08 - シンクロニシティネーミング
2017年1月3日。
三が日も最終日ともなればいろいろ状況も変化し始め、たとえば商店街では昨日の段階では閉じていたお店も今日から始めていたり、移動に使った電車ではスーツ姿の人もちらほらと見え始め、こちらもしごとが始まっているのかもなと思う。
もうちょっとゆっくり休めば良いのに。
休めるなら休んでるよ、というのが正直な所なんだろうけど……。
閑話休題。
今日、とあるサッカーのプロチームの下部組織、ユース部門が主宰する新春紅白戦というイベントが開催される。
そのユース部門にはクラスメイトの来島くんが参加しており、去年に行った僕達の中学校内で行われた紅白戦を知ったユースの上の人が洋輔も参加者として誘ってくれたそうだ。
ちなみにその場では僕も選手として洋輔と対峙してたんだけど、僕に声が掛からなかったのは『経歴半年化け物リベロ』というありがたくない異名が中学スポーツ界隈でそこそこ有名だったこと、そして来島くんたちが僕のことを積極的に報告しなかったからなのだと思う。
来島くんは不思議なところで気遣い上手なのだ。僕が嫌がるだろうなと意を汲んでくれたのだろう。なのになんで僕のことを隙あらば『わたあめ』と呼びたがるのだろうか。それが分からない。
「お、佳苗だ。やっぱ来てたんだ?」
「って、前多くん? あれ?」
「あけおめー」
「あ、うん。あけましておめでとう。今年もよろしくね」
「こっちこそ」
にっと笑って僕の横に当然のように座ったのは葵くん。
あれ、いや、なんで葵くんがここに?
「オレは与和と小学校から同じだからね。もっとも、オレを呼んだのは与和というより……」
というより、と言い淀んだので視線を手繰ってみると、その先で準備運動をこなしていたのは一際目立つ、太陽色のオーラを感じる少年。
カミッロ石堂先輩がいた。
カミッロ石堂。この世代のサッカー少年における伝説。既に四月からのトップチーム入りが内定しているその技量は言わずもがな、それほどの『個』の強さを持ちながらチームメイトを信じて使う『合』の力も併せ持つ、将来有望極まるストライカーである。
彼はこのユースの所属では無いんだけど、来島くんらが呼びかけたところ即決に近い形で参加を表明した。どころかカミッロ先輩も自身のチームメイトも数人連れてきているので、あくまでも紅白戦の範疇を出ないとはいえ、二つのユースチームの交流試合のような事にもなっていたり。
っていうか、連れてきているその数人っていうのがまた濃い。適当に声をかけた数人じゃなくて、そのユースの中核を連れてきてやがる。全員洋輔が読んでた雑誌に載ってるのを見たことがあるぞ。あれ、これもしかして紅白戦の範疇超えてるんじゃ?
じゃなくて。
「カミッロ先輩と前多くんってそこまで接点あったっけ?」
「ありまくりだよ。佳苗は知らないだろうけど……。ほら、この前さ、学校で藍沢先輩の引退試合をやったじゃん。あの時のオレのプレーに『めっちゃ感動! マーベラス! 一緒にサッカーやろうよ、アオイ!』って感じで、オレもサッカー楽しいなって思って、やってみようかな? って軽い気持ちで行ってみたんだ」
軽い気持ちだったのか……。
「そしたら準備体操の段階でグラウンド五十週、それが終わったら基礎練習が……、思い出したくない……」
「ああ……」
何度か死んだと思ったよ、と葵くん。
死ぬと思ったではなく、死んだと思ったというあたりに何度か気を失ったのではないかという疑惑が湧き上がってきた。
カミッロ先輩、遊びの範疇ならば遊びとしてやってくれるだろうけど、本気なシーンでは自分の常識を他人にも要求するタイプだったか……。
でも見に来てるって事は、そこそこ楽しかったのかもしれない。
そしてカミッロ先輩も呼んでるってことは、何らかの愛着を葵くんに持ったのかな。あるいはそれはプレイヤーとしての期待ではなくフィーリングの着想元としての期待だろうか。実際、葵くんのプレーは毎度理不尽な形で決まるところがある。それをカミッロ先輩が体得できたなら……、面白い事になるな。うん。サッカーという競技が変わるかも知れない。ルール改訂的な意味で。
「とはいえ与和もだけど、最近はボール遊びに誘ってくれるんだ。それは単純に嬉しいな」
「いい事だよね、本当に」
「うん。でもグラウンド五十周は二度とやらない。死ぬ」
切実な心の底からの叫びだった。
今の葵くんにならば呪いだって使えそうだ。
