108 - 多少のリスクは今更で
「ねえ洋輔。洋輔は剛柔剣の感覚の射程、伸ばせる余地はあるんだよね?」
「は? ……まあ」
何を唐突に、と。
そんな感じで、洋輔はこくりと頷いた。
「そもそも俺の剛柔剣は制限、フィルターを掛けるために力を割いてる部分がでかい。認識したり干渉したりする範囲を狭めてる以上、フィルターを解除してやりゃ大分広がるぜ。もっとも、そんな状態だと正直動くのも億劫になるんだが」
「つまり魔法的感覚においての負荷は『億劫になる』程度で、不可能じゃない?」
「常識の範囲でならな。で、いきなりそんな事を聞いてきたんだ、どのくらいの範囲を認知できるようにしたいんだ?」
「余裕を見ると半径九千キロメートル」
「馬鹿野郎一度寝てこい」
とりあえず無茶振りをして見たら、当然の突っ込みを受けた。
尚、現在時刻は真夜中の三時。
もうそろそろ朝と表現しても怒られない時間になりそうだった。
「いやでも、ちょっと冗談じゃなく、一つ可能性を思いついたんだよね」
「可能性ねえ。一応聞くと、方法は?」
「トンネル」
端的に答えつつ、ふぁん、と手元に地球儀を作り出す。
そしてその地球上、日本。
僕達が住んでいるあたりにピンを一つ、もう一つはポーランド、問題の美術館へとそれぞれ打ったら、ピュアキネシスでそのピンの頭を繋ぐようなチューブを作る。
「新幹線とかリニアの延長……って言ったら怒られるんだろうけれど、印象的には延長かな。ほら、真空トンネル列車ってあるじゃない」
「ああ……そういやちょっと前にニュースでどっかの国が作るかも、みたいな話をしてたんだか? もっともあれ、真空じゃなくて減圧だったと思うけど」
「うん。そもそもソニックブームが発生する原因は音速を超えて移動をすること。その結果衝撃波が発生して、音とか衝撃が産まれちゃう。ならば衝撃波を発生させない形状にするか、衝撃波をキャンセルするような仕組みが必要だけど、前者だと昔、超音速航空機が証明したように、形状的な工夫でどうにかできるものでもないと思うんだ。だからといって衝撃波をキャンセルする仕組みって、そんな動的な処理をいちいちやってもいられない」
だから前提を変える。
「衝撃波を発生させないとか、キャンセルするとか以前の部分で解消しちゃうって考え方。『真空トンネル』を作ってその中で移動するならば、音速を超えようがそもそも衝撃波が発生しない」
「今からそんなもんを作るとしてどんだけ時間が掛かるんだよ」
「九千キロ程度の長さのチューブ、それも僕達が乗り込める乗り物が入るくらいのだから、直径二メートルくらいかな。それを空中に作る。材料はピュアキネシス、内部の空気は錬金術で百万倍圧縮空気にしてチューブ内を亜真空状態にして、その中を僕達が全力で移動。移動が終わったら百万倍圧縮空気を解放、通常の倍率に戻してからピュアキネシス製のチューブを撤去。これで少なくとも衝撃波は発生しないし、ピュアキネシス製ならば完全な無色透明にできる以上、光学的にはっきりと捉えられる可能性は無視できる。レンズ効果で像が歪むことはあるだろうけど、移動に必要とする時間は長くて二時間。その二時間で荒唐無稽な不可視のチューブが存在すると露見される確率はかなり低いんじゃないかな」
「光学的にはな。レーダーの問題は? 突然空中に直径二メートル以上のチューブが、それも凄まじい長さで現れるんだ、一発で検知されるんじゃねえの?」
「チューブそれ自体に錬金術で『電波をすり抜ける』性質を与えられればレーダー的にも不可視だよ。むしろ問題は、他の飛行物体との接触だね。それを避けるとなると大気圏ギリギリとかに用意しなきゃいけなくなって――」
それならば最初から宇宙に出て、宇宙を移動した方が早い。
余計なことをしない分露見のリスクは大分減るし、何かしらの法則を歪めるようなこともないのだ。
問題は直線的、というか最短ルートを取ろうとするとき、宇宙空間をとはいえ通過する国々がどう反応するのかが読みにくい、点だけれど……。
「洋輔が最初に言った、『宇宙を一気に移動する』って考え方、結局一番良いんだよね」
「だけど発想はお前も言った通り、弾道ミサイルだろ」
「僕達だって素の状態で移動するわけじゃないでしょ。紫外線放射線その他諸々から身を守る必要があるんだから、乗り物は作る。で、その乗り物を宇宙塵とか、直径十メートル程度の隕石として擬態しちゃえば……」
「…………。確かにそれなら、日常茶飯事か……」
もちろん、隕石を擬態するにしたって問題はあるのだけれど。
けれどなんというか、原始的ながらとても有効な手だとは思う。
「でね、宇宙空間に出ちゃうなら、僕達の移動速度も上がる。加速負荷を気にするだけで良いわけだからさ」
「んー……宇宙までの移動手段は?」
