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生命存略夢現  作者: 朝霞ちさめ
第一章 年々歳々/歳々年々
22/111

20 - 三十二分の軌跡

 自分が急げばどうにかなるような類いのことでも無い。

 なので結局、今日もいつも通りに学校生活……いつも通りとは言え冬休み明けの二日目だ、機能と比べれば大分マシとはいえまだまだたるんだ空気は残っている。

 夏休みと同じなら明日くらいまでは続くかな。さすがに金曜日には戻ってると思うけど、確証は持ち得ない。

 で、お昼休みの間にまた祭部長のもとへと向かうと、

「お、かーくんだ。バレー部の話っすね?」

 と機先を制された。

 話が早くて助かるものだ。

「土井から聞いたっすよ。今日はさゆりんと少し相談があるけど、ナタリアも別行動っすから、演劇部の部室にこなくても大丈夫っすよ。ただ、今日の相談結果は明日、ナタリアとかーくんに会わせて説明と、改めて相談をすることになるっすから。明日は出てほしいかな」

「わかりました。……ちなみに昨日、僕はクラスメイトの家に遊びに行ったんですけど」

「うん? それがどうかしたっすか?」

「その子の名前は弓矢昌といいまして」

「理解したっす」

 そういえば剣道部の部長とクラスメイトだったっすねえ、と祭部長。本当に話が早くて助かるな。

「それを確定するのが今日で、さゆりんと色々と確認が必要なんだ。明日はそれを踏まえて、どの部に手伝って貰う必要があるかを相談する感じっす」

「なるほど。現状ではまだどっちとも言えませんか?」

「いや、予定通りならばかーくんと剣道部にはお世話になるっすよ。時代劇のほうになると思うっす。ただ、セットやら小道具やら、内容面でも学校の意向が最優先になるから、その辺の確認を今日するってことっすね」

 納得。

 僕や洋輔にとっては別に日本刀だろうが西洋剣だろうが家や自室にオブジェ感覚で置いてあってももはやさほどの違和感を覚えないけれど、普通は銃刀法違反だしな。模擬刀は特に登録が要らないんだったっけ? 今度作ってみるか。

「かーくん。まさか刀も作るつもりっすか?」

「え、だって時代劇でしょう。ちゃんと刀みたいなのを作らないと……」

「そうっすか……」

 そのこだわりは良いけれど、犯罪にならない範囲で頼むっすよ、と祭部長は表情で釘を刺してきた。

 本当に……話が早いというか察しが良いというか。

「それじゃあ、今日はこれで。バレー部にそのまま出ちゃいますね」

「了解っす。ふぁいとー」

 なんとも気の抜ける応援だった。

 しかもなんかにやついてるし。

 ひょっとしたらバレー部の用件も知ってるのかな? 土井部長から話が行ってたみたいだし、そこで簡単な概要くらいは教えられてたって不自然ではない。

 意外と器の底が見えない人なんだよな……そもそも器の大きさもよく分からない人なんだよな、祭部長って。

 微妙に失礼な事を考えつつクラスに戻って午後の授業の準備をすることに。

「って、今日はどっちだっけ、午後。家庭科? 技術?」

「家庭科だよ、佳苗」

 と、ロッカーの前で呟くと、さらっと答えてくれたのは郁也くん。その手には裁縫用具が既に握られていた。

「ありがと。それと、部活なんだけど」

「うん?」

「演劇部、確認してきた。今日は集まらないで良いって言うから、ホームルーム終わったらそのままバレー部行くよ」

「あ、そうなの? 良かった。じゃあ一緒に行こうよ」

「そうだね」

 ロッカーから裁縫用具を取り出して、と。

 郁也くんは少し上機嫌そうだ。

 もしかしたら今日の内容、知ってるのかも……って、もしかして知らないのは僕だけなのか?

