19 - 観測者仮説
1月11日、水曜日。
今日からは授業も部活も概ね平常時と同じように行動があるため、楽しみのような疲れるような、そんな奇妙に囚われつつも朝、学ランを着込んでいると、スマホに通知。
アプリを介して話しかけてきたのは風間部長だった。
今日のバレー部の活動についてちょっとした補足のようなもので、練習は後で時間が残ったらやる程度なので着替えずに、また集合場所も部室で、ということらしい。
部員は全員集まるように、僕が合流次第開始との追記もあるし、重要な伝達があるようだ。祭部長に言って今日は早めにバレー部に合流できるようにしよう。
「つっても、バレー部の部室に部員全員入ると結構な圧迫感がねえか? 狭そうだ」
「そうでもないよ。必ずしも広い部室ってわけじゃないけど、鳩原部長がいたときも全員で着替えててそこそこ余裕はあったし……」
現役では二年生が四人、一年生が六人。
顧問の小里先生と、コーチを含めても十二人……全員で同時に着替えをしていても、特に行動の制限もかからない。
流石に演劇部ほどの余裕は無いけれど、あれは例外と言うことで。
前に何度か洋輔を迎えに行ったサッカー部の部室と広さ的には変わらず、人口密度が半分ほどなので広く感じるんだと思う。
その感覚のおかげというか、丁度いい広さなので、映像を確認しながら戦術の確認するにはぴったりで、よくその用途で使われているほどだ。
「ああ、そっか。バレー部の部室にはモニターもあるもんな」
「うん」
と、丁度着替えも終わって準備も完了。したはず。
念のためバッグの中身を確認、特に問題なし。
「それじゃ、そろそろ行こうか」
「だな」
一旦会話を打ち切り、鞄を持って一階へ。
既にご飯などは済ませているから、あとは「行ってきます」と両親に告げてから出発だ。
ちなみに三十分ほど普段より登校が早いのは、洋輔が日直だから。僕の日直の時も手伝って貰っているので、おあいこだ。
……そんな理屈を付けずとも、単に一緒に行動するのが当たり前だからそうするだけといえばそれだけなのだけど。
朝なので野良猫との戯れは控えめに行い、学校に到着するや職員室へ。
学級名簿と鍵をとったら今度は教室、入った後に電気と空調をオンにして、洋輔が黒板けしなどの整理を始めたところでぽつりと言った。
「今朝」
「うん?」
「風間先輩から連絡があったとき、お前は風間部長って言ったな」
「うん。だって部長は風間先輩……、」
だし。
あれ?
「土井先輩はどうなった?」
……また、入れ替わった――?
「俺にとってのバレー部の部長は今んところ『どっちか良く覚えてねえ』って感じだな。お前と散々話したにもかかわらず……お前が『風間部長』と断定したにもかかわらず。いや、今朝の段階ではそれほど違和感が無かったかもしれねえ」
「え?」
「お前が風間部長って言った時点で、特に違和感が無かった。だから俺はあの時点で突っ込みを入れることが出来なかった……、いよいよもってよくわかんねえ。理極点干渉に限らず何らかの干渉があって、それには時間差がそこそこある。そのおかげで俺とお前の認識が書き換わる時間に差があって、今みたいに気付けてるってことだとは思うが……」
「認識って言うとアレだけど、ようは意識でしょ。昨日の夕方、僕が昌くんの家に行ってた頃、洋輔は意識を遮断してたけど……、それが影響してるとか?」
「だろうな。ソレをしていない限り、お前の意識が書き換われば、俺の意識も書き換わるだろう」
裏を返せばそれを色々と悪用する余地があると言うことだけど、今は後回し。
「つまり、僕にとっての部長が土井先輩から風間先輩に切り替わったのは、昌くんの家で……ってこと?」
「そう考えるのが妥当だろうな」
うーん。
単純に考えるならやっぱり、昌くんの家の地下にあった潮来言千口の残滓……かな。あの場所自体が理極点に類する、基準点になっている可能性はある。そしてそこに近付いた僕はその影響をもろに受けて、風間先輩が部長であるという認識に書き換えられた……とか。
洋輔の認識が書き換えられていないのは、その場合、僕と一緒に行動していなかったから――昌くんの家についてこなかったから。その上で、僕との意識の共有を一時的に閉じていたから、直接的な書き換えが起きなかった。けれど僕が帰った頃にはまた開通していたし、僕という影響を既に受けた者と近くに居たから、徐々に書き換えられつつはある……?