「重力干渉は錬金術が沢山道具を持ってる。僕と洋輔が乗った乗り物への重力をほぼゼロにして、ちょっと上方向に力を与えてあげればいい」
「なら簡単だな」
「そこまでなら……ね」
僕達にとって宇宙への離脱自体は難しくない。
普通ならば地球の重力から逃れるためにはとてつもない加速が必要だけれど、重力そのものを変動させることが僕達にとって、その加速はほぼ必要無いからだ。
けれどそれは、離脱方面に向けての話。
その逆、宇宙からの突入は少し厄介だ。
「やっぱり大気圏の再突入が問題か」
「いや、再突入それ自体はそれほど問題でも無いんだよ」
大気との摩擦による超高温状態は熱耐性を与えてやればそれで解決できる。
むしろ問題は突入時のエネルギー消耗による発光だ。
「時々、火球現象ってニュースに出るでしょ。ああいうのが起きかねない」
「隕石を擬態するならばむしろ上等だろ」
「まあ、そうなんだけどね――」
目立つのだ。
そしてニュースに出るということは、それを撮影している誰かがいると言うことでもある。
僕達には難しくても、相応の機関ならばそれを高精度解析して、なんか隕石じゃないっぽい、とか判断される可能性は……まあ、否定できない。
「そのくらいはリスクとして受け容れるべきだろうな……」
洋輔はぽつりと呟く。
「佳苗がこれまでかなりの回数実験を繰り返してきたのは重々承知だ。渡鶴によるシミュレートも含めて、授業中もやってたしな。けれどそろそろ時間切れだろう」
「…………」
ちらりと、カレンダーを見る。
今日は既に6月20日。
期限ギリギリまで様々なチェックはしてきたけれど、結局、隕石擬態のごり押しか、もしくは真空トンネルによる限界突破か。
この二択だなあ……。
「どちらも実現に必要なリソースは確保済み――」
現実世界においてだと、真空トンネルはミニチュアスケールでのみ実証済み、宇宙経由はテスト無し。ただしどちらも渡鶴による再現世界においてのエミュレーションは完了済み、必要なリソースはもちろん、発生しうるトラブルも概ねリストアップしてきている。
リスクとメリットを天秤に掛けて、結局、僕が出した結論は。
「火球が撮影されるのもやむなし。宇宙経由しよう」
「妥当だな」
真空トンネルも悪い案だとは思わない。後始末を考えればむしろ良い案だとも思う。
ただ如何せん、宇宙を使うよりも『トラブル』が起きやすいし、洋輔にかかる負担も大きくなる。
「それでだ。いつ出発する?」
「今から」
「ああ、うん。だよな……」
「じゃなきゃこんな時間に起きてないよ」
僕はそう言いつつ、僕の部屋には『僕』、洋輔の部屋には『洋輔』の肉体を複製。それぞれに洋輔は当然のようにイミテーションを施し、今日の『僕達』の行動は彼らに任せつつ、冬華とも連携して日比生さんたちへの攪乱もして貰う手はずになっている。
……本来ならば冬華には一緒に来て貰うつもりだったんだけど。
クロットさんが打った手が的確にそれを阻害してきていた。
ナタリア先輩と一緒に夏樹さんの家に転がり込んだのである。
離婚しているとは言え元夫婦、ナタリア先輩と冬華は実の姉妹なのだ。それを止めることは出来るはずもない。
思い切った選択だなあとは思ったけれど、冷静に考えてみれば離婚した理由もよくわかんないんだよね。一方で冬華の発見という契機はあったのだ、夏樹さんとの復縁まで進むかどうかはともかく、家族として少し一緒に暮らしたいと真面目に言われたら推奨したい僕達だった――今の冬華としても、日本人的な感覚こそもたないけれど、異世界の勇者という感覚は持っている。だからこそ、『あるいは記憶を取り戻す切欠になるかもしれない』というこの機会は逃せないのだった。
なのでポーランドへの密入国は僕と洋輔の二人だけで行う。
真夜中。
僕と洋輔の部屋の真ん中、ピュアキネシスで作られた透明な橋の上にピュアキネシスで蓋をして、その蓋には光学迷彩。さらにその間に僕と洋輔が入り込むと、足場と蓋になっている天井を繋ぐように、僕達をピュアキネシスの箱で包み込み、さらにピュアキネシスの形を調整して更に光学迷彩。
「重力操作。ゼロに設定」
「剛柔剣で上方向に矢印修正……っと」
すると、まるでエレベーターにでも乗っているかのように、僕達が乗ったその箱のような乗り物は空へとするすると登ってゆく。G圧軽減のための細工はしているので、急加速でもそれほど不快感や圧迫感はない。
ある程度登ったところで、ピュアキネシス製の乗り物を錬金術で魔法から実物に固定、ついでに各種の耐性を付けつつ、細工も行う――空間整理という意味合いもあるけれど、各種レーダーなどの対策という側面のほうが大きかったり。
「そういやさ、さも当然のように乗っちまったわけだが。この乗り物、完全に密閉状態なんだよな? 酸素濃度とか大丈夫なのか?」
