Ⅱ 闘―クライシス―
「それではサラくん、ギルドの案内は任せたよ」
「お任せ下さい」
「時仁くん、彼女は君と年齢は変わらないが桜を四枚半も持つ大先輩だ。参考にするといい」
「は、はい……」
にこり、と穏やかに笑い、奥に消えた桜庭さんは気を利かせたつもりだろうが一言物申したい。
分かる。分かるぞ……。
桜庭さんもギルドマスターで忙しい身であるだろうし仕方ないんだろうけど?? 普通初対面の男女(男一、女性二の割合)置いて行きます?? ぼくめっちゃ蚊帳の外じゃあないですか。実にとてもつらい。ついでに気まずさが尋常じゃない。
漫画や小説で例えるのならばテンテンテンのマークが二つつくような気まずい中で、一番初めに動き始めた勇者がいた。――そう、ぼくだ。
「あー、さっきは助けてくれてありがとう。助かったよ。ぼくは鎮目時仁、見習いのパペッターだけれど宜しくね。そして、」
「初めまして、葉守華子作グレゴリオシリーズ拾弐番機、糸蓮と申します。以後よしなに」
よっしゃ、第一試練はクリアだ。挨拶は完璧。
糸蓮は言わずもがな、表情が乏しい以外は所作も可愛さも花丸満点だし問題はない。
あるとすればぼくしかいないので慎重に行かなければ。
普段なら初対面の人でもここまで慎重になんてなりはしないのだけれども、なんというか、彼女どっかのお嬢様みたいな感じの雰囲気あるし。あとなんか怖い。謎の威圧感を纏っていて、キラキラオーラの中に紛れ込んでる。ほんとに何となくだけど。
紫の髪を持ったサラ、と呼ばれた彼女はぼくたちの自己紹介のあと少し間を置いて、また完璧な糸蓮とも負けず劣らない笑顔を見せた。
う、これが四枚半の実力か……! 超眩しい。
「初めまして、鎮目さんと糸蓮さん。華子先生に、頼まれて、あなた達のサポートを引き受けました。サラ・アイズリーです。宜しくお願いしますね」
頼まれて、の部分が異様に強調されていたのは気のせいだろうか。……うん、そういうことにしておこう。
サラ・アイズリーと名乗った彼女は外国の方らしい。最近は外国との交流が増えているうちの国でも外国人はそうお目にかかれるものではないので驚いた。
商人か政界の者か、そういう人たちしかぼくは知らないけれど、やはり彼女には違和感がある。それはこの子だけの特徴かは分からないが、身近でいるとすればまるで師匠のようだ。
その場の空間を切り取ったみたいに存在を主張して他と混ざり合わない、高潔な、自分の世界というものが完成されていた。
しかもこの子は一つ下。ほとんど同じ月日を歩んでここまで洗礼されるものなのかと、ゴクリと知らずのうちに唾を飲んだ。世の中ってほんと怖いと思う。
あと日本語めちゃくちゃ上手いんだけど、いつから日本に居るんだろう。
――いやいや。何を考えてるんだ、ぼくは。
彼女はあくまで師匠の知り合い。何を恐れていたのだろう。
いつも通り、平常心、平常心と心の中で唱えて再び彼女と向き合う。
高貴さを感じさせる紫の髪に、透き通るような金の瞳。駅でも思ったが人形染みた糸蓮とは違う、人間らしい、生き生きとした美少女だと思う。
まあ、ぼくの好みとは違うけれども(ぼくの好みは黒髪美人の大和撫子系)。
こうも美形の人間に知り合いが多いと、師匠は面食いなのだろうかと思う。あ、何だか落ち着いてきた気がする。
「さら、あいずりー、さん、ですね」
「あら、糸蓮さん。外の国の名前には馴染みがありませんか?」
舌ったらずに彼女の名前を繰り返す糸蓮は控えめに言って可愛い。
どこで覚えてきたの、と言いたいけれど多分これ師匠の趣味だ。始めからあざとい所作が様になっていたから恐らく師匠が性格の段階で最初にインプットしていたに違いない。
だって人形にキュンってするとか!! ぼくは認めない!! しかも彼女十二歳型!! 巷で最近噂に聞く『ろりこん』とやらには決してならないからな!! ぼくは今朝糸蓮の手によって花瓶と同じ末路になりかけました!――よし、もう大丈夫。
ぼくはどこの誰に言い訳してるのかよく分からない動揺を心の中に隠して、彼女に説明する。
