102 - 賞の顛末
6月6日、火曜日。
登校した学校、正面玄関のあるその壁にはでかでかと、横断幕が掲げられていた。
その横断幕には、『男子バレーボール部、エリア大会優勝!』と書かれている。
……いつまで掲げてるんだろうなあ、アレ。
先々週だぞ、大会。
「夏休み明けるまでは飾っとくんじゃねえか、あれ」
「ええ……夏休み中に全国大会あるんだけど……」
「更新だな。また三ヶ月くらい」
「すると今度は新人戦が……」
「ふぁいと」
洋輔、投げやりにならないで……。
と、まあ。
先々週の大会の結果は、あの横断幕にもある通り優勝。
それも全試合ストレートでの完全優勝ということで、先週まではちょっとした取材がちらほらと来ていたりもしたのだった。
ちなみにベストリベロ賞は決勝戦の対戦相手のリベロが獲得し、最優秀選手賞は攻守のバランスが評価され、水原先輩が獲得していたりする。
……まあ、当初は僕にベストリベロ賞か最優秀選手賞をって話が出たそうだけど、
『いやれもアレを優秀と認めてしまうとアレを目標にする選手が続出してしまう、それは果たしてバレーボールとして健全な姿なのか』
『あの選手が優れていることは明白だが、あの選手がしているのはバレーボールのようでそうではないのではないか』
『アレやらあの選手やら表現が穏やかではありませんが、あの子の優秀さがズレているのは確かですね』
『ルール的には何ら違反はしていない。ただ、ルール以前の人間の限界というものがあるだろう、普通は。あの子にはそれがないのか?』
『先ほどから皆様、選手に対して失礼ですよ。人間の限界だって、なにもあの子に限ったことではありません。件の野球やサッカーで暴れている兄弟しかり、英国ゴルフ界の異端児しかり、突出しすぎた左脳を持っている子は確かに実在するのですから』
『では委員はあの子をベストリベロ、ないし最優秀選手賞に推薦すると?』
『そうは言っていません。……彼は理想であって目標とされるべきではない。そして彼がそれを実現できてしまっているのは、彼が少し外れた存在だからでしょう』
『外れたというと?』
『常識からと言う事です』
『…………。委員も大概、辛口ではないかね』
『だがごもっともだ。…………。しかし、何も無しというわけにも行くまい。彼の活躍はあまりにも、かのチームの強さを左右してしまっている。どうするね』
『さて。…………。例の兄弟に倣いますか?』
『しかしあの兄弟がおかしいだけで、あの子もそうとは限るまい?』
『けれど、確かめてみる意味はあるかもしれない。……今回に限らず、今後のことも考えれば尚更に』
というやり取りが大会運営サイドで行われ、そこに僕は春川コーチと一緒に呼び出された。
そしてそこであった会話を『偽りなく』、確かに僕に申告することで、僕に対して賞を出す事は出来るけれど、それはあまり良くないことだと大人側は判断している、けれど僕に賞がないというのは不自然でしかないし、だから僕が望むならば賞は出すと言われた上で、僕はどうしたいのかと聞かれた。
当然、
『自覚はありますから。僕には賞無しで結構です。口実が欲しいならば、僕がいわゆる兼部をしている生徒であって、演劇部としての活動を優先しているという事実を差し上げます。バレーボールにもそこそこ真剣であるつもりですけれど、皆ほどではないかもしれない――その一点で、最優秀だとか、ベストだとか、それから外すことはできるでしょうし、そのことは僕のチームメイト達が一番良く知っている事です。少なくともコーチ、僕達はそれで納得できますよね』
『ああ。だが周りはどうだろうな?』
『ならば「ノミネート」程度で良いんじゃないですか。「名前は挙がった」けれど「諸般の事情を考慮して見送った」とか。辞退した……なんて、そのほうが問題になりそうですから』
僕とコーチがそう提案することで、運営側はあっさりと僕達が用意した口実に乗った。
ちなみに僕の代替として、チームから一人何らかの賞をだしてやるとも言われたけれど、
『それを決めるのは僕達ではありません。あくまでも運営側が運営側の基準で決めることだと理解しています。それにバレーボールという競技は特に、優勝したチームが必ずしも個人技に優れているとも限りませんから』
と拒否。
水原先輩がさらりと最優秀選手賞を取ったのは、だから僕が『代わり』として差し出したからではなく、普通に運営側が運営の基準で算出した結果、結局水原先輩になったということである……はず。真偽判定的にもね。
それに総合力という意味で言うなら納得なのだ。風間先輩は攻守に切り替える事が得意で、水原先輩は攻守を整える事が得意、みたいな。
「おはよう、佳苗、洋輔」
「おはよう。今日は朝ご飯何食べてきたの、冬華」
「目玉炒めとパンのロースト」
「目玉焼きとトーストね」
そしてだんだんと日本語を履修しつつある冬華は、その中途半端な履修具合がこのような奇妙な言葉となって現れることも増えてきているのだった。
目玉炒めって。
なんだそのグロテスクかつ高そうな食べ物は。
美容には良さそうだけど。マグロの目とか。
「相変わらずねえ、来栖さんも渡来くんも。そしてその二人と距離を置いて我関せずの鶴来くんも。おはよう」
「おはよう、渡辺さん」
「おはよう」
「おはようさん」
ロッカー前、教科書などの整理をしているところでいつもの雑談。
ちょっとした情報共有の場になることもあるけれど、元々は雑談がメインの場で、同時に冬華の語学研修の場なのだった。
が。
「そうだ。渡来くん、今日は弓矢くんがお休みよ」
「そうなの?」
「ええ。私もさっき職員室で聞いたんだけれど」
ふうん……?