うーん。紛らわしいな。
それにわかりにくい。
「複数の現実があって、それがお互いに書き換えあってる。ウェブページの編集合戦みたいなことが起きている……、そんな感じかな?」
「言い得て妙だな。感覚としてはそんな感じ……、現状、編集者は少なくとも二人居て、場合によってはもっと居る。大きな事柄は恐らく変更できないか、変更は出来るけど切り替えまでに時間が掛かって、その切り替えにかかる時間中に他の編集者が戻せば元に戻る。往年のタイムトラベルモノでは良くあるタイムパトロールみたいな感じでって考えるとどうだ?」
ちょっとは分かりやすくなったけど、だとすれば更に分からない事も当然出てくる。
表現をあわせるならば、誰が編集者なのか、だ。
それと編集者というのはやっぱり言葉が強すぎるな。
「良くて観測者じゃない?」
「ん。じゃあ暫定でそう呼ぶとして……」
少なくとも二人の観測者がこの学校を見ている。で、その学校のバレー部の部長について、片方の観測者は『風間なお』だと観測していて、もう片方の観測者は『土井地広』だと観測している。
他にも差違はあるんだろうけど、僕達の認識はその観測者によって書き換えられ続けている。お互いに自分の観測が正しいのだと言い張るように編集合戦ならぬ観測合戦を行っていて、学校に通っている全員がその影響を知らず知らずに受けている……?
大分ファンタジーじみているけれど、あながちあり得ない、とは言い切れない。
理極点は通常、モノに宿る。
けれど時々、生命体に宿る事がある……生物、それも知性体が理極点になることだってある。
そういうとき、その生物の認識が極点としての性質とされることがあって、その生物が何かを理解する度に、あるいは何かを悟る度に変化が起き、それは正常な動作としての進歩だから、表理極点という絶対の規準から修正を受けないという現象が起きる。らしい。
それとよく似た現象が今、ここで起きている。
ならば。
知性体理極点――『人理極点』が、近くに居るんじゃ無いか?
だとすると可能性は……、いや、だめだな。まだ全然絞り込みが出来ない。
「そう、むしろ可能性は増えてしまった。俺とお前だけだと、やっぱりキリがねえ。冬華の助けにもどこまで期待できるか……」
「……やっぱり、ソフィアを探すのが先か」
「ああ。最後の手段を使わなきゃならんほど切羽詰まってるわけじゃねえから、いろんな方向から試す、ってのが本筋だが。『槍と籠』が働かなくなった原因もその辺にあるかもしれねーからな」
「……だね」
複数の地球……複数いた僕たちか。それが今は一つの地球に統合されていて、レイヤーが前後している……とか?
所詮、仮説は仮説。
ある程度の確証を得るためにはやはり僕と洋輔だけでは不足だろう。ソフィアを探す、それが最優先で、そしてそれには時間が掛かる。
「二年生の中盤頃までには解決したいね」
「そのためには二年になる頃にはソフィアと合流したいところだ」
「喫茶店次第では――」
なんとかなるかもしれないし、あるいはどうにもならないかも知れない。
そう言いかけて、
「――クレヨンほどじゃないにしても、描きやすいし保存は楽だよ」
「クレヨン?」
何の話だ、と黒板掃除を丁度終えた洋輔が僕に振り返る。話題が突然切り替わったからだろう。しかしその表情は納得に溢れていた。
ま、僕よりも先に気付いただろうしな……という直後に、教室の扉が開く。
「あ、早かったのね。と……渡来くんも来てたの?」
「おはよーさん」
「おはよう、西捻さん」
「ええ、おはよう。……日直の仕事、大分済ませてくれていたのね」
「僕は殆ど手伝ってないんだけどね。洋輔がさくさくってやっちゃったんだよ」
「あら。てっきりあなたががっつり手伝ったのかと」
「西捻。存外佳苗はずぼらだぞ。俺よりもあるいはな」
「但し猫関連を除いて……ね」
というわけで、早い時間の教室に入ってきたのはもう一人の日直、西捻友麻さんである。彼女の接近に気付いて無理矢理話題を転換した、それだけのことだ。
案外他人の会話なんて気にしてないものだし、それほどの違和感は与えていない……はず。
「花瓶の水は?」
「済ませてある」
「プリント類の確認は?」
「緒方先生がまだ準備中」
「黒板の掃除……、」
「終わったところだ」
「いよいよもってやることが無いじゃ無い、私」
「面倒な仕事だぜ。自分から買ってまですることでもねえだろ」
「買ってまでしてる鶴来くんがそれを言うかしら」
なかなか良い関係、なのかな。
呼吸が合ってるとは言いがたいけど、お互いに助け合うくらいはできる、みたいな。
「休み時間は私に任せて頂戴。やるべき仕事を取られるのも癪よ」
「そう言うなら。とはいえ、量が多けりゃ手伝うぜ」
「ええ」
お願いね、と西捻さんは話題を絞めると席へと着いて、スマホを操作し始めた。
ゲーム……ではなさそうだ。連絡かな?
