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生命存略夢現  作者: 朝霞ちさめ
続章 嵐の空に飛び出したのは
109/111

107 - 大分昔に捨てたもの

 『猫と少年』の確保における問題点を整理しよう。

 まず、僕は旅券を持っていない。よって正当な手段でポーランドのその美術館に入るためには時間があまりにも掛かりすぎる。

 だからこそ、不正な手段での入国を試みることになるけれど、その方法は大きくわけて二つ。他人を頼るか、自分たちでなんとかするか。

 他人を頼る場合は喫茶店を経由する事になるけれど、こちらも時間的にはギリギリだろうし、なにより喫茶店にかなりの貸しを作ってしまう。その貸しでさえも最終的にはなかったことにできるとはいえ、前払いを要求されることもあるだろう。ただし、それさえ許容できるならば、時間的にはギリギリだとしても最も確実に確保が出来ると思う。

 一方、自分たちでなんとかするならば、主に魔法を利用した高速空中移動を行うことになる。この場合飛行機と同じくらいの速度だと、負担がそこそこ大きくなる。よって負担軽減をするためにも、僕達が安定して維持できる最高速度で移動を済ませたい。

 ただし、僕達が維持できる最高速度はマッハ6。余裕でソニックブームが発生してしまい、それは地球上では極めて目立つだろう。また、光学的な迷彩はいくらでも出来るけれど、レーダーだとかにはたぶん映ってしまうだろうし、空間整理の応用をするにしてはあまりにも時間が足りず、また範囲も圧倒的に不足するに違いない。

 よって、僕達が取れる選択肢はどれも一長一短というのが結論になる。

 一応その選択肢を三つ簡潔に言えば、次の通り。

 喫茶店を頼って飛行機で向かう。

 ソニックブームが発生しない程度の速度でのんびりと移動する。

 ソニックブームやレーダー対策を行った上で高速移動する。

 以上の三つだ。

 そして洋輔や冬華と相談した結果、僕達が出した結論は、三番目。

 ソニックブームとレーダーの無害化を行い光速移動を行う、というものである。

 これはのんびりと移動する分にはソニックブームが発生しないけれど、レーダーの問題は結局出てしまうと言う点と、何らかのレーダーに引っかかり、スクランブルでもされた日には逃げられないではないかという洋輔の主張がごもっともすぎた。

 で、ソニックブームとレーダーを無害化する方法はどうするかというと、これは魔法ではなく錬金術の領域だ、と冬華が指摘した。

『そもそも魔法が音を苦手としているのは知っているでしょう。錬金術としてもコーティングハルの派生系道具以外で音に干渉する事は難しいの。けれど、裏を返せばコーティングハルというとっかかりはあるのだし、錬金術で対処するべきでしょうね』

 ちなみにソニックブームとは音速を超えて大気圏内を移動するとき、空気の壁を一気にぶち抜くことで発生する衝撃波の事で、それは轟音を伴う衝撃として観測される。

 なので、コーティングハルの特性――防振動による防音では対処はできないのだけれど、確かに一つの指針を錬金術は持っている。

 一方でレーダーの原理はというと、電波を発して、その電波が反射して帰ってきたならば、そこに電波を反射する何かがあるという仕組みである。この対処として真っ先に思い浮かべるのは耐電波なり防電波という性質だけど、耐電や防電はあっても電波という範囲だと存在するのか微妙なところだよな……。探せば見つかるだろうし時間の問題だけど、それをどのように適応するかとか、その辺の試行錯誤も必要かもしれない。

 ま、久々にがっつり錬金術で試行錯誤できるのだ、渡鶴のサポートを受けつつの試行錯誤をがっつりするのに至っては初めてだし、新鮮さも楽しもう。

 尚、日比生さんが求めていたクロットさんらに対する説明は現在隠れ家(セーフハウス)で実行中。

 主に冬華自身と洋輔が行うことになったとはいえ、僕も当然同席する。もっとも、補助に徹する形だけれども。

 で、この説明というのがなかなか難しい。

 僕や洋輔、冬華の経験を全て語ったところで、子供の妄想と思われている部分がやはりあるのだ。たとえ目の前で錬金術や魔法という異常の技術を見た所で、どこかで不信が残ってしまう。そりゃそうだ。あまりにも現実味を欠いている。

