105 - 白黒の記憶
「ご先祖様が遺したとされるお話があるわ。それは御伽噺のようなもの、もしくは童話のようなもの。大きく分けて三つの話で作られてね。その二つ目に、六つの太陽というお話があるわ。六つの太陽が揃った時、その二番目は陽を束ね、故に陰が色濃く落ちる。陽を束ねるものを勇ましく戦う者とするならば、色濃く落ちる陰とは人の道を外れた何かであって、だから陰と陽は力を合わせて『わたし』を探す――そんな物語。……『わたし』って、私のことじゃないからね。そう物語で表現されているのよ」
三つの物語……か。
六つの太陽。二つ目が束ねる。
それによく似た記述を僕は読んだ事がある――そういえば、その件について日お姉さんを改めて探ってないな。
「何か教訓があるわけでもない、なにかワクワクするわけでもない、そんなつまらない物語だと私は幼い頃に思ったわね。けれどこの街に来て、私は日と出会い、驚いたわ。なにせ三つとも似たような話を日が知っていたのよ。ただ、その話は完全な一致をしては居なかった……けれど、名前を聞いてあれ、と思ったの」
太陽。
日。
「弟が二人居ることを知った。名前は昌と晶。同じ漢字を増やすだけだと、日は笑っていたわ。……そして、日は同時にこうも言っていた。『私が二番目ならば、鬼など説得できただろうに』」
そして、鬼……か。
「日の弟。弓矢昌。あの子が『陽を束ねるもの』だと解釈するのは自然よね。じゃあ『色濃く落ちる陰』は誰なのか。昌と特に仲が良い、村社郁也かしら? 十分にあり得る話だわ。私も日もそうやって話をして……けれどね、日には『見分ける』ことができた。あらゆるものを見分けてしまうという力があった。それによれば、村社郁也くん、彼は『違う』のよ。あの子はあくまで陽の側。……というか、日は『陰の側に属する者は人生通してまだ見たことがない』とも言ってたのよね。だから、じゃあ未だ居ないのか、あるいはただの偶然だったのか。そんな事も話していたわ。……去年の今頃まではね」
去年の今頃。
既に僕は、日お姉さんと出会っている。
「失礼に当たるでしょうね。けれどこういう機会でも無い限り、あなたははぐらかしてしまうでしょう? だから直球で聞くわ。『あなたは人間なのかしら?』――日は去年、『陰を見つけた』と言って私に教えてくれたわ。その子は手品のような仕掛けのされた黒縁眼鏡をかけた男の子で、昌のクラスメイトなのだとも。猫とまるで会話をしているかのようだとも。人間離れした動きをするということも。けれどそれだけで、友達思いの人間にしか見えないとも……」
あの時点でかけていた眼鏡はまだ初期も初期。鼎立に至らなかった僕がかけていた眼鏡のフレームには極小サイズに精製した通常のエッセンシア凝固体を仕込んでいた。それが何であるのかは解らなくても、その眼鏡に様々な物理的な仕掛けがあった事を当然のように察知されていた……と。
「日比生さんも、やっぱり昌くんが勇者だと思いますか」
「……勇者?」
「僕はその伝承を知りません。ただしその原文に近いようなものを昌くんの家の地下で発見して読みました。で、その読み物の記述は、少なくとも僕が読んだ限りでは、僕の知るとある概念を示していた。『六つの日の二つ目』が勇者なのだと。けれどこれも見た限り、昌くんは勇者ではない――」
「…………。質問に、答えてくれるかしら?」
「僕は人間です。人間でした。今も生物的には人間に違いない。遺伝子的にも」
けれど。
「同時に僕は、僕が知る概念における『魔王』やら『生体祭壇』やら、そういう状況にあるのもまた事実です。だから答えは、はい、です。僕は人間ですよ。けれど人間ではない、そういう見方も出来るのかもしれない――」
「魔王? 勇者? ……ゲームみたいなものかしら?」
「いえ。そういう名前がたまたま付いているだけで、役割の名前のようなものです」
「役割……」
「勇者は世界を変える者。魔王はそれを見守る者。もしくは、魔王は世界を違える者」
洋輔。
ちょっと冬華にも連絡を。
(もうやってるし、椋鳥経由して聞いてるっぽい)
サンキュー。
「少しばかり長い話になります。子供の空想のようにも聞こえるかも知れません。けれど、僕が、洋輔が経験したそれを教えます。証拠は出せませんが、根拠としての異能ならば見せられる。そしてその話の先に、『来栖冬華』も関連します」
「聞きましょう」
「去年の四月。僕達が入学式を迎えたその日の帰り道、失踪したことはご存じですね」
「ええ」
「あの時、僕と洋輔は一度死んでいます。来たりの御子として選ばれてしまったから」
「…………、死んでいる?」
「はい。世界には記録されませんでしたが……だからこうやってまだ生きてますが、確かに一度死んでます。そしてとある、奇妙な経験をすることになった。僕は其れを白昼夢と捉えたけれど、洋輔はそれを黒夜夢として捉えていた――魔法や錬金術、魔物や迷宮が確かに実在している世界で、僕達は確かに生きていた」
