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後篇 パート主婦の悪夢と、総括:書籍化しなきゃよかった?

 前篇で、「給与収入の103万円と事業所得/雑所得の38万円は同じ意味」と筆者は述べました。

 最後にこのことをもう少し、突き詰めて考えてみたいと思います。


 主婦が、パート賃金を年103万円未満に抑えるのは、旦那の扶養に入る為です。

 具体的には、その給与額帯の給与所得控除は65万円(給与所得控除は、給与総額に応じて増加しますが、103万円未満は一律65万円です)、そして基礎控除(何はなくとも所得金額から控除される金額)が38万円あり、これで控除合計は103万円になります。

 つまり、賃金が103万円未満であれば、各種控除後の課税所得金額は0円(マイナスは切り捨て)になり、結果所得税は発生しません(ちなみに住民税――市県民税――は、基礎控除額が33万円なので、98万円を超えたら課税されます)。


 が、作品が書籍化されたら。

 印税収入50万円。このラインを超えるのは、本稿の例(書籍売価1,000円で印税率6%と仮定)を用いたら8,334冊となります。

 印税は基本、出版部数ベース。ただ実売部数ベースでの契約方式もあると言いますが、それらの特殊契約方式まで言い出したらキリがない(「初版印税無し、再版印税8%」なんていう契約の話も聞いたことがある)ので、これらは考慮しません。

 そして、なろう出身の新人作家の初版出版部数は、6,000部~12,000部の範囲、と聞いたことがあります。正確ではありませんが、20,000部売れたらヒットと言われるなろう発、大体そんなモノでしょう。


 つまり、一度「書籍化」が実現したら、これまでパート賃金で家計を支えていた主婦兼業作家さんは、働きに出ることが出来なくなるのです。

 印税収入50万円以下で「申告不要」を選択すれば、パート労働を続けることも出来るでしょうが、50万円を僅かでも超えた途端、旦那さんの扶養に入る前提で計算された世帯予算計画が総崩れになるのです。言い換えると、旦那さんの扶養のままでは、パートしていた時は103万円まで稼げたのに、印税収入になると50万円までしか稼げないということです。しかも印税が50万円を超えるか否かは、振り込まれるまでわからない、という。

 それを埋めるのに、確定申告で還付税額を数千円から一万数千円増やしたところで、焼け石に水でしょう。しかもその「還付される税金」は、「源泉徴収された税金」そのものですから、ここで言う「印税収入50万円」の一部が戻って来るに過ぎないのです。


 印税収入が150万円(パート賃金の分と、扶養から外れることによる旦那さんの税負担額の増加分を加味した概算合計)位を見込めるのなら、書籍化のメリットがあるでしょうが、本稿の例で印税収入150万円を確保する為には、25,000部の売り上げが求められます。

 ……20,000部売れたらヒット、ですよ?

 その条件をクリア出来るなろう作家さんは、一体どれだけいるでしょう?


 つまり、パート主婦にとっては、印税収入50万円以下(出版部数8,333冊以下)か、150万円以上(25,000部以上)でなければ、書籍化するだけ損をする、ということになるのです。


◇◆◇ ◆◇◆


 ちなみに。「申告しなくてもバレないんじゃね?」と思う人もいるかと思いますが、バレます。

 出版社側は、毎年1月に「法定調書」というものを税務署に提出します。それにより、5万円以上の印税を支払った相手の住所・氏名と印税額を、税務署に報告しているのです。

 そして昔は、出版社にペンネームしか教えないとか、嘘の住所を教えるとかしてごまかしていた作家もいたという話もありました。たとえば出版社側が「たかあきら」相手に支払調書を作成し、作家側が「藤原 高彬」で申告したら、住所が同じでも別人、と解釈される(同一人物であるという確証が取れない)場合も少なくなかったのです。

 ですが、現在はマイナンバーで紐付きにされますので、この場合「たかあきら」も「藤原 高彬」も同じナンバーが付されます。それにより両者は同一人物であると認識されるのです。そして、出版社が支払ったと報告したにもかかわらず、作家側がその印税を申告していなければ、その瞬間無申告がバレるでしょう。


◇◆◇ ◆◇◆


 まとめです。


・ 所得税率0%帯(パート主婦):

 開業届以前に、書籍化それ自体で収入の減少・旦那さんの税額負担の増大を招く恐れがあります。


・ 所得税率5%帯(アルバイト学生・フリーター):

 経費が無くても申告をすれば税額還付を得られます。けど、領収証を集めても、効果はそれほど大きくないので、開業届もあまり意味を持ちません。


・ 所得税率10%帯(一般会社員):

 頑張って領収証を集めて確定申告をすれば、その分還付が得られます。「やったね、タエちゃん。還付が増えるよ!」(経費過剰で税務調査の対象となるリスクも増えるけど)

 でも、有休使って税金計算などしていると、ふと「……何やってんだろ、俺?」と思うことも。

 頑張る意思表示に「開業届」を出すのなら、「青色申請」も忘れずに。


・ 所得税率20%帯(管理職クラス):

 悪いことは言いません。たかが2-3万の節税の為に、会社での自分の立場を危うくするような真似は止めた方が良いでしょう。そんな端下(はした)(がね)に拘らなくても、充分稼いでいるのですから。


 こうやって整理しますと、「開業届」の経済的メリットって、言う程大きくはありません。


 というか、それ以前に書籍化のメリットって、何処にあるの?

 ……その答えは、「何故あなたは原稿料がもらえる訳でもないのに『なろう』で小説を書いているの?」という質問の答えと、同じでしょう。


◇◆◇ ◆◇◆


 では逆に、「開業届」を出すべき人は、どういう人?

 これは簡単です。


・ お給料の他に印税収入が200万円以上経常的に発生する人。

・ 他の収入が無いけど印税が300万円以上経常的に発生する人。


 前者は「文筆業に係る経費」を厳密に計算しなければ、所得税率が20%のラインに到達してしまうおそれのある人。

 後者は「文筆業」だけで生計を維持することが出来、それゆえ青申控除が65万円取れる人。


 青申控除10万円のラインでは、節税効果は微々たるものですが、65万円取れるのなら、これは取らなきゃ損、というレベルになります。そして、65万円の青申控除を取る為の条件は、正規の簿記の原則に則った帳簿(家計簿のような現金出納のみの帳簿では駄目。また年に一回領収証をかき集めて、というのも駄目。毎月試算表を作成出来るレベルの帳簿)を作成すること、となり、一方その事業だけで生計を維持出来るレベルであるというのがもう一つの基準になります。


 「書籍化したら開業届」。条件反射のようにそう決め打つ前に、そのメリットの大きさを試算し、労力に見合うリターンがあるかを改めて考えた方がよいのではないかと思います。

(2,775文字:2016/10/28初稿 2016/11/02一部修正)

【注:なお本稿は、日本税理士会連合会八王子支部所属 税理士 青野道子先生の監修を受けております】

・ 法定調書として提出される支払調書は、「支払印税額50万円以上」ではなく「5万円以上」でした。お詫びして訂正致します。それ以外の修正はありません。

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