109 -+ 呪文が告げる始まり
「……見事に理極点が人間ばっかりだな」
「だねえ……」
6月30日。金曜日。
夜の十一時過ぎ、屋根裏倉庫跡地にでっち上げられた拠点で、僕と洋輔はそんな事を呟くと、ワームホール越しにソフィアも同感、と答えてきた。
ソフィアとの連絡が取り合えず取れるようになってから、僕達が行ったのは理極点の特定と、そこから表理極点を導き出すという、呪文の発動に必要な作業が主だ。
多少ソフィアから神智術に関する情報を貰ったり、逆にこちらの錬金術や魔法の情報を与えたりもして、それで応用が広がったのはまた別の話。
ともあれ、呪文によって現実を改変するに当たり、その理極点として僕達がまず身近な部類から特定したのは次に挙げるものというか、者である。
前多葵。弓矢晶。萬井一仁。来栖夏樹。香木原士。倉部春。石動杏平。志布志史。朝霧みあ。伊呂波日花里。
身近と言えるのはぎりぎり石動さんまでで、志布志さん、朝霧さん、伊呂波さんとは殆ど接点がない……とはいえ、まあ、とりあえずはこの十人が特定できた。
十個の理極点があれば、残りの理極点候補はある程度機械的にピックアップできるんだけど、実際にそれをしてみるとやはりというかなんというか、人間が理極点になっていることが多い事、多い事……。
最終的には国内に二十八人、ドイツ付近でも三十人、それ以外の地域で四十二人で百人が証明できたので、さらに残りは計算から導き出す形で理極点を特定していき、呪文の発動に必要な表理極点の特定に成功したのがついさっきである。
当たり前と言えば当たり前だけど、結構身近に理極点が多かったなあ。
「アレだな。バレー部の部長が『ブレ』たのとかは、弓矢の弟と前多が干渉してたのが原因と」
「晶くんだけじゃなくて、香木原さんも影響してると思うけど。でもまあ、その辺だね」
ちなみに理極点をある程度特定できた段階で、それぞれの理極点がどのような性質を持っているのか……とか、そういう事もちょっとだけ探りを入れている僕たちである。
葵くんが一番ニュートラルに近い、と僕は認識しているけれど、これは単に一番接しやすいからだろう。
晶くんに近付くと郁也くんの立ち位置が大分変わり、どうも潮来言千口案件がここに集約されているっぽい。
萬井くんはラブコメ展開が多くなる傾向があり。学校でラブコメムードが強くなったら大体この子の影響。
夏樹さんだと事件やそれに関連する組織との連なりがフォーカスされて、非日常の色が強い。
もちろん――世界線というほど決定的な違いにはならない。あくまでも少しずつニュアンスが変わる程度であって、それは僕達がはっきりと自覚しているから気付ける、程度のものだ。
それでもその極点に触れ続ければ、それが規準になるだろう。そうやって何度も世界の規準をズラし続ければ、最終的には世界線を跨ぐよりも大きな違いが生まれていてもおかしくは無い。
「結局、理極点ってさ。『その極点が世界をどう見ているか』……なんだろうな」
洋輔はペンを起用に右手で回しながら言う。
「その極点が世界をどう見ているか。世界をどう認識しているか。どのように観測しているか。その極点の主観において、その世界がどのような世界であるか――同じ世界でも、人によってその部分には差違がある」
その差違が、極点の本質なのだろう、と。
洋輔は言って、ペンをそのまま宙に浮かせるように留まらせた――どうやら剛柔剣で矢印を奪ったらしい。動きを意味する矢印がない以上、そのペンは動かない。
「そこで疑問だ。じゃあ、俺たちとソフィアはなぜ『違う場所』に居るのだろうか――なぜ『ここに居ない』のか」
地球をアースと呼んだ僕と洋輔。
地球をテラと呼んだソフィア。
僕達の地球とソフィアにとっての地球は、別の惑星であり――けれど、同じ場所にある惑星だということは検算が済んでいる。
それを踏まえて世界の構造を推察すると、だ。
ふぁん、と作り出したのは透明なプレート。
「あえてプレートで表現するけれど、実際にはこれが一つの世界だとして考える。で、このプレートの真ん中に地球がある時……」
そのプレートと同じサイズの透明なプレートを、別に二枚用意する。その二枚のプレートで、最初に作ったプレートを挟み込んで、っと。
「『少なくとも』、構造上はこうなっている。当初はこっち側のプレートから見た地球がアースで、逆側のプレートから見た地球がテラ……と読み取ってたんだけど、理極点の真相からすると、別な可能性も出てきた」
「ん。つまり、『表から見るか、裏から見るか』だな」
「うん」
便宜上、プレートの表から地球を見るのを僕達の地球だとしよう。けれど視点を変えることで、裏から見ると、それがソフィアの居る地球になるのではないか?