というか、今のニュアンスではっきり分かったけど、その一回目はちゃんとやり遂げたのか……根性がすごいな……。僕が葵くんの立場だとしたら、二周もしないで逃げ出すぞ。
「……にしても、カミッロ先輩が来るのは知ってたけど、なんであっちのユースもコアメンバー連れてきてるんだろ?」
「ん……? 藍沢先輩が来るからじゃないの?」
「…………。ああ。そういうことか」
言われてみればそりゃそうだ。
今回ゲスト選手として僕達の学校から呼ばれたのは二人。
一人目は洋輔。
二人目は藍沢先輩である。
そして、藍沢先輩は――
「らんでんは昔、あのユースにいたんだよねー。なんだか懐かしいわ。スタジアムで準備体操してるらんでんをみるの、二年ぶりくらいかしら?」
――と。
「かーくん! あけましておめでとうなんだよ!」
僕達の会話に横から入ってきたのは、皆方元部長だった。
そうだよな。藍沢先輩が来るって事は皆方部長を呼んでいてもおかしくは無い。
「あけましておめでとうございます、皆方部長」
「あけましておめでとうございます? えっと、たしか白雪姫の……」
「改めて紹介するね。こちらは三年生の皆方先輩。ちょっと前まで演劇部の部長だったその人だよ。で、こっちは前多葵くん。僕のクラスメイトで、今は同じ班です」
「へえ! とっても仲が良いのね。前多葵くん。うーん。まえまえ……はもう居るわね、えだのんだと別人になっちゃうわ。あーくんもいるし、おいっちも居る。難しいわね……、まえだって、前に田んぼの田でいいのよね?」
「いえ、多い少ないの多いの方なんです」
「じゃあたたすけくんね!」
「…………」
「…………」
それは僕と葵くんの心が重なった瞬間だと思う。
なんだろう。皆方先輩のネーミングセンスは確かにおかしいところがあったけど、あれか。来島くんとシンクロするのか、これ。
「あの、えっと、皆方先輩……?」
「みちそー先輩でもいいのよ、たたすけくん!」
「……皆方部長。前多くんがちょっと困惑してます」
「でも、たたすけくんはたたすけくんでしょう? かーくんだってかーくんじゃない」
「……ごめんね、前多くん。僕は無力だ」
「なんかオレ、もの凄く今、佳苗が不憫だよ」
いや不憫なのは葵くんのほうだと思うけど……。
まあ、これでこそか。
「そういえば皆方部長。藍沢先輩をスタジアムで見るのは久々って言ってましたけど、実際、昔と今の藍沢先輩。どうなんですか?」
「かーくんらしからぬ漠然とした質問ね? うーん。技量で言えば……多少は今の方が上回ってるんじゃないかしら。らんでんはサッカー部でも地道に、だけど真剣に取り組んでいたんだもの」
ふむ。
「けれど実戦経験が減っちゃってるのよね。それにらんでんが抜けた後のあのユースは、らんでんが居た頃のユースとは色も違うでしょうし、連携面があまり期待できないのよ」
思っていた以上に細かい見解が帰ってきた。
これだから微妙に皆方先輩は読みにくいのだ。
「あの」
と。
そんな僕達の会話に、
「らんでんって誰?」
葵くんは当然の疑問を発した。
だよな。わかんないよな。
「藍沢先輩のことだよ。藍沢典人って漢字で書いて、藍と典を取り出して、読み方を変えて、らんでん。らしい」
「いいあだ名でしょ?」
「……そ、う、ですね……」
自信満々に胸を張る皆方部長に対して、葵くんは逃げに走った。
気持ちは分かる。とても分かる。でもそういうものなのだ。
そして今回葵くんは補足されてしまったので、皆方部長が卒業するまでのあと三ヶ月程度はこの災難に巻き込まれるだろう。
がんばれ。
「ところで前多くんは一人で来たの?」
「うん。涼太と信吾も誘ったんだけど、二人とも田舎に帰ってるんだって」
「三日だもんね。そりゃそうか」
だから実は寂しかったんだよ、と葵くんは小さく呟いた。
それで僕を見つけて一安心、って事なのかな。
実際、一人で見ていてもあまり面白くは無いだろう。
――っと。
準備運動が終わったようで、それぞれ整列を始めた。
そろそろ始まるのかな?
「かーくん。こんなところでなんだけど、ちょっと相談しても良いかな?」
「なんですか?」
「去年の暮れになんだけれど、私の所に転がり込んできた子達がいたのよ」
うん?
「競技ダンス。知ってる?」
「それはまあ、知ってますけど……。やってる学校、少ないですよね」
「ええ。だからこそなんでしょうけど、その子達はうちの学校に進学して、競技ダンス部を作りたい……らしいの」
…………?
