14 - 色々取引第一回
喫茶店パステルに到着したのは予告通り昼過ぎ。
まだ一月序盤とはいえ三が日の休みも明けている人が多い、そんな平日だからか、客足はそれほど伸びていないようだった。
「二階席へどうぞ」
「はい」
それでも二階席に通されたのは、普通のお客さんもいたからだろうな。
というわけで二階……って、あれ?
「リニューアルしたのかな?」
「リニューアルと言うより、レイアウトの変更だけどね。ほら、バレー部が部活帰りに寄るならば、相応のスペースがあった方が良いだろう。そのスペースを作れるようにしたんだ」
洋輔への問いかけは、しかし別の人物によって答えが出された。
別の人物というか、店主である――その表情には珍しく、本心からの笑みが浮かんでいた。機嫌が良いようだ。
それもずいぶんと。
「お気遣いに感謝します。マスター、とりあえず僕は紅茶をお願いして良いですか。暖かい方で」
「あ、俺も」
「分かった。パンケーキはどうするね。先に食べるならばすぐに準備するが」
「お願いします」
うん、とマスターは近くに控えていた従業員に伝えると、僕達に席を勧めてくれた。
とりあえず座りつつ、あらためて新しいレイアウトを確認。
以前来た時はゆったりスペースにまばらなテーブルセットって感じだったんだけど、今は僕達が現在使っている席を中央に、他の席は壁沿いにとずいぶんと偏ったレイアウトになっている。
「これじゃあお客さんを入れにくいんじゃないですか?」
「ごもっともだがね。……そもそも、二階席を使うほど混むことがまず無いんだよ」
悲しい現実だった。
喫茶店稼業も楽じゃ無い……どころか、話を聞いてみると結構大変らしい。
もとより副業、利益目的じゃ無いからやっていけると。
それでも黒字に出来るならばそれに越したことは無いので、最近は新メニューの開発に躍起になっているそうで、今日ごちそうしてくれるパンケーキもその新作なのだとか。
「スタッフ全員のチェックに加え各種機械での味に関する徹底した調査、これらで誰もが満足できる品物として完成させたつもりだ」
喫茶店にそんな機械があってたまるか。
でも楽しみは楽しみだった
紅茶が届いたところでマスターはタブレット端末を持ってくると、それをテーブルに置いた。
一連の件に関する報告、と言う事らしい。
そもそも、僕と喫茶店は三つの案件で関わっていると言えた。
一つ目がバレー部への援助について名義を貸して貰うという取引。
一般的な取引を兼ねていて、これを名目に宝石や金・プラチナ、あるいはそれを加工したものを売り払って貰ってもいる。お店側の取り分もそこそこ大きいし闇ルートでの売却になるから本来の値段通りにはならないとはいえ、そもそもの材料はその辺の石やアルミホイルをそれぞれ本物の宝石や金銀プラチナなどに錬金術で変換しているため、誰も損をしていない。やりすぎると貴金属市場が壊れる可能性があるけれど、限度をわきまえておけば大丈夫だろう。たぶん。
二つ目は喫茶店に出た裏切り者にケジメを付けさせる手伝いをするという取引。
喫茶店側から提案してきたことで、最初は僕や洋輔の洞察力を見込んで持ちかけてきたのだという。これを手伝うことに対する報酬はちゃんと貰っているし、その報酬で僕は満足している。この前鍵を作って届けたのはこの案件で、今日ここに呼ばれたのも主にこの案件だろう。ちなみに洞察力に関しては僕にせよ洋輔にせよ真偽判定があるので結構な的中率だったりする。僕の場合はさらに品質値やら色別もあったからなおさらだ。
三つ目はソフィア・ツクフォーゲルという人物を探して貰うという取引。
僕と洋輔の連名でお願いした事で、名前以外には概ねの年代と簡単な見た目の特徴を伝えてある。全力を出してくれるとは言っていたけれど、その人物が恐らくドイツに居るだろうと言う事を伝えたところ、かなり手間取るだろうから時間は結構みてくれとも言われた。また、これの対価は僕が支払う事になっている。こっちはまだ頼んですぐなので、特に進捗らしい進捗はないかな? どうだろう。
「今回の報告は例のケジメについてをメインにしたい。だから先に尋ね人のほうを済ませたいが、良いかな」
「はい。何かありましたか?」
「捜索をするために現地に人員を派遣することを今朝決定した。但し、人数は最大でも三人。うちの規模としてそれが限界だ」
「ならば二人の方が良いでしょうね。特に男女ペアならば何かと都合も良いと思いますけど」
「それで良いのかい。人数が多いに超したことは無いが」
「長期戦を覚悟していると言うことです」
「なるほど。ならばそうさせて貰おう」
なるほど、こっちに使う人数の相談か。
無理を言えば増やしてくれそうだったけど……、人数の問題でもないしな。
ソフィアがそこに居るならば一人だろうと二人だろうと気付くだろうし、それに気付けないならばソフィアがそこに居ないということだ。
(裏返しもまた真実……だとすると、最近うろちょろと見えてるのはソフィアの差し金か?)
