前篇 開業届と確定申告:しない方が有利かも?
「書籍化のメリット」というと、大抵金銭問題が論点になりますので、そのあたりについて税金問題を中心に検討してみたいと思います。前・中・後篇に分かれまして、前篇のテーマは「確定申告」、中篇のテーマは「開業届」、後篇のテーマは「書籍化」による不幸な事例と総括、という形で整理したいと思います。
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という訳で、前篇。テーマは「確定申告」ですが、あらすじに書いたように「開業届」に関してを中心に論じて行こうと思います。
「書籍化」ということになると、なろうでは「開業届を出しましょう」というエッセイを複数見出すことが出来ます。
けど、本当にそれが必要なのでしょうか?
開業届。正確には「個人事業の開廃業等届出書」といいます。
多くの人は、これを提出することで、幾つものメリットがあります。
しかし、中には大してメリットを得られない人もいるし、逆にデメリットしかない人もいるんです。
どの程度のデメリットか。「開業届」を出したが為に、年数百万円の収入減、という可能性も、考えられるのです。
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前置きはこのあたりにして、開業届を出してはいけない人と、開業届を出さない方が有利(どころか確定申告をしない方が有利)な人をリストアップしてみます。
「開業届」を提出してはいけない人:
・ 会社勤めの人で、会社の社則(或いはその仕事の職業法規)に「副業禁止」の定めのある人。
通常、副業と看做されるか否かは会社ごと、職業ごとによって規定がまちまちです。金額基準の場合もあれば、職種基準の場合もあります。
けど、「開業届」を提出する、ということは、サラリーマンとしての仕事の他に、その「事業」を「開業」すると宣言し、その「届出」をする、ということですから、まず間違いなく副業禁止規定に抵触します。
抜け道は、無い訳ではないでしょうが、まぁ企業倫理・職務倫理には引っかかります。見つかったら懲戒解雇で済めば御の字、という状況になるでしょう。
諦めて、雑所得として確定申告を済ませる方が吉、というものです。
「開業届」を提出しない方が有利、というより「確定申告」をしない方が有利な人:
a. 主婦で、パート賃金を年103万円以下になるように調整して働いている人で、印税収入50万円以下の人。
b. 主婦または学生で、印税収入が38万円超50万円以下の人。
この両者は、確定申告をすることで、はっきり損になる人たちです。
まずa.の「パート賃金103万円以下」というのは、これは所得税が課せられない(この給与額の時の給与所得控除と基礎控除の合計が103万円であり、それを差し引いた課税所得金額が0円となる)ラインです。このラインを超えると、旦那さんの扶養から外れ、結果旦那さんの所得税額が増えます。加えて作家さん自身の国民年金、国民健康保険、住民税等を自分で負担しなければならず、それは確定申告することで『還付を得られる税額(注:本稿後半を参照)』より遥かに多くなります。
b.は、(給料とその他の収入では税金計算の方法が違う為、正式な金額を明記出来ないのですが)印税所得(経費控除後)が38万円を超えた場合でその確定申告をした場合、a.と同じ(給与収入の103万円と事業所得/雑所得の38万円は同じ意味)で旦那さん(或いは親御さん)の扶養から外れてしまいます。
また、ここで「印税収入50万円以下」という基準を一つ設けています。
これは、「給与所得が2,000万円未満であり、且つ年末調整をしている人で、その他の所得が無い場合に於いて、一時的な所得(経常的なものであっては駄目)が50万円以下の場合、申告不要を選択出来る」という規定があるのです。つまり、正確には「経費控除後の金額(所得)が50万円以下」。だけど、のちの税務調査で経費が否認される可能性を考慮すれば、「収入が50万円を超えたら申告した方が無難」と考えるべきなのです。
その収入ベースで50万円以下であれば、その人たちは「開業届」を提出しない方が有利、どころか「確定申告」をしない方が有利となる可能性のある人たち、と言うことが出来ます。
しかし、「開業届」を提出する段階では、その年の印税収入がいくらになるかなど、はっきりわかっている訳ではありません。「確定申告をしない方が有利」だと思って「開業届」を提出しなかった結果、印税収入が50万円を超えた、となると、節税チャンスを逃すことにもなりかねません。
そして、印税収入50万円。つまり、書籍売価1,000円で印税率6%と仮定した場合、8,334冊以上で50万円を超えます。なら、主婦の作家さんや学生さんたちは、書籍化の話が出た時点で旦那さんや親御さんに話をし、扶養から外れる可能性を伝えて了承を取り、申告に備えて領収証等を整理しておく必要があるでしょう。
これらの方々の家庭では、印税収入の額によっては、還付税額どころか印税額よりも(仮に印税が50万円を超えていても)、税金や社会保険料の支払いの方が多くなる場合さえ考えられます。……書籍化って、本当にメリットあるの?
では反対に、「確定申告をしなければいけない人」は?
・ 印税収入が50万円を超える人。
・ 印税収入が50万円以下でも、給料を貰っており、更にそれ以外にも収入(家賃や保険の解約など)がある人。
・ 印税収入が50万円以下でも、アルバイト等をしており、且つアルバイトに関して年末調整をしていない人。
・ その他印税とは無関係に、確定申告義務のある人。
と、言うことになる訳です。そして、「確定申告をしなければいけない人」に該当するのであれば、当然「開業届」を提出した方が有利になりますし、「所得税の青色申告承認申請書」(「青色申請書」)を提出すれば更に有利になります。では、どの程度違ってくるのでしょうか?
その前に、学生さんたちであっても主婦の方であっても、『お給料は総額と手取で全然違う』という話を聞いたことがあると思われます。
お給料は月額30万円でも、手取は20万円を少し超えた程度しかない、というのは普通のはなしで、だから多くの人は手取りでお給料を語ります。
印税収入も、実は同じように総額と手取で違います。
総額の、1割(厳密には復興特別所得税0.21%を加算した10.21%ですが、ここでは便宜上10%として話を進めます)が差し引かれ、残りの9割の金額のみが振り込まれてくるのです。
例えば、印税収入が60万円だとしたならば、口座に振り込まれる金額は54万円。残りの6万円は、「源泉徴収所得税」(源泉税、と一般に言われます)として国に納付されます。
ここで重要なのは、この6万円。これ、「確定申告の税金の先払い」なのです。なら、確定申告で再計算した結果、年税額が6万円に満たなければ、その差額が還ってくる(還付される)のです。
つまり、二番目に述べた「確定申告をしない方が有利な人」に該当せず、三番目の「確定申告をしなければいけない人」にも該当しない人は、確定申告をした方が有利ですし、こまめに領収証を集めて経費を多く計上した方が、還付税額が多くなります。「青色申請書」を提出すれば、更に多くの還付を見込めるかもしれません。
で、実際にはどの程度の税金が還付されるの? どの程度『有利に』なるの?
その辺りは、次回に。
(2,960文字:2016/10/27初稿)
【注:なお本稿は、日本税理士会連合会八王子支部所属 税理士 青野道子先生の監修を受けております】