13 - 夜遊び火遊び島遊び?
1月6日、金曜日。
そろそろお正月休みも終り始める会社も多く、事実僕の両親も今日からは仕事があるので、朝はお弁当を作っておいた。
「佳苗。今日のお弁当は何かな」
「鶏の唐揚げと、きんぴらごぼうをメインに細々と。ご飯は俵にぎりっぽくしてあるから、お好みでごましおをかけてね。一緒に入れてあるから」
「ああ。……ところで、昨日は結局一日中、洋輔くんと部屋に篭っていたようだが。夕飯も食べてないんじゃないか」
「お父さん」
「何だい」
にこりと笑って僕は言う。
「余計な詮索をするならそのお弁当は取り上げるよ」
「……でも」
「お母さんの分も取り上げるし、原因はお父さんってことをきちんと伝えるよ」
「…………」
もちろん反論は受け付けないし、交渉をするつもりもない。
結局の所生き物というのは、胃袋を握った者が強いというのが様々な経験を経ての結論だった。お腹がすいたら戦は出来ない。そういう意味も多いに含めて。
そしてお父さんもこれ以上の追求は諦めてくれたようで、「ああ、息子もようやくの成長と喜ぶべきなんだろうけど、なんか釈然としないなあ……」などとぼやきながらもお弁当を持って出勤。
五分ほどしてから沈黙を破ったのはお母さん。ダイニングで読んでいた新聞を綺麗に畳んでこちらにすっとスライドするかのように寄ってくると、お母さんの分のお弁当が入った袋に手をかけ、言った。
「佳苗」
「やだ」
返事をしたところ、お母さんは目を半分に細めて続けた。
「まだ何も言ってないわ」
「そんなに気になる?」
「ええ、気になるわ。親ですもの」
「いいじゃん。洋輔となら多少の火遊びくらい」
「…………」
もうちょっとごねられるかともおもったんだけど、お母さんは今ので半分納得してくれたようだ。
けれど後半分が納得できないと。
概ね想定通りだったので、ポケットに忍ばせていたものを取り出し、こと、とカウンターテーブルに置く。
青い宝石のネックレス。但しその装飾には、あえて歪な部分が作ってある。
尚、この宝石はサファイアなんだけど、色つきガラスと言うことにしてある。素人目にはわかんないし、ガラスを宝石と言い張るのは不自然さに気付かれても、その逆はかなりミスリードしやすいのだ。
「あら、綺麗なネックレスね。珍しい装飾だけれど?」
「このデザインは洋輔に考えて貰ったんだよ。で、この辺の細工とかは洋輔がやった。これからどんどん複雑なのにも挑戦していくんだけど……」
「……せめて火事にならない程度にして頂戴ね。これ以上近所を騒がせたら大変なんだから」
はあい、と頷けば、お母さんは概ね諦めたようで、出勤。
ふう。切り抜けた。
この様子ならしばらくは何も言われないかな。
洗い物を終わらせて、リビングへと向かうと、さも当然のように洋輔が階段から降りてきて、またさも当然のように僕の横に座った。
寝起きだからということもあってかだるそうだ。けどカーディガンぐらいは羽織ってきてもいいと思う。
「腹減った」
「量は食べられる?」
「軽めで」
じゃあピザトーストはやめておくか。
ふぁん、と作ったのはハムと卵のサンドイッチ、を二人前。
自分の分は朝ご飯を作ってなかったのは、洋輔を待っていたからなのだ。
あと洗い物少なくて済むし。
「つーかさ、佳苗。お前よくあれで誤魔化しきったな」
「まだお父さんもお母さんも確証は無いんでしょ。僕もそのそぶりは見せてないし」
「かもな」
ま、その辺を抜きにしたところで。
「技術とかも、本当の事を言えるわけもないしね……いずれバレるかも知れないけど、その時は僕、家出する予定。ロシアから陸路でベルリンでも目指してみるのも一興かなって」
「家出で国を跨いでどうするよ。でもまあ俺たちなら野垂れ死ぬことはないだろうしな」
「だよね。その前に世界が滅ぶと思う」
そして当然のように付いてくることになっている洋輔がまたらしいといえばらしい。
結局昨日はゴーレムの改修のみならず様々な身の回りの道具の刷新なども行ったり、それが終わったら僕も洋輔もなんだか気分が良くなっちゃって、そのまま色々とあったわけで。とはいえ歯止めが利かなくなるのは僕にせよ洋輔にせよ今後どうにかしなければいけないよな……。
「んー、スープ欲しいな」
「コンポタとかでいい?」
「ああ」
ふぁん。
「サンキュ」
