雪が降らなかった放課後に
雪が降ったらデートしてくれる約束だったのだが、本日の天気はみぞれ混じりの雨だった。
約束してくれた相手は隣のクラスの女の子だ。どんぐりみたいに小柄で、焼きたてのクッキーみたいな匂いがする子。セミロングの髪を紫のシュシュで結んでいて、それが体育で短距離を走ると犬の尻尾みたいに揺れる子。吹奏楽部に入っていて、休み時間になると熱心に楽譜を読んでいる子。
そんなお人形さんみたいな子と親しくなったきっかけは、秋の文化祭で彼女の楽器――トロンボーンを運ぶのを手伝ったことだった。
『それ重そうだね。手伝ってあげるよ』
『勝手に相棒に触らないで』
お互いに印象の悪い初対面だったのだが、彼女が肘を怪我していることを知っていたので、さりげなく運ぶのを手伝ってあげたら、そこから友人関係がスタートした。
当初は本当に下心はなかった。ただ肘を怪我した子があんな重そうなモノを持つのは大変だろうと思って、手を貸しただけなのだ。
だが案外気があって、ちょっとずつ言葉をかわすようになって、文化祭から三ヶ月経った昨日の放課後にデートしようと思いきって誘ったら『明日、雪が降ったらデートしてあげる』と返された。
二人の目の前にある電光掲示板で天気予報が表示されていて、雪と雨が五十パーセントずつだった。
神様のコイントスみたいなものだ。
――だが、雨だった。それも土砂降りで吹奏楽部が練習する音も聞こえないほど。
神様のコイントスに負けたのである。
それにも関わらず、寒くなった放課後の教室で練習が終わるのを待つ俺もバカである。
もしかしたらお情けでデートしてくれるかもしれないと期待していることと、そもそもなんで『雪が降ったら』という条件を加えたのか知りたかったのだ。
やがて吹奏楽部の練習が終わる時間になった。大小さまざまな楽器ケースを担いだ高校生たちが、コケだらけの旧校舎から餌を運ぶ蟻みたいに出てくる。
だが、いつまで経っても彼女が出てこなかった。
練習をサボったはずがないので、カバンを背負って教室を出ると、旧校舎の寂れた階段を昇った。
なぜか彼女は戸締りされた音楽室の前で泣いていた。
「なんで泣いてるんだよ」
「……雪が降らなかったから」
俺はあの日と同じように、さりげなく彼女の楽器ケースを担ぐと、勇気を出して手を繋いだ。
拒絶されることはなかった。
じんわりと二人の体温が均一に染まっていく。
「なんで雪が降ったらなんて条件をつけたんだ?」
「だって、男の子と付き合ったことないから、怖くなって咄嗟に口走っちゃったの」
ふと窓の外を見た――雨は雪に変わっていた。