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Obey Doll  作者: 花月×篠原ろんど
第1章 希望と不安―Anxiety of hope―
6/10

Ⅳ 不―リメンバー―

 こつり、軽々しい革靴の音がこの喧騒のなか重く重く響いた。

 糸蓮も、アイズリーの彼女も戦闘態勢に入る中、ぼくだけが呆然とその姿を見ることしか出来ない。

 は、と短い息が吐き出され心臓が不自然に鼓動する。

 遠いむかし、必死に閉じ込めていた記憶が、今度こそ無理矢理に開かれた。

 禍々しい黒い肢体に、感情を映さない虚ろな紅い目をしたこの世の全ての“悪感情”たちを背後に引き連れて、テロリストは心底楽しげには嗤った。


「よう、この世界の汚物ども」


 ――おれがお前らの全てを壊してやるよ!


 ☆


 突然人形遣い協団(パぺッターギルド)に現れた頭の狂った男はそう言って、背後に引き連れた複数体の禍々しい漆黒の人形に破壊命令を下した。

 漆黒の人形は協団の各所にバラけているところを見ると、おそらくこれは計画的犯行なのだろう。


 人形遣い(パペッター)ならば誰でも知っているその漆黒の人形の存在に、ぼくの傍にいるアイズリーの彼女は戦慄したように「な、んで」とぽつりと小さく呟いた声が聞こえた。それもそうだろう、この人形が複数で、しかも人間に付き従うなんて聞いたこともないのだから。


 漆黒の人形、なんて流石にぼくでも知っている。


 人形遣いになるにあたって叩き込まれた知識が糸を辿るように今更蘇ってくるのだから、案外ぼくの頭は冷静だ。


「『背反人形リベリオン』……!」


 人形に埋め込まれた感情が暴走を起こし、人に害をなすだけの堕ちたモノ。

 原因は未だ解明されていないが、その身に余りありすぎる負の感情を身に宿したとき人形は堕ちるのだと、一度誰かに聞いた覚えがある。


 ――ぼくはそれを、いつどこで、誰に聞いたのだったか。


「ぼーっとしてんじゃないわよ、ポンコツ!」


 はっ、と意識が浮上する。アイズリーの彼女に呼ばれて慌てて周りの状況を確認すると、男の引き起こしたテロはかなりの被害を出していた。


 流石に桜四枚半の彼女とヘルムでも被害をこれ以上出さないよう守りながら背反人形と戦闘をするのは骨が折れるようで、先ほど糸蓮と戦っていたときのような精密で繊細な技術はなく力任せに押し通している。

 戦えない人は先に彼女に逃がされた。

 野次馬だった協団の人形遣いもリミッターの外れた人形相手じゃ自分の身を守るので精一杯で、テロリストを捕まえる余裕は全くない。


 今、まともに戦える自由があるのはぼくだけ。


 分かってはいるのに、ぼくの足はどうしてかじりじりと後ろに下がるしか出来なかった。

 冷や汗が、恐怖が止まらない。


「大丈夫です」


 ぼくよりも小さな手がぼくの背中に添えられる。

 優しく、ゆっくりゆっくりと撫でられる手にぼくの呼吸が段々と整っていく。


「ごめん、ぼく、凄く情けない」

「大丈夫ですよ。トキヒトはもともと情けないではないですか。今更ちょっとやそっとじゃ変わりません」

「うッ……!」


 そんな正直に言わなくても、なんて恨みがましく糸蓮を見るが糸蓮はどこ吹く風だ。

 人形相手に言葉選びを求めるのもなあ、とも思うが、その人形に慰められているぼくが思ったよりも情けないので考えないように頭を二度振った。


 もう、格好悪いのは御免である。


 糸蓮はもう一度、大丈夫、と繰り返し、前方で暴れ回る背反人形に目を向けた。


「トキヒト。マスターが情けないのは百も承知です。でもだからこそ、やれることは多いのですよ」


 ――時仁が私を信じるといってくださった、先ほどのように。


 作り物めいた美しすぎる儚い笑みがぼくの顔を覗いた途端、肌が粟立つようにぞくりと震えた。

 湧き上がるのは、掻き消された絶望に代わって少しの希望の光。

 この人形となら、糸蓮とならやれるところまでやれるかもしれないという打算も計画もない無謀な勇気だ。

 何が人形だ、何が義務だ。それに擁護されてばかりのぼくの方が、何よりも愚かしい奴じゃないか。

 今度は無意識のうちの逃亡ではない。

 ジリ、と足に力を込めて背反人形との距離を測るように後ろに一歩下がった。


「――トキヒトッ!」


 そんな、慣れない行動を取ってしまったためか、不覚にもぼくはぼくの体質を忘れきっていた。

 だから後ろに下がるときに石に躓いて、思いっきり、後頭部から。


 ――転んだ。


挿絵(By みてみん)