僕たちとソフィアは同じ世界の表と裏に居るのではないか。
ま、別にその辺の真相なんて知ろうが知るまいがさほど問題でも無いのだけれど。
「たぶんこの回答は、そうそう出せないだろうね……。本質的に構造を見抜いたら、それだけであの野良猫がどう出るやら」
「どうもしない気もするけどな、アレ」
言えてる……。
「さてと。それじゃあそろそろ、呪文の行使と行くか」
「うん」
明日明後日は土日でお休み。
まあ……たった二日の休日だ、正直気休めにしかならないとはいえ、十中八九呪文の行使には『対価』を求められるだろう。
少しでも時間的余裕を持っておきたい。
だから今。
金曜日の夜中に、それをするのだ。
洋輔は僕の目の前で、呪文の行使を開始する。
理極点に対する干渉、理極点の書き換えによる世界定義の変更。
世界をどう認識しているか、その認識の部分を書き換えることで発生する異常を定着させる技術。
「表理極点を定義。理極点への書き換え開始。俺たちが行うのは『弓矢晶の事故とその一連』に関する情報の改竄……」
いわばアカシックレコードの書き換え。
絶対的な過去を編纂する、そんなものだからこそ。
その行使がされる瞬間、
◇
――ぴたり、と。
世界が動きを止める。
いつもならば出てくるはずの野良猫は、けれど僕の前に出てくる事は無く。
断片的で言葉にもならない、単語の羅列が思考を通り過ぎてゆく。
なるほど。
今度はそうくるか……。
止まった世界に一つの錬金術を刻みつけて、その次の瞬間。
◆
呪文が行使されたそのタイミングで、俺の目の前からは佳苗が消えていた。
「…………。は?」
その代わりになのか、とても奇妙な錬金術が、目の前で今、行使されている。
それが行使されていると言うことは、佳苗がどこかにいると言うことだ。
…………。
そのはずなんだが。
佳苗の意識が、どこにも無い……?
「おい、佳苗。呪文が成功したのか検算したいんだが……」
とりあえず声を出してみる。
反応は無し。
意識の何処にも引っかかりがない。
佳苗の意識が俺の中に存在しない――使い魔の契約が途切れている?
「渡鶴」
呼び出せば、佳苗のゴーレムは当然のように出てくる。
そのゴーレムの機能の一つ、ログを確認してみると……どうやら、渡鶴でさえも佳苗が『認識できない』らしい。
改めて、とても奇妙な錬金術を眺める。
「これに意味があるとして……」
呪文は発動した。
佳苗が認識できなくなった原因は呪文による現実改竄の影響……と考えるのが妥当だけれど、もし現実改竄の影響で佳苗の存在がなくなったとか、そういう領域だとしたら、こうやって佳苗の存在を俺が覚えているのが妙だ。
俺だから覚えているだけで、他の誰もが忘れている、とかか?