「渡来くん。気になるかしら?」
「そこまで積極的な僕でも無いんだけど……ね。何か嬉しそうに見えるから」
「そう見える? そうかも知れないわね。……実は、年明けになってから懐かしいお友達と連絡が取れたのよ。それ以来、ちょっと気分が良いわ」
「懐かしいお友達?」
「ええ。海外に転勤した親について行っちゃったから気軽には会えないのよ。今はこうやってスマホもあるし、簡単に連絡が取れて良いわ」
昔は電話だって難しかったでしょうしね、と西捻さんは言う。確かに。
「海外って、どこに行ったんだ、その友人は」
「最初はフランスよ。今はロシアらしいけれど。頻繁にあちこち行ってるみたい」
「よっぽどご両親の仕事が忙しいんだね……」
「でも本人曰く楽しいそうよ。転勤するたびに新しい言葉に触れられる、その先でお友達を作るのが楽しくて仕方が無いんですって」
ポジティブな子だなあ。
「そうだ、鶴来くん、渡来くん。写真を撮ってもいいいかしら?」
「写真?」
「ええ。今の話をこんなクラスメイトにしたのよーって、相手に送ろうかと思って」
「ああ。そういう事なら構わない」
「僕も良いよ」
「じゃあ遠慮無く」
ぱしゃ、ぱしゃ、と特にかけ声も無く西捻さんは僕達を撮影すると、送信。送信した写真が気になるな、と思ったら西捻さんは普通に画面を見せてくれた。
「あとであなたたちにも送るわ。折角だしね」
「あはは……ちょっと照れるかも」
と、西捻さんのスマホに通知。
相手から返信があり、少しの読み込み時間の後、相手も写真を送ってくれたようで、表示されたのは女の子と男の子……、いや、両方とも女の子か。随分とボーイッシュな子だな。
というか。
「なんか江藤さんに似てる子がいるね……」
「あら? 渡来くん、彼女を知ってるの?」
「え?」
「この子の名前、江藤よ。江藤美恵」
「…………? そうなの? じゃあ西捻さん、江藤結って人は知ってる?」
「ああ、結さんを知ってるのか。納得ね。彼女の従姉妹よ」
なるほど。世界は狭いもんだな。
ボーイッシュな家系らしかった。
「それで、もう一人の方は誰なんだ?」
「現地のお友達らしいわね。えっと……何て読むのかしら、これ」
これ、と指を指した先には学生証らしきもの。拡大して貰うと、『София』と書かれていた。
「ソフィーヤだね」
「そう、……って、ロシア語も読めるのね」
「読むだけなら、なんとか」
ソフィーヤ。あるいはソフィア。
嫌な符号だなあ……、本人ってことは無いだろう。外見がやっぱり違う。
それに本人なら、ソレと分かるようにもっとサインを送ってくるはずだしね。
(同感だ。嫌な符号という所も含めてな)
全くだよね。僕達でさえこうも簡単にソフィアと言う名前だけならば見つけてしまう。
喫茶店も……この分だと、『大量に見つける』だろうな。そしてそのソフィアが僕達の探すそれと合致するかの確認をするにあたって、大量の時間を必要とするだろう。
つまり、時間が掛かる。それもかなり。
内心はともかく、西捻さんとは雑談を交えている間にゆっくりと生徒達も登校してきて、自然と話題は打ち切りになった。
僕達くらいのお年頃だと変に意識をする必要も無いはずだけど、妙な意識をされても困るのだ。




