24 - 超技術の正しい使い方
1月14日。土曜日。
家庭教師の香木原さんがやってくると、いつものように挨拶を済まして僕の部屋へ。
慣れた感じに紅茶やクッキーを準備しておいて、と。
「家庭教師をしていてここまで生徒に気を遣ってもらえるのはここくらいだなあ……」
「そうなんですか?」
先生とは言えお客さんだし、このくらいはする感じなのかと思い込んでいた。
もっと雑で良かったのか。
(今から雑にするなよ?)
分かってるよ。
香木原先生と僕が同時に肩をすくめて、じゃあこの後についてを話そう、と香木原先生。
「そろそろ学年末テストに対策を立てていきたいんだけれど、どう思うかな?」
「そうですね。この前、担任の先生も忠告してました。冬休みが明けた以上は準備したまえ、みたいな感じで」
「なるほどね。今のところ佳苗くんの授業とか小テストをしている感じだと、平均を超えることは余裕だ。それどころか上位成績に食い込めると思う」
ただ満点は無理だね、と香木原先生。
「佳苗くんは特に最近、ケアレスミスがほとんど無い。とてもざっくりと回答を書いているように見えて、その実、尋常ではなく丁寧に回答を書いているからね……数学の途中式だって全く省略していないし、字も綺麗だし。だから、そういうところで減点はないだろう。更に佳苗くんの学力はもう標準を超えているから、平均点は余裕で超える。上位にも入れる。……けれど。佳苗くんが一番痛感してると思うけど、満点は……」
「取れませんよね……」
このままじゃね、と香木原先生は言った。
どうしても各教科に苦手なところがあって、そこで点を落とすのだ、僕の場合。
以前それに気付いた香木原先生がそこをなんとか改善しようとテコ入れをした結果別の所が苦手になるという現象も発生して、僕と先生の二人でほとほと困っていたり。
「素質は凄いはずなんだけど……、自分の教え方がやっぱり悪いのかなあ」
「それは無いでしょう。僕の性質的な問題だと思いますよ……たぶん、エネルギーみたいなものです」
「エネルギー?」
「エネルギー保存の法則」
あるいは質量保存の法則だったり、幸福量一定の法則だったり……後者はニュアンスが違っちゃうな。
けれど言わんとしていることは同じだ。
「ま、言い訳ですけどね」
「違いない。それで、学年末テストへの対策なんだけれど、どうしようか。無難に上位を狙うか、それとももう一度百点を目指してみるか。なんだかんだ、佳苗くんにならば出来るような気もするんだけれど」
「信じて貰えるのは嬉しいし、点が高ければ僕もお母さんもお父さんも喜ぶんでしょうけど……」
うーん。
「ちょっと部活回りが忙しいんですよね」
「部活回りというと、演劇部とバレー部の兼部だったね。どっちが忙しいんだい」
「両方です」
演劇部は新しい演目に向けてセットや小道具、衣装の作成に演技の練習が必要だ。
一報でバレー部は先行体験入部的なイベントに向けて準備をしなければならないし、それが終わったら終わったで春季大会に向けて調整と練習試合が増えることになる。
「他にも先輩達との関係だとか、あるいは地域的な交流だとか。案外やることが多いんですよ」
「……君はそこらの大人よりも忙しそうだね」
「それは違うと思いますよ? 大人と違って、仕事じゃないですからね。全部趣味だ」
一つだけ趣味とは言いがたいのもあるけれど、それはそもそも公言できないしな……。
「けれど、その趣味を楽しみたいというのも事実だからなあ。……勉強にどこまで割り当てられるか」
「家庭教師としては、満点を目指して貰いたいけれど……。それで無理にやらせてモチベーションが無くなられたら本末転倒だからなあ」
「違いないですね……」
「にゃあ」
と。
香木原先生との会話に割り込んできたのは当然のように亀ちゃんだった。
割り込んできたというか、僕の頭に着地したと言うか。
「にゃあ、じゃないよ。今勉強するんだから、邪魔はしないでね」
「にゃあ」
微妙に亀ちゃんはいらついているようだった。
ご飯ならちゃんとあげたはずだしな……、ああ、暇なのか。
「お勉強の邪魔はしないでね」
「にゃ」
「……うん。まあ、良いけれど、重くないのかい? その子」
「慣れっこです。で、テストなんですけど……」
「慣れっこで流すのか……」
流すのだ。
結局、テストについては今のペースを護ることにした。来年度になったらその辺のバランスもちゃんと考えようねと釘は刺されたけど、今は趣味を楽しんだ方が良いよ、というのが香木原先生からのアドバイスである。
ちなみにお母さんもこの方針にはすんなりと同意してくれた。
曰く、
『そりゃあ満点とかを取ってくれるならばそれで困る親はいないけれど、そこそこ佳苗は言い点数を取ってるんだもの。香木原さんのおかげよね。それに佳苗にとっての大事を大切にしてくれているんだから、反対する理由なんて無いわ』