「糸蓮は昨日起きたばかりなんだ。多分、初期知識しか知らないんだと思う」
「……なるほど。それならば仕方ありませんね」
「私が至らず申し訳ありません」
「いえ、あなたの責任なんかじゃありません。まだあなたが人形として機能をして一日、覚えるのはゆっくりでいいんですよ?」
彼女はそう言うとパペッター全員に支給されるコートを翻して、ぼくたちに告げた。
コートに描かれた四枚半の桜模様が目に入る。
「さあ、案内しましょう。分からないところがあれば随時言ってくださいね」
☆
それからぼく達はロビー、食堂、受付、依頼板など様々な場所に連れてかれた。
が、彼女の説明が頭に入らない。
広いギルド内はどれだけ歩いても終わりが見えなかった。それよりも気になるのが彼女が歩くたびにひらひらと揺れるコートに描かれている紋だ。
――先ほど桜庭さんが言っていた“桜”について説明したいと思う。桜とは、日本全国の人形遣い協団によって定められた正式な紋だ。ちなみに外国は別の花が使われているようだ。
それを考えると、彼女は外国から派遣されてきた訳ではなく、自ら日本に在籍していると思われる。
まあ人様の事情に足を踏み入れる気は無いんだけれど。
パペッター全員に支給されるコートに桜の紋は描かれていて、その枚数にも意味がある。
枚数によって階級が変わり、一番下のランクの三枚から始まって一番上の階級は五枚の桜になるのだ。
三枚が見習いや新人のパペッターのこと。ぼくの桜の枚数もこれだ。
四枚が新人を終えた一人前のパペッターに貰える枚数だ。殆どのパペッターはここで止まる。
四枚半。数えれば五枚の花弁だが、これは少し事情が違う。正式な五枚ではなく、五枚のうちの一枚が小さくなっているのだ。簡単に言えば五枚見習い。飛び抜けた才能を持つ者がここまで昇格するのだという。一般的にはこれも五枚として扱われる。
そして最後に五枚。完璧な桜。これはもはや化け物なのだと師匠が言っていた。つまり化け物だ。世界でも数えるほどしか居ないらしい。
で、目の前を歩く彼女。サラ・アイズリーが桜四枚半を持つ、所謂『天才児』らしい。
さっき桜庭さんが言っていたことといい、彼女の持つコートの紋といい、ぼくには随分勿体無い人にサポートされているのでは、と恐れ戦いている現状。誰か何とかして欲しい。
あと師匠の交友関係が非常に気になる。あの人謎すぎる。
「と、ここまでで質問はあります?」
突然振り向いた彼女にドキッと肩をビクつかせた。
糸蓮は何とも反応せず相変わらず飄々としていて、糸蓮は何にも悪くないけど、ぐぬぬと悔しくなる。
「えーっと、……あ! ギルド内において禁止事項とかあるかな? ぼくたち、なにも知らないんだ」
「ああ、それは受付の掲示板にも書いてありますから詳しくは後で見てください。とりあえず知っておいた方がいいのは、そうですね。――パペッター同士の決闘だけは、気をつけた方が宜しいかと」
「決闘……?」
あまり宜しくない単語だ。そもそも何のためにそんなものがあるのか。そう思っていたら糸蓮が先に尋ねていた。
「決闘とは、一体なんでしょうか」
「その通りのものですよ。理由はそれぞれ違いますけれど、主にお互いに譲れないものを賭けて闘うのです。リスクが大きいのであまりやる人はいませんね」
「え、リスクって?」
「まあ、負けた者は必ず賭けたモノを失うわけですから」
すると彼女は「そうですね……」と考える素振りを見せてから、ふと顔を上げ思いついたようにニヤリと笑った。
それに思わず後ずさってしまう。
「なぁに、決闘のやり方は簡単です。――相手に宣言するのです。そうすればギルド内を回っているセキュリティ用の人形が、申請を受理してくれますから。ほら、この様に。
私、サラ・アイズリーは鎮目時仁に決闘を申し込む!」
――え、
「ええ!?」
☆
ちょっと待て、唐突の展開過ぎて頭が付いていかないんですけど?
何でぼく正式にパペッターになって一日目でこんなことにならなきゃいけないの!?
