15 - 再現機渡鶴の完成は遠い
祭部長との連絡は案外すぐについた。
その結果、ラッキーな事とアンラッキーなことが一つずつ判明。
ラッキーな事とは、祭部長がまさに今、竪川先輩を含む友人一同で、隣町の大きな神社にお参りしているということ。二時過ぎにはこの街に戻ってくるので、その後の合流でよければすぐに会えるよという事である。
そしてアンラッキーな事とは、竪川先輩は今、祭部長と一緒に行動しているけれど、本来僕達が会いたい相手である竪川日比生さんは親戚を訪ねているので、少なくとも帰ってくるまでは会えないと言うこと、そしてその帰ってくる日が来週の半ばであるという点だ。
尚、
『かーくんもよーくんも、よくひびゃーにお姉さんが居ることを知ってたっすね?』
と祭部長に突っ込みを受けたのだけど、
『学校外でひびゃーって呼ぶな……』
と竪川先輩が突っ込みを重ねることでうやむやにすることが出来た。これもラッキーか。
尚、ひびゃーというのは皆方先輩が竪川先輩につけたあだ名だそうだ。
あの人のネーミングセンスは本当によく分からない。
……それに大人しく甘んじている竪川先輩の気持ちは分からないでも無いけれど。
「しかしこうなると会えねえな。張本人とは」
「そうだね。……親戚を尋ねている、か」
あるいは佐渡島に行けばそこで会える可能性はあるかもしれないけど……。
「延期した方が良いかな?」
「んー……例の空間、やっぱ引っかかるよな」
「うん。『どれ』が原因かはわからないけれど、何かしらの痕跡だとは思う」
地中にあるという空間。そんな空間が残されているという事を僕達は結構、深刻に受け止めている。心当たりが複数在るからだ。
一つ目は言わずもがな、ソフィアが何らかの痕跡を残した可能性。神智術を使えば、ある空間と別の空間をそっくりそのまま領域ごと入れ替えるタイプの空間転移が可能なことを知っているからだ。とはいえこの線は薄いかな、この空間が発見されたのが数年前……ソフィアも西暦2016年の地球から来たと言ってた以上、それよりもかなり前に発見されている空間が彼女の仕業である可能性は極めて低い。まあ、無いとは言いきれないけど、ほぼ無いだろう。
二つ目は僕達の『大先輩』にあたるらしい人物、潮来言千口という陰陽師関連。これについても実例として僕が発見したのは、昌くんの家の地下で、空間のサイズとしてもまあ大体似通った者だったと思う。こっちに関連するものだとすれば、その空間の中には呪いやそれの発展系である対魔呪という技術についてや、あるいは過去の出来事について何らかの記録が残されている可能性もあるし、そういった作為的なものが無かったとしてもその人物の痕跡くらいは探れるかも知れない。今のところこっちの可能性の方が高いと僕は見てるし、洋輔もそれに同意してくれている。
そして三つ目の心当たり。これは僕にも洋輔にも全く関係が無い謎の大穴という可能性だけど、もしもそういうものがあるのだとしたら、単に僕や洋輔が知らない何かがそこにあると言うことだ。それはそれで早めに確認しておきたいことである――とはいえ。
「やっぱり延期かな……。早めに確認はしたいけど、実地調査は後でもできないことはない。それに、潮来言千口の方って見立てが正しいならば、正直知らなきゃ知らないで生活に支障もない」
「そうだな。ソフィア案件だとしたら多少の無理はしなけりゃなんねえかもしれねえが……」
「時期が合わない。それがやっぱりでかいよね」
「ああ。時間への干渉はできない――が、結論だった以上、ソフィアは考えないでいいだろう。それでも万が一はやっぱり怖いな……」
「だよね。……よし」
というわけで。
空き地に集まっていた野良猫たちと一匹の家猫を解散させて、僕は洋輔に振り返る。
「格好を付けているところ悪いが、佳苗。猫の毛だらけで締まらねえぞ」
「だって遊んでって言ってくるから……」
「いや俺にはそう聞こえない……」
洋輔はもうちょっと猫に優しくなるべきだと思う。
じゃなくて。
喫茶店からの帰り道、僕達は相談事をこの空き地でしていた。この空き地にはよく猫が集まってくれるので丁度いいのだ。
「お前には、な。俺は毎度毎度そうも『猫と遊びたいなー』と言い出した側からちらほらと猫が集まってくる光景を見ると俺が間違ってるのかと不安になってくるぜ」
「洋輔が間違ってるんだよ」
「俺は間違ってねえからな。……つーか、佳苗もちょっと前までは自動猫寄せだったのに、いつからそうも制御できるようになったんだ」
