09 - 負けず嫌い
カミッロ先輩が率いる紅組は当然、カミッロ先輩を主軸にした戦術、動きをしていた。スタンドから見る限り、そのフォーメーションは4-3-3と呼ばれるような、ポジショニングを重視したタイプのものだと思われる。
一方で藍沢先輩、来島くんを擁する白組はと言うと、来島くんのワントップにディフェンダーが4人……だから、4-5-1だろうか? いや、洋輔がちょっと変だな。4-4-1とプラス1みたいな感覚なのかも知れない。
紅組の勝ち筋はきちんと状況を整えフィールド上の優位をとって行く堅実な形を基本形に、そこにカミッロ先輩が単独主張を挟むことでアクセントとしてるようだ。けれど決してカミッロ先輩は無理に攻めようとはしていないし、紅組の皆も無理にボールを集めようとしている気配は無い。
一方で白組の勝ち筋は至って単純、来島くんにボールを渡してなんとかなることを祈る。うん、こう考えるとなんかやる前から負けてるな。でも、白組の動きを見る限りはそうとしか見えない。そしてそんな無茶な作戦をしている以上、来島くんの攻めが破綻するとあっという間にカウンターを受けているはずなのに、そのカウンターはあっけなく白組のディフェンダー陣が粉砕してた。
……違和感があるな。
藍沢先輩のスタイル的には、カウンターを粉砕した時点で自分自身もカウンターに出るイメージなんだけど、それが無い。無理攻めと判断してるのかな?
だとしたら随分と気長なことだ。
そして自分たちの防御力に絶対的な自信を持っていないと出来る芸当では無い。
藍沢先輩自身は確かにすさまじい防御力だろうけれど、突然の出戻りで味方を統率することなんて出来るのか? 出来たとしても、防御力に絶対の自信なんて持てるかな?
無理だ。
なのに現実として出来ているのは、洋輔がリベロとして完璧に仕事をしているからなのだろう。
「ねえねえかーくん。よーくんって、えっと、ミッドフィルダー? なのかしら?」
ぽつり、と漏らされた皆方先輩のつぶやきに、よーくんって誰だ、と葵くん。
洋輔のことだと教えたら『随分と普通だな』と言われていた。確かに。
「じゃなくて。答えてくれないのかしら?」
「ああ、すみません。ええと、洋輔はサッカーにおけるリベロというポジション……で、今回も入ってるはずです」
「ふうん、リベロ。……それってバレーではよく聞くけど、ということはやっぱり、たとえば手が使えるかしら?」
「そんな事はありません。キーパーじゃないんで、スローインでもないかぎりはハンドで反則です。それと、僕もサッカーのリベロというものにはあまり詳しくない、というのが実際なんですけど……ええとですね、『特定のポジションを持たない』、『攻守の両方をこなす』役割、というのが近いのかな。元はディフェンダーの派生だそうですが」
「つまり攻撃的なディフェンダーなのね。らんでんと似てるわ」
…………、言われてみれば、確かに。
藍沢先輩は極めて守備に重きを置いているけれど、点が取れる公算が極めて高い状況では一気にカウンターで最前線にまで出張る。その一点に限って見るならば、リベロとしての側面もある……いや無いな。
「一瞬同意しかけましたけど、皆方先輩。たぶん、似てるだけで違います」
「ふうん? どんな感じで?」
「洋輔は可能性が少しでもあれば攻めますけど、藍沢先輩は殆ど確実な状況でもないかぎりは戦わない。洋輔がリベロなのだとしたら、藍沢先輩はカウンターパンチャーってところかな……」
結局、紅白戦の前半は0-0。
紅組には何度もチャンスがあったのにその悉くが跳ね返され、白組は来島くんにボールを集めるところまでは何度か行ってもシュートまでは続かないようだった。
それぞれのチームが簡単なブリーフィングをしているのを見て、少し考える。
この二つのチーム、相性がびっくりするほど酷いのだ。
紅組の戦術は良くも悪くもポジションにある程度縛られている。それが彼らの強さで、普通のチーム相手ならばカミッロ先輩が簡単に相手チームの一穴を開け、その一穴から全てを崩すことだって出来るんだろう。
白組の戦術はその点、本来ならば相性が『良い』相手だ。防御を主体にしてカウンターによる一点を狙うタイプである以上、その防御を一度でも打ち破ることが出来ればそのまま勝ちに繋がりやすい。なまじ強固な壁があるからこそ、一度でも崩されるともの凄くもろくなると言う性質がどうしてもあるからだ。
ましてや出戻り、それほど連携力が高いわけでも無い。なのに紅組は白組を崩せない。
原因は洋輔だ。
本来ならば高く硬いだけの壁としての防御陣に、洋輔が自由な防御参加を行うことで柔軟性を与えている。それは硬さを維持した上で柔らかいというか、流動的であるというか。更に言うならば、洋輔はガチガチの連携ではなく、その場しのぎの連携に特化している。だからこういう飛び入り参加でも十分に働けるし、更に藍沢先輩とは部で一緒だったから、藍沢先輩が動き出せる状況を創るためにはどうすれば良いか、そんなことだって分かるのだと思う。
