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Obey Doll  作者: 花月×篠原ろんど
第1章 希望と不安―Anxiety of hope―
3/10

Ⅰ 新―ストレンジャー

 朝起きた時の微睡みは罪深いというのがぼくの見解だ。

 ゆらゆらと、起きているのか眠っているのか分からない微妙な境目がとても心地が良くて、もっともっと深くに沈んでしまいたくなる。

 食べることと眠ることを至上とするぼくとしてはこの時ほど至福なことはない。

 貧乏学生のせいかまともに食事が出来ない時もあるから尚更この時間が大好きだった。

 又の名を昨日華子さんに有り金毟り取られた現実逃避とも言うけれど。

 そんな時間は誰かにゆさゆさと強く揺すられたせいで終わりを迎えた。

 あれ、ぼくは一人暮らしの筈だぞ?

 

「トキヒト」

 

 鈴のような、しかし無機質で感情の篭らない声が激しい揺れと共に舞い降りた。

 それは意識を現実へと戻していき、そしてぱちりと目を覚ます。

 未だ心地良い微睡みを求める目が、虚ろながらに周りを見渡すと一人の少女に行き着いた。

 ――正確には、一人の少女が今にも振り下ろそうとかざした、小さな手に掴まれた陶器の花瓶に、だが。

 そうだ。この前華子さんに糸蓮を譲り受けたんだった。すっかり記憶から抜け落ちてた。

 あの、そのことは本当に謝りますのでなんでその手に花瓶を掴んでいるのかの説明が聞きたいかなー? マスターとっても嫌な予感がするんだけど。

 

「あ、あのー……糸蓮さん?」

「はい、お呼びですかトキヒト」

「何をなさろうとしているんです?」

 

 震えた声で聞いてみる。

 主人マスターであるぼくが敬語になるくらいその手に持つ花瓶は何かと不穏な雰囲気を放っている。

 ちょっと止めてちょうこわい。

 当の本人はきょとんと首を傾げ、純粋無垢なその瞳をぼくに向けた。

 

「何度も起こしましたけれど起きられないようだったので、殴れば起きるかなと、独自判断した次第です」

「いやそれ逆に起きなくなるね!? 永遠の眠りについちゃうよね!?」

「そうなのですか? ヒトは本当に脆い生き物なのですね。記録しておきます」

 

 そう言いながら糸蓮は、ゆっくりと陶器の花瓶を床に“振り下ろした”。

 ガッシャーンと音を立てて割れた花瓶は、ゆっくりした動作に反してどれだけの力を込めていたのか、文字通り粉々に割れる事態に陥って漸く彼女の行動を理解する。

 

「……あ、」

 

 ――あ、あっぶねえぇぇえ!! 危なかった。今めちゃくちゃ危なかった。心の底から危なかった。

 あのまま実行されていたら、下手すれば死、だ。いや下手をしなくてもあのままじゃあ行く先は花瓶と同じ御陀仏コースまっしぐらだった。

 あ、逝く先の間違いかな!  ぼくとしたことがいっけねぇ! へへ。

 ――笑えねえよ!!! ごめん兄さんぼく貴方に逢いに行く前に天国に行くかも知れない! ぼくこの子と一緒に暮らしていく自信がもうないよ!! 怖い!! 今時の子(人形)怖い!! ところでオーベイドールの返品は可能ですか!? アッ、出来ませんよね華子さん御免なさいその手に持っている鈍器を離して下さいませんかね!!? こんな物理で殴ろうとするところが糸蓮は貴女に似たんですね!! クソが!!!

 なんかもう器物損害だとか花瓶の値段とか怒りとか通り越して恐怖しか湧かない。

 もう少しで自分の頭が粉々になるかも知れなかったと思うと震えが止まらなくてちょっと一周回って落ち着いてきたくらいだ。

 そもそも何故花瓶を振り下ろす必要があったのかが理解できない。

 生まれたばかりの世間知らずなこのオーベイドールはどうも母親に似てとんでもなく行動的なようだ。――訂正、常識知らずといったところか。

 この子はあまりにも人のことを知らなさ過ぎる。

 華子さんが言っていた事はこういうことか。

 はあ、と糸蓮に気づかれないように小さく溜息を吐く。

 この子を人間に近づける、か。これは中々骨が折れる面倒事を任されたぞ。まあ、そういうところは師匠らしいっちゃらしいけどさ。

 

「トキヒト」

「うん?」

「現在の時刻は七時四分となりました。朝食の準備が整いましたよ。本日は約束事もお有りのようでしたので、お早めに」

 

 約束? 何かあっただろうか?

 朝から色々あり過ぎたせいか昨日の印象が薄れて良く思い出せない。

 確か、糸蓮を譲り受けたあとに――?

