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Obey Doll  作者: 花月×篠原ろんど
第1章 希望と不安―Anxiety of hope―
8/10

Ⅵ 恐―フィア―

 目が覚めたら知らない天井、なんてありきたりな表現を、まさかぼく自身が使う日が来るとは露にも思はなかったし、思いたくなかった。

 

「…………どこだよ」

 

 ――いや、マジでここどこだよ。

 真っ白で清潔感のある、何も、本当に何もない部屋。

 ぼくが今まで眠っていたベッドや傍に置かれた小さな棚と、上に置かれた桃色の花が挿してある花瓶以外は本当に何もなくて、それ以外を強いて言うなら窓と出入り口らしき扉と天井の電球ぐらいしかない。非常に質素で無個性。

 ぼくの身体は何故か全身包帯ぐるぐる巻きで寝た体制のまま身動きが取れずにいるので外のことを確かめる術がないのである。――しかし病院にしては見たことがない。

 自慢じゃあないが、ぼくは今までの人生で病院にお世話にならなかったことがないので、ここが病院の内装にしては少し違うことは何となく把握していた。

 かすり傷に切り傷、打撲捻挫骨折等など……軽傷重症、全ての怪我という怪我を網羅してきたことがこんなことに役に(?)立つのかと思うと何か凄い複雑だなあ。いや、本当に。

 

「本当、ぼくって不運……」

「どういたしましたか、トキヒト」

「……? …………?? うぇぁあ!? し、糸蓮!? いつから!?」

「トキヒトが頭を抱えて『…………どこだよ』と悲観に暮れていたところからです」

「居たなら最初から何か言って!? あとここ本当にどこ!?」

 

 どうやら最初から見られていたらしく、地味に恥ずかしさが込み上げる。なら言えよって感じだがこの子に悪気がないと分かっている分だけぐぬぬ、となる。人形相手にムキになるぼくが悪いのは分かり切ってるんだけどさあ……?

 

「軍病院です、……か?」

「え、何でそこで君が疑問形になるの」

 

 一拍遅れた後の疑問形アンド首傾げはめっちゃ嫌な予感しかしないんですけど。という余計な一言はぐっ、と呑み込んで、ぼくも深呼吸のあとに自分の心臓の鼓動を落ち着かせながら恐る恐る糸蓮に問いかけた。

 

「――糸蓮」

「はい、なんでしょう」

「ぼくに今起こっている状況をできるだけ簡潔に、お願い」

「――はい。トキヒトは今人形遣い協団(パペッターギルド)襲撃事件の≪重要参考人≫として、陸軍本部の軍病院に収容――平たく言えば、軟禁されています」

「軟禁んッ!?」

 

「――軟禁とか人聞きが悪いことは止めてくれないかい?」

 

 途端、聞き覚えのあるおっとりとした声色が聞こえた方向を見ると、扉から入ってきた満身創痍、というには軽傷だがそれなりに怪我をしている中年男性――桜庭さんの姿があった。

 この閉鎖した空間でテロ事件で無事だったことを確認できた喜びで起き上がろうとして、誠に阿呆なことに、自分の状態が全身包帯ぐるぐる巻きのことの一切を忘れていた。

 

「ぐぅえ」

「大丈夫かい、時仁くん!?」

 

 即座に糸蓮が首元の包帯を緩めてくれたおかげで何とか助かった。

 ……誰だよこんな拘束みたいにぼくの身体に包帯巻きつけた奴……――拘束?

 はた、と気付き出したぼくの思考回路は一度動き出せば止まらない。マイナス方面へ向かうことがぼく自身でとても悔やまれるのだが。

 そういえば。さっき糸蓮がぼくのことを≪重要参考人≫と言っていなかっただろうか。ううん? これはひょっとしてもしかすると、この重要参考人もといぼくは、陸軍にとってほとんど≪容疑者候補≫とまで思われているってことか――!?

 まさか、という縋りつくぼくの視線に気づいた桜庭さんが、ぼくの言いたいことをきちんと察してくれたのかつい、とぼくから視線をずらした。

 おい! あんた全部知ってやがるなくそじじい!! 