「……大体、あなたたちがさっきから当然のように『上位の次元』やらレイヤーやらと表現しているそれは何者なの?」

「そうとしか表現のしようがない。洋輔、佳苗、何か言い換えは?」

「無理だな。俺たちにもそうとしか……。そもそも人間が認知できるようなものじゃねえだろ、あれ。あっち側から姿を出さない限りさ」

「そうだね……神様、というほど全能でもないんだよね」

「言えてるな」

「確かに」

 強制力は確かにあるのだ。時間を止めてしまうほどに、絶対に近いような力がある。

 けれど決して全能ではない。間違いも多いし、そもそも力を自由に使えると言うわけでも無いように思える。

 ゲームマスターというほど好きが出来るわけでもない。けれど全体が揃って相談すると、それに近いような事が出来る。

 感覚的には、審判くらいか。

「あなたたちが本心から本気で、そして正気だということも『見分け』は簡単ですけれど、それでも理解しがたい心持ちなのですよ」

 日お姉さんが僕達を諭すように言う。

 ちなみに日お姉さんの『見分ける力』については、対魔呪の一種、もしくは得意理論かなあとも思っていたけれど、単なる才能――僕の生成や洋輔の削除――なのかもしれな。

「異世界との契約で私の娘は一度死んでいる。そして異世界に飛ばされた時の不手際で記憶のほとんど全てを失った。こうやって帰ってきているのは異世界に飛ばされた娘の魂が、異世界で天寿を全うする直前に強く願い、無理を沢山重ねて魂だけを地球へと導いた……。ううん、やっぱり納得しかねるわ」

「けれど、納得して貰えないと話が進まない」

「大体、人間を作れるとか言っているけれど、それはどこまで本当なのかしら?」

「…………」

 ちらり、と。

 冬華が僕を見た。

 僕は僕で肩をすくめて、洋輔はあちゃあ、と額に手を当てる。

 それこそ、百聞は一見にしかず。

 ふぁん、ふぁん、ふぁんっと。

「少なくともこうやって、遺伝子情報さえあれば即座に出来る程度には本当です。見ての通り僕、洋輔、冬華の遺伝子情報を参照していて、年齢もリアルタイム。あんまりまじまじと見ないで下さいね、裸ですから。まあもっとも、身体しかない、魂のない生きている人形にすぎないこれたちには、恥ずかしがるような事もできませんが」