「一体どういうことだい?」
ああ、事態を把握して駆けつけてくれた桜庭さんはやっぱり良い人だ。
本来なら誰が止めても執行されるらしい決闘の宣言に待ったをかけてくれている。野次馬も多くなってきて、事はどんどん大きくなっているというのに当の彼女は慣れているかのように涼しい表情をしている。
最初に感じた彼女に対する恐怖もあながち間違っていなかったようで、今の彼女がぼくを見る目つきは鋭くそれだけで人一人殺せそうだ。
「そのままの意味です。彼に決闘を挑みたいんですよ」
「その意味を君は十二分に分かっているはずだろう? 彼は、時仁くんはまだ桜が三枚しかない新人だ! 君に敵うはずもない! そのことを分かってて言っているのかね!」
「ええもちろん分かっていますよ。――だからこそ、私は彼が気にくわない!」
サラは声を荒らげた。その口調や声色には先程の気品など一切感じられなくて、ぼくは一歩、また一歩と後ずさる。
「もう一度言うわ! 鎮目時仁! 私はあんたに決闘を申し込む!」
ぼくはもちろん断ろうとした。したけれど、やはりぼくは不運と根強い関係のようで。
ぼくが断ろうと口を開いた途端、誰かの声が被ってぼくの声は聞き届けられなかった。
「その勝負、お受け致しましょう」
誰かって? うちの子(糸蓮)だよ! 敵は身内にいたのです!! 何故だこの野郎!!
本当にちょっと待って。ぼく涙出てきた。
もういっそどうにでもなれってんだ。
『決闘申請を受理いたしました。これより決闘準備を開始します。当人は決闘場へ移動してください』
近くにいたセキュリティ用の人形が機械音声を上げた。
これは完全にやらなければならないようだ。
死にたい。
「……時仁くん、もう拒否は出来ないよ。一度引き受けた決闘は終わるまで続行される。――案内しよう。決闘場の場所は、もう知っているだろうけれどね」
ぼくたちは歩き出した桜庭さんの後を無言で着いて行く。ついさっきまで歩いていた道だ。
決闘場の場所はそう遠くはないけれど、近くもない。あと五分は歩くだろう。
ぼくたちの後ろでこそこそと野次馬も着いて来ているのは知っているがそれに構っていられるほど、今ぼくは穏やかじゃなかった。
それはそうだ。桜三枚が四枚半の天才に敵うわけがない。ぼくに勝ち目なんて最初からないのだ。
しかもサラは分かってて言っている。新人いじめにしては酷すぎると思う。
ぼくはこそっと糸蓮に耳打ちする。
「きみ、何のつもりで決闘を引き受けたの」
「勝手をして申し訳ありません。けれど私は負けるつもりなど更々ございませんのでご安心を」
「負ける負けないじゃないんだよ。ぼくたちは勝てないんだ。例え、きみが師匠の最高傑作だとしても、経験が無ければ意味が無いんだ。ぼくと違って彼女は人形と向き合ってきた期間が違う。――今のぼくには君を扱ってあげれるだけ、君に対する理解がないんだよ」
まだ覚悟の出来ていないド新人。
そんな奴が桜四枚半の猛者に勝てる訳がないのだ。
ぼくは糸蓮に小さく御免、と呟いて再び前を向く。
「――着いた」
この言葉を誰が言ったのか、ぼくは分からない。ぼくが言ったのかも知れない。桜庭さんかそれとも彼女かも知れない。
正直、ここの記憶は曖昧で、ぼくは本当は何をしたかったのか分からない。けれど。
ぼくたちパペッターは立ち位置に着く。糸蓮もぼくの前に立って戦闘準備をしていた。
「一応、紹介しておくわ。私の相棒、『ヘルム』というの」
そして同じく彼女の前に立った、彼女の人形を見てぼくは唖然とした。
いつの間に居たのか。彼女の後ろからひょこりと出たそれは、愛らしい瞳をこちらに向け、翼を翻して大地に降り立つ。
その過程で驚くことに、彼女の肩に乗る程度だった小さな体はやがて大きくなっていく。
彼女の何倍もある体躯と凶暴な姿は、西洋のお伽噺で見る“ドラゴン”にそっくりだ。
ひぃ、と喉の奥から悲鳴が漏れる。これは勝てるわけない、とぼくは改めて思った。
「私はあんたなんかに絶対負けない。賭けの内容は、あんたが勝ったら私は何でも言う事を聞きましょう。でも、あんたが負けたらパペッター、辞めてもらうわよ?」
彼女は不敵な笑みを浮かべ、しかし真剣そのものの表情でぼくを睨みつけた。
フィールド上で機械音声が響く。
『決闘準備完了。カウントダウンを始めます。参、弐、壱――始め!』