「どういたしまして。それで、今日はどうするの」
「特に用事無し。お前は?」
「僕も特に……、バレー部も何も無いし。喫茶店側のアクションがあれば行動するつもりだったけど、今日はどうかな。微妙そうだよね」
「確かに……」
コーンポタージュをずずっと飲んで洋輔は頷く。微妙に唇にスープが付いている当たりは洋輔の無頓着さが見えるというか、なんいうか……人前だとちゃんとするんだけどな。
「まあいいや。これ喰ったら風呂入ってくる。その後のことは後で考えりゃいいだろ」
「そう言うと思って湯船にお湯張っといたよ」
「気が利くね。洗濯は……」
「僕が全部やっとく」
「お前と一緒に生活すると生活能力が駄目になりそうだな俺……」
今更だと思う。
僕と洋輔がご飯を食べ終わったのはほぼ同時で、洋輔は億劫そうにお風呂場へ。
僕は僕で今し方僕達が食べ終えた後の食器類をふぁんと整理というか塊に作り直すことで食器洗いの手間を削減。
その後は自室に戻り、洗濯物をかき集めてマテリアルとして認識、ふぁん。
はい、終わり。
(洗濯ってなんだろうな……)
洗濯するより全く同じで新しいものに作り直した方がダメージも無いし綺麗になるよ。
(まあ、言わんとしてることはわかるが。っと、悪い。着替え用意しといてくれ)
はいはい。
洋輔って唐突に生活能力が駄目になることがあるよなあ……。普段は結構気張ってるって事なのかな。そうでもないと思うけど。
着替えは適当に洋輔の部屋から渡鶴に取ってきて貰ったので、階段を降りて脱衣所へ。
「着替え、ここに置いておくよ」
「んー」
「……浴槽で寝ないでね」
「おう」
大丈夫かなあ……。
ちょっとした不安を覚えつつもリビングに戻る。
と、亀ちゃんもやってきた。
「亀ちゃんも朝ごはんたべないとねー」
「にゃん」
お皿を出すと、亀ちゃんはその前にすっと座った。猫と言うより犬のような仕草だ。
それもまた亀ちゃんらしいと言うか、餌の前ではどんな生き物も同じというか。
尚、近頃亀ちゃんの体型はばっちしなので、今日は豪華な方の猫缶だ。
お皿にあけると亀ちゃんはゆっくりと味わうように食べ始めた。ので、お水の準備もしておいて、っと。
これでよし。
暫く亀ちゃんがご飯を食べているのを撫でたりしながら様子を見て、
「……いや、いつまで撫でてるんだよ」
「あれ? もう出たの?」
「もう、も何も。二十分は経ってるぞ」
若干のぼせた、と洋輔はお風呂に入る前とは違った疲れを見せていた。
疲れを取ったり目を覚ますためにお風呂にはいって逆に疲れるって、本末転倒ってやつなんじゃないだろうか。
「お前は猫に絡むとほんっとうに時間がどっかにすっ飛んでくよな……」
「それも僕だしね。亀ちゃん、ハウス」
「にゃん」
部屋に戻りなさい、とお願いしたら、やだ、とにべもなく断られた。
「通じるのかよ。いや双方向に」
「亀ちゃんは頭が良いから。人間が言ってることは大概分かるんだよ。ね」
「にゃー」
「本当かあ……? じゃあ上様、三回回ってにゃんって鳴いてみてくれよ」
洋輔がしゃがみ込み、亀ちゃんにそんなことを言った。
亀ちゃんは風もかくやという電光石火の速度で猫パンチを放ち、洋輔の鼻に三本ほどの赤い筋を叩き込んでいた。
良い猫パンチだ。
「いや怪我したんだけど」
「もう治ってるじゃん。洋輔なら多少怪我させても大丈夫って亀ちゃんは理解してるんだよ。それと亀ちゃんの代弁をすると、三回回ってニャンというのはお前の方だ、だって」
「……俺、そんなに上様に嫌われてるのか?」
「いやどっちかというと格下のくせになにを偉そうにって感じじゃない?」
「…………」
だんだんと洋輔もエンジンが掛かってきたようで、調子が戻ってきた。あるいは怪我を治すリザレクションが多少疲労を消し飛ばしたのかも知れない。
「んんー。でもなー。やることねえのはちょっとな……」
「例のゲームはどうしたの」
「もうクリアした」
「ああ、そう」
「……もうちょっと感慨深く言ってくれても」
いや洋輔自身が特に感慨を感じてもいないのに、わざとらしく褒め称えたって嫌がるだろうに。
「適当にアプリでグループ作って、暇な子でも探して遊んでみる?」
「それもいいかもな……」
そうするか、と洋輔が自信のスマホを手に取ったその時である。
てぃろん、と僕のスマホに通知があった。
てぃろん?
