98 - うっかりの代償
4月28日、金曜日。
の、お昼休み。
「……で、緒方先生。どうするんですか?」
「いやあ。本当にどうしようかな。何か妙案がないかい、佐藤くん、渡来くん」
珍しいことに、僕は徳久くんとセットで緒方先生に『お手伝い』として指名され、向かった先の職員室前で三人揃って首を捻っていた。
というのも。
「別に俺としては、立候補をしないって選択肢でも良いとは思うんですけど……」
「いやあ。そういう訳にもいかないのだよ。この学校のそれは、立候補と言う名をかりた推薦だからねえ……」
それ、と緒方先生が言ったのは、五月に行われる生徒総会で行われる生徒会選挙に関するお話だ。
事情を整理しよう。
まず第一に、去年色々と動いた結果、僕は生徒会役員の何らかのポジションに着くことを教員側から要求されており、五月に引き継ぎが行われる生徒会の新役員の一人になることが決まっている。
第二に徳久くんは去年の段階で成績優秀、かつ生徒をまとめ上げるカリスマ性なども高く評価されており、こちらは去年度の選挙管理委員会の第二学年が最終的に委員会に対して『次期生徒会役員』の一人として推薦した生徒だ。事実、去年度の段階で徳久くんは生徒会副会長職を打診され、立候補は既に既定路線となっている。
第三に緒方先生の言った通り、この学校における生徒会役員は事実上の後継者指名によって定められるという点。生徒会役員になった物はその職務をこなすと同時に、後継者を指名しなければならない。このとき、指名する相手は自分で選んでも良いし、生徒会長以外の役職にある者は、次期生徒会役員として選挙管理委員会から推薦された者から選んでも良い事になっている。
…………。
(整理……?)
だまらっしゃい。
えっとつまり、うちの学校で生徒会役員は後継者を指名・推薦する形で選出される仕組みで、選挙は形骸化している。会長以外、つまり副会長、会計、書記の子は、前年度の選挙管理委員会が推薦した三名から選んでも良いし、自分で指名しても良い。そんな感じ。
尚、会長を選挙管理委員会の推薦から選べない仕組みになっているのは、一応組織のトップだったんだから、そのくらい決められないでどうするよ、というのが表向きの理由。実際には教職員が推薦するからなんだそうだ。納得。
これらの事情を踏まえて今緒方先生が頭を抱えているのは、徳久くんが今、クラス委員に所属しているという点である。
生徒会役員は他の委員会や係と排他関係にあり、既に委員会や係に所属している者が生徒会役員に立候補する場合、委員会や係をクラスの別の誰かに引き継ぎをしなければならないという決まりがあるのだ。
で、この決まりがあることを確認した上で、僕達はうっかりと徳久くんをクラス委員にしてしまったものだからさあ大変。
「徳久くんの副会長入りは確定なんですから、クラス委員は誰かしらに引き継がせるしかないとは思いますよ」
「けど、クラス委員なんて『面倒ごと』を引き受けてくれるやつ、そうそう居ないだろ?」
「まあ……」
ましてや問題児揃いの二年二組である。
徳久くんに匹敵しうるカリスマ性でも無ければ厳しいだろうし、何より『途中で引き継ぐ』ということ自体が珍しいので目を引いてしまう。そういう意味でも、あまりやりたがる子は居ないに違いない。
「ちなみに徳久くん、どうしても誰かに頼むとしたら、誰に頼む事になる?」
「小学校が同じだった所から、まあ、比較的頼みやすいのは柊かな……」
「五十嵐くんかい? けれど彼は……」
「まあ、嫌がると思います」
二年二組、男子出席番号一番、五十嵐柊。
そこそこ成績が良く、スポーツテスト的にはかなりの上位であるにも関わらず、とにかく球技が苦手というギャップのある運動音痴と、誰にでも愛嬌のある接し方をして、気軽に名前で呼んでくるという点も踏まえて、間違い無く二組のムードメーカーの一人だ。だからこそクラス委員が務まる可能性がある一人でもある。
けれど五十嵐くんは、自分から引っ張るタイプではない。その場を和ませる、なんというか……、僕が言うのも変な話だけれど、クラスの人気者やマスコット的な方向でのムードメーカーなのだ。リーダーとは方向性がズレてしまうし、なにより本人がそのことを強く意識している節がある。