「いっ、てえええええ!!」


 途端に、背反人形リベリオンのリミッターの外れた馬鹿力から放たれた、普通の人間ならば一撃必殺の攻撃がぼくの髪の先をカスって勢いよく通り過ぎた。

 幸か不幸か、後頭部に膨らむ重大な傷が出来たものの、然程深いものではない。

 それよりも、それよりもだ。もしあのとき転んでなかったら、と思うと最悪な未来の一幕が容易に想像出来て、キュッとなった。どこがとは言わない。


「トキヒト、無事ですか?」

「ああ、うん……無事だよ。いつものことだから……うん。ハハッ」

「ほんと、あんたは何しに来たのよ! 動くなら動く、逃げるなら逃げなさい! 中途半端なのが一番迷惑だわ!!」


 ガアン! と大きな音を立てながらヘルムの攻撃が一体の背反人形リベリオンに見事決まった。

 少し余裕が出来たらしいが、まだまだ油断は出来ない状況なのだ。

 役に立つかは別としてだが、ぼくしか動ける人間がいない。それが事実。

 再びヘルムが尾を振って――ぼくの隣を掠め取った。

 喉の奥から、ヒィ、という情けない声が漏れ出る。さっきと同じくらい死ぬかと思った。

 後ろを振り向くと倒れている背反人形リベリオン。どうやら助けてくれたらしい。


「あとそこホンット邪魔!!」


 ――違った。

 とても嫌悪感と怒りたっぷりの怒声。とても怖い。


「う、動く! 動くから! ねえ、ぼくは何をすればいい!?」


 糸蓮は満足そうに笑い、彼女は呆れたように「遅いわよ」と言いながらビシリ! とテロリストの男が暴れている方角を指差した。


「狙うは主犯! 当たって砕けてきなさい!」


 御免、役立たずなりに言わせてもらう。

 ――そんな無茶な。


 ☆


 ダダダダダダ!

 騒がしい足音を立てて協団の無駄にだだっ広い廊下を走り抜ける。

 はあ、と漏れる息とそろそろ限界を迎えそうな肺を精一杯無視して、ぼくは走った。

 自らの不運体質で鍛えられたぼくの身体は異常に頑丈ではある。が、言ってしまえばそれだけで、ぼく自身の体力や基本的な運動能力では普通の人間と全く変わりない。

 むしろ平均を下回るくらい、ぼくは運動が苦手なのだ。


「トキヒト、息があがっておりますよ」


 必死に走ってるぼくと並走している糸蓮は、顔色一つ変えず相変わらず涼しい表情で問いかけてくる。

 不恰好な走り方のぼくとは違い無駄のない余裕ある走りを見せつけてくる糸蓮に、内心嫌味かと怒鳴りたいところだがそんなことしていられる状況ではないし、まず今怒鳴れるだけの体力は全てこの足に使われていた。

 その姿は雄弁に語っていただろう。今話しかけんじゃねえぼく死ぬ、と。

 多分今すごい形相してる。

 しかしそれを察するには糸蓮はまだまだ人の心を理解出来ない解凍新品の人形であったし、そして何よりぼくたちの関係は浅すぎた。

 そしてプラスされるぼくの不運。


「トキヒト」


 だからだろうか。

 くいっ、と。

 全速力で走っている人間の首襟をそのまま後ろに引っ張るという暴挙を糸蓮が簡単に行動に移せたのは。


 そういえばこの子、寝ている人間に花瓶を振り下ろしてくるような子だったなぁ、と遠い目をしたのは後の事だ。


「え、うそ、は!? グェッ」とか細くも悲惨な奇声が口から零れ、身体は勢いよく後ろに吹っ飛ぶ。

 グッ、とおよそ人体からは聞いたことない音がぼくの後頭部から聞こえた。


 あれ、ぼく今日後頭部への打撃って二度目だよね? これ本当にぼくの頭無事? 頑丈さか、もしくは打ち所が良かったか、おそらく前者であろう不幸中の幸いで意識こそ落とさなかったが確実にダメージは蓄積された。いたい。あ、たんこぶ二個目できてる。

 キュ、と靴と床が擦れる。糸蓮が、止まった。


「敵を、発見致しました」


 前方には、ぼくたちの死角から現れた背反人形リベリオンが一体。

 パッと見た感じあの人形の型はおそらく戦闘人形だろう。

 いかにもな厳ついフォルムで、ぼくたちを嬲り殺そうと舌舐めずりする姿に本来の穏やかな性質で作られる人形とは違う、本能的な恐怖を感じた。

 ぞくり、と身体は正直に震えるが、残念。ぼくはこれを、もう知っている。

 この恐怖は大丈夫だ。大丈夫、相手は一匹。こちらは二人。糸蓮と、ぼく。大丈夫、大丈夫。ぼくは落ち着いている、大丈夫、冷静だ。

 だって。


 ――アイズリーの彼女と、ヘルムの方が、よっぽどこわかった!!