「佳苗はこれ、どっちが勝つと思う?」
「このままだとどっちも勝てないと思う。引き分け、それもお互いに一点も入らない引き分け」
「なんでだ?」
「白組は藍沢先輩が攻撃参加できるほどの土壌を作れないし、来島くんだけでは攻めが単調すぎる。紅組は単純に、今の白組を打ち砕く手段を持たない。藍沢先輩の堅実な防御を洋輔が補助している以上、あれは鉄壁というのも生ぬるい。殆ど結界だよ」
けれどそんな事は当事者達が一番痛感しているだろう――選択肢がここで産まれるわけだ。
紅組はカミッロ先輩をもっと自由に動かすかどうか。
白組は洋輔を攻撃に積極的に参加させるかどうか。
「カミッロ先輩がスタンドプレーを全解放すれば、とりあえずゴール前まではたどり着ける可能性が高いよね。その上で藍沢先輩と洋輔をかわせればシュートは打てる。でも、その上でキーパーを抜けるかどうかは別問題だし、出来たとしても味方のポジショニングがかなり崩れる。それを良しとするか? 良しとしたところで、洋輔は完全に防御専門になるだろうけど、それを突破できるか?」
そもそも良しとしないだろうな。ユースチームだ、勝ち方には拘るはず。
紅白戦だからとゴーサインを出したとしても、やっぱり洋輔が全力で護りだしたら、それこそカミッロ先輩だけでは突破できない。
「一方で洋輔を攻撃に偏らせるならば、来島くんとのツートップのような形になると思う。来島くん一人じゃどうやっても単調だった、それを変化させる手として極めて有効だし。それなりに高い可能性で点も入る。来島くんの突破力は間違い無いし、洋輔ならサポートも十分できるはずだ。問題として洋輔が前線に上がっている間、白組の防御力が、がた落ちするって事」
守り切ることは出来なくなるだろう。何度か危ない橋を渡ることになる。
それでも守り切れる可能性はあるし――それでもこちらが点を入れることが出来ない可能性もある。
「藍沢先輩があのユースの人たちにどういう役割を期待されていて、どの程度の影響力を持っているか、にもよるんだけれど……。点が動く可能性があるとしたら、白組の洋輔が攻撃に寄るような動きをした場合。その場合は白組の防御力に問題が出るから、紅組にも点が入る可能性がある。僕にでも分かるんだから、少なくともカミッロ先輩、藍沢先輩、来島くん、それに洋輔だってそれは百も承知……あの場に居る皆がそれを理解しているかな」
「なのに点が入らないと言うことは、よーくんが攻撃に出ないって事かしら?」
「はい。藍沢先輩の性格的に、洋輔がするであろう主張を否定しきれないですから」
「洋輔の主張……?」
「前多くんはよく知ってるかも知れないけど、ほら、僕ってもの凄い負けず嫌いでしょ?」
「うん」
「そうねえ。かーくんって大概よね?」
皆方先輩には確認してなかったんだけど……まあいいや。
「洋輔も負けず嫌いなんですよ。ただ、僕とはニュアンスが全く違う方向に」
「ニュアンス……?」
「僕は勝ちたい――」
と、ブリーフィングがそれぞれ終わったらしい。
紅白戦の休憩は十分。あとは少し身体を休めつつ、けれど冷まさない程度には動く感じだろうか。
「――洋輔は、『負けたくない』」
ニュアンスの微妙な違いを伝えたところで、皆方先輩と葵くんはよく理解してくれたようだ。
恐らく洋輔はこのまま、戦法を変えないことを主張する。相手が無理攻めをするならば防御の比重を厚くするとさえ主張するに違いない。完全に守り切れればカウンターを叩き込む隙が出来るかも知れない……そうすれば、点が入る、かもしれない。一点でもそれで入れば勝ちがほぼ決まる。
逆に一点すら入らなくても、守り切れれば負けは無い。公式戦ではなく紅白戦だ、PK戦もないから、完膚なきまでに引き分けることが出来る。洋輔好みと言えよう。
いや、好みと言うより、僕と一緒に育ったからそうなっちゃったのだろうけど。
いざ後半戦が始まると、紅組は若干前のめりにはなっているけれどカミッロ先輩が無理に動くことは無く、また白組も洋輔が前線に出張ることは殆ど無かった。つまり変動無し、お互いに様子見という感じでスタート。
白組が受け気味の対応を取ったと認識してか、紅組が攻めにパターンを変化させ始めるも、洋輔が当然のようにディフェンスラインを補強。鉄壁ならぬ結界があるかのように、紅組はフィールドのディフェンスラインを一度たりとも突破できていない。カミッロ先輩の高い攻撃力は紅組全員が補助することで更に引き上げられているのに、それでも防御力が不足している。
なんというか、見ていてしんどいな、これ。僕が紅組の側だったらどうやって突破してるだろうか? ……いや、無理じゃない?