いやあどうだろう。ソフィアがわざわざアメリカの組織を使うかな?
ドイツじゃない?
(俺たちだって日本人だがロシアの組織を使ってるようなもんだろ。それと似てる可能性は……)
……否定は出来ないか。
「次、ケジメの件……とある人物が調達してくれた鍵のおかげで、無事に確保した」
「それはよかった。……これはちょっとした興味本位で、別に答えてくれなくても良いんですけど、鍵があったら捕まえられる状況ってどんな状況なんですか? 家とかに立てこもっているのだとしたら鍵なんて壊しちゃえば良いし。もちろん壊してる間に裏口から逃げることはあるかも知れませんが、それは鍵があっても同じでしょう?」
「そうだな。直接ならばそうだ」
ということは間接的な手を使ったってことなんだろう。
セキュリティ関連か、あるいはエネルギー関連か……、どちらにしても重要な者だ、限りなく厳しいチェック体制は敷かれていたはず。
だから正面から堂々と入るために正しい鍵が必要だってところかな。
「結果として捕まえることは出来た、ケジメも付けられるだろう」
「よかった。お互い気楽になりますね」
「ああ。新メニューの開発もこれで心置きなく出来る」
「古いメニューは入替ですか」
「やむを得まい。メニューの枠にも限りが有る」
「そうですね」
紅茶を一口のんで場をリセット。
尚、洋輔は今の会話を理解した上で気付かなかったふりをしていた。
腹芸というほどではないけれど、この手のやりとりは洋輔、本当に苦手だからなあ……。
ちなみに新メニューの開発というのはつまり新しい人員を選べるあるいは育成できるという意味で、古いメニューの入替とはその逆――ただし、メニューは入れ替えるだけで削除はしないそうだから、処分は処分でも退場というわけでは無いらしい。目の届くところで飼い殺しつつ、改めて信頼出来るようになればまた使うって意味だけど、それほどまでに人員の余裕が無いんだなとも思う。
「で、だ。対価を支払いたい――そのためにも、写真を送ったと思うが。その品物を今持ってこさせよう」
マスターがそう言うとほぼ同時に、別のスタッフがファイルを持ってやってきた。マスターはそのファイルを受け取ると、中身をちらっと確認してから僕に直接渡してくる。
「我々としてはまず、これを対価の最低ラインとして考えている。もちろん不足していると思うならば言って欲しい、その当たりは交渉になるが、今後の関係のためにも譲歩の用意がある」
「まずは中身を拝見しても?」
「もちろん」
承諾も貰ったのでばっと中身を確認。
全てで五十六枚の報告書のようなもの……だったので、とりあえず眼鏡の『表示固定』昨日で記録を残しつつ読み解いてゆく。
傍目から見ればぱらぱら漫画をめくったような、分かりやすい速読のイメージだろうか。
実際には時間認知間隔を弄っているから結果的に速読に見えるだけで、僕の主観としては三十分ほどかけてゆっくりと読み込んで。
「これは……、驚いたな」
そこに記されていた内容をなんとか頭で纏めてみる。
佐渡島でとある空洞が発見された。その空洞の広さは三メートル四方の綺麗な立方体で、極めて人工的としか思えないけど、人工物だとしてもそういった空間を綺麗に作ったなんて記録は何処にも無かったと。で、土地の所有者の許可を取って調査をしようとしたんだけど、所有者と接触できず。詳しい調査は諦めた、という旨の報告書である。
そしてその報告書を前提として、その『先』が報酬として差し出された部分らしい。
まず、その奇妙な空洞がある場所の詳しい地図や所有者に関する情報。地図は記録したのであとできちんと調べるとして、問題は所有者。佐々道恒という人らしいけど、明治三十六年産まれ。僕が産まれたころにはもう亡くなっているらしい。
接触できずってそりゃそうだよな。降霊術の領分だろう。
で、土地の所有者は書き換えられていないってことは、相続が終わっていないって事なんだろう。そもそも相続する資格を持つ人がいたのかどうか……。
ともあれ、所有者が亡くなっちゃってるし、そこまでそんな空洞に価値を見いだせていなかったから、特にこれ以上の追跡調査も行わなかった。
じゃあなんで喫茶店なんて勢力がそんなところを調べていたかというと、その周囲で奇妙な現象が何度か観測されたからだという。そしてその現象を調べる中で発見されたのが――
「神隠しを起こせる少女……?」
――僕の横でぺらりと冊子をめくって洋輔は言う。
一方、神妙な面持ちでマスターは頷いていた。
「君たちにそれを説明するのも奇妙な話だが。彼女は空間を整える術に長けていてね」
つまり視覚的、心理的な意味での実現ということだ。
そしてその技術こそが奇妙な現象の正体だった。
喫茶店はこの少女に多大な対価を支払うことで技術を継承して貰うことに成功、この技術の習得をメソッド化までは済んでいると。
なんでそんな話が出てくるのかというと、当然、喫茶店はこの技術を以て僕達への対価と従っているから――但し、そこまで積極的にと言うわけではない。
概要と基礎中の基礎は書類に記したとおり。
後は自分で発展させろ、そういう感じだからこそ、マスターが言う『譲歩の用意』はそこだろうな。きちんと教習してもいいよというサインだ。
(つっても技術的な基礎が本当にあるなら、俺かお前のどっちかの素質は引っかかりそうだよな。どっちかには習得できそうだし、二人で当たれば間違いなく実現できる。つーか俺は魔法、お前は錬金術でどうとでも応用できる概念だろこれ)
確かに。
であるならば、譲歩して貰うとしたら教習以外のところがいいね。
(例の空間の方にするか?)