 

 『取り敢えず、正式にコイツの主人になると宣言したからには《人形遣い協団(パぺッターギルド)》に登録しておけよ』

 『登録……、それは早急に済まさなければいけないものですか?』

 『ああ。まあ、別にそれは何時だって良いんだがな。明日は丁度私の信頼するパペッターも居るんだ、ついでに会って来い。あいつはタメになるぞ』

 

 ――あったなあ、そんな事も。

 駄目だ。糸蓮に言われなかったら完全に忘れてたぞ、これ。すっぽかしていたら確実に殴られる案件だ。

 どうしよう、ぼくが記憶力がないのは暗記教科苦手だからか。まだ、ぼく若いんだけど。ピチピチ(死語)の十六歳なんだけど。

 

「――ていうか、朝食?」

「はい。冷蔵庫に入っていた食材で作らせていただきました。まだお約束の時間まで余裕がありますし、顔を洗って朝食と致しましょう」

 

 ☆


「なにこれすげえ」


 糸蓮が作ったらしい朝食を見て、その一言しか言えなかった。

 目の前に並べられてる皿の数は多くない。しかしそのどれもが今まで見た何よりも美味しそうでぼくの食欲を唆った。まさかこれ全部が冷蔵庫に入っていたあの安く譲って貰った腐りかけの食材だったとは思えない。


「こ、こここここれ! これ全部! 糸蓮が作ったの!? 本当に!!?」

「はい、事実です」

「嘘だろ……!?」


 あんな豚の餌になりかけの食材でこんな高級旅館のような料理が出来るのなら、今までのぼくが過ごしてきた極貧は何だったのかなと小一時間程どっかの見知らぬ誰かに問いかけたい衝動に駆られた。

 その衝動を喉の奥にグッと押し込んでいると、余程面白い顔をしていたのだろう。糸蓮が少し困ったような表情をしているのに気が付いた。


「ご迷惑だったでしょうか……?」


 こてん、と自分の容姿を最大限自覚しているとしか思えない仕草で首を傾げて問いかけてくる糸蓮に、ぼくの答えは勿論決まっていた。


「そんなことないです!!!!!! めっちゃ有難うございます!!!!!」


 即答だ。ちょっと食い気味の即答だった。

 自分でも引くくらいの食い付きに糸蓮は気にしてはいなさそうだった。


「良かったです」


 と無表情ながら安心したような糸蓮の言葉にほっとしつつ、美味しそうな料理が並べられてる円型テーブル(所謂ちゃぶ台)に座る。それを見て糸蓮も座った。


「どうぞ、召し上がって下さい」

「――いただきます」


 久しぶりの温かい飯に少し目頭が熱くなったとここに記しておこう。

 

 ☆


「ところでさ、糸蓮」

「はい」


 朝食を食べ、ごちそうさま、お粗末さまでした、そんな流れるような会話を終えてからふと気になったことを聞いてみた。


「糸蓮もご飯を食べるんだね」

「はい。私たちは、つまりは作製者・葉守華子が作るグレゴリオシリーズのコンセプトは“人間”ですから。人間と同じ“食べる”という行為でエネルギーを供給することが出来るのです」

「へぇ。……流石は師匠、とでも言うべき?」


 ていうか、凄すぎではないだろうか。

 技師をやっている人間を何人か知っているが、その人たちが作る人形はどれも一般的なエネルギーの供給方法だった。

 そんな凄い人形が、今、ここにいるんだなあ。

 師匠の作った物とはいえ、何となく現実味がなかった。だって、これは本物の人間にしか見えない。


「トキヒト、そろそろ約束のお時間です。本日の東京駅は混雑するようですし、早めに出発するに越したことはないでしょう」


 わざわざ食べ終わった食器の片付けまでやってくれた(手伝おうとしたら断られた)糸蓮は既に準備が出来ていた。どこにそんな時間があったのかと問いたくなるくらいスマートに行動している。

 糸蓮はしっかりしていた。それこそ本当に完璧なくらい。人間のようなカタチで、人間とは違う機械的な無駄を徹底的に排除した効率の良い選択ばかりする。

 少し。ほんの少しだけ息が詰まった。


「待っててくれてありがとう。うん、さあ行こうか」

「はい、お伴致します」


 ぼくはその感情を彼女に悟らせる訳にはいかない。


 ☆


 ガヤガヤ、ガヤガヤ。

 人がまるでゴミのようだ。何となく頭に浮かんだ言葉はこれ以上なく的を射ていた。

 東京駅は複雑な地形をしていて、ある界隈では初見殺しと言われるほど。

 ――まあ、ある種の迷路だ。そんな駅に溢れるほどの人が密集している。人の流れが早く、思うように動けない。


「ッ、糸蓮! 大丈夫!? 無事かい!?」


 大きな声だっただろう。けれどこの駅の中ではその大声さえ掻き消される。ぼくの声は幸い糸蓮に届いたらしく、ぼくは更に声を張り上げた。


「ああ、もう! この人混みは何度来てもイライラするなあ! 糸蓮! 一番出口を出たところの大きな一本杉のところで待ち合わせ! ここでの合流は諦めた方が良い!!」


 遠くから、了解しました、という澄んだ声が鮮明に聞こえて一安心する。

 さて、どうやってここを抜けるか。人の波に流されながら考える。ぼくに常に付きまとう悩みは大体これである。不運であるぼくは一発でここを抜けられたことなど無いに等しいのだ。