特に連絡は無かったんだけれど。
「体調でも崩したのかな。あるいは剣道部で怪我でもしたか……」
「それが……」
渡辺さんは何かを言いかけて、けれど周囲に人がちらほらと居る事を確認してか、口を噤んだ。
……何か理由というか事情があるらしい。そしてその事情はあまり口に出すべき事でも無いのか。
「そうだ、渡辺さん。話が変わるようだけど、久々にメモ帳交換しない? この前猫グッズのお店で新作出てたんだよね」
「あら、それは良いわね。じゃあ私もとっておきのものを上げるわ。教室にあるから、そこでいいかしら?」
「うん」
「ええ」
というわけで取引成立。
(お前らも大概息が合うよな……)
渡辺さんの位置取りが上手いんだよ。
近付きすぎず遠すぎず、しっかり利用するときは利用して、その対価……というほどでもないだろうけれど、そのお礼替わりにとこんな形で恩返しをしてくれる、みたいな。
それに思考……は似てないけれど、目指す場所が結構近いことが多いんだよね。そして大抵の場合で僕達の利益は両立するから、お互いに心地よい感じだ。
たぶん渡辺さんは無意識に、それを僕だけではなく、クラスの半数以上にそう思わせている。
(……ふうん。カリスマ……というよりかは煽動か?)
そこは先導と言っておくべきだろう。
少なくとも彼女の一存で他人を仕向けた様子は一度も無いからね……。
「ん……佳苗、クリアファイル。余るかな?」
とは、冬華。
「猫柄でよければ予備があるよ」
「良いかしら。不足だった」
「どうぞ」
ロッカーの中から猫のシルエットがそれとなく主張しているクリアファイルを取り出して冬華に渡す。冬華はありがとう、としっかり頷いた。
「そういえば今日は音楽の授業、ギターがどうとか言ってたっけ……」
「言ってたな。俺は弾けねえけど、佳苗は弾けるんだっけ?」
「まあまあ人並みには」
理想をオンにするのでいわゆるバカテクになるけど。
(人並み……?)
いや僕も言っててどうかと思ったよ。
「そういえば冬華って楽器、演奏できたっけ」
「コンサーティナ。あれは得意」
「へえ」
えっと……コンサーティーナのことだよな。アコーディオンの一種というか原型というか。
「コンサーティーナってたしか、いくつか種類があったわよね。来栖さん、どのタイプかしら?」
「アングロ・ジャーマン? と言うもの?」
「ああ。ドイツ式なのね」
渡辺さんの問いに冬華はすっと頷く。
それに微妙に引っかかりを覚えた……のは、なるほど、あえて近いやつを言えばそれになるという感じか。
ちなみにコンサーティーナはあの白黒世界にも存在した楽器の一つだったりする。
一度だけあっちの世界の両親につれて行って貰った酒場で弾き語りをしている詩人さんが居たんだよね。懐かしい。
「アコーディオンなら私も少しだけ弾けるわ。ただ、鍵盤のタイプにもよるけれど」
「渡辺さんってピアノ弾けるんだっけ」
「少しだけ習ってた時期があるわ」
なるほど、納得。
その割には結構、クラシック系の楽曲を弾きこなしてるのを見たことがあるような……まあ、渡辺さんらしい謙遜か。
「ちなみに一応聞いておくと、鶴来くんは何か楽器を嗜んだりするのかしら?」
「残念ながらその方向はてんでダメ。リコーダーは学校でやった分できるけど……。それ以外となると多少ドラムができるくらいか」
「でも洋輔のドラム、すぐに走るんだよね」
「だから『多少』だよ。俺のは趣味も趣味だからさ」
具体的にどの程度走る……テンポが変わるかというと、一般的な楽曲をやった時、最初と最後で五割増しになってることがちらほらある感じ。
もっともそれは洋輔が主体にテンポを任せた場合で、別の誰かのテンポに合わせる、という事ならば洋輔にもできるので、結果的には走らずにできることもあるのだった。
