21 - 兼部ならでは
男子バレー部の新居となる旧更衣室はやっぱり広く、元の部室の倍……は言い過ぎでも、そのくらいの感覚を受けるほどの広さがまずあった。
ロッカーを壁際に並べることで中央には結構なスペースが確保できるほどで、ベンチがいくつか並んでいても全く行動に差し障りは無いほど。
ちなみにベンチは現状五脚あるんだけど、これは中央に今はひとまとめになっている。ミーティングをする時は円に近づけて皆で座り、映像を確認する時はモニターに向けて谷状にする感じだろうか。
そういう様々な可能性が導き出せる程度には広い、というか広すぎるのだった。
しかもこれだけではなく、この旧更衣室は他校の生徒などが来た時に使えるようにとしていたこともあって、プールと同じようにシャワー室が隣接されている。
構造的にそもそもプールの更衣室とよく似ているのは、たぶん同じ設計なんだろうなあ……と思わせる感じがするのはまあそれはそれとして、シャワー室は半個室が六つある形だ。一気に全員で済ませることはできないけれど、一回交代すれば全員が使えるんだから十分だろう。
尚、シャワー室には部室とはまた別の鍵が掛かっていて、生徒の一存では使えないようになっている。小里先生かコーチのどちらかが鍵を開けた時に使って良いよ、ということらしい。
とはいえ、全く生徒のタイミングで使えないというのも困るので……と、小里先生は述べた上で、
「そこでシャワー室の鍵なんだが。渡来、お前に預ける」
と爆弾を落としてきた。
「はい。はい? え、なんで僕? 土井先輩か風間先輩か……一年でも、まだ郁也くんのほうがいいと思いますけれど」
「お前以外は基本的にバレー部として活動するからね。バレー部で活動している限り、私かコーチか、そのどちらかと行動していると言うことだ。だから必要は無い。けれど渡来、お前は演劇部の絡みもあるから、少し遅れてくることが多いだろう。その辺を考慮した……というのが、建前」
「建前……」
いや、建前なのは真偽判定を通してバレバレだったけど、じゃあ本音は何かという話だよな。
「ご褒美という側面もあるし、いざというときの保険だな」
「…………?」
ご褒美。嘘では無い。
保険。これも嘘じゃ無い。
その二つを掛け合わせると……、うん。
「つまり『もう演劇部で演劇関係の鍵を持ってる相手に鍵を持たせておけばリスクは集中する』ですか。そのリスクを嫌って僕が大人しく使えばそれが最上、最悪僕が悪用するようなことがあれば僕を初めとして全生徒から鍵を取り上げられると」
「ま、そういう事だ。嫌ならば受け取らなくても良いが、どうする」
「基本的には受け取りたいんですが、一つ確認を。先生。そのシャワー室なんですけど、場合によっては演劇部として使う事も出来ますか?」
「ん……? 演劇部として?」
「はい。今までも水泳部の協力の元、プールのシャワー室とかを使ってたことはあるみたいですけれど、体育館での通し練習の後だとかならばこちらのほうが近いですし……」
「事前に一声かけるなら……かな。シャワー室にこの更衣室……今はもうバレー部の部室だが、部室を通らないといけない。一声は掛けて貰いたい」
「わかりました」
というかダメ元の提案だったのに受け入れられてしまったか。
実際使うかどうかはさておいて、いざという時に使えるかも知れないというだけで上々だ。あとで祭部長に報告しようっと。
で、シャワー室周りの説明が終わってからようやく、改めてロッカーの割り当てを開始。
更衣室のロッカー、ではあるけれど、練習試合にくる他校生が使って不足が無いように、普通の部室に置かれているものよりもちょっと大きめのものが設置されている。
「好きなところを使え、って言いたいけど。後々困るな」
「当面は学年で区分けしておけば良いんじゃない? 後から増えたりするかもしれないから、ある程度分散させて」
「そうするか」
土井先輩と風間先輩のやりとりでざっくりとした方針が決まり、結果、僕達、現一年生が使うロッカーは部室の左奥の一角、現二年生が使うロッカーは右手前の一角に。
あえて対角線に用意したのは、来年度の新一年生を固定するためだそうで。
「なら左手前が新入生?」
郁也くんの問いに風間先輩が「別にどっちでも」と答える。
けど、郁也くんには策があるようだった。