それは白黒世界と僕達が呼んだ、一番最初の異世界の話。
錬金術師カナエ・リバーと、魔導師ヨーゼフ・ミュゼ。
僕達がそう生きた時間はそれほど長くはない。僕も洋輔も、僕や洋輔としての記憶を取り戻すまでに時間が掛かったからだ。実質的には僕が一年弱、洋輔も二年弱程度だろう。
一時期はその世界でまた死んで、それでおしまいになるのかとも思っていた。けれど地球に帰れると、そういう可能性を思い出した。何かを成せば帰ることができる。けれどその何かとは何だろう、そう相談しながら、僕も洋輔もその世界の大国で、エリート候補として育成された。
錬金術も魔法も、そこで研鑽されてゆき――そして、とある大迷宮が誕生した。
その大迷宮を踏破すること。その最深部にある祭壇で、世界を変える事。それが『勇者』の使命なのだと、あの世界の記録をとり続ける一団の長は告げた。『勇者』は僕と洋輔を、そして使命を告げた一人と信頼できる二人の仲間を引き連れて、大迷宮を無事に踏破。
最深部に置かれた祭壇で使命を正しく知り、その祭壇を利用した大儀式を発動し、無事に勇者は世界を変えた。その代償として、僕と洋輔はあの世界で消費され――存在そのものがなかったことになりながらも、『何かを成した』。
地球に帰ってきた僕達は、けれど、魔法や錬金術が使えるままだった。
「後から知ったことですが、僕達が消費されることで発動したその術式は、世界を変えると同時に、僕に由来する魔王と洋輔に由来する魔王を生み出したそうです。もっとも、その魔王というのは概念的な話……具体的には『錬金術の影響を受けた人間』という状態でしかなく、才能とかそういうものはあまり関係ないんですけれどね」
「はあ……」
いや話について行けないわ、そんな感情を浮かべて日比生さんは頷いた。
そうだよなあ。信じられるわけがない。
けれど僕が嘘をついているとも見えなかったようで、妙な表情になっている。
「ちなみにその世界における勇者の名前はフユーシュ・セゾンと言いまして。それはもう聡明で苛烈で、いろいろな側面のある少女でした」
「…………?」
「彼女は僕達を消費したことを覚えていた。あの場に立ち会わせた者達は皆、覚えていたそうです。で、彼女が寿命を迎えて死を前にしたときに、ただ一言、僕達にありがとうと言うためだけに、彼女が持てる全ての異能を用いてこの地球上に無理矢理魂だけを持ってきた。それが出来てしまったのは彼女の才能によるものですけれど、それが出来るだけの因果を彼女は持っていた。……『フユーシュ・セゾン』は、僕達の一つ前に試された来たりの御子でした。来たりの御子として世界間の契約を行い、異世界に飛ばされた少女の魂を持っていました。けれどその契約は完全に作用しなかった。異世界に魂の根っこの部分だけは持っていき、記憶や適正の殆どを忘れてしまった。だから来たりの御子としての資質を失い、至らずの御子として勇者になり得たんですが、……重要なのは、異世界に飛ばされた少女の魂を持っていた少女であるという点です」
「……待ちなさい。なんとなく……、展開が読めたのだけれど。まさか――」
「僕達の失踪の八年前。今から九年前、地球上で失踪した少女。『来栖冬華』です」
「失敗……、あなたが言っていた『来栖冬華』の真相って――」
「彼女は確かに地球上に生まれた来栖冬華の魂を持っていて、来栖冬華の肉体を持っています。だから来栖冬華に違いは無い。けれど、そこにはかつて来栖冬華として生まれた記憶や経験が無く、異世界の勇者、『フユーシュ・セゾン』という精神が、『フユーシュ・セゾン』の記憶と共に入ってる。そういう状況だと言うことです」
「待って。……けれど確かに、遺伝子的にもあの子は来栖冬華だった。それはパステルが全力で確認したわ」
「そりゃあそうでしょう。あの身体は僕が作りましたから」
「…………」
「発見される直前、僕はクロットさんに来栖冬華の遺伝子情報を要求しました。遺伝子情報があるならば――身体を作るだけならば僕にはそう難しい事じゃあないんです。錬金術は肉体を作る一点においてはむしろ得意分野です。まあ、魂魄は作れないんですが……」
ただまあ。
それも魔法と組み合わせることで、擬似的な解決ができるのだけれど――と。
「……クロットは冬華が見つかったことを喜んでいたわ。とてもとても喜んでいた。真実だとしたらとても残酷なことをあなたはしているわね」
「自覚はあります。けれど真相として、『来栖冬華』に違いは無い。身体的にも魂的にも――ただ、その魂が『来栖冬華』としての記憶を欠落しているのも事実ですが」
「魂。記憶。欠落。勇者。魔王。錬金術。魔法。異世界。…………。いやあ、正直それを信じられるかと言われると無理よね」
「けれど納得はしてしまう、ですか」
「…………」