「酸素濃度というか、空気の比率を指定した一定の比率になるよう調整をし続けてくれる便利道具があるんだよ」
「なんつー都合の良い……」
「液体を問答無用で清水にする道具とかもあるわけで、いまさらじゃない?」
「言えてるけど理不尽に違いはねえよな……」
それが錬金術なのだ。
尚、酸素濃度の調整は魔法でも洋輔が実現しているので、そういう意味でも今更である。
「さてと。そろそろ大気圏を離脱するね」
「そんじゃ、方角を指定してくれ」
「あっち」
指を指せば、洋輔はそちらの方向へと矢印を変更したようで、指定した方向へと移動開始。大気圏外ということもあって、移動速度は地上での音速を優に超える加速が可能になっている……けど、あんまり早すぎても止まるのが大変なので、あらかじめ指定したとおりのルート、指定したとおりの加速と減速を行い、宇宙空間を移動すること四十分。
いよいよ大気圏への再突入シークェンス。
「形状変えるよ」
「ん」
ふぁん、と各種耐性の性質を維持したまま形状を『隕石』に変更。
ただし『内側からは外が見られる』、『外から内側は見ることが出来ない』、マジックミラーのような性質も追加しておいた。
それが終われば洋輔が光学迷彩を排除、見た目は隕石へと変更される。
あとはあらかじめ計算しておいた突入角度に調整を済ませつつ、重力操作を解除し、微調整は洋輔の剛柔剣でいざ、大気圏へと再突入だ。
ほぼ完全耐性なだけあって、衝撃も熱も内側には通らないけれど、内側から見える外の景色は燃えていた。今頃地上からは火球として観測されているだろうなあ……。
ある程度高度が落ちたら、隕石をもしたそれをふぁん、と更に変形。
僕と洋輔を乗せた球体に変更し、光学迷彩を行いつつ洋輔の剛柔剣で速度を調整することで、ほとんど誤差無く問題のポーランド美術館前に到達した。
ちなみにポーランドは現在、午後の九時頃である。
当然美術館は閉まっているけれど、美術館周辺の電気系統を一時的に無効化しつつ解錠し、当然のように不法侵入。
『猫と少年』はすぐに見つかった。
「…………ん」
そして、僕は直接其れを見ることで、ソフィアの仕掛けを理解する。
なるほど、これは概念的な埋め込みだ。錬金術では難しく、けれど神智術では容易だったからか。
『猫と少年』に直接触れて、表面からその『見えない膜』を引き剥がすと、僕の手の中には六角柱のスティック、神智結晶が握られている。
神智術では埋め込めても取り出すことが難しかったのだ。一方で錬金術師はマテリアルという形で、ものをある程度明示的に区別しながら認識することを前提とした技術ということがあり、その『難しい』こと……取り出しは簡単なのだった。
「長居は無用だな」
「うん」
洋輔の言うとおり既に警備会社には異常が検知されているだろう。
僕は洋輔と共に美術館の屋上に出ると、来た時と同じようにまた宇宙を経由して日本へと戻る――結局、日本内へと戻ったのは午前の五時頃。
今日の学校はイミテーションに任せ、僕達は神智結晶の実行を行い呪文の発動を目指すことになる。
「正直、結局ここまでごり押しするなら、最初からこうしとけばよかったな……」
「いやあ。それは結果論だよ。それに美術館の監視カメラに、僕達の姿が多少は映ってる可能性もあるからね――そりゃあ迷彩も偽装もかけたとはいえ」
万が一映っていたところで、アリバイは完璧だ。なにせ出国記録がないし、家に僕達の身体があることもまた事実。他人のそら似と思ってくれる可能性はある。
とはいえリスクに違いは無い。
「さてと」
僕は洋輔と共に、撤去した屋根裏倉庫の跡地に入り込む。
ざっくりと簡単に拠点化を済ませたら、その中で神智結晶をホワイトボードへと押し当てて実行を意識する――ただそれだけで神智結晶は実行されて、ホワイトボード上に様々なグラフや文字が躍り始める。
本人確認が終わったようで、細かい今後の工程表がそこには示されると同時に、この神智結晶にソフィアが施したのは、これを軸とした空間定義を悪用した重複定義で擬似的な『世界の虫食い穴』化って所だろう。ただ、このワームホールを通れるのは神智結晶によって変換できる情報のみ。要するに物質的なやり取りは無理、けれど言葉を文字として送ったり、図を送ることは可能……、音は無理だな。
「ようするにちょっとだけ高性能なメッセージアプリかこれ」
「どうだろうね。世界の壁を越えるという意味では高性能だけど、動画も音も無理だと思うと型落ちじゃない?」
図の連続、パラパラ漫画的な形で擬似的にならば動画は送れるか。
ともあれ、ソフィアに向けて準備完了の旨を送信。
「返事が来るまで、工程表確認しておこうぜ」
「オッケー」




