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生命存略夢現  作者: 朝霞ちさめ
第二章 極点候補者と深刻な問題
28/111

26 - 心配の向き

 1月19日、木曜日。

 仮病ならぬ欺病のようなものだったこともあって、完全回復した状態で僕と洋輔は一日ぶりに登校したところ、思っていた以上に多くの心配をさせていたようで反省したりしつつ、けれど結局昨日は休まなければあの『観測機』は完成しなかっただろうから仕方が無いと諦めつつ、けれどその観測機が抱えてる問題もなんとかしなければという複雑な心境はさておいて、ちょっとした風邪だよだとかごめんねだとかそんな言い訳を述べたりして教室へ。

 教室が遠いと感じたのは久々な気がする。いや本当に、話しかけられまくったというか。他の組の子からも妙に心配されたな。

(だな。概ねお前がだが)

 どうしてだろう。

(演劇部としてお前が縦横無尽に動いてたのは周知の事実だからな……過労とでも取られたんじゃねえの?)

 うわありそう……。思えば祭部長もものすごい心配のメッセージを送ってきていたし。

 尚、スマホアプリを介して僕と洋輔が揃って風邪を引いたこと、けれど症状は軽いこと、それでも念のため休んだだけで明日、つまり今日には治ってるだろうし気にしないで、って感じで伝えておいたんだけど……。

「佳苗、おはよ。元気かー?」

 と。

 教室に辿り着いて真っ先に挨拶をしてきたのは葵くんだった。

「……おかげさまで完璧だよ。今の僕や洋輔は誰よりも健康的だとさえ思うもの」

「うん? なんか間があったような?」

「完璧って言葉を使って良いのかどうか悩んでね」

「佳苗らっしー妙な考えだなあ……」

 ……尚、現実は葵くん絡みで発生している問題、しかも僕や洋輔による身勝手極まりない問題を思い出してしまい、やむを得ず荒技を取ったからである。

 いや本当にどんな顔して葵くんと話せば良いんだろう。かといって席も近いし普通に会話があるのは当然だ。一時しのぎでは意味が無い。

 なので感情整備(いいきかせ)を自分に使い、気まずさや気恥ずかしいという感情をただの友情に書き換えた。

(俺にもやってくれそれ)

 じゃあこっち向いて。

 洋輔が僕の方を見たところで、洋輔と視線を絡めるようにして感情整備を実行。

 これでよし。

(いやこれで良しって、今の程度で利くのかよ。…………。利いてるわなこれ。うわあ理不尽)

 本来はもっと手順とか前振りが必要だったんだけど、どうも判定免除という技術を手にして以来簡単に使えるようになってしまったというか。

 この辺の技術革新が前後してたら地獄を見てたな僕達。

(全くだ。つーかその技術を真っ先に使う相手がまさか俺たち自身になるとはな……)

 ね。とはいえ自己制御や自律にも使えるとなると便利だなコレ。もうちょっと掘り下げておこうっと。

「心配掛けたのはごめん。でも本当に、今は大丈夫だよ」

「ならば良いけどね。昨日の休み時間は凄かったよ」

 休み時間?

「一時間目と二時間目の間の休み時間に鹿倉先輩が来ただろ。で、二時間目と三時間目の間に風間先輩。三時間目と四時間目の間にナタリア先輩、お昼休みには土井先輩と漁火先輩、藍沢先輩に皆方先輩って感じだな」

「入れ替わり立ち変わりで冷やかしか……。先輩達にもただの風邪だって伝えたのになあ」

「皆心配してたよ。本当に」

 と、葵くんの言葉に補足を重ねたのは徳久くんだった。

「最近に限らず、佳苗は頑張りすぎるからさ。なんでもできるにしたって、佳苗は一人なんだから。身体を大事にね」

「そうするよ」

 真剣に咎められてしまったのでただそこは頷くことにして、と。

「ところで昨日の授業の分、ノート写したいんだけど……、いいかな?」

「オレのでいいなら。はい」

「助かるよ」

 葵くんがはい、と取り出したのは三冊のノート。

 昨日は水曜日なので、授業は数学、国語、音楽、英語、あとは技術が二時間だからこれで全部と言うことらしい。

 ぱらぱらとめくって自分のノートにざっと描き写して。

「昨晩はよく寝られた?」

 と聞いてきたのは徳久くん。

「うん。けれどそこまで酷くも無いのにずっとベッドの上というのは、却って身体に悪いね……。僕は未だ飼い猫とうだうだ遊んでられたからいいけど、洋輔はひたすらに暇だったと思うよ」