 ううむ。

 まあいいや。

「家庭科室も一緒に行こうか、郁也くん。昌くんも呼んで」

「そうだね。あきちゃん、準備してー。けど、鶴来は良いの?」

「そもそも教室に居ないし。洋輔は人長くんとかと一緒じゃない?」

 多分。

(正解)

 当たっていた。

 一分ほど待つと昌くんも準備を終えたようで、「ごめんごめん、お待たせ、坊、佳苗」と申し訳なさそうに言う。別に良いのに。

「あきちゃん、それで、ゆーとのその後の様子。教えないで良いの?」

「そうだね。もっとも佳苗ならば言わなくても分かるかも知れないけど、びっくりするくらい元に戻ったよ」

「それはよかった。あの子は素直だからね……それに」

 完全な意思疎通(テレパシー)とまでは言わずとも、一種の感情疎通(シンパシー)くらいならば飼い主と飼い猫の間ではそれなりにできるのだ。

 あくまでもそれなりになので、餌をよこせと行っているような気がするとかその辺が限度のケースも多いけど。

「急に現実的に……」

 そんなものだった。

 というわけで移動を済ませ、家庭科室で午後の授業。

 今日の授業では、これからの二ヶ月で自由になにか裁縫をしてみようということの導入だった。ミシンの使用もオッケー、但し条件として、メインとなる布以外にサブの要素を入れること、ビーズなどの装飾品かボタンを用いること、そして刺繍を一カ所以上に行うこと等の指定があり。

 布については準備されているものから自由に使って良く、また完成品の大きさや形は問わない。小さいポーチのようなものでもいいし、エプロンなどでも良い他、たとえば刺繍に全力を挙げたハンカチなどでも可とのことだ。

「何でも良いって言われると困るなー。佳苗は何作るつもり?」

「んー。どうしよっかなあ。前多くんと徳久くんはどうするの?」

「オレは袋を作るつもり。将棋の駒とかがしまえるようなやつ。刺繍も入れたい!」

 頑張れ。

 というか葵くんは手先が器用だし、そこまで苦戦しないようにも思えてくるから不思議だった。

 その一方で、

「俺はどうするかな……、あんまり細かいのは作れないし。刺繍も苦手だし」

 と、徳久くんは困惑中。

 徳久くんも決して手先が不器用ではないんだけど、いまいち苦手意識が拭えないらしい。

「……それで、佳苗。さっきからもの凄くテキパキと手を動かしてるけど、何を作るんだ?」

「ん? んー。布とか自由に使って良いとか言われても困るから、刺繍入れて猫の服でも作ろうかなーって」

「猫の服、って猫に着せる服か?」

「いや、猫の刺繍が入ってる服ってこと」

「はあ。服?」

「うん。シャツだね」

 言いつつ眼鏡の昨日、『理想の動き』でテキパキ作業。

 本来ならば『ふぁん』で終わる作業だけど流石に不自然極まりないので、大きな鶯色の布を適当に見繕い、チャコペンで頭に描いた完成品を元に展開図を作成しつつマーキング、裁ち鋏でざっと切ったら刺繍用の針と糸を準備、っと。