「いや、実はまだ制御仕切れてなくてさ。時々漏れるんだよね。でも昔はダダ漏れだったから、ソレと比べれば大分制御できるようになってきたのかな?」
「どういう理論でどういう事をしたらそうなるんだよ……」
「『得意理論』」
「…………。は?」
「だから、あの世界で魔族が習得してた得意理論の延長だよ。『その種族はそれが得意だからそれが出来る』っていう理不尽極まるあの技術形態。あれを僕なりに解釈して頑張ったらね、猫を多少操れるようになった」
「お前ますます人間離れしてねえかな」
それは若干自覚している。
大体猫寄せが得意だから出来て当然というのは暴論だ。
「若干どころじゃ無く自覚してるじゃねえか。全くよ。……それで、あの猫寄せは猫とじゃれあってるだけじゃなくて何か別の目的があったんだろ。何だったんだ」
「……よく気付いたね」
「そりゃあ、よく見てるからな」
「あっそ」
思考が漏れたかな。
まあいいや。洋輔には隠すつもりも無い。
「単にマテリアルの代入に手間取ってたんだよ」
「…………? マテリアルの代入? 何か作ろうとしてたのか」
「いや、作るんじゃ無くて、代入するだけ――」
即ち、僕が使役しているゴーレム、渡鶴に情報を代入しようとしていただけだ。
「…………」
渡鶴はこの前のバージョンアップによって基礎的なスペックが増強されている。
それをする前からも天気予報くらいならば百発百中の精度で出来たんだけど、今回はその逆をする必要もあったし、なにより場所が遠かったので苦労した。
「…………」
洋輔は無言。
というか、現実逃避モードに入ってるなこれ。
再び猫ちゃんを集めてじゃれることにしよう。
「いや話を進めろ一応」
ちぇ。
「ま、大方の予想通りだよ。直接行くのを先送りする。理由としてソフィアの関与の線がかぎりなく薄いから。潮来言千口ならば知らなくてもさほど問題にはならないから。でも、そこに何があるのかを知らないよりかは知ってた方が良い。でしょ?」
「異論はねえが……」
「『だから調べる事にした』。それだけだよ」
渡鶴に代入するのは佐渡島というこの地球上の土地情報。
渡鶴はその土地をエミュレーションし、そこに何があるのかという事をきちんとそこに写し取る。
今は未だちょっとスペック的にキツイかも知れないけど、いずれは過去のことはある程度知れるようになるかも知れない。
「どういう原理でだよ。時間には干渉できねえって――」
「時間には干渉しないよ。あくまでも観測する時間をずらすだけ。五十年前のその場所で何が起きたのかを精密にエミュレーションするというのは、単に『その場所の記録を確かめる』だけ――『観測だけ』ならば可能だと思ってる」
尚、それが出来るようになればある時間から別の時間までの期間を延々と繰り返しエミュレーションさせるとかそういう事も出来るようになると思う。そこに至るまではあと二つくらいのブレイクスルーが必要だけど、その一つは既に神智術という形で見えているような者なので、もう一つだけ。早ければ来年にでも実現できるだろう。
洋輔だってドン引きしつつも興味津々だし。
「……………………」
ノーコメントだった。
けれど沈黙は金とも言う。
「はあ……。まあ、いいや。お前ならやりかねねえし、それが出来たところでそれほど問題もねえしな」
「そうだね。他人の過去をつまびらかに確認出来るだけだもんね」
「だな……ん? いや、あれ?」
「たとえば五年前くらいの僕の部屋を再現させればその当時の僕が何をしていたのかとか、洋輔とどんな遊びをしていたとか、そういうのがハッキリするわけだ」
「…………」
「ほら、子供だったころは『地球が何回回ったころ、何日の何時何分何秒にどうこうしたっていうんだー!』的な決まり文句があるじゃん。あれに回答が出せる」
「ぞっとしねえ……、え、できるのか? そんなプライバシーとか人権に真っ向から喧嘩売るようなこと」
出来ると思う。概念的には。
「出来るのか……」
但し――やっぱり、万能とは言えないけれど。
「具体的な制約はもう見えてるのか?」
「んー。結局さ、『時間には干渉できない』、これに尽きると思う」
たとえばエミュレーション機能で過去の出来事をきっちり写し取ることは出来るようになるとする。このエミュレーションに掛かる時間が問題だ。
つまり、『一分の記録を見るためには一分かかる』し、『一時間の記録を見るためには一時間かかる』。早送りは出来ないし、逆にコマ送りも不可能――まあ僕の場合は時間認知間隔の変更で擬似的にできないことはないけれど、それで変更できるのは僕の精神的な時間だけであって、現実に過ぎる時間は変化しない。