 一先ず叫ばなかっただけ褒めて欲しい。取り敢えずぼくの中で桜庭さんの株は大暴落である。

 

「い、いやでもね? 時仁くん、少し誤解というか、ね?」

「だから何度も問うております、桜庭協団長ギルドマスター。何故トキヒトはここで軟禁されているのです。トキヒトの潔白はあいずりーさんと、何よりも貴方の証言で既に証明されているはずですよ」

「だから軟禁は違うって!」

 

 どうやら糸蓮はぼくのこの状況を訴えてはくれていたらしい。桜庭さんも桜庭さんで理由はあるようなのだが、しどろもどろで、あー、だとか、うー、だとか言葉にすらなっていない。

 しかしちっとも話が進まない中、いい加減当事者であるぼくが除け者にされるのもイライラしてきた。

 ……じじいと糸蓮のどちらを味方するか、と聞かれたら、ぼくは問答無用で糸蓮の味方をしよう。

 

「――ッいい加減!! ぼくに現状を教えろください!!!」

 

 しぃん、とこの場の空気が静まった。

 これを待ってました。ぼくは二人に口を挟ませないように大きな声のまま勢いよく畳みかける。この対話術は話を聞かない相手に有効だって師匠言ってた。……その師匠が一番人の話を聞かないのだが、一度もこの対話術が成功してないのはご愛嬌である。

 あと、あくまで敬語を外せなかったことも勘弁願いたい。

 

「桜庭さん、教えてください。ぼくは、何で! 陸軍本部の軍病院でこんな阿呆みたいな恰好で拘束されているんですかッ!!?」

「そうですそうです」

 

 ……糸蓮、この雰囲気でそんな軽い煽り要らない。

 

「本当に誤解なんだって!? それに時仁くん、まず前提が違うんだよ」

「はあ? 前提? 一体何のことですか?」


 桜庭さんが悲しそうにとほほ、と首を横に振った。

 そんな間を使ってるくらいなら、さっさと話してほしい。


「時仁くん知らない間にとても辛辣になったね……。でも本当だよ、君たちが思っているほど、事態はそこまで深刻ではないから心配しないでくれていい」

「と、いいますと?」

 

 糸蓮がもったいぶって中々結論を出さない桜庭さんに先を促すと、桜庭さんはそう急かさないでくれよ、と重く溜息を吐いた。

 

「あのね、これは『時仁くん』が拘束されているのではなくて『葉守華子の最高傑作である糸蓮』の保護を目的とした隔離なんだよ」

 

 ――時仁くん、君自身は凡庸で特筆すべきところはないが、君の人形は違うことをもう一度念願に入れておいたほうがいい。君の師匠がどれほどの天才で、どれだけその道で名を轟かせてきたか、弟子である君が知らないはずがないだろう? その人の最高傑作であり、何よりも最終傑作である糸蓮、彼女には君が想像もつかないような価値があることを、どうか、どうか知っておいてほしいんだ。彼女を喉から手が出る程欲しがる強欲な人間は、星の数ほどいるのだから。

 

「糸蓮が、君から離れない人形ならば、君を隔離するしかないだろう?

 

 ――私だって苦渋の判断だったさ」

 

 

 ☆

 

 

「お、やっと私の弟子が来たようだぞ、サラ」

「ええ、本当ですわね。先生。――クッソ遅かったわね、ポンコツ」

「おやぁ、かわいい子に先生と呼ばれるのは悪くはないが、どうせならお姉さまでもいいんだぜ?」

「はい。――で、ポンコツはいつまでそこでその恥ずかしい阿保面を先生や私に晒し続けるつもり?」

「ちょ、サラ、お姉さまは無視か?」

 

 軍病院から無事釈放された後、待っていたのは嵐のような、今のセンチメンタルなぼくにとって一番会いたくない二人だった。状況を上手く呑み込めず、というか理解したくないがために脳が二人の愉快な会話を見事閉ざしている。

 

「華子さま、あいずりーさま、ご機嫌麗しゅうございます」

 

 相も変わらずお手本のようなお辞儀をした糸蓮が、お二人はどうしてここに? と問いかけると師匠、そしてぼくを昏倒させた張本人であるアイズリーの彼女は、にんまりと狡猾な猫のように目を細めてぼくを悪魔の住処へ手招きした。

 

「いやだわ、Mr.鎮目。そんなの決まっているじゃない。――わかるでしょう?」

「そうだぜ、とっきー。こぉんなかわい子ちゃん二人に挟まれてこのままバイバイなんて、――言わねぇよ、な?」

 