「いや早いよ。早すぎるよ。え、何作ってんの?」

「シャツだよ?」

「え、シャツ? でもこんな形じゃ駄目じゃない? 全然シャツっぽく無いし」

「そこは袖になるやつだね。型紙使ってないから綺麗に出来るかは不安だけど、まあなんとかなるでしょ」

 よし、刺繍は白と黒をメインにオレンジとかを使っていこう。亀ちゃんをイメージした感じでしっかり猫っぽくしたいので、ちょっと手間でもフリ縫いだ。

 ざくざくと進めて進めて、刺繍が形になるまで二十分。流石に時間が掛かるな。

 ともあれ刺繍は終わったので、あとは仮縫い。袖や裾もあらかじめざっくり用意はしておいて、終わったところでミシン台へ。

「先生、ミシン使いますね」

「は、はい?」

 決まったとおりにダダダダダダダとミシンをかけて、最後にひっくり返して形を確認。

 最終的に掛かった時間は三十二分。やっぱり時間が掛かるものだ。

「うーん。もうちょっと刺繍ふやすか……いやでもこれ以上刺繍入れると普段着にしにくいな……部屋着でならありかな……、徳久くんと前多くんはどう思う?」

「いや早すぎるだろ。先生も固まってるよ。え、ていうか目の前で作られてて思ったんだけど、なんか十倍速くらいで行動してない?」

「してないよ?」

「あんまりにも早すぎる……、しかも早いだけじゃ無くてすごく丁寧だし。うわあ、かろうじて布質に手作り感あるだけでそのまま売ってそうなシャツ……いやシャツにがっつり刺繍が入ってるのはあんまりみないな……」

 葵くんはまず突っ込み、そして徳久くんは感心の声を挙げた。

 ちなみに家庭科の先生はぽかんとしている。この先生、たしか裁縫部の顧問でもあるんだよね。

「迷いの一つもなくざくざく適当にやってるように見えるのに、どうしてこうも綺麗に完成するんだろう……」

「演劇部で色々と作ってるから、このくらいシンプルなのならばなんとなくで作れちゃうみたいな?」

「なんとなく?」

「うん。ドレスとかと比べればかなり構造は楽だもの」

「比較対象がおかしい」

 今日の葵くんの突っ込みは鋭かった。

 けれど現実として目の前に完成品が、しかも速度はともかく正当な手順で産まれた場所を目の当たりにしたからか、それほど強くは出られないようだった。

 ま、提出まではまだ二ヶ月近くあるのだ。それまでに改善していこう。

 結局この日の授業は他の子達をちょっとずつ手伝ったりして終了。

 家庭科室を出るとき、一定の完成をしているシャツを広げて困っている家庭科の先生がいたりもしたけれどスルーし、帰りのホームルームへ。

 緒方先生からの連絡事項に特別なことはさして無く、特に問題なしの無事解散と相成ったので、そのまま郁也くんと一緒にバレー部の部室へと直行することに。

「着替えないで良いって言ってたけど、本当に良いのかな」

「いいと思うよ。というか、着替えられないと思う」

「え?」

 どういうことだろう。

「着けばわかるよ」

「…………?」

 嫌なニュアンスではないので大人しく従い、到着した部室棟。

 二階に上がって、バレー部の部室……ん?

「これは……」

「お、今日は早かったな。入ってくれ」

「はい」

 と、感想を漏らす前に小里先生がこっちに気付いた。

 中には二年生の四人と僕と郁也くん、それに小里先生、春川コーチ。

 まだ来てないのは一年四組の面々だ。ホームルームが長引いているのかな、とか考えている間に続々到着。

 一部の例外を除くと、部室の中の状況にちょっと困惑している子が殆どだった。

 具体的には土井先輩と風間先輩、郁也くん以外は困惑模様だ。

「さて、全員集まったところで先に要点だけ。男子バレー部は前年に多大な功績を残した。それによってコーチを招き入れたんだけど……、去年の段階で保護者会があったのは知ってるかな。そこでバレー部の成果がアピールされたんだ。そしてその場で、保護者会側から提案があり、その上で更に地元商店街の後援も得られるということになったからな。学校はここに決断した。バレー部の部室をグレードアップする」