「冬華。佳苗を覚えてるか?」
『何を唐突に。当然じゃない。…………。渡鶴のログは見たけれど、何、あなたにも佳苗が認識できないのかしら?』
「ああ」
椋鳥を経由して、俺は冬華にざっくりと事情を説明する。
冬華は少し考える時間を要求し、二分程の思考を経て俺にある可能性を告げた。
『ということは、あなたの目の前にあるその錬金術、恐らく錬金循環術ね……』
「なんだそりゃ」
『術者が生存してる限り行使され続ける性質を持った錬金術よ。佳苗はそれをあえて行使して、姿を消した。…………。恐らく……佳苗だけが異世界に連れ去られたんじゃない?』
そんな無茶な。
…………。けどなあ、無茶したのは俺たちの方か。
呪文の発動には世界から何らかの対価を要求されるだろうと、俺たちも散々予測していたとはいえ……。
俺たちは全員で心底、思い込んでいた。
対価としてまた異世界に飛ばされるにしても、ずっと一緒で居られると。
そうだよな。
別に無茶でも何でも無い。
俺だけが飛ばされる可能性もあったわけか――
『佳苗と洋輔、あなたを分断することで、世界は力を押さえつけようとしている。そう見るべきでしょうね』
「いや、どうだろうな……。押さえつけようとするなら、むしろ俺も一緒に連れ去った方が良いと思うぜ?」
俺と佳苗を分断する。
なるほど、それは効果的だ。
使い魔の契約の殆どが寸断され、俺たちによる魔法と錬金術の連携は寸断されている間、少なくとも出来ないだろう。
けれどそれは最初だけだ。
俺も佳苗も黙ってこの状況を受け容れるわけもない。
だから佳苗は妙な錬金術をここに残したんだろう。
「佳苗は暗にこう言ってるわけだ。『僕は生きてるよ、だからそっちからもアプローチと観測をお互いに』ってな」
『アプローチ? 観測?』
「ああ。今、佳苗はこの世界に居ない。異世界に居る。それは言い換えれば、世界の外に居るんだから、この世界を外から観測出来る――『かもしれない』」
我ながら説得力に欠ける台詞だ。
けれどそうとでも考えておかないと、自分の心境が持たないだろう。
それに全くの虚勢というわけでもない。
『……なるほどね。あなたたちがそれを実現できるならば、世界としては大失態ね。けれど実現できない可能性の方が高いんじゃないかしら?』
「まあな。それでもやっぱり失敗だと思うぜ」
『何故』
「地球には俺と冬華が居る。俺には本格的な錬金術が使えないが、その廉価版みたいなものならば一応使えるし、冬華と俺でも大魔法は実現できる――それにそもそも佳苗だって、俺と比べりゃ劣るだけで、魔導師ではないというだけで、魔法使いとしては超一流だ。俺と一緒である限り、『俺に魔法を任せた方が早い』と習得しなかった応用も、あいつは勝手に習得するだろうよ」
『あー……』
極短期的に見れば俺と佳苗を分断するのは有効だ。
けれど中長期的には逆効果――そんな初歩的なことを世界が考慮しないとも思えない。
つまり、世界は佳苗に、何かをさせたがっている。
……無事にとは言うまい。
ただ早く帰ってきてほしいと、俺は切に願うだけだった。
「冬華。佳苗の不在を取り繕うの、手伝って貰うが」
『ええ』
第二の脅威を経ても尚、それは世界が奪い与えた物語――三月賛歌夢現。三度目の異世界は一人きりで。三日月の下に響く賛歌は少年に、もう一人の少年が見た、悪夢のような真相を突きつける。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。
セカンドハーストルはこれで一区切りとなります。作中の6月に入ってからの出来事は、今後のシリーズ作品で説明が入りますので、気長にお待ち下さい。
この次のお話、三月賛歌夢現=(佳苗にとって)三度目の異世界篇は、2019年2月より連載予定です。