次に、それで観測出来るようになるのはあくまでも過去に起きた出来事――『ではなく』、『過去に起きた出来事を限りなく忠実に再現したもの』ということ。特にパラメータを弄らなければそれはきっちり過去の真実を見せてくれるに違いない。そしてパラメータを弄ったり、あるいはその再現された過去の出来事に『干渉』をすることで違った結末を探ることも出来るかも知れない。けれどそれはあくまでも『再現された世界』でしか意味が無く、現実の過去には何ら効果を及ぼさない。
もちろん本来僕達が知れるはずの無い出来事を正確に知ることで『未来』に影響を及ぼす可能性はあるけどね。
「……あくまでも再現、とはいえ。もはや世界を作るようなもんだな」
「それでも再現にすぎないよ。可能性を検証するとか、そういうのには使いやすいかな……でも、それだけというか。その中に干渉したところでその中の、再現されたものに絵鏡を与えるだけで、こっち側の昔が変化すると言うことは無いし、それが世界そのものでは無い以上、残念ながら倉庫にはできないんだけどね」
「それもいずれ解決してそうだな……」
さすがに無理だと思う。
それをするくらいならもっと建設的な、省スペース化の方向で頑張る所存だ。
「はあ。まあ、いいや。それなら手伝うぜ」
「え。洋輔のことだから『ぜってえ手伝わねえ』って言って、けれど僕がアレコレしたりあげたりしたらだんだんと揺れてきて、最終的には折れてくれるパターンだと思ってたんだけど」
「佳苗も大概俺を軽く見てねえか……?」
それこそ今更だと思う。
だよな、と洋輔は頷いた。
「いや、その機能さ。実際便利だろ」
「ああ、そう言う意味」
「うん。本能寺の変の真相とか、桜田門外の変とか、いろいろと見てえし」
最近の洋輔は時代劇にはまってるのだろうか……。
今年の大河ドラマ、なんだっけ。
直虎あたりだっけ……?
本能寺の変にすら関われるか微妙な気がするぞ。
「というわけで」
渡鶴に代入完了。
指定した領域、『地球上に存在する佐渡島』――の、エミュレーションを実行。
実行された世界の、さらに指定したポイントを捜索させて、っと。
尚、現状の渡鶴の性能では擬似的に映像として表現すること……神の視点のようなモードしか存在しない。いつか中を自由に歩けるようにしたいものだった。中にアバターを作る感じかな? それなら行けそうだ。要改善っと。
ともあれ現状では僕のものでも洋輔のものでも無い、渡鶴が再現している世界において、渡鶴が観測している感覚が僕に付与されてる。なんかからだが二つになった気分だ。で、これは僕の感覚として扱われているらしく、洋輔も共有できるらしい。
便利。
「便利なのは認めるが理不尽だからな。ミュゼがどんだけ苦労して感覚を一個増やしたと思ってんだよ」
「渡鶴は全く新しい感覚を増やしてるワケじゃ無いから、そっちより簡単だと思う」
どっちもどっちか。
こんなことで喧嘩をしても意味が無い、喫茶店から得た情報を元に神の視点で調査を開始。
『あくまで再現された世界』、『現実には影響が無い』ので、特に回りも気にせず指定されたポイント付近の地面を掘り返させる――と、そこには確かに空洞があった。
空洞あきらかに人の手が加わっているであろう、空洞――だけど、特に通路らしきものと繋がっている様子も無い。
但し。
「なんだろ、これ。記号なのは違いないけど……」
「意味……なんかありそうだな」
その空間の壁、の、北側と南側には模様が刻まれていた。掘って刻まれているわけでは無く、そういう模様がそもそも地質にあるというか……。そう細工したのか、あるいはそう変質したのか。
北側には星のマーク。
南側には格子が描かれている。
「こっちの星は……、五芒星、って捉えると、やっぱり陰陽師かな?」
「ああ、なら南はドーマンか。セーマンドーマン、魔除けの一種……」
無事に帰ってこられるようにという願掛けでもあったはず、と洋輔は言う。
…………。
潮来言千口の案件だな。
そしてもしも洋輔の言ったとおり、無事に帰ってこられるようにという願掛けであるならば、彼女が佐渡島に居たとき、またあの野良猫と出くわしたか何かで帰還できるように細工をしておいた……ってあたりだろうか。
「いずれは実地で調査しないとだけど、今はこれで十分そうだね」
「ああ」
渡鶴、ありがとう。
エミュレーションを終了させると渡鶴は、
『フライドポテトを要求。Lサイズを2つ』
と述べた。
いやお前ゴーレムだし。
食えないじゃん。
でも一応買って帰ろうっと。