僕のそんな思考に気付いてか、どうなのか。
ちらりと。
ハーフラインの手前でパスを受け取ったカミッロ先輩が、こちらを見た、ような気がした。
いや、見たのはこちらではあっても、僕じゃあない。
そしてカミッロ先輩は何か小さく、呟くように。
あるいは喋っているのかも知れないけれど、この距離では聞こえない。
それでも唇の動きから、なんとなく、読み取れる。
『アオイなら――こうかな?』
ボールを器用にバウンドさせると、そのまま一気に上へと蹴り上げる。
高く、しかも強烈なスピンをかけて。
けれどカミッロ先輩はそこから動かず、ただシュートの体勢を取り、そして落ちてきたボールにドンピシャのタイミングで思い切り左足を振り抜いた。
スピンを一度蹴り上げることで上乗せしていたのか、普通の放物線とは明確に異なる弾道を描いて、そのボールはゴールへ猛進する。それはあわやゴールが決まる、そんな弾道だ。けれどゴールポストに当たり、跳ね返……、なるほど。
カミッロ先輩、僕達とやったあの試合の意趣返しをしようとしてるのか。
それも一人で。
どれほどセンスに溢れていれば出来るというのだろう。
「うわあっ! これは――」
「カミッロさん、えげつな――」
皆方先輩と葵くんの声が感嘆の色を強く帯びる。実際それは感嘆に値するし、えげつないと言わしめる行動に違いない。どこまで理解しているかは別だけど。
カミッロ先輩のそのシュートは、一度ゴールポストにぶつけ、リバウンドしてきたものを改めて叩き込むという奇策の部類だ。成立したらきっとそれはゴールになる可能性が極めて高いだろうけど、そんな事を狙ってできるならば普通にシュートを打った方が早い。
とはいえ、相手……今回は白組だけど、そちらの防御力が尋常では無く、普通にシュートを打っても遮られる、なんて想定ができるならば、奇策の部類で攻めるのも選択肢には入る。ゴールポストを狙い、リバウンドに会わせてシュートを打つ。そんなことが出来るならば、確かに均衡は破れるだろう。
相手に洋輔や僕が居ないならば。
ゴールポストに当たり、リバウンド――したボールを、すっと遮るように洋輔がトラップで受け止めると、当然のように大きく前線へとクリアーを兼ねた、来島くんへのパス。通ればラッキー程度のものだ、当然阻まれてはいたけれど、今のでカミッロ先輩の目論見は完全に崩壊したわけだ。
「どんなにまともな攻撃をしても、藍沢先輩を主体にしたディフェンダーは破れない。どんなに奇策を弄しても、それは洋輔が阻めてしまう。……結局、洋輔は」
そう。
洋輔は、『負けたくない』の主張を選んだわけだ。
今のプレイだって、洋輔ならクリアーではなくそのままドリブルで上がることだって不可能ではなかっただろうに……理想の動きが無いとは言っても、身体能力なら馬鹿げているのだから。
「ふへー。確かによーくんも大概の負けず嫌いなんだねー。今のはもっと攻めっ気がでるんじゃないのかしら? あれで満足そうにしているのは不思議よ」
「負けたくないの負けず嫌いですからね。このまま確実に同点にできるならばそっちを選ぶでしょう」
「かーくんもよーくんも夢が無いよー。もっともっと上を見ないと」
「あんまり上ばっかり見て歩いていると落とし穴に落ちますよ」
「ああ言えばこう言うって言われない?」
「よく言われます。気にしてません」
「……佳苗って意外とふてぶてしい?」
それもたまに言われるけど、葵くんに言われるのは微妙に不本意だった。
「ユースの人たちは、やっぱり上手ですからね。無理はしたくないんでしょう」
正確にはユースというよりジュニアユースなんだけど。
結局、この紅白戦は僕の予想通り、0-0というスコアで引き分けとなった。
白組は最後まで結界をしき続けることに成功し、そして紅組はそれを崩せなかったのである。
そして、お昼。
懇談会はスタンドで行われることとなった。