「グレードアップ?」

「うん。体育館倉庫の横に更衣室があるのは知ってるな?」

「はい。他の学校の子たちが練習試合とかに来た時に使うものですよね。確か二つある……、まさか」

「そのまさかだ。その片方がバレー部の新しい部室になる。備品は概ねあるものを使う事になるな。モニタとかは持っていくが」

 ……わお。

 この部室も決して狭いわけではない。本来ならば二十人くらいまでは不自由なく使えるだろう。それを十人で使っている時点で豪華なんだけど……。

 移転先とされているその更衣室は体育館更衣室のことで、さきほど水原先輩が言った通り練習試合に来た他校生などが使えるように準備されているものだ。

 定員は四十名、それが二つ。なんで二つあるのかという点については、もともと男子更衣室と女子更衣室として設計されていたからなのだそうで。

 で、この他校生用に整備された部室にはこれまで使っていた部室とは明らかに異なる点が複数在る。

「つまりバレー部はこれから、直接的に体育館と出入りが出来る位置の部屋に拠点が遷る。単純に広くなるし、ロッカーも大きくなる。椅子を並べればちょっとした作戦会議もできるな。それと……、シャワーの使用許可も出た」

「マジですか」

「ああ、マジだ」

 その中でも特に異なる点はシャワールームの併設だ。

 まさかシャワーの使用許可まで出るとは……、かなり本腰を入れてきたな。

 公立校がそこまで思い切るとは、いくら保護者会の提案があったからといってもそれだけとは信じがたい。

 となると、

「男子中学校バレー連盟あたりから何か言われたんですか?」

「惜しいな。紫苑や日熊の監督……特に日熊の監督、U-15の監督でもある日沢氏がな、強く要望したらしい。バレーボールの発展のためにも最大限の支援をしたいと。……実は渡来、君が可能ならば転校して欲しいとまで言われている」

「お誘いはとても嬉しいですけど、僕にとっては演劇部の方が優先ですから……」

「だろうな。その点も話して、ならば設備だけでもひいきするべきだ、と。日沢さんが言ったんだ。言外に『これ以上成績が残せないようならば、可能性を摘み取ったのはこの学校に他ならない』――なんて言いつつね」

 なるほど、事実上の外圧があったのか……。で、商店街などからある程度の資金援助も見込めるから、ならばやるか、と決めたと。

 納得。

「部室の鍵は従来通り、風間、土井に渡しておく。但し村社、渡来、それと曲直部。お前にもだ」

「いいんですか?」

「新しい部室はそれなりに設備が充実しているからな。鍵を開けっぱなしとはいかん。だから遅れることが多い渡来には渡しておく。曲直部は他の一年と一緒に咲に準備したりする時に必要になるだろう? 村社は自主練の後片付けもあるだろうから、その例外だ」

 必要があるなら鍵は渡すよ、と小里先生。

 二年生は……、ま、貸し借りでどうにかなるか。

 一年生もソレをしたって構わないだろうし。

「それでだ。今日はその発表に加えて、引っ越しを行うぞ。それとシャワーの使い方とかも説明する。それが終わったら、今日は解散だ。良いか?」

 異論は出ず、それぞれロッカーの中身を移動開始。

 ちなみに空き室となる元バレー部の部室は、当面は空き部屋になるそうで。新しい運動部が出来たらそこにはいることになるんだろうな。でも新しい部活を作るの難しいからな、どうするんだろう。

 前にちらっと話があった競技ダンスとか……? まあ、運動部と言えば運動部か。でもアレはどっちかというと文化部側に部室があった方が便利だと思う。活動場所、体育館も使うだろうけど、基本は多目的室だろうし……。

「渡来。待て。ロッカーは持っていかないで」

「え? ……ああ、ごめんなさい。ちょっと考え事してました」

「考え事してました、で無意識にロッカーを担ぐ奴は初めて見たよ……」

 というか良く担げるなお前、と水原先輩。

「そうだ。モニター頼んで良いか」

「いいですよ。じゃあ持っていきますね」

「モニターだけなモニターだけ。モニターの台は持たないで良い」

 え、そうなの?

「え、そうなの? みたいな表情されるとこっちが間違ってんのか……? ってなってくるんだけど、あれ? 間違ってるのこっち?」

「あってるよ先輩。佳苗が変なだけ」

 そして地味に最近辛辣な咲くんだった。

 辛辣なだけで友好的だけどね。

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