「…………え? いや、どこから?」

「材料は自宅にあるものを使いました。錬金術師は一定以上の力量があれば、人間の身体を作るくらいは簡単なんです」

「私にも可能。ただし、佳苗ほどの応用はない。錬金術師としての才能は、圧倒的に佳苗が勝る」

 折角僕達の身体の複製体を机の上に作ったので、申し訳程度にアネスティージャで全身麻酔を施してからピュアキネシスでメスを作成、僕の複製体の胸に刺し入れて切開作業。

 とくん、とくん、と。

 規則正しく動く心臓が目に見えるようになると、日お姉さんは少し不快そうに、日比生さんとナタリアさんも少し考えるところがあるようだった。

「臓器のスペアとかは、だから量産できますよ。もっとも外科的治療をするより、エリクシルを飲んだ方が早いし楽です。材料的にも」

「もしくは俺のリザレクションだな。冬華にも使えたはずだが」

「洋輔には劣るわ」

 洋輔は僕からメスを取り上げると、そのまま僕の複製体にリザレクション。

 さも当然のように、その傷はあっさりと完治する。

 百聞は一見にしかず――か。

「渡来くん。あなたたちがどう考えているのかはともかく、倫理的にとてもまずいわね、これは」

「クローニングは世界的に禁忌視されてますからね。そりゃそうです」

「いえ、そうじゃなく。いやそれもだけれど。私たちがあなたたちの裸を見るのもそうだし、逆にあなたたちが冬華の裸を見るというのが倫理的な問題よ」

 ……あ、うん。

 ふぁん、ふぁん。、ふぁん。

 と、全員に服を着せる。

「これでいいですか?」

「まあ、全裸よりかは良いけれど……猫柄の主張が激しいわね……」

「所詮は人形ですからね。人形遊びの醍醐味は好きな服を着せられることでしょう」

「…………」

 良い性格、という視線を日お姉さんから受けた。

 ごもっともだった。

「遺伝子情報があれば、肉体は作れる、ですか。…………。渡来くん。私の身体を複製してみてくれますか? 当然、下着は着せて下さいね」

「……あ、はい。ただ、日お姉さんの遺伝子情報を参照しないといけないので、髪の毛を一本頂けますか」

「ええ。……え? それだけでいいのかしら?」

「十分です。血の一滴だとちょっと怪しいですけど、それでもなんとかなりますね……」

 日お姉さんから髪の毛を一本切ってもらい、それをマテリアルで代入しつつ、ふぁん、ふぁん。

 しっかりと下着も着ている状態の、日お姉さんの複製体が完成。

 こうやってみるとプロポーションが良いな……。

「うわあ。本当に私の身体だわあ……あなたたち、この力で好き放題しているのかしら?」

「え?」

「うん?」

「何を?」

 日お姉さんの問いかけに僕、洋輔、冬華の順でリアクション。すると、日比生さんが「日らしいといえばらしいけれど」と間をつないだ。

「直球のデッドボールを放り投げたわね。今の意味、解らないならばそれで良しだけれど」

「欲求処理って意味ですよね? いや、その発想はなかったな俺……」

「僕も。人形相手ってつまらないし」

「私も同感」

 僕と冬華は間違い無く同感なのだろう、だからリアクションは自然になっている。

 けれど洋輔はちょっと意味合いが違うな。そりゃあ、そうか。

 あの世界で洋輔が経験したことを踏まえれば。

「あはは、日比生も見事に報復デッドボールを食らったわね。私もだけれど」

「冗談じゃありませんよ、日比生、クロット。要するにこの子達は本当に『知っている』のです。大概の事を、年齢不相応にも。困りましたね、信じるしかないと解ってても、頭が理解を拒んでいる。異世界。異世界ですか……」

「娘としての記憶、戻る可能性はあるのかしら?」

「絶対にない、とは断言できないけれど……。その程度の可能性なの」

「それでも可能性があるだけマシかしらね。…………。魂云々はさておいて、あなたが『冬華』という存在である事は、なんとなく私も確証を持てる。恐らくは母としてね」

 だからこそ、とクロットさんは冬華や洋輔、そして僕の複製体に視線を向けた。

「この技術。あなたたちのその力は手に余るわね……。喫茶店(パステル)に限らず、あらゆる組織があなたたちの力を悪用したがるわ」

「それはこの二人から重々説明を受けている。他人にばれるように使ったことは一度もないわ」

 冬華がそう断定すると、少しほっとしたようにクロットさんは言う。

「裏を返せば、私も佳苗も洋輔も、あなたたち三人を信じる事にしたという事。私たちはあなたたち三人に力を一定量貸してもいい。だから今は、手伝って欲しいということ――」

「……そこよ。少し、気になっていたんだけれどね。一ヶ月の期限付きでの記憶操作。それにどれほどの意味があるのかしら?」

 日比生さんが当然の指摘を冬華にすると、冬華はただ、

「策を成功させるための下準備」

 と、真実を答えた。

 『嘘はつかない』――僕たちが三人であらかじめ決めていた方針だ。

 もちろん、全てを喋る気もないけれど。

「策の内容は教えてくれないのかしら?」

「教えても良いと佳苗は言っていた。けれど、知るべきではないとも」

「その理由を教えて頂戴」

 クロットさんは僕に言う。

 僕は、だから嘘をつかなかった。

「知ったら使いたくなりますよ。そうでなくとも、『いざとなったら僕達がなんとかできる』と、そう思うようになる。それ自体は別に構いません。僕達もそれは覚悟して、仲間になってくださいとお願いしているんですから」

「じゃあ、何がダメなの?」

「僕達がこのあともずっと、この世界に居られるとは限らない」

「…………」

 異世界などというものに僕達は縁を結んでしまった。

 だからこの先も、もしかしたら似たような事があるかも知れないし――それに、『猫と少年』を確保し、神智結晶を入手して、呪文(スペル)の発動まで漕ぎ着ければ何かが起きる。

 それに巻き込むのは気が引ける。

「つまりあなたたちが用いる『手段』は、結構なリスク――あなたたちがまた失踪するようなもの――が伴うということね」

「はい」

「私たちもあなたたちを手助けできるならば大概はやってみせるわ。要求はないの?」

「ならば俺たちがもし地球から失踪したら、少しの間誤魔化してほしい。親を心配させるのは、……俺だって、嫌だから。佳苗はもっと顕著だろ」

「うん」

「親思いは良い事ね。……うん、解ったわ。あなたたちが『何をしでかそうとしている』のかは、とりあえず聞かないことにする。けれど一ヶ月後、事態が改善していないならば、その時は聞かせて貰う。私たち三人がみっちりね」

 構わないわ、と冬華が、そして洋輔と僕がそれにうなずき答えると、結局、僕達の暴露に半分ほどの疑念を遺しつつ、それでも半分ほどは信じてくれたようだった。

 上々の結果、だ。

「ところで渡来くん。この人形……? は、どうするのかしら?」

「放っておいても身体は勝手に死にますけれど、死体がこのあたりで発見されるのもいやなので。殺してから材料にします」

 ふぁん、と。

 手元に黒いエッセンシアを作り出す。

「これはモアマリスコールという道具でして。一回だけ服用する分には、無害な薬なんですけれど、間隔をすこしあけて、二回服用すると、生命体であるかぎり絶対に死ぬ。そういう道具です。心臓を刺しても良いけど、安楽死できるならばそれにこしたことはありません」

「……死生観のモラルハザードが目の前で起きているような気がするわ」

「それは日比生さんの勘違いですよ」

 複製体の生命活動を止めて、ふぁん、と全てを別の者に錬金術で変換しつつ、僕は答える。

「僕達はとっくに、モラルなんてものは捨てているのですから」

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