その調査は結局僕達自身で行うべきだと思うよ。喫茶店が調査を諦めたのは、それを実行するためには大がかりな作業が必要だったからだろうし、僕達二人ならばその程度は素手で出来る。魔法とか錬金術はフルに使うけど。
(そうだな。……なら、どうする?)
洋輔的にほしいものとかあるならソレを優先していいと思う。
(いや俺は別に)
じゃあ僕か……。
「この少女……、えっと、当時の時点ということは、今は何歳かは知りませんけど、その人のお名前とかは教えて貰えませんよね、流石に」
「タテカワだ。タテカワヒビキ」
たてかわ?
漢字を教えて貰うと、竪川日比生と書くらしい。
読みそれ自体はありふれているけど、漢字で書くと急に珍しい名前に見えてくる。
そんな事を言ってみると、マスターは苦笑し、洋輔も苦笑いを浮かべた。
「ていうか竪川ってどっかで見たことあるな。どこだっけ?」
「さあ。俺は知らねえぞ。……ご近所さんじゃ無いと思うが」
「ってことは学校でかな? 同級生には居ないよね。同学年全員の名前は覚えてないけど、そういう珍しい苗字なら覚えてるだろうし……」
それこそ弓矢とか村社とか。あと前多とか。
クラスメイトの男子、妙な名前多いな。
僕は僕で佳苗って名前だけど男だし。
「俺は本当に心当たりねえぞ。学校だとしたらバレー部か?」
「バレー部に居たらソレこそ一発で思い出してるよ」
「直接じゃねえとか?」
だんだんと洋輔も苦しくなってきたと見え――
「ああ。竪川先輩か」
「ん?」
「洋輔の言うとおり、直接じゃあないね。演劇部の先輩、祭部長が部室に連れてきてた仲の良いクラスメイトの一人が、竪川響谷って名前だっ……た……?」
ん、んん?
たてかわひびや。
たてかわひびき。
偶然か?
「……マスター。僕達が求める譲歩は、これだけにします。教えて貰えないなら、それならそれで構いません。自分たちで調べますし、たぶんすぐに分かりますから。……竪川日比生という人はこの街で暮らしていて、息子さんか弟さんが竪川響谷くんですか?」
「…………。その通り。竪川日比生の『弟』が竪川響谷だ」
なるほど。
となると空間整理の技術継承やメソッド化というのも最近か。
多大なる対価……、の結果、この街に引っ越してきたとかもありそうだな。
「幸い接点はあるし、この後祭部長を通して会ってみるか」
「この後って。今日か?」
「うん。学校始まってからだと二年生は忙しいでしょ」
卒業式とか卒業生を送る会の準備とかで。
「……ちらりと情報を渡せばそれだけで概ねのことは悟られる、ならば断片的に、けれど全体的に教えてしまえ。か。あの黒い兎の言うとおりだな」
「マスター。その黒い兎という呼び方、本人が聞いて怒らないですか?」
「大丈夫だ。彼女はここに居ない」
「そうですか。僕にはマスターの背後にそのクロットさんが居るように見えるのですが」
「…………」
「ハァイ、一色。元気してるかしら?」
「…………」
マスターの健闘を祈りつつ、僕達はクロットさんが運んできたパンケーキを食すのだった。
流石に最先端の機械を使ってまで味を調整しただけのことはあって文句なしの出来だった。最近流行かけているふわふわとろとろパンケーキという側面を持ちながら、昔ながらのパンケーキって感じ?
女子受けは抜群だろうな。男子にも売れそうだ。大人は喜んで食べるイメージもある。
でも千五百円はどうなんだろう。学生にも優しくして欲しいなあ。
(佳苗。これコピれるか?)
そして男子ファンが既にここに居ることが判明。
実食した以上作れるけど、千五百円くらい払いなよ。
(いやお前もどうだろ? って言っただろ)
それはそれ、これはこれだ。




