30 - 久々かーくん本領発揮
1月も終盤に入り、いよいよ冬休み明けとう空気も失せつつある中学校において、特殊なイベントというものはなかなか発生しない。してたまるか、とも言う。
というわけで1月23日の月曜日。
特に何事も無く授業が始まり、特に何事も無く学業は終り、放課後。
第二多目的室へと向かい、今朝の間に持ち込んでいたトランクケースの内半数を持って演劇部の部室へ……入ると、既にナタリア先輩と祭部長が居た。
「すみません。遅くなりましたか」
「そうでもないわ。私たちが早かった……というのもあるしね」
「そうっすよ。それにかーくんの両手の荷物を見れば何をしてたのかもわかるし」
ナタリア先輩も祭部長もそうフォローをしてくれて、ありがたく頷き部室の中央へ。
持ってきたトランクケースは一度床に全部置いて、まずは一個目、黒いネームタグを付けたものを大机の上に置き、開封。
尚、僕が持ってきているトランクケースは全て『錬金術』で作ったものだけど、ちゃんと暗証番号式の鍵が付いているので、祭部長や皆方部長がいくつか私用にと持って行ってたりする。
いわゆる『ご存じで無い技術』で作っているとはいえ、『ご存じで無い構造』は存在しないので問題は無い。
「とりあえずは今日の持ち込み品の説明を先にしてしまっても良いでしょうか。緒方先生を待ちます?」
「さゆりん、今日は少し遅くなるって言ってなかったっけ?」
「その通りなんですよね。ほら、明後日の『お客様』に対応しなきゃいけないとかで」
「ああ。視察がどうってやつっすか」
異国の起業家による視察という話は緒方先生以外も結構生徒に話している先生が多いようで、先輩方は納得、と頷いている。話が早くて助かる。
「ならば先に済ませてしまいましょう。かーくん、今日もバレー部はあるんでしょう?」
「そうなんですよね。一応こっちを優先するから最悪出られない、とは伝えてありますが……水曜日はほら、僕達としても第一印象レビューをやるわけですし」
「そうね。じゃあ……、りーりん、とりあえずここではじめさせても良いわね?」
「そっすね」
先輩達がオッケーを出したのでトランクケースの中身を覆い隠していた布を取っ払う。出てきたのはくすんだ鶯色を基調とした肩衣一式である。肩衣というのはよく大河ドラマや時代劇に出てくる侍の正装で、学ランとは違うけど肩パッドのような感じで肩を大きく見せるようなアレだ。
「まずはこれが僕用で、小姓役の通常衣装です。動きやすいようにアレンジは加えましたが、よほど詳しい人でもなければそれほどの違和感は無いかと」
「そうね。そういう衣装が妙に高いクオリティで存在しているって違和感のほうが先に出そうだわ」
「褒め言葉として受け取っておきます。後でこれは僕も試着して見せますけれど、色合いは敢えて、普通はないような色使いにしてます。あんまりリアリティを出しちゃうと厄介かと」
ナタリア先輩はうなずき、祭部長は笑みを浮かべた。合格と言うことらしい。
後で試着するのでトランクケースから出した一式は纏めてちょっと机の奥へスライド、次のトランクは青いネームタグ。
「で、これがナタリア先輩用の衣装の一つ目と二つ目です。町娘用と嫁入り後の衣装になります。後者はまともに作ると材料も重さも馬鹿にならなかったので、見た目だけ立派で中身はかなり簡略化しました。そのついでに多少の動きやすさも確保しましたが、制服と同じくらいには動きにくいと思います」
「制服と同じくらいには動けるならば十分よ。グッジョブ、かーくん。あとで試着するわね」
はい、とうなずきつつ、
「尼僧姿についてはもう少し待ってください。ちょっと間に合いませんでした。レビューまでにはなんとか間に合わせられるかも知れませんが、どうしますか?」
「レビューではそのオチの部分をやる予定が無いっすからね。要らないっすよ」
「では後回しで」
トランクケースに一度取り出した衣装をしまい直して蓋を閉じ、ナタリア先輩にどうぞと、カードと一緒に渡す。
カードにはトランクケースの暗証番号を書いておいた。
「ケースはご自由に」
「ありがたく使わせて貰うわ」
というわけで次、赤いネームタグのトランクケース。
「流れからも分かるかも知れませんが、これが祭部長向けの、『侍衣装』です。ただ……」
もう一個、赤と白の二色を使ったトランクケースも引っ張り上げて、それも開封。
「こっちとあわせて、ですね」
「かーくん。頼んだおれもおれっすけど、衣装だけじゃなくて甲冑まで用意してくれたっすか」
「作るの、楽しかったですよ。ちなみに材質的に重量がそれなりにあるので、甲冑の重さには慣れてください。軽い素材で作りたかったんですけど、耐久性が全然確保できなくて……すみません」
「いやあ、それは別に良いっすけど……」
ここまで本格的な物になるとは、といった様子の祭部長。
