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生命存略夢現  作者: 朝霞ちさめ
第七章 やがて訪れる嵐に舵を持て
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103 - 晶の経緯

 朝のホームルームが始まった時点で、昌くんと郁也くんは出席していなかった。

 どころか、

「本日は諸事情で弓矢くんと村社くんがお休みだ。同じ班の子はフォローをよろしく頼んだよ」

 と緒方先生が補足していた。

 晶くんが交通事故で入院、その場にいた二人というのは、じゃあ、昌くんと郁也くんか……。

(けど昨日は月曜日、部活があるだろ?)

 うん。だからその後、夜の事だとは思う。

(で、なんで渡辺は知ってたんだ)

 それは多分、緒方先生が知らせたんだろうね。

 渡辺さんならば口は固い。不必要に他人に言いふらすようなことはしない。

 恐らくは二人と共通して仲の良い僕に知られても大丈夫かどうか、その判断が緒方先生にはつかなかった……とかかな?

 だから洋輔には知らされていない。洋輔が知る、イコール、僕も知ることだとは重々承知しているだろう。

(けれど結局、お前は知った――)

 僕と渡辺さんの距離感を見誤った……とも考えにくい。渡辺さんならばきちんと判断をしてから知らせるだろう、と思ったのかな?

(いやあの先生、わりと抜けてるところがあるからな。男女だしそうそう会話もないだろう、とか勝手に思い込んで、渡辺との距離を考えなかったんじゃねえの?)

 あり得る……。

 そのあたりは追々検討するとしよう。

(ん)

 晶くんが交通事故にあった。そして入院した。その場には郁也くんと昌くんも居た。

 結果、昌くんと郁也くんは今日、学校を休んでいる。

 なんていうか……タイミングが悪いな。

(……完全代替。そういやあれ、解除してたな)

 うん。

 去年、晶くんが呪い(カーシング)に関連する技術を限定的ながら扱えること、そして異常側の技術を断片的ながら知っている事を突き止めている。

 その中で、晶くんが無意識に行使できてしまう呪いによる代償としての身体的な不調を取り除こうと躍起になった結果、『あらゆるリスクを代替する』という効果を持つ道具で妥協し、それの行使者を晶くんと強引に設定することで、呪いの代償を強制的に完全エッセンシアに遷移――つまり、『反動の無害化』を図っていた。

 けれどその道具には問題が多い。具体的にはどのようなリスクをも代替してしまう道具なのだ。本来ならばするはずだった怪我さえもしない、そういう超常的な状態になっていたわけである――具体的には、もしもまだその道具を僕達が使っていたならば、晶くんがたとえば車に轢かれたところで『無傷』だっただろう。

 ただ、今回のようなケースもそうだけれど、あらゆる怪我を無かったことにしてしまうという道具を強制的に使わせている状態というのは本来と比べれば不自然になる。そりゃあ僕や洋輔、冬華にだって『車に轢かれる程度ならば無傷』で居られるけれど、僕達はそれを自分の力で行うし、それを適応するかどうかは選べる立場だ。それはつまり、他者の反応を気にする余裕がある事になる。

 が、晶くんに対して適応されていたそれは強制的に、あらゆるリスクや怪我を代替するという機能を持っていた。だから車に轢かれたところで無傷で済むし、アンチマテリアルライフルの直撃を食らっても傷一つ無かったはずだ。服は弾け飛んだかも知れないけど。で、それを晶くん自身には『なぜそんな事が起きているのかを証明できない』――だから、都合の悪い道具なのだった。

 だからこそ、僕達は研究に研究を重ね、『運任せ』で作ったその道具ではなく、きちんと『呪いという技術における代償を代替する』という機能に特化させた道具を作り直していて、それを適応しなおし――完全代替から呪いの代替に変更した――、その後更に二度ほどの改善を経て今の状態、『呪いを無意識で行使しても、デメリットの全てが帳消しになる状態』を晶くんに適応しているわけだ。

 だからタイミングはある意味において最悪で、別の意味においては最悪を回避している。

(怪我の程度が気になるな……)

 大きな事故があったなら、それこそニュースにもなるだろうし……ならないとしても、喫茶店(パステル)が伝えてくるだろう。あるいは日比生さんがね。それが無かったと言うことは、最悪でも大怪我かなあとは思う。

(確かに。弓矢の姉貴を介しての知り合いでもある以上、お前に即座に知らせてくるか)

 うん。

 それが無かった。つまり水曜日にあったときに、そこで話せればそれでいいという程度だとは思うんだよ。

 ただ……。

(村社と弓矢が二人とも休んだ……ね)

 そこだよね。

 事故の現場に居合わせた。そしてそのショックを受けた……って事だろう、あの二人の性質からして、たぶん昌くんがよっぽどテンパって、それを郁也くんが抑えている状況、かなあ。それならば今頃は……どっちかな、病院で晶くんとお話をしているか、昌くんの家で閉じこもっているか。そうであってほしいものだ。

(ああ。最悪……、の、最悪は)

 考えたくもないね……。けれど、考えなければ。

 幸いどうしようもない最悪には至っていない。はずだ。入院だし。

「緒方先生」

「なんだい、渡来くん」

「早退してもいいですか?」

「唐突に何を言い出すんだい。駄目に決まっているだろう」

「じゃあ今日は授業を全部サボります」

 我を通すときだ、と警鐘が鳴っている。そんな虫の知らせのような、根拠にならないものがある。

 だから。

 席を立ってすたすたと教室の後ろ側のドアを開け、出る瞬間だった。

「葉月病院だ。それと、『欠席』で良いね」

 緒方先生がそう言ったことで、事態の深刻さを悟る。

(……俺も行くべきか?)