「それでも柊なら、まあ、三顧の礼じゃないですけど、何度もお願いすれば大概のことはやってくれると思います」
で、これもまた事実として、五十嵐くんは押しに弱い。
嫌なことは嫌だと言えるとはいえど、何度も頼まれれば最終的には折れてしまう。どんなに嫌なことでも、ずっと頼まれ続ければ結局は受け入れちゃうのだ。だからこそリーダー気質ではない。
「そうだね。……となると、五十嵐くんに頼む、しかないかな。渡来くん、意見は?」
「僕は五十嵐くんにお願いするの、反対です。『頼み込めば何でもしてくれるから』、で頼むのは酷ですよ」
「じゃあ、他に誰がいる?」
「…………。洋輔とか?」
「あいつこそ嫌がるだろう……」
徳久くんはため息交じりに頷いた。
実際どうなの、洋輔。
(まあ、やる気は正直無いな。……とはいえ、俺も佳苗と同意見。例の件もある)
……だよねえ。
「徳久くんだって、本当は五十嵐くんに頼み込むの嫌でしょ?」
「けどさあ……他に居ないだろ」
「僕は『四年生で起きた事』を知ってるよ。涼太くんから聞いてる」
「…………。あー……」
徳久くんは頭を抱えるような素振りを見せた。
五十嵐くんは徳久くんと同じ小学校、つまり葵くんや涼太くん、来島くんと同じでもある。で、僕は葵くんや涼太くんと仲が良く、その繋がりで時々、五十嵐くんの話も聞いていたというわけだ。
そして当然、
「…………。なるほど。君たちは知っている側というわけかい」
緒方先生も知っている事である。
願書に合わせて提出される小学校からの内申書に多少は書かれていたのだろう。
「私も詳細は知らされていないよ。ただトラブルがあったことは知っている」
「それは良かった。…………。けどあいつら、口軽いなあ……」
「そう言わないであげてよ。僕が無理に聞き出した所もあるからさ」
「……ふうん」
ともあれ。
「それで、渡来くん、五十嵐くんにお願いするのが反対ならば、じゃあ誰を推薦するんだい?」
「…………」
まあ……、洋輔、いい?
(おう。縁らしい縁もそれほどねえけど、クラスメイトってだけで十分だろ)
そういうアバウトに優しい所、結構好きだよ。
「洋輔を。幸い委員会にも係にも所属してません。成績は……まあ、正直そこそこって所ですけど、統率力ならば徳久くんとは別方向ですけど持ってますし」
「けれど彼は嫌がると佐藤くんも言ったよね。そこはどうするんだい」
「洋輔なら良いんですよ別に。『面倒だから嫌』『できる限りやりたくない』ってだけで、やれと言われればやると思います。なんなら僕が説得してきます。毎晩毎朝おやすみからおはようの間延々と『クラス委員になるのです……それが天命なのです……』ってささやき続けます」
「どこから突っ込めばいいんだ……」
素直な感想を漏らす徳久くんに対して、緒方先生は一度頷くだけだった。
まあ。
このくらいの関係性は築けているということだ。
「解った。渡来くんがそこまで言うならば、鶴来くんが受け入れる余地があると言うことだろう。佐藤くん、君もそれで良ければだが、君からも鶴来くんに一声掛けてみてくれないかね。もちろん、その場には渡来くんを連れて行くとしてだ」
「…………。うーん。本当に断られる未来しか見えないんだけど、佳苗、大丈夫なんだな?」
「うん。もしダメだったら僕は一日……いや半日猫を我慢するよ」
「微妙にハードル下げてるんじゃねえ……けど、まあ、その言葉で十分だ」
徳久くんも納得してくれたらしい。
「じゃあ、こちらはクラス委員の引き継ぎ先を鶴来くんという形で進めておくよ。その上で佐藤くんは予定通り、副会長職に立候補。それと渡来くん、君にも最後に確認をするが、特例としての新たな役職の作成……本当にそれでいいんだね?」
「承服しがたい部分もありますけれど、後のことを考えるとやむなしです」
「うん。わかった、そちらも調整はしておこう。来週の月曜日には役職名なども準備しておく、立候補用の書類にサインを頼むが、いいね」
「はい」
「佳苗。それってどういう意味だ?」
「緒方先生。遅かれ早かれですし、徳久くんには全部ぶっちゃけていいんですよね?」