「何かを作る事は僕にとって、だからとてもたやすいこと――」
ふぁん、と。
手元に宝石を生み出す。
「この世に価値ある宝石の全ては、僕にとってただの石と変わりません。宝石は石から作れます」
ふぁん、と。
手元に黄金を生み出す。
「この世に価値ある貴金属の全ても、僕にとっては土と同じです。土に僅かでも金属が含まれるならば、それを基に作れます」
ふぁあん、と。
手元の黄金を、ばらばらと増やす。
「一度でも作れたならば、僕はそれを無尽蔵に増やせます。完成品を二重にするという錬金術を、延々とかけ続けるだけで倍々に」
ふぁん、と。
手元に作った物をマテリアルとして、黄金細工のアクセサリを作り出す。
「細かい細工も簡単です。どんなに緻密で繊細な、本来は職人が生涯を掛けて辿り着く境地としての完成品を、僕は思い描いた通りに作れてしまう」
ふぁん、ふぁん、ふぁん、と。
水を、薬草を、毒素を手元に生み出して。
「もちろん、作れないものもあります。それにそういった特別な効果の無い物質の精製は、どちらかと言えば応用の部類です。本来錬金術は水と薬草からポーションを作ったり、水と毒草から毒消しを作ったり、そういう類いのものです」
ふぁん、と。
マテリアルからエリクシルを作り出す。
「作られた道具には様々な効果が付くんです。これは薬ですが、効果を反転させた毒も作れる。もっとも、毒にするにしても、毒を消すにしても、より適した道具が別にあります。生き物を殺すだけならば、二回摂取させることで確実に死に至らしめる道具だってある」
生み出したエリクシルを分割し、エッセンシアを全種作成。
「全て別の効果を持った道具です。青は完全な治癒薬としてのエリクシル。赤はどのような血の代わりにできるエクセリオン。緑は草木を強制的に生長させるクイングリン。透明なこれはアネスティージャ――完璧な麻酔薬」
そして、その全てを錬金術で消し去る。
危険物も多いのだ。
「僕は異世界で錬金術をメインに、洋輔は魔法をメインに覚えました。結果、僕は錬金術を使いこなし、洋輔は魔法によって感覚を作り出してさえいる。けれど、洋輔は人間ですよ。紛うことなく、人間でしかない。けれど僕は錬金術を使う中で、錬金術の影響を受けてしまっている。だから僕は魔王と呼ばれる状態です。同時に、生体祭壇とも呼ばれる状態ですが――ともあれ、『僕は人間か』という問への答えは、これでいいですか?」
「…………。実際に見せつけられている以上、それを否定しようにも材料が必要ね。少なくとも今私が目にしたものが手品か何かだったと証明……、いや無理でしょう、それ。つまり渡来佳苗が言っていることは全てが真実。異世界が実在し、そこに趣き帰ってきた者。…………。現実感がないわねえ……。けれど納得よ。納得するしかない。あなたが持ち込んだあらゆる宝石やアクセサリは、その全てが途方もない美術品としてさえ価値を持つような完璧さだったのに、全く足がつかなかった。作者は不明、産地も不明。ただ完璧な宝石や金属、細工であるというだけ。その理由は、全てあなたがそうやって作ったから……」
日比生さんはそこで一度言葉を句切り、頷いた。
妄想も大概にしろ、だろうか。
それとも化け物、だろうか。
「ねえ渡来くん。一緒にお金儲けしない?」
「そのお金で何をするんですか?」
「美味しいものをたんと食べましょうよ」
「具体的には?」
「え? ……えっと、フカヒレとか?」
ふぁん。
「こういうのですか」
「……料理まで作れるのか。あなた、アレね。その力、良く私に教える気になったわね。滅茶苦茶利用されるわよ、普通」
「そうですね。最悪洋輔と冬華も一緒に巻き込んで、南極やら月やらに拠点を作って、そこでスローライフでもしようかって話もしています。複雑な機械類は作れないのが難点ですが」
「それでもその時は私も乗せて頂戴。ものを隠すくらいしか技術は無いけど、私もいざとなったら自堕落に生きたいわ……」
日比生さんの回答は、そのどちらでもなく、僕を受け容れるというものだった。
打算もあるだろうけれど……日比生さん自身も『空間整理』という異能を幼い頃から使いこなせていたが故に、そういう力があってもおかしくないよね、と思考が及んだらしい。
「良いわ、あなたの話を信じましょう。けれど来栖冬華周りについては、あなたの口からもう二人に説明をしなければならないわ。クロットと、日よ。あの二人も巻き込まないと、私だけではあまり意味が無いものね」
「もちろんです。けれどその為にも、まずは最初の提案。一ヶ月間の隠蔽と、当事者達の意識誘導。手伝って頂けますか」
「一つ条件を付けるわ。それを飲めるならば仲間として全力を尽くしてあげる」
「その条件とは?」
「私にも魔法や錬金術というものを教えて頂戴」
…………。
(いやここで鴨葱を思い浮かべるんじゃねえよ……)
言わなきゃバレないよ。うん。