 確かにリザレクションは魅力だけれど……、あれはあまりにも瞬時に治してしまう。だから、使うとしたら賢者の石……場合によっては、エリクシルも。それでなんとか済ませるよ。

 洋輔は教室内の方向性を誤魔化してくれる?

(そっちのほうが難しいんだけどな……冬華も協力してくれるだろう、やるよ)

 ごめん。

「はい」

 幾重もの意味を重ねて頷いて、鞄を抱えて廊下を走り、階段を駆け下りて下駄箱で外靴へ。校門まで出る時間もロスだ、塀の上にそのまま跳んで、塀から飛び降り校外へと脱出。

 葉月病院への最短ルートを算出しつつ、この位置関係ならば走るのがベストと判断。脇目も振らず、一気に走る。

 結果、三分ほど走っていざ到着――正面玄関は既に開いていた。

 中に入り、受付、外来ではなく面会受付へと直行。面会可能時間外……か。

 受付をしていた男性が訝しがるようにこちらをのぞき込んだ。

「弓矢晶という子が入院していると聞きました。面会は可能ですか?」

「……君とその子は、どういう関係かな?」

「友人です」

 嘘をつくのも妙だし。

 けれどこれは、たぶん……、

「ならば無理だ。そのまま学校に行きなさい」

 ……だよなあ。

 仕方ない。

「ならば、上長の島田さんはいらっしゃいますか」

「…………。え?」

「いらっしゃいますか、と聞いています」

「……えっと。君とその人は、どういう関係かな?」

「まずは質問に答えて下さい」

「……居るよ。で、どうするんだい」

「それが解れば十分です。すぐ外に居るので、気が変わったら呼びにきてください」

 何を言ってるんだ、このガキ、という表情をされた。

 とはいえ強行突破は悪手。

 一端外に出て、スマホを操作。連絡先は喫茶店(パステル)だ。

 三度のコールの後、

『もしもし』

 と応答があった。

「単刀直入に要件を二つ。一つ目、葉月の島田さんに圧をお願いします、フリーで面会できるように。二つ目、僕がそういう行動を取った事を竪川日比生さんに伝えてください。以上です。対価は後ほど」

『……うん、解った』

 ぷつ、と通話が切れる。そのままスマホを操作、昌くんや郁也くんにメッセージを送ってみる……既読すらつかないか。

 渡鶴を介してマテリアルを確保、鞄の中に賢者の石、エリクシル、エルエッセンシアを生成。使わずに済むならば全部をそのまま破棄するつもりで、使うならば一気に使えるように、特に品質値は高めになるように、生成したものをさらにマテリアルとして強制的に品質値を高め――ていること二分。

 慌てた様子で白衣姿の男性が玄関を出てくると、きょろきょろと周囲を見渡し、僕を見つけて「きみっ」、と声を挙げた。

「君は渡来くんという子かな?」

「はい。何号室ですか」

「……三階、高度治療室、三番ベッド。個室のな」

 高度治療室……、

「これが入館証だ」

「たしかに」

「…………。君は、」

「余計な詮索はやめたほうが良いですよ」

 一言。

 脅しとしかとれない一言を混ぜて、僕は改めて病院の玄関をくぐり、先ほどの受付さんを一瞬みやると、得体の知れないものを見るような目で見られた。ごもっともだった。

 ので、無視して階段を上り三階へ。

 ナースステーションを横目に、

「待ちなさい。君は?」

「入館証を持っています」

「…………、あら? ごめんなさい、見覚えがなかったの」

「いえ」

 呼び止めは一瞬で無効化された。

 さすがは正式な手続きによって取得された入館証だった。

 そのまま三番ベッドを探して……見つけた。

「昌くん、郁也くん」

「…………、え?」

 部屋の前に置かれたベンチに、二人は寄り添うように座っている。

「おはよう。ちょっと探したよ」

「……なんでここに」

「病院名は緒方先生がリークしてくれた。外部の面会は不可な時間だけど、正式な入館証なら持ってる――理由は内緒」

 二人の前に立ち、二人の様子を観察。

 衣服はどちらも私服……たぶん昨日の『事故』のままだろう。どちらも目を赤く充血させている、ろくに眠れていないと。

「日お姉さんとか、朋お父さんは?」

「……親は、今、手続きに行ってる。姉さんとはまだ、連絡が取れてなくて……」

「そっか」

 なるほど、そもそも日さんが事態を把握してないパターンがあったか……。

「なんでこんなことになるんだろうなあ……。折角、折角、ずいぶんと元気だったのに……」

「あきちゃん。あまり思い詰めちゃダメだよ」

「……うん。でも、ぼくがちゃんと見てたら……って」

 目を離した隙に事故った、ということか?

