょうね。佐渡島の彼女ほどでも無いでしょう」
「ふむ。否定はしない……が、肯定もしかねるな。立体物の偽造能力、それ一つだけでも十分ではあるのだが」
いかんせん『アレ』が便利すぎる、そんな事を言外に滲ませてマスターは言う。
『アレ』……は、空間整理か。そしてやっぱり真偽判定が難しくなっている。
僕が何らかの不調状態なのかな?
(それはねえな。絶好調とも言わねえけど、並程度のバイタリティだ)
だよね。
ならば逆、マスターの耐性、抵抗力が上がっている。
(竪川日比生が手伝った……空間整理の応用として、俺たちの真偽判定を交わす術を編み出しつつある。そんなところか?)
それならまだいいかもね。
竪川日比生が関与せず、単純に応用できているって可能性のほうが状況的には悪い。その場合は空間整理も喫茶店が落とし込んだって可能性が高くなるし、錬金術や魔法は無理でも呪いくらいは応用してくると思う。あれは技術と言うより思い込みから発生するやつだし。
(『得意理論』とかもな。……存外、ある意味使ってるのかも知れねえが)
否定は出来ないね。
(で、結論は?)
僕は受けない方が良いと思う。
けれど洋輔は受けた方が良いと思うなら、たぶん洋輔の方が正しいともね。
(ありがたい信頼なこって。俺も受けない方を推奨する……将来的にはともかく、今はまだ早すぎる。『ルイス・フォスター』側の勢力を考える前に、竪川響谷やら弓矢の弟やらを仲間にするってのが当面の目標だ。それ以外に浮気はやめたほうがいい)
ん。
「時期尚早。かな。まだまだ僕も青春したいですからね」
「ふむ。確かに思春期の子供から青春を奪うのは酷か」
マスターはただ、そう答えるだけだった。
パンケーキの話題に無理矢理動かした時点で断るだろうとは見立てた……わけじゃないみたいだ。最初から断られると思っていて、少しでも僕が興味を持つ事に驚いたのかもしれない。
(そりゃまあ、そこで考えるって事は俺たちの背後に組織が無いか、あるとしてもかなりゆったりとしたものだと言ってるようなもんだしな)
ああ、そういうことか……。
実際には僕達なら二重だろうと三重だろうと必要ならばいくつの組織にでも入るけどね。
(まあな。けれどそんな二重三重の生活はそうそう上手く行かねえ)
失敗したら一緒に無人島作ってそこで生活しよう。
(スケールがでかいのは良いが酷く後ろ向きなのが気になるな)
なあにライフラインなんて簡単に準備できるよ。
あ、でもパソコン類はまだ難しいからもうちょっとまってね。
(もうちょっとって。目処が付いたのか、おい)
いや実はちょっと神智術で進展があってね……って、それは帰ってから話そう。
「マスター達が良いというなら、青春に飽きたら是非とも参加させて貰いたいですけどね」
「いやはや。それは許さないさ。青春というもの飽きたからどうするというものでもない」
マスターは笑って言う。
「なぜなら、その飽きてしまうほどにつまらないという事すらも青春の一つなのだから。事件はそうそう起きないものだ。特別な誰かと出会えることなんて、本来ならば起きるわけも無い。子供はそれを知ることで、ようやく大人になっていく……世界はかくもつまらない、世界はかくもありふれて、世界はひどく大人しいと、諦めることでね」
「その論だと、マスターやこの喫茶店はどうなんですか? 十分ここは特別で、事件もやたらと起きていて……特別な誰かなんて、それこそ誰だってそうでしょう。新しい出会いは等しく感動を生む。方向性は違うでしょうけど、何らかの力は働くんじゃ?」
「君にしては珍しい、踏み込んだ反論だね」
マスターはただ笑う。
「けれど、その通り。君の言うとおりさ……私は私が言ったことが間違っているとは思わない。けれどじゃあ、私自身はどうだろうか。この喫茶店はどうだろうか。そう考えてみると、それにあてはまらないんだ。……だからこそ。きっと私は大人になれていないのさ」
大人に……なれていない?
「生物として、人間としては成人している。大人になっている。けれど精神が伴わない。あるいは意識がね。けれど私はきっと子供でも無い……だから私は大人になれていない。その表現が一番だと思っている」
「大人になれていないのに……子供でも無い? じゃあ、マスターは何者ですか?」
「さあ。何者にもなれなかったから今の私が居るのかもしれないよ。あるいはクロットだってそうかもしれない。変な理屈をこねるのはやめよう、要するにね、渡来佳苗くん。私は私の次を作りたくはないんだ。なぜなら私は間違っている」
本心だ。
偽りなく、完璧な。
「私たちのようなはぐれものにはね、望んでなるべきじゃあない。君はまだまだ、どうにでもなれる可能性があるんだ。あるいは普通の大人にだってなれるのかもしれない。だから」
そして、恐らくこれは初めて。
「警告だ」
笑みのまま向けられたその言葉は、明白な殺気を帯びている。
いや、明白な殺気だけれど、これは……。
「とはいえ。今のを受け流してしまうような君なんだ。私が何を言おうとも……、遅かれ早かれなのかもしれないがね」
……しまったな。
(ああ。その程度の殺気ならば何度も経験してるから……俺たちじゃあ反応できねえけど。考えてみれば、それに怯えねえ俺たちって異常なんだよな。あぶり出された……)
幸い追求するつもりはなさそうだ。
今日は、帰るか。