「佳苗頼りの部分もあるんだけど……。レイアウト変えて、右奥の一角のロッカーをどかして、そっちにモニターを置いたらすっきりするなって思ったんだけど。だめですか、先輩」
「あー……なるほど、そっちにモニターを置けば扇型にベンチ置けば良いな」
「はい」
できるか、と風間先輩がちらりとこちらを見てきた。
とりあえず邪魔になってるロッカーに近付いて、持ち上げる。よし。
「問題なさそうです」
「…………」
まあいいや、と諦めたらしい漁火先輩の指示に従ってレイアウトを大胆に変更。
パーティションのように設置してしまうのはどうかという話も出たけど、それでは空間が狭くなると言うことで却下された。必要ならばパーティションを別に持ってくれば良いだけだしね。
「そうそう都合良く間仕切りなんて調達できるのか?」
「演劇部の部室にいくつか余ってますよ。祭部長とか緒方先生に言えばオッケー貰えると思います」
「この部活、渡来にかなり頼ってるところがあるような気がする……」
それは一部は真相でも、実質的には気のせいだろう。
結局プレイヤーとして、僕はまだまだ中途半端だし。
結局全体的にロッカーの位置を詰めることでぴったり収納。
右奥の一角だけロッカーがない状態になったので、そこにモニター台を設置……、ふむ。
「コーチ、先生。演劇部のお古になっちゃいますけど、プロジェクター一式、あったら使います?」
「え、あるのか?」
「はい。この前のコンクールで新しいスクリーンが寄贈されまして。かといってプロジェクター一式を捨てるのも勿体ないし、どっかに譲ろうって所までは話が進んでます。使うならバレー部に持ってきますよ」
「……いいのか?」
「いいんじゃないですか? ……ちょっと、スマホ使って連絡してみます」
「うん」
先生の許可も出たのでスマホを操作、祭部長に連絡……、可能なら通話したいんだけど、と補足を入れると、すぐに着信。
『もしもし、どーしたっすか?』
「すみません。えっと、例のプロジェクターなんですけど。バレー部で貰って良いですか?」
『バレー部? ああ。部室が変わる次いでのレイアウトっすか。いいっすよ。目の前にさゆりんもいるんで、すぐに手続きしておくっす』
「はい。それと、バレー部の部室に併設されてるシャワー室の鍵を貰いました。演劇部で使っても良いそうです」
『グッジョブっす、かーくん。音響系は?』
「そこまで良いものは必要無いかと」
『なら適当に見繕ってまとめとくっすよ。今日取りに来るっすか?』
「えーと」
会話は一応スピーカーモードでしていたので、今の会話はバレー部の一同が聞いていた。
頭を抱えているのが数人と、単に喜んでいるのが数人、あとは展開がよくわからないと困惑している感じだろうか?
「後で僕が取りに行きます。ただ、時間はわからないので、鍵はそのままで大丈夫です」
『わかったっす。任せるっすよ』
「はい。以上で僕の用件はおしまいです。ごめんなさい」
『どういたしまして。じゃ、また明日』
「また明日」
ぴ、と通話を切って、
「ということでオッケーだそうです。出力機材もセットで、読み込み対応はSDカード、CD、DVD、BDくらいになりますね。USB接続もできます」
「贅沢だな、演劇部って……。とはいえ、今回はありがたく戴こう」
小里先生のゴーサインも貰ったので、機材を置く前提で台のレイアウトを変更。
実際に機材を移動するのは手続きの問題もあるので、明日ということに。
そして一通りレイアウトが収まったので、実際にそれぞれ誰がどのロッカーを使うかを適当に決定。
といってもあんまりバラバラに使うのも問題だし、全体を使うわけでは無い。なんというか無駄が多いな……まあいいや。
「佳苗はロッカー、どうする? 二枠使う?」
「うーん」
演劇部の荷物置きとして何度か使ってたからな。確かに使わせてくれるならばありがたいけど、あれは部室棟だったからできたことでもある。部室棟は校舎とか体育館と微妙に離れているという独立性が使いやすかったのだ。
で、この新しい部室は体育館の一部という意味合いが強い。一応練習相手がそのまま公手に出られるように通路はあるけど、それでも独立性が失われた感は否めない。
「いいや。今は演劇部の部室の鍵もあるから、そんなに荷物を置かなきゃいけない理由もないし」