「なんだその効果音」
「あっち方面の人たちのやつ。音で分かるようにしてみたんだけど、なんか気が抜けるね」
「元に戻せ」
「そうする」
そしてそれはそうと内容を確認。
「この前のお礼がしたいから暇な時間に尋ねておいで、パンケーキとか出すよだって。洋輔、どうする?」
「昼過ぎで良いか?」
「じゃあそう返しとく」
「サンキュ」
朝ご飯食べたばかりだしね。
というわけでお昼過ぎに予定が急遽入ったので、それぞれちょっと準備をすることに。
準備というか、出かけるための着替えだとかだけど。
「二重生活……つーか、三重生活つーか。なーんかこういう生活を続けていると、だんだんと俺もお前もよくわかんなくなってくるな」
「よくわかんなくって、どういう意味で?」
「あらゆる意味で」
準備の途中で洋輔は言う。
ざっくりと。
きっぱりと。
「かといって普通に戻りたくもねえ。わがままだな、俺は」
「それは、僕も大概だよね……」
わがままだし気ままだし。
「洋輔」
「ん?」
「さっきは冗談だったけどさ。本当にちょっとだけ家出してみる?」
「はあ?」
何言ってんだ、寝言は寝て言え、冗談も大概にしろエトセトラ、なんだか猛烈な批判の視線を洋輔はこちらに向けてきた。もうちょっと僕の気遣いというものを評価して貰いたいところだった。
「何も本当にロシアからドイツに行こうなんて話じゃ無いし、実際に家出するわけでもない。ちょっと、二人でお出かけってこと」
「お出かけって、どこにだよ」
「佐渡島」
「ふうん。……うん? 佐渡島? って、あの佐渡島か?」
うん。
「いや唐突すぎんだろ。なんでだよ」
「まあ、コレを見てもらった方が早いんだけど」
と、スマホを渡す。洋輔は嫌々と行った様子でその画面をのぞき込んだ。
そこに表示されているのは、喫茶店からのお礼の一部……を映したもの、と補足がされている。
でもって、そこには佐渡島の、マークの付いた地図がある。
「……良いかもな。一泊二日くらいなら怪しまれねえだろうし、そこそこ自由に行動できる……、いや、俺とお前だけでってなると流石に許可が下りねえな」
「涼太くんあたりを使えば良い」
「あたりを使うって。お前は六原をなんだと思ってんだ」
「とっても仲の良いクラスメイト」
と同時に、いざという時にはある提案をすればきっと何かと手伝ってくれるであろう人物って所かな。
僕が言外に告げた部分もふまえて、洋輔ははあ、とため息を吐いた。
「俺は賛同しかねるね。別にあいつが悪い奴だとは言わねえけど、協力して貰うための対価をやるのはなんか気にくわねえ」
「洋輔らしくもない」
「対案ならあるぜ。弓矢だ」
……ふむ。
確かに昌くん……、あるいは晶くんも、郁也くんだって場合によっては乗ってくれるか。
というか普通に考えればそっちのカードを切るべきだろう。
なんで僕、そっちの発想が後になったんだろ……、ん、んー?
まあいいや。
引っかかりは覚えるけど、今は未だ深く追求するまでもないだろうし。
「ああ。しばらくはゆっくりと、傍証固めからいこうぜ。それと弓矢との交渉はどうする、お前がやるか? それとも帰りに寄るか」
「寄るだけ寄ってみようか。特に問題なければそこで交渉、だめそうなら別の方法を考えよう」
「オッケー」
よし、やることが出来たら準備も増えたな。
「けどさ。なんで佐渡島なんだよ。脈絡がなさ過ぎねえか」
「思うところは分かるけど。でもまあ、それを聞くためにいくんだから、今ここでぐちぐち言ってもしかたないよ」
「ごもっとも」