とのことである。
ひいき目に見ても良いお母さんだった。
いつも通りの授業を終えて香木原さんが帰る頃にはもういい時間で、お風呂を済ませてさっさと着込み、
「それじゃあおやすみ」
「おやすみ、佳苗。けれど洋輔くんと遊ぶんでしょう、どうせ」
……バレバレだった。
「あんまり夜更かしするんじゃ無いぞ」
「はあい。とりあえず、お父さんもおやすみ」
「ん。おやすみ」
バレバレだけど建前としてはしない理由もないし、おやすみなさいと挨拶をしたら自室に戻る。
亀ちゃんが洋輔をバリバリと引っ掻いていた。
「元気そうで良かったよ」
「そう見えるか?」
「うん。亀ちゃんがだけど」
「俺はどうなる」
「血も爪も出てないただのじゃれ合いだしセーフ」
見た感じはバリバリとしている感じだけど、実際にはそんなことはない。ただの猫パンチだし。
けれど流石に洋輔も可哀想なので、亀ちゃんを回収、抱き上げて肩に乗せる。
「さて、それじゃあ始めようぜ、報告会」
「そうだね」
というわけで、一週間弱で僕や洋輔が色々と試行錯誤をした結果としての成果をお互いに報告することに。
何を試行錯誤したのか、というと、これは喫茶店から貰った空間整理という技術の基礎的な部分だ。
そもそも空間整理という技術は何かって話になるんだけど……。
「前提条件として、空間整理が干渉するのは『空間そのもの』じゃあない。それを『観測する側』なんだよね」
「そう。意識の集中性とか、そういうものを巧みに誤魔化す技術……極めて規模の大きいミスディレクション。手品で使われるような技術の拡張版。観測側の感覚を感じ取り、その感覚を少しずつずらして行くという技術……ぶっちゃけ、これは――」
「真偽判定の兄弟。だよね」
「ああ」
空間整理という技術を知るために、まずは僕達が当然のように使っている真偽判定という技術から振り返ろう。
真偽判定。対象が本当のことを言っているのか、嘘を吐いているのかを判別する技術。それも超常的な現象というより、心理学のまがい物のような形で、細かい目の動きや声のトーン、あるいは呼吸の波などから逆算されるものである――だからこれの初歩的なものならば、きちんと訓練さえすれば誰にだって使えるだろう。相手が意識を持っているならば。
で、これを少し進展させると真偽判定は二つに分けることが出来て、動作型と問いかけ型になる。動作型は『相手の行動から真偽を判定する』、問いかけ型は『質問への回答から真偽を判定する』という違いがあり、動作型はその的中率が低くなる代わりに複数の対象を同時に取ったり常時発動できる強みが、問いかけ型は的中率が高くその『先』への応用方が多い。
僕は主に動作型が得意で、洋輔は問いかけ型が得意なせいか、真偽判定の応用編の得意苦手も偏っていて、占い師のように利益不利益を提示して自分で結論を出したと思い込ませつつ術者の都合の良いように相手を誘導する思考誘導は洋輔が結構得意としている割りに僕にはほとんど使えないし、他人の感情を別の感情にすり替える、たとえば『楽しい』を『好き』にしたり『悲しい』を『苦しい』にしたりする感情整備は僕が得意だけど洋輔には殆ど使えない。これは多分、それぞれの応用編が動作型に由来するか問いかけ型に由来するかという点に加えて僕や洋輔の性質がそうさせているのだろう。
ちなみに僕も洋輔も真偽判定は『他人が嘘を吐いているかどうか』程度にはよく使うけど、それ以上の形ではよほどでもないかぎり使っていない。あまり気分の良い物でもないしね。
これが前提。
その上で、空間整理というものを僕達なりにかみ砕いた結果を表現しよう。
「空間整理は、より積極的に他人の認識へ干渉するための技術。催眠術の類いというのが一番しっくりくるかな。認識の前提、『思い込み』の部分にさえ干渉することで、特定の場所や者にたいする意識を強くしたり弱くしたりする。そのための総合的な話術であったり、あるいは動作であったり」
「正直これ単体で考えると使い勝手が異常に悪いな。意識への干渉ってのは十分びっくりな技術なんだが、効果の継続性や規模の確保を考えると費用対効果が馬鹿らしい」
但し規模を大きくすればするほど比較的コストがマシになっていくという、ちょっと珍しいタイプの技術でもある。
「まあな」
で、この空間整理のメソッド化……明確な手順化を行うことで、喫茶店はある程度信頼出来る人避けが実現化できたのだろう。その規模は一つの道路を事実上封鎖できるほどで、それは十分大きいんだけど、百パーセントの効果が恒に発揮できるわけでは無い。だから徳久くんのように何かの拍子に紛れ込むとかはあり得るわけだ。
ちょっとそれでは信頼性に欠ける。
じゃあどうするか?