大荷物ならそれこそ第二多目的室に直行でいいもんな。
ということで僕の新しいロッカーは一番隅っこになった。端から埋めていく形なので、すぐ隣が郁也くん、その次が咲くんという並びになる。
ちなみにロッカーを遠慮無く二枠使うと宣言したのが一人居て、それが意外なことに水原先輩。そこまで主張が激しいタイプではないとこれまで感じ取っていただけにちょっと不思議。実際には四年生の四人が共用する感じになるのかもな。
特にここまで異論もなく、自然にことが運んだからか、小里先生もコーチもちょっと上機嫌だった。
あとは今年度の残ったスケジュールの簡単な確認をして一旦解散。
鷲塚くんたちが早々に帰っていく中、僕もロッカーの整頓を終えて、と。
「佳苗、この後の予定は?」
「特になかったけど、演劇部の部室かな。祭部長のことだから一通りやってくれてるとは思うけど、そのお手伝い」
「そっか」
「郁也くんが用事あるなら、そっち優先するよ。あくまでおまけだし」
「んー。用事って程でも無いかな。この後剣道部の見学に行くってだけ」
「剣道部……、なるほど」
気が向いたら剣道場にきてよ、と郁也くん。
「じゃあオレも行って良いか?」
そして意外にも口を挟んだのが咲くんである。
「もちろん歓迎するよ。けれど、咲って剣道に興味あったっけ?」
「それほど興味津々ってわけでもないけど、ほら、たまーによく知らないものを見てみたくなることってあるじゃん」
「九人制バレーボールとか?」
「あったなあ……」
野球とクリケットくらいには別物だと思う。
いや流石にクリケットに失礼か。
奇妙な会話をしながら郁也くんと咲くんが歩き始めたのを見て、さて、僕も演劇部の部室……、の前に、まずはコーチの元へ。
「コーチ。ちょっと良いですか」
「なんだい」
「大きいホワイトボードは要りますか」
「……あるのかい?」
たくさん余ってます、と頷くと、コーチは小里先生に視線を送った。
「渡来。演劇部の備品が余っていて、他にも使えそうなものはあるかい?」
「僕に思いつく範囲だと、それこそホワイトボードくらいなんですけど……、逆に、こういうのが欲しい、とかはありますか?」
「改めて言われると難しいな……」
そうなのだ。
ホワイトボードとセットでマグネット類とかも持ってこられるだろうし、結局は順次という気もする。
「使えそうなもので、特に許可が要らないものは今度まとめて持ってきます。許可が要るものは……要相談ということになりますが」
「わかった。人手はどのくらい欲しい?」
「人手?」
「いや、物を運ぶんだろう?」
「ああ。それは僕と洋輔……えっと、幼馴染のお友達とかでなんとでもなるので、気にしないでください」
「しかし、演劇部側にいまいち見返りが無いだろう?」
確かに。
かといって今度やる劇を手伝って貰うというのも何か違うんだよな……祭部長もそこまで見返りを要求するタイプじゃないし。
……いや、そうでもないか。
「シャワー室の使用許可をこれで貰ったと言う事にしていただければ、手っ取り早いかもしれません」
「ああ……、本当にそれでいいのかい?」
「はい。とはいえ、一応祭部長に確認はしてみます。小里先生も緒方先生に確認してくれますか」
「分かった。そうしよう」
納得してくれたようなので、これにて、と新しい部室をもう一度眺める。既に二年生の四人も去っていた。どこかに用事があったのかも知れない。
「それにしても先生は、よく僕なんかに鍵を渡そうと思いましたね」
「渡来が問題を起こす可能性を危惧しないと言えば嘘になるけどね……、でも、生徒を信じるのも先生の役割だろう?」
「そう言っていただけるのは嬉しいですよ。本心がたとえ、緒方先生にお願いされたからだとしても」
「……鋭いな」
そりゃまあ。
真偽判定かけてますから。
新しい部室はこうして、古い部室と比べてはるかに良い環境へと変貌した。
(プロジェクターをいちいちセッティングしてまで使うよりモニターで見た方が早いんじゃねえの?)
…………。
洋輔、無粋なことは言わないで欲しい。
(言ってねえよ。思っただけだ)
ああ言えばこう言う、だな。
洋輔の供述通り、言ってないんだけど。
尚この後、折角なので剣道部の見学もしていったのだけど、堅実に昌くんは強かった。
顧問を倒せる程度には。