「――糸蓮、走って!」

「かしこまりました、マスター」


 糸蓮は再び走る。その強靭でしなやかな脚力を活かし真っ直ぐに背反人形リベリオンとの間合いを一瞬で詰めた糸蓮は、躊躇なく、跳んだ。

 助走の勢いをそのまま殺さずに放たれた重い蹴りの一撃は、見事厳つい戦闘人形の厳つい顔をぶっ飛ばした。

 顔をひしゃげさせた見るも無惨な姿となった“元”戦闘人形の背反人形リベリオンの末路に口の端がヒクリと引き攣つる。

 勝負とも呼べない勝負は本当に一瞬で終わった。


「トキヒトに守られずとも、私は強いでしょう?」


 くるり、と軽快に振り返った糸蓮の表情は変わらない。しかし言ってやったぞ、という意趣返しの意図が見て取れて、本当に人間みたいだと呆然とする頭で月並みにそう思った。

 人形のくせに、ぼくが決闘前に言ったその台詞を持ち出してくるとは。なんとも意地が悪いやり方をする。このぼくが“人間みたい”と思うなんて、流石師匠の最高傑作としか言いようがないではないか。


「……そうだね。ぼくなんかよりもずっと強かった。もう、あんな馬鹿なことは言わない」

「はい」

「行こう、糸蓮。ぼくは君をもっと……信じるよ」


 信じたいと、そう思ったよ。

 少しばかりのうその混じった本音。

 聡い糸蓮がそれを気づかないように、早足にテロリストの男の行方を探るため歩を進めた。


「トキヒト、何故来た道を戻っているのですか」


 ……間違えたんだよ。


 ☆


「こちらですよ」


 ぼくでは覚えきれなかった協団の道を糸蓮はまるで自らのホームのように案内する姿に違和感を感じながら、ぼくたちは着実に主犯の頭イかれ男の元へ近づいていた。

 おそらく男が立て篭っているであろう場所をしらみ潰しに見て回ってから、長くはないが短くもない時間が経っている。

 もう見てない部屋の数は多くない。

 その中でも一際大きな部屋の前で、ぼくたちはいた。

 多分、ここにあの男がいる。だが見つけたところで何をするべきか、ぼくは未だ分からないでいる。


「当たって砕けろ、ですよ」

「いや、砕けちゃ駄目でしょ」


 確かにアイズリーの彼女はそう言っていたがそれは比喩であって。あれ? あれは本当に比喩だったのか?

 当たって砕けて私があんたをボッコボコにする手間を自ら省いてきなさい、という暗示なのでは? なんかそれもあながち間違ってないような気がしてきた。

 でもどっちみち、ここまで来たのだから当たっていかないといけないのだ。

 糸蓮は逃げる気なんて更々ないし、こういうときに逃げたとなればアイズリーの彼女は勿論、師匠にも殺されるだろう。

 こうなって仕舞えば敵に殺されるか身内に殺されるかだ。

 ぼくも男、せめて敵に立ち向かって死にたい。

 身内、しかもどちらも女性に殺されるなんて末代までの恥だろう。

 ゴクリと唾を飲み込んで、糸蓮と共に頷き合った。

 ドアのノブに手をかける。

 ガチャリと思い切りのいい音がなってギィ、とゆっくりゆっくりと扉が開いた。

 開いた先にいたのはやはり主犯の男。それとサイドに二体の元戦闘型人形。

 男はぼくを見てニヤリと笑ったかと思うと、「ようこそ」と纏わりつくような粘着質な声色でぼくたちを歓迎した。


「誰が来てもよかった。でもテメェが一番面白いだろうなあとは思っていたぜ、神童」


 そして嘲笑うような声を出す。


「新しいお人形さんはどうだい?」


 ぶわり、と頭が真っ赤になる感覚を、ぼくは久しく忘れていた。

 震える手にガチガチと噛み合わない歯は恐怖ではない、それはまごうことなき“怒り”であった。


「な、んで」


「なんでお前がそれを知っている……!?」


 無理矢理開かされたパンドラの箱の中身は、あまりに無意味な過去のトラウマだった。

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