 ぼくは無意識に口の中に溜まった唾を呑み込んだ。ごくりと、まだ発達のしていない喉ぼとけが動き、そのせいか情けなくも震える声を抑えることはできなかった。

 ――まじで怖い。がちで怖い。多分地球上で他に無いんじゃないかってくらい目の前の悪魔が怖い。

 彼女はそんなぼくを一瞥したあと下等生物を見るような視線をよこし、師匠はぼくを助けるそぶりすら見せないでいる。なんて薄情な師匠だ。いつか絶対奢った分の金返してもらおう、なんて九割の確率で無理であろう誓いを胸に立てて、後のぼくがその行為すらもはや勇者であると讃えたであろう、ぼそりと本音を呟いた。

 

「できれば、バイバイしたいんですけど……」

「あぁん? なんか言ったか?」

「いえ、何も」

 

 師匠と彼女は息の合った動作で、くいっ、とつい昨日行ったばかりの行きつけの喫茶店を指さした。

 サァ、と血の気が引くのが自分でも分かる。糸蓮が心配して手を握ってくれたことが暖かで、でもくそみたいに惨めな気分になってぼくは項垂れた。

 

「――よお、少年。私らとデートしようぜ♡」


 師匠のその言葉はいつだって、ぼくにとって命日と錯覚する程の死刑宣告なのだ。

 

 ☆


 師匠はコーヒー、彼女は紅茶、ぼくと糸蓮は……水。

 今日は各々の支払いらしく、ぼくは珍しいことに余分にお金を払わなくていい。けれど先日の罰則(?)で今月の生活費は破綻しているのでどっちにしろぼくは水しか頼めないのである。彼女の視線が下等生物から虫ケラを見るようなものに変わっていっているよう………………ふぇえ。

 

「――では、本題に入りましょうか」

「おいおい早急だなあ。気の早い女は嫌われるぜ、サラちゃん」

「愚鈍な女は今の世の中使えませんよ、先生。それに」

 

 ちらりと、彼女のまるで獲物を狩るような真っ直ぐで鋭い眼光がぼくの瞳を射抜いた。

 

「お楽しみは後でも構いませんでしょう?」

「然り。やっぱできる女は言うことが違うなあ」

「ふふ、ただの受け売りですよ」

 

「……あの、本題は?」

 

「……これだから殿方は嫌ですね」

「いんやぁ。とっきーが特にデリカシーがねぇだけだ」


 二人の冷めた目が痛い。病み上がりの人間に酷い扱い過ぎない?

 ぼくの豆腐メンタルが沈みかけていると、隣で糸蓮がおずっ、と手を挙げた。

 

「――私も、詳しく聞きたいです」

 

「糸蓮がそこまで言うならさっさと初めてさっさと終わらせますか!」

「ええ! 五分で終わらせましょう!」

 

「ひどい掌返しを見た!!!!」

 

 これだからぼくの周りの女性は皆強か過ぎて嫌なんだ! 言葉選びが腹の探り合いみたいだし、なによりぼくの扱いが悪すぎる! 今回の事件の立役者は(たぶん)ぼくだろう!? 何でこんな立場が下なんだ。師匠はいつも通りだとして妥協するにしても、ぼく彼女に虫同等に見られるほどのことをした覚えが一切ないんだけれども! 差別だ差別!

 

「あー、と。簡潔に説明するとだな。――まずいことになったぞ、時仁、糸蓮。お前たちは事が落ち着くまで一端隠れてほしい」

「――!」

 

 師匠のそれを、ぼくは妙に落ち着いた心持ちで聞いていた。

 一瞬で荒れていた気持ちが萎えた。同時に冷静な自分がひょこりと顔をだして、考えなくてもいいことまで深く思考してしまう。

 

 ――彼女を喉から手が出る程欲しがる強欲な人間は、星の数ほどいるのだから。

 ――私だって、苦渋の判断だったさ。

 

 もしも、あの言葉が全部つながってしまうのなら。

 もしも、まずいことになったのはぼくではなくて、糸蓮の存在なのだとしたら。

 

「――トキヒト?」

「……先生。彼、本当に大丈夫なのですか? 私は心の底から心配ですが」

「だぁいじょぅぶ。あいつは確かにポンコツだけど、頭は悪くない」


 一息。

 

「依頼だ、時仁。私が依頼人で、お前が人形遣い(パペッター)としての初めての仕事。期間は定めない。内容は――」


挿絵(By みてみん)

 

 師匠の、糸蓮の親である天才技師の瞳には、奥底に僅かに緊張が走っていた。

 初めて見るようなその瞳に、思わずごくり、と唾を飲み込む。

 唇がやがて開き、一つ一つの言葉を紡いでいく。即ち――

 

 ――『グレゴリオシリーズ拾弐番機、糸蓮の守護』だ。

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