元からある学校に行った方が良いと思うけど。
「この前の白雪姫を見てたらしくてね。それで、『あんな豪華な衣装をどうやって準備したんですか』って聞かれたの。ダンスの衣装を考えてたみたいね。それで、『うちの部の子が仕立ててくれたんだよ!』って答えたら、じゃあうちの学校にきたらお願いできないかなあ、って言っていて……」
「進学って事は、今の六年生ですか」
「ええ。どうかしら? 競技ダンス部、もしも作られたとして、その衣装までお手伝いはできそう?」
皆方先輩は無理しないで良いよ、というニュアンスで言ってくる。
まあ……やれというならやるけれど、悩みどころだよな。
「部活、作れます?」
「厳しいと思うかしら?」
「正直、かなり。前多くん、競技ダンス部って新しい部活が創られるとして、どうかな。参加してみたいって思う?」
「……んー。よっぽど先輩に凄い人が居るとかなら、あるいは興味も出るかも。でも、後輩とか同級生だと、どうだろうな。元々興味が無いと体験入部すらしないと思う」
「だよね」
この三人の中で最も一般的な思考をするであろう葵くんでさえもこうだ。
僕もよっぽど情熱的なダンスを見てあてられるくらいのことが無い限りは興味は出ないだろうし、正直皆方先輩にしたって義理人情で一応問うているだけで、競技ダンスにそこまで興味があるとも思えない。
「それに部活を創ると言っても、元からあるやつならば一人でも在籍していれば廃部にはなりませんけど、創る条件は厳しかったですよね」
具体的には五人以上の所属する生徒と、顧問として教員を一人。かつ、他の教員三人以上からの推薦があった時、生徒会を介して教員会議が行われ、承認されてようやくだ――他にもルートが無いわけじゃないけど、原則はこっち。
で、五人に満たないときは部活では無く、同好会という枠組みになる。
同好会でも顧問を立てる必要はあるし、創立は難しいのが実情だ。
まてよ、考えてみると来年の新入生で演劇部に一人も入らないと、再来年は僕一人で勧誘しないといけないのか。あれ、辛くない? ……まさか潰すわけにも行かないしな。ちょっと気合い入れて来年度中には新人を手に入れておかないと。
「あんまり現実的じゃないよね」
葵くんも肩をすくめてそう言った。
そう、あまり現実的じゃあ無いのだ。
「大会出場資格とかも色々あると思いますし。あんまりお薦めしませんよ、僕は」
「そう。そうね……、部員で困るのは演劇も同じだものね。うーん」
困ったように唸る皆方部長を他所に、整列が済んだらしく、スタジアムのフィールドでは審判が先攻後攻の宣言などを始めている。
そして、スタジアムの電光掲示板に紅組、白組と表示が出る。その表示に寄ればビブス、いわゆるゼッケンを付けている方が紅組。
チーム分けはこうやって見ると、藍沢先輩と来島くん、洋輔がいる方が白組。カミッロ先輩の側は紅組となっている。
紅組はカミッロ先輩が所属しているユースの中枢が過半を占め、白組は白組でこのユースの中枢が過半を占めている。お互いに万全とは言えずとも百全くらいはありそうだった。
「それにしても、よくこの日程でやれたよね」
「ん……? なんで?」
葵くんの言葉に首を傾げて聞き返すと、葵くんはスマホの画面を見せてきた。
ええと。
高校サッカー選手権準々決勝……、なるほど、確かによくこの日程でやれたな。
「……って、あれ? スマホ?」
「ついに買ってもらっちゃった!」
「おお! やっぱり良いよね。連絡先交換しよう!」
「もちろん!」
「じゃあ私も!」
「もちろん! ……ろん?」
どさくさに紛れて葵くんの連絡先を入手している皆方先輩だった。
この人の行動力には驚かされるけど、一方で葵くんはというと連絡先を交換しつつ、あれ、なんでオレは先輩の、しかもそれほど接点の無い人の連絡先を手に入れてるんだろう、と哲学しているようだ。
「あとで洋輔とも交換してあげてよ。たぶん喜ぶよ」
「そうかな。じゃあそうさせて貰おうっと」
「私も私も!」
「皆方部長はもうしてるじゃないですか……」
「え? よーくんの番号は知らないわよ?」
「そうでしたっけ……?」
まあいいや。
どうせお昼ご飯のお弁当は僕が持ってるわけで、お昼休憩中は懇談会みたいなことをやるとも言っていた。そこでやって貰うとしよう。
「話を戻すけど、この日程でよくやれたね。高校とはいえ、全国大会。中継見たがるんじゃないかな」
「オレも不思議には思ったんだけど。でも、『あえて』なのかもな」
あえて?
「こんな大きな大会をやってるとなれば、学生サッカーの取材はそっちに行くだろ。前回オレたちの学校でやったあの試合、取材できなかったことを悔やんでる記者が多いってカミッロ先輩がいってたし……。だから、この紅白戦にほとんど同じメンツが揃ってるなんて事が分かれば取材に来ちゃうかも知れない」
「メディア対応か……」
言われてみればこのスタジアムに入場するのも本人確認あったからなあ……。
こうして、紅白戦は始まり――