「あ――」


 急にどこからか腕を引っ張られて体勢を崩す。そのまま見上げれば一人の、凛とした美少女が苦笑いをしていて。

 多分同い歳くらいだろう。濃い紫色の髪色をした彼女は、一つ一つの動作がとても綺麗だ。

 あ、さっきの会話聞かれていたな、と直感的に思った。おそらく一番出口と言っていたのに対して、言った本人が真逆の方向へ流されるのを見て引っ張ってくれたんだろう。

 女の子に助けられるのは恥ずかしいやら情けないやら、ぼくは心の中で俯いた。


「一番出口、でしょう? そのまま流されれば正反対に着きますよ。私もそちらなんです。ご一緒にどうですか?」


 ほら正解ぃーー!! ぼくの思っていたこと全部当たってたーー!! 居た堪れない!

 そう、頭の中で響き渡ったぼくの声を全て押し留め、お願いしますと一言だけ告げ、苦笑いを返す。

 少女の力は思いの外力強く、ぼくが見知らぬ人の鞄に引っかかって流されかけたり、とりあえず流されかけたりするのを彼女が助けてくれた。

 情けないが、ぼくは呪われてるんじゃないのかってくらいこの駅と相性が悪い。いや、相性が良い場所の方が珍しいが。今は関係無い。

 少女は人の合間を縫うようにして進んでいく。

 出口に着くまで(ぼくが足を引っ張らなければ)数分とかからなかった。


「ありがとうございます。助かったよ」

「いえ、そんな! 困った時はお互い様ですよ」


挿絵(By みてみん)


 無事に目的の場所に到着したぼくは少女に向かって頭を下げる。彼女が居なかったら確実にもっと時間がかかっていた。

 頭を下げたぼくに彼女は慌てた様子で謙遜した。今ぼくの中で彼女の好感度がグングンと上昇している。多分もう出逢うことは無いだろうけれど。


「感謝しています。本当に」

「大袈裟ですよ。ほら、そちらもお連れがいらっしゃるのでしょう? 私も用事がありますので」

「あ、引き止めて申し訳ない。失礼するね」

「ええ。では、縁があったらまた逢いましょう」


 そうして彼女と別れたのがつい数分前のことだ。何とか目的地の一本杉に辿り着き、随分待たせてしまっただろう糸蓮を探す。

 きょろきょろと周りを見渡せば、その姿はすぐに見つかった。


「しれ――」

 


「お嬢さん、暇なら食事でもどうー?」

 


 ピキリ。ぼくはその場で凍りついた。

 見つけた、と意気揚々と近づこうとした途端にコレだ。

 ――確かに糸蓮の見た目は良い。素材というか、見た目ならそれこそ他に追随を許さないほどの極上の美少女だ。ぼくもそう思う。

 ただ、それが世間一般でもそうなのだということをきちんと認識していなかった。

 そう。とどのつまり、糸蓮はナンパされていたのだ。


「すみません。主人を待っておりますので」


 声のトーンも、顔色も変えず。

 相手の目すら一目たりとも置いていない糸蓮は、しっかりと言い放った。

 男性は虚を突かれた表情をする。

 うん、うん。正しい対応だよね。でもさ、その言い方はどうかと思うんですよ糸蓮さん?

 知ってるよ?

 その主人というのがマスターって意味の主人ってことは知ってるよ? でも、君の見た目は普通に人間だからさ? 他の人形みたいに一見して分かるような安い人形じゃあないからさ?


 ――ご、か、い、さ、れ、ま、す、よ!?


 それでもナンパ男は強情なのか、糸蓮へのナンパを止めるという選択肢はないようだった。……ぼく以上にアホっていたんだぁ。


「あれ、人妻? あ、幼妻か! でも若いから遊びたいでしょ? どうー? 俺とこのあと食事でも。奢るよー?」

「結構です」

「つれないなー、ねえ。ホントに少しだけだって!」

「結構です」


 すげえな。凄い冷静な対応だ。

 糸蓮の対応も凄いけれど、ナンパ男の心の強さも同じ男として尊敬する。勿論良い意味ではない。

 馬鹿なことを考えていたうちにナンパ男は段々イライラしてきたのか二人の間に不穏な雰囲気が漂い始めていた。ヤバイ。これは止めに入らなければいけないけど、どうやって?


「ホントにさあ! 少しだけだから遊ぼうぜ!」

「ですから、」

 


「行くよ、糸蓮!」


 結局思いつく良い作戦など一つもなくて、強行突破するしかなかった。糸蓮の手を引いて、力の限り走る。元から逃げ足は早いのだ。

 おい! と怒声が聞こえたような気がしたがどうでも良い。今はナンパ男から離れることに力を注ぐ。

 もう大丈夫だと思った時には腰が抜けて座り込む。長い長い溜息が出た。


「駄目だよ」


 ぼくが糸蓮に言えるのはこれだけだ。


「――見ておられましたか」

「