「めっちゃ想像できるなー」

 葵くんはまずそう感心し、

「かくいうオレもよく寝られたんだけど。徳久はどうだった?」

 と逆に問いかけると、徳久くんは「ははは」と笑って、「はあ」とため息を吐いた。

「……あんまりよく寝られなかった。どうも最近は睡眠時間が偏ってる気がする」

「不眠症みたいな?」

「いや、ゲーム……」

「自業自得じゃん」

 葵くんの身も蓋もない指摘に徳久くんも苦笑を浮かべて居た。そんなものか。

「葵くんは本当に善く眠れたみたいだね」

「オレはすっきり眠るコツを知ってるからな!」

「…………。羨ましいような、」

 そうでもないような……。

 意外と大胆な葵くんだった。

 いや大胆もなにも普通は感づけないか、これ……。普段の僕達が真偽判定を掛けていたところで特に引っかからなかっただろう。本人が何も臆面無く言ってるから違和感を感じ取れなかっただろうし。

 変に葵くんのことを一方的に知ってしまっただけに、なんとも言えない感情になる。いや、この感情は本来気まずいとうものなんだろうけど……ね。

「はい、ありがとう。ノート」

「早っ」

「そうでもないよ」

「いや本当に早いと思う……」

 でも終わった物は終わったので、と返却してと。

 思った以上に授業は進んでいないらしかった。これなら洋輔もそれほど困るまい。

「ちなみに今日は体育あるけど、佳苗たちは大丈夫なのか?」

「うん。僕も洋輔も問題は無いつもり。普通にやるよ」

「無理じゃ無いなら良いんだけどさ。けど長距離走だよ」

「まあ……気乗りはしないけど、授業は授業だからね」

 やっぱり見学できるようにお母さんが手帳を書いてくれようとしたのは受けるべきだったか……、いやでも……。

 若干の後悔はさておいて、そんなところでやってきたのは郁也くん。その表情には心配がやはり大きく浮かんでいた。

「おはよう。元気?」

「うん。部活も大丈夫……だけど、演劇部の絡みでちょっとバレー部には遅れちゃうか」

「それは良いんだけど……。佳苗自身が気付いてないだけで、少しずつ疲れが溜まったんじゃないのかなって心配でさ」

「郁也くん。それは無いよ。過労で倒れるなんてことをするのだとしたら僕だけだ。洋輔と一緒に風邪を引いただけ」

「それはそれで、……心当たりがあるな。うん、まあいいや。本人が良しとしてるなら。ね、弓矢」

「そうだね」

 いつの間にかやってきていた昌くんが答えつつスマホを操作。

 そして画面を見せてきた。ゆーとのどアップ写真だった。

「こういう猫の写真を見せれば元気になるんじゃないかって晶が言ってて……」

「実際効果はあるかも知れないね。僕、薬を飲むよりかは猫を見た方が精神的には元気になるし。うちの亀ちゃん……飼い猫ね、亀ちゃんのニャンモナイトとかごめん寝とか、お腹の上でされてると愛おしいもの」

「いやそれは重くない?」

「猫に対する愛情は重さを消すんだよ」

 葵くんの野暮にも近い突っ込みにボケを重ねて返すと、皆がどうやらそういうものかと納得しかけていた。ゆゆしき自体だった。

「けれど本当に元気そうでよかったよ。土日はどうしようか」

「僕は問題ないんだけど……、でも、昌くんが不安なら延期でも良いよ?」

「うーん」

「土日? 何の話?」

「昌くんの家に泊まりに行く予定だったんだよ、僕」

「へー」

 感心するように葵くんが声を挙げる。ちょっと意外、そんな感情も交じっているようだった。

「念には念を入れるなら延期なんだろうけど。でも、そこまで大丈夫だって断言するなら平気かな」

「僕はそのつもりだね」

「じゃあ、予定通りで」

「分かった」

 なるほど、その確認をしたかったんだな。

 丁度話題が整理できたところでチャイムが鳴って、緒方先生が到着。

 皆がそれぞれ席に戻ると、徳久くんが号令を出した。

「おはようございます」

「おはよう。そしてよろしい、今日は全員揃ってるね」

 緒方先生は安心半分、からかい半分といった表情で僕や洋輔をちらりと見てからそう言った。皮肉成分が無いのが実に緒方先生らしい気持ちの良さだ。

「早速だが伝達事項から。いよいよ明日の六時間目には今度の社会科見学で行きたい場所を決めて貰うよ。それぞれ班ごとにあらかじめ決めておくこと。早めに終われば残り時間は自習、騒がない範囲ならば自由にして良いから、そのつもりで」