僕はまずそう考えた上で、空間整理を魔法や錬金術で補強できないかと考えた。聴覚的だったり視覚的なものならばいくつか干渉できるし。
「俺もだな。魔法を使えば光学迷彩は既に実現可能、ならばもっと簡単にかつコストを抑えてできるんじゃねえかと考えた。で、それをしている間に『いやこれ前もやったな』と気付いた。お前もか?」
「うん」
『前にもやった』――真偽判定でやった。
僕と洋輔が使っている真偽判定は、本来のその技術に自分なりの得意を掛け合わせることでその効果の信頼性を引き上げている。それもかなり大幅に。心を読む道具なんてものはないけれど、呼吸の大きさとかを明示するための道具とかはあったし。もともとは医療器具なんだけどね。
で、そういう『前に似たような事をやったな』と思った時点で仮説を立てて検証した結果、少なくとも僕は『真偽判定と空間整理は原理的には同じ仕組みだ』と判断したわけである――洋輔もそうだったということだ。
「仕組みが同じというか、利用している部分が同じというべきだろうな。共通した土台を別の方向性で使ってると」
「確かにそっちの方が正しいね」
それが何を意味するのか?
つまり僕達が真偽判定を強化するに当たって色々と試行錯誤してきたあらゆることを殆ど流用できると言うことであって、更に僕達のその強化に使った技術を介することで結合の可能性が出てくると言う事だ。
「やっぱりそこまで見るよな」
「うん。洋輔はどうだった?」
「ある程度形には出来た。お前もだな。この前使ったアレは空間整理も帯びていた」
その通り。
要するに空間に対して真偽判定のようなことを行う。
厳密には、『空間に対する認識』に対して真偽判定を挟み込む。
だから『逆』に、空間整理を真偽判定に挟み込むことだって――もちろん出来るわけだ。
「僕が名前を付けるなら、判定免除かな」
「俺だと真偽整理になりそうだ。ってことは――」
やっぱり僕と洋輔で発展のさせかたが大分違ったと言う事である。
「今晩中にできることと出来ない事の確認は済ませておこう。お互いにいざという時には頼れるように」
「ああ。もっともそんないざという時が来ないことを願いたいもんだ。少なくとも平和な地球上でいちいち使いたい技術でも無い」
「ソレは同感」
他人の意識を塗りつぶすようなものだし、それは一過的には楽しいのかも知れないけど、後々罪悪感が湧き上がってくるものなのだ。
……それに必ずしも永続するわけでも無いし、我に帰られた後に面倒な事になるし。
「でもさ、洋輔の場合は少なくとも使うつもりがあるよね、一個」
「ん? いや、ねえけど」
「エロ本とかの隠し場所は、」
「その手があったか……」
…………。
藪を突いたのはこの場合僕と言うことになるのだろうか?
その結果蛇が出てきたら問題だけど今回は藪が消えたのでセーフだと言う事にしておこう。
「あとはこういう夜にこっそり企みごとってのも隠そうと思えば隠せるな……やるか?」
「うーん。却って心配させる気もするんだよね。どうせお母さんたちは僕達が大人しくしてるなんて思ってないだろうし、ならばある程度『またゲームでもしてるなあいつら』程度には思わせておいた方が自然だよ」
「……まあな」
そう。それが自然だ。
変えられるからといって変えることにはリスクが大きい。
それになにより。
「変に弄って平和じゃ無くなるのが一番嫌だ」
「それは、言えてるな」
とはいえその結果、このすさまじい技術の唯一の使い道がエロ本隠しというのは浮かばれないなあ、なんか……。
――僕達はその時、そんな事を言って誤魔化していた。
今にして思えば、それは。