「ああ。構わないよ」
そう言って緒方先生は手をひらひらと宙に舞わせる。どうやら時間らしい。
「徳久くん。事情説明も兼ねてちょっと付き合ってくれる? 洋輔の居場所も大体分かるし」
「オッケー。それじゃあ先生、またあとで」
「ああ。ありがとう」
緒方先生には一礼をして、僕は徳久くんを連れて第二多目的室の方向へ。
人気の無い場所というと、やっぱりこっちになっちゃうんだよね。
「バレー部が商店街をスポンサーに付けたのは殆ど僕のスタンドプレーだったんだよ。部活と学校はそれを追認しただけってこと。で、商店街は生徒側と直接やりとりができる窓口をほしがったんだ。学校側としては僕が持ってきた話だし、僕にやらせてしまおうという考えらしいよ」
「……それは、また。厄介な役職だな。佳苗がやってる間はなんとかなりそうだけど……、数世代先にどうなるか、先生方は見通してるのか?」
「少なくとも最初にこの話を持ちかけられたとき、僕はそれを指摘した。たぶん向こう五年くらいは大丈夫だけど、その先は解らないし、その時その窓口にいる子への負担が凄まじい――ってね。だから基本的には断るつもりだったんだ」
「なのに佳苗は受けた。理由があるな?」
「理由らしい理由はないよ。……ただ、僕がその役職につかなくても、商店街はリクエストを続けるだろうし、となると誰かが僕の代わりとして向かう事になりかねない。それは僕の本意じゃない――」
ふうん、と徳久くんは頷く。
「で、スタンドプレーをもう一度やって、なんとかその役職を一年で廃止を目指す。商店街に根回しするって所か」
「流石にバレてるか」
「佳苗の性格はそこそこ把握したつもりだからな、これでも」
お見事。
と言っているところで第二多目的室に到着。
「洋輔、待たせた?」
「別に。……というか、なんで徳久?」
「生徒会役員の根回しだよ。で、その一環で洋輔、クラス委員やらない?」
「…………」
茶番と言えば茶番だけれど、やりとりは必要だろう。
そういう意味での声かけに、徳久くんが固まった。
「役員に立候補するときは委員会の引き継ぎをしてから……ってことか?」
「うん」
「……悪い。いや、俺もすっかり忘れててさ」
「徳久だけの責任じゃねえよ。つーかだいたい緒方先生じゃねえかな……」
だよねえ、と僕が頷くと、徳久くんは曖昧に目を伏せた。
「俺で良いなら引き継ぐよ。つっても俺、成績は普通だからな……。その辺、多少のサポートは期待してもいいのか?」
「もちろん。頼むのはこっちだし、俺もしっかり支えるよ」
「それに女子側は渡辺さんだしね。渡辺さんの言うとおりにやってれば、変なミスはないと思う」
「わかった。で、引き継ぎは具体的に何をすりゃ良いんだ?」
「帰りのホームルームで、先生が宣言して、その後サインして貰う感じ。その後は引き継ぎとして、やることとかは教えていくよ」
「オッケー」
「…………。いや、本当に良いのか? 嫌なら嫌って言って良いんだぞ」
「まああんまり良くはねえけどさ。…………。佳苗が連れてきたんだよな。ってことは、俺を推薦したのって佳苗だろ。なら何かワケがあるはずだしな――だとするならば、協力するのは当然だろ? それこ断ったところで、佳苗にどんな『説得』をされるやら」
洋輔はそう言って、第二多目的室の中に保管された機材をいじり回す。
「役員になれって言われるなら断るけど、役員になるために引き継ぎ先が必要、その引き継ぎ先になってくれ……って相談なら、俺は受けるよ」
「……うん。助かる」
どういたしまして、と洋輔は言った。
その日の放課後、帰りのホームルームで、徳久くんが正式に生徒会役員に立候補すること、そしてそれに伴いクラス委員をやめ、新しいクラス委員に洋輔が推薦されたことが改めて周知されると、クラスメイト達はそれほど違和感を覚えなかったらしい。
とはいえ、なぜ洋輔? と疑問を抱いた子も皆無ではない。
やはり五十嵐くんがファーストチョイスだと思う子も一定数は居たのだ。
それでも、自分から面倒事をやろうとする子も居なかったため、このホームルームであっさりと、クラス委員の引き継ぎ先は鶴来洋輔として、全会一致で承認された。