 露骨な飴だった。

 けれどその飴に群がるのが子供という物だ。上手いよなあ。

「次、来週の半ばに、この学校にお客さんが来ることになっている。海外の事業家さんでね、この学校以外にも複数の学校を巡っているそうだ。他の学校で問題が起きたという話は聞かないし、そうでなくとも他所様に迷惑を掛けては困る。皆もそのつもりでいるように」

「質問いいですか」

「なにかな、渡辺さん」

「そのお客さんって私たち生徒とふれあう機会がある……んですか?」

「うーん。直接的なそういうのは無いかな。けれど授業中に色々と見学をするらしいから、そこで妙な事をしないでくれたまえ、ということだね」

「なるほど」

 そして渡辺さんは僕が聞きたいことを概ね聞いてくれていた。

 海外の事業家さん……ねえ。ざっくりしすぎだな。何が理由で学校の見学なんかをしたがるんだか。

「それにしても物好きですね。中学校を回ってるなんて」

「それは……どうなんだろうね。確かに言われてみれば物好きなのかも知れない。高校や大学、小学校を視察するという話は聞いてないからな……」

「…………?」

 不意に言葉にしてみたら、緒方先生も疑問符を浮かべてそう答えた。

 中学校をピンポイントで回ってるってこと……?

 妙だけど、英語の教材でも作ってるんだろうか? いや、海外の会社が作ったものを日本で売るとは思えないし、かといって日本の学校をお手本に何かを作るというのも奇妙だよな。

「その会社、どんな会社なんですか」

「君は妙な関心を寄せているようだね、渡来くん」

「海外の人と交流できるかも知れない機会なんですよ。そりゃあ監視、ん、もあります」

「どうも何やら、致命的にニュアンスが違ってたような気がするけれど。ただの言い詰まりであることを願いたい所だね。それと、交流なんてしている暇は無いよ。予定だと午前中に来て、視察が終り次第すぐに次に向かうらしいからね」

「だったらなおさらですよ。今のままだと見に来たその人になれなれしく僕は話しかけると思うので、それを阻止したいならばどんな会社なのかくらい教えてください」

「君にドイツ語が喋れるとは思えな……、君ならばこの短い準備期間で多少は喋れるようになっていてもおかしくないね。まあ良かろう」

 チョークを手に取り、緒方先生は黒板に文字を記していく。

 英語……か。

「集団行動という物を君たちは知っているね。何せ日本の学校はそれを教え込む組織としては世界でも有数と言って良いほどに体系化されたものだ。君たちの時点で既に小学校の六年間、それを君たちは『当然のもの』、『当然の行為』として学んでいる。整列しろと言われた時、君たちはきちんと整列が出来るだろう? そして列をくんだまま指定したルートを歩くようにと指示があれば、君たちは嫌々かも知れないがそれを実行できるだろう? そういう『君たちにとっては当たり前』なこと――を、敢えて『研究』している企業なのだよ。世界の様々な国の子供達の行動を調べる事で、AIへのデータ活用をするらしい」

 だとしたらなおさら中学校しか視察しない理由がいまいちないんだけど……。

 小学校だとまばらにすぎて、高校ならば出来て当然。だから中学校。一番中途半端な時期が良い……無理があるな。

 現実としてそういう企業がある以上ある程度は真相なんだろうけれど。

 ましてや公立校が視察を受け入れているのだ、相応のバックボーンもあるはず。

 もしもそれが無いならばそれが答えだろう。

(ソフィア案件の可能性か?)

 うん。

 僕達がソフィアを探しているように、ソフィアにも僕達を探す理由がある。

 恐らく僕達と同じような理由で……ね。

(中学校しか視察しないのは、俺とお前を探しているだけだから……可能性だけならあるな)

 もちろん本当にただの企業が研究しに来るだけって可能性もあるけどね……。

「さて、これで満足したかい。あまりちょっかいは出さないでくれたまえよ、面倒ごとになったとき、最終的に一番困るのは私たち教員なんだからね」

「素直すぎませんか、先生」

「なあに。君たちは良い生徒だからね。無駄に私たちを困らせようなんてしないだろう……そのくらいの信頼はしてるってことさ」

 緒方先生の本心からの言葉に、皆の意識が切り替わったような、そんな感触。

 ……この先生はただ無意識にやってるんだよなあ。

 僕や洋輔だって、『煽動』という技術の習得には結構時間を使ったんだけど。

 結果はともかく無意識である以上、煽動とも違うか。

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