尚、祭部長の着物は落ち着いた色合いで用意してきた。そこまでメインを張るわけでは無いとは言え、小姓の異質さに対して自然さを前面に出すべきだと考えたからだ。
こちらのトランクケースも改めてしまうと、やはりカードと一緒に祭部長の前へ。
「これが暗証番号です。カードはネームタグの色に対応しています」
「了解っす。……で、これでおわりでも十分なんだけれど、まだあるっすね?」
「メインディッシュですね」
そんなわけでラスト、ネームタグが唯一付いていないトランクケース。他のケースよりも二回りほど大きなものを開封し、布を取っ払うと、緩衝剤で固定されたそれを取り出す。
「所謂、『打ち刀』と『脇差し』です。まだ試作品なので一振りずつしかありませんが、最終的にはもうちょっと作ります。それと、鞘と刀の鍔に細工して出し入れを楽にする感じにしてみました」
「かーくん。刃が付いていたら銃刀法違反よ?」
「そうなんですよね。なので模擬刀ではないですし、刀身に金属は使ってません。プラスチックの一種です」
鞘からすっと抜いたその刀身は、遠目で見ればそれなりに本物っぽい、けれど間近で見れば大分安っぽいものである。
もっと近づけようと思えばその辺は簡単なんだけど、それこそ銃刀法とかそのあたりが怖かったので日和ることにした。
「今回はただの刀なので普通ですけど、内側にLEDライトとかを仕込むとライトセイバーみたいにできますよ」
「どっちかというと私はサイリウムみたいにして使ってみたいわね。ライブで振ってみたいわ」
「出禁になりません?」
「そうね。やめておきましょう」
それが妥当だと思う。
「量産はそれほど難しくない、かな。但し、当然ですけど刃は無いので、切ったり刺したりはできません。それでも思いっきり振り回せば結構な怪我になりますので、安易には振り回さないでください」
「それは当然っすけど、細工って何をしたっすか?」
「えっと、刀の鍔の部分と鞘がぶつかるところにマグネットを採用しました。ほら、『カチャッ』って感じで刀を抜いたり、逆に仕舞ったりするのって大変じゃ無いですか。出来る人には出来るんでしょうけど、そんな練習をしている子はまず居ないと思うので」
「なるほど」
このトランクケースの暗証番号については危険物と間違われる恐れもあるので口頭だけで伝えておき、ナタリア先輩と祭部長が一通り刀を確認したところで衣装の試着タイム。
ナタリア先輩は部室の奥、間仕切りで仕切られた向こう側で、僕と祭部長は中央で普通にという感じ。本来ならば衣装の着用には手間がかかるんだろうけど、そんな面倒なことをしてられるわけもなく、普通の洋服を着るような感覚で着られるように細工もしておいたから、ある程度知識がある人には違和感があるかな、見た目はそう変化させてないけど。
ともあれ着込んで、と。
「かーくん、明後日までにウィッグはどうっすか?」
「尼僧姿無しでいいなら、用意できます。髪型に指定はありますか」
「さっきスケッチはしておいたっすよ」
ならばそれから再現しよう。
と言うわけで着替えを終え、「いいかしら」とナタリア先輩の声。
「いいっすよ」
祭部長の声に間仕切りから出てきたのは、『町娘』の姿をしたナタリア先輩だった。
町娘なだけあって、華やかというより控えめな和装なのに気品に溢れ、そりゃあお侍さんが一目惚れもするよ……というより、なんかこう、却って恐ろしいほどに美しい。
「どうかしら?」
「綺麗すぎてちょっと話しかけにくいかもしれません」
「同感っす。ウィッグで役に調整っすねえ」
「とても複雑な感想をありがとう……ふむ。そういうあなたたちは思っていた以上に無難ね」
「髪型で少しチューンするっすけどね」
と、会話が一段落した丁度その時だった。
がちゃりと扉が開いて、入ってきたのは緒方先生である。
「ちわっす、さゆりん」
「さゆりんこんにちは」
「さっきぶりです」
「……やあ。時代劇部なんてあったかな? と一瞬悩んでしまったよ」
苦笑を浮かべつつ、緒方先生は言う。
ドレスから始まり色々と作ってきた布石が生きた、というより単に許容範囲が広がったんだろうな。僕にとってはいい事だった。
「そこにあるのは……、刀かい?」
「刀身はプラスチックです」
「ああ。ならば、いいが……プラスチックでも当たると痛いだろう。スポンジ系にはできないのかな」
「スポンジ系だと殺陣が成立しないので……」
チャンバラみたいにしなる刀って嫌だし。
「やむを得ないね。保管には気をつけてくれたまえよ」
「はい」
「それよりさゆりん、何かあったの? 思ったよりも早かったけれど」
「ああ、そうだ。渡来くん。君に打診がある」
「打診? ですか?」
「ああ。君は来栖冬華さんとそこそこ会話をしていたよね? 親交が無いわけでも無い、そう考えて良いかな?」
「はい」
……冬華絡み?
すっとナタリア先輩の目が一瞬だけ細められていた事に、僕以外は気付かなかったようだ。そういえば緒方先生って冬華とナタリアの関係性を知っているんだろうか……、もちろん真相の部分は知るべくもないだろうが。
「水曜日に来るお客様がね、奇妙な要請をしてきたんだ」
「はあ。要請、というと?」
「一部の生徒との懇談会だよ。特に指定されたのは鶴来洋輔、渡来佳苗、来栖冬華。理由については『我が国でも彼女たちの失踪事件は報道されている、その件について少しでもお話をさせてくれれば幸いだ』と。私は断るべきだと主張したのだが、……まあ、ちょっと厄介な事情があってね」
「圧力でもありましたか」
緒方先生は答えなかった。
真偽判定で探りを入れるまでも無い、正解ということだ。
そして緒方先生の性格で、なおかつ緒方先生が事実上既に折れているということは、よほどその圧力は強いってことになる。
AIに関連する企業の事業家。
あの時黒板に記された社名は英語。
……けれど、あの時緒方先生は『ドイツ語が喋れるとも思えない』とも言った。
その当たりを踏まえて、僕と洋輔はあるいはソフィア案件なのではないか、なんて疑ってたんだけど……、ソフィア案件ではないのかな?
だとすると、むしろ……。
「先生方にはもちろんですけど、他の生徒に迷惑ばかり掛けても居られませんからね……、僕達が同席する程度で満足して貰えるならば、それは構いませんよ。洋輔も文句は言っても納得はしてくれるかと。冬華は知りませんが」
「お願いしても良いかな。説得も」
「そこからですか……」
厄介な。
一応渡鶴を介してコンタクト……冬華に対して今、ここで起きた会話の概要を送信すると、渡鶴に冬華がアクセスし、そして情報を返してきた。雑に言えば『条件付きで可』だ。
「僕が説明するのも妙な話ですけれど、冬華は喋るのが苦手ですからね。同席するくらいはしてくれるかもしれませんが、喋ってくれるかどうかは別ですよ。それでもいいんですか?」
「ああ。けれど私からの説得の提案はね、もう一方向ある」
「方向?」
「うん。校長やら委員会やら、大人がやるべき領分はやっておく。公休扱いにするから、学校を休んでしまうのはどうだろうか?」
教師側が提案するとは思えないほどに大胆な提案だった。
直球デッドボールって感じだ。
善意から言ってくれているのは分かるんだけど。
「それは悪手でしかありません。学校として僕達をかばってくれるのはありがたいですけれど……その場合、多分その人、僕達の家に直接来るだけですから。それならばまだしも学校で、先生方が同席してくれている方が心強いです」
「なるほど、そういう考え方もあるか。……わかった、そうしよう。誰か教師に指定はあるかい? 可能な限り話は通してあげるよ」
「ならば緒方先生。同席をお願いします。他の先生でも特に小里先生とかは僕と関わりがありますが、僕と洋輔の二人を知ってくれている先生は現状、緒方先生が一番です」
「分かった、授業は調整しよう。……今更だがナタリア、鹿倉。今の話はオフレコだからね」
思い出したかのように言う緒方先生に、「ほんっとうに今更よね」とナタリア先輩は嘆き、その横で祭部長はため息を吐いていた。
「ただでさえ忙しいことをさせてるんだから、かーくんに変な負担を掛けないでくださいっすね、さゆりん」
分かってるよ、と緒方先生は力強く頷いた。
この判断が吉と出るか凶と出るか……、相手の素性を可能な限り、情報収集しておくか。