「ピアノ、ギター、コンサーティーナ、ドラム。……バンドにしては妙な形になるね」
「ベースが欲しいわね、ベース。湯迫くん連れてくる?」
「いやあ。さすがに軽音部から部長を引っ張るのはちょっと」
「それ以前になんでバンドを組む流れなんだよ……。それに誰が歌うんだ、誰が」
「そこは……、亀ちゃんとか」
「ヴォーカル、猫。斬新だな……」
「結構売れそうよね」
「え、やだよ渡辺さん。僕は猫を売り物にするのはあまり頂けないと思うんだ」
思わず素になって答えると、
「既に方向性がばらっばらじゃねえか」
「要石の欠如」
と洋輔、冬華がテンポ良く突っ込みを入れた。
このあたり全く容赦の無い連携をしてくる二人なんだよな……。
ま。
「相変わらずお前達って仲が良さそうだよなあ」
「おはよう、前多くん。今日は遅かったね」
「おはよ、佳苗。洋輔に渡辺さん、来栖さんも。ちょっと寝坊……ふぁあ」
「だと思ったよ」
ロッカーからブラシと霧吹きを取り出して、はい、と葵くんに手渡しつつ、ロッカーの扉に取り付けていた姿見を葵くんに向ける。
「うげ。寝癖ついてたかー」
葵くんはそう言ってささっとブラシでなおし、サンキュ、と返してきた。
どういたしまして。
「相変わらずと言えばあなたたちも相変わらずだけれどね……。ま、それが一番か」
「何の話してたの?」
「そうだ。ねえ前多くん。バンドを組んで猫にボーカルをやらせるのはアリだと思う?」
「いや猫は歌わないと思うけど……」
ごもっともな回答が帰ってきた所で良い時間だ、と渡辺さんが教室方向へ。早めにおいで、という仕草を見せたのは、メモ帳の準備が殆ど出来ているということかな? もしかしたらロッカーの中で既に細工は済ませていたのかも知れない。
「あ、洋輔。ついで。今日の一時間目の情報、パソコン室だよな?」
「俺はそう聞いてる」
「そっか。サンキュー」
前多くんはざっくりとロッカーに荷物を叩き込むと、そのまま教室へと入っていった。
整理とかもうちょっとしてもいいと思うけど、前多くんも触れたとおり今日は情報・音楽と特別教室系の授業から始まるので、そこまで急がなくても良いのか。
「さてと。それじゃあ僕もお先に」
「ん」
「ええ」
僕が渡辺さんとの間で、あの一瞬の取引を引き出したことを当然察してる二人なので、そう簡単に送り出してくる。そうでなくとも特に今日は内緒の相談もないので、こんなものか。
教室にはいって改めてクラスメイトに挨拶を交わしつつ、席に着くとはい、と渡辺さんがメモ帳を数枚渡してきた。
「はい、これよ」
「ありがとう。じゃあ僕の方はこれね」
僕も同じだけの枚数を返して、二人してとんとん、と机の上で揃える。
渡辺さんが僕によこしてきたメモ帳は空をモチーフにしたもののようで、一枚目はパステル調でほんわかとした青空が、二枚目にはエアブラシで大まかに描いたかのような夜空が、三枚目には宇宙、星座が広がっている。
そして、その三枚目のメモにはボールペンで何かが既に書き込まれていた。
よく目をこらさないと気付かない程度の、けれど前もって何か仕込んでいることが解っていればすぐに見つかる程度という、なかなか絶妙な塩梅で。
「いやあ、渡来くんらしいメモ帳ね、これ。バケツ猫……って、たしかこの前出たばかりの新作だったかしら?」
「そうそう。化け猫にバケツを被せたバケツ猫シリーズでね、メモ帳以外にも便せんとか、栞とか、そうう文具系から続々発売だって」
「今後の展開が楽しみね」
「でしょう」
会話はいつも通りに続けつつ。
けれど僕は、渡辺さんから受け取ったメモ帳に書かれている事を読んで、動揺していた。
『弟さんが交通事故にあって入院。その場には二人もいたみたい』