 事情を詳しく聞きたいけれど、今それを聞くのは酷でしかない。

「面会は……、時間制限がついてる感じかな?」

 僕の問いに、二人はゆっくりと首を横に振った。

「……まだ、起きてないから。横に居てやりたいけれど、横に居ると、ぼくはとても……」

「……昌くんらしいといえば、らしいけれど。それでもやっぱり、目を醒ました時に隣にお兄ちゃんが居た方が良いと、僕は思うけれどね」

「ほら。あきちゃん。佳苗も言ってるよ」

「…………」

 うん、と力なく、昌くんは頷く。

 郁也くんが立ち上がると、昌くんもようやく重い腰を上げ、病室の扉を震える手で開けた。

 病室は個室。

 ベッドの上には、医療による治療が行われた後の――手当をされた状態の晶くんが横たわっている。

 左腕と左足には包帯がぐるぐると巻かれている。首には固定用のギプスが装着されていて、顔にも何箇所か処置がされていた。けれどそれらはおまけのような処置で、メインは胴体、なのだろう。

「晶と……、ぼくと、坊と。三人で、買い物に行っていて」

 ぽつり、と。昌くんは言葉を漏らす。

「その帰りに、晶が何か見つけた……って言って。道を逸れたんだ。……そこに、車が来て」

 晶くんの飛び出しか……、晶くんが見つけたのは何だったんだろう。

 まあそんなものは後でいくらでも検証できる手段を持っている。

「どうしよう。ぼく、……どうしよう?」

「あきちゃん……」

 頭をゆっくりと振るくんを、抱きつくように支えて郁也くんが名前を呼ぶ。

 けれど、昌くんの反応はとても薄い。心ここにあらず、といった具合だ。

 さあ。

 これは、選択だな。

(…………。そうだな)

 このまま病院で治療を受けるだけでも晶くんは治る。時間はかかるかもしれないけれど、普通の医療で、普通にリハビリをこなして、普通に治るだろう。胴体の怪我も僕が見た範疇では、重体に違いはないけれど、取り返しがつかないほどではない。ただ、多少の後遺症が残るかも知れない。それは時間が解決するかも知れないし、しないかもしれない。どちらにせよ、命に支障は無い……けれど、時間が掛かると言うことは苦痛が続くと言うことだ。

 一方で僕が治すだけならば簡単だし、痛みもなにも瞬時に癒える。賢者の石……、でもまあ、なんとかなるだろうし、エリクシルをかければ一発に違いない。というかこの程度の怪我ならばエリクシルどころかポーションでも品質値が高ければ治る。

 けれど。

 それは医学や医療の外になる。

(俺のリザレクションしかり……な)

 うん。

 目立つよね。

(ああ。とってもな)

 事故という形で処理がされているとなると、怪我に関しては警察や裁判所、保険会社も情報を要求するだろうしなあ……。

 つまりは、治すのは簡単で、その後が簡単じゃあないという事だ。

 それが僕だけならば甘んじて受け容れるけれど、今回のようなケースだと、当事者たちにも影響はある。

 洋輔。

(構わねえさ。俺だって――相手が来島とかなら、お前に頼んだろうよ)

 ……ありがとう。

「たとえば」

 友達の弟だ。

 それに――晶くんは僕にとって、友達の弟であると同時に、晶くん自身も友達だ。

 一方的に僕はそう思っている。……向こうもそう思ってくれている、とも思う。

 ――だからこそ、僕だけで決めてはならないのだろう。

 決めるのは、僕ではないし、洋輔でもない。

(そうだな)

 僕に出来るのは、選択肢を与える事だけだ。

「どんな怪我でも治せる超能力者……いや、ゲームに出てくるヒーラーがいたとしよう。どんな怪我でも、医療ではない何かであっさりと治してしまう力をもっているヒーラー。そんな存在が、もしも地球上に居たならば……その存在は、全ての怪我人や病人を治さなければならないのかな?」

「…………、う、ん?」

「それとも、気まぐれに神の奇跡でも気取って、時々誰かを治すだけで良いのかな。あるいは、自分が気に入った人だけを、差別的に治すだけでもいいと思う?」

「……佳苗?」

 郁也くんが困惑の声を挙げた。

 昌くんは、まだ答えない。

「気まぐれに治された人は、きっととても、悪い意味で目立ってしまう。酷い怪我や病気をしていたのに、医者があずかり知らない場所で、いつのまにか全治してしまうのだから。……それは異常でしかないよ。だから間違い無く、悪い意味で目立つ。それでも治された人は、その治された人の関係者は、それを喜ぶのかな?」

 選択肢は示した。

 郁也くんは理解が及ばないようで――だから、きょとんとしている。

 けれど、そんな郁也くんに抱きつかれている昌くんは、目を見開いて考えていた。

 深く、深く、思考を巡らせていた。

 息が詰まるような、そんな空間、時間を過ごして。

「……ぼくは――」

 昌くんは、答えを出した。


 その結果、晶くんは完治し。

 僕は行動を迫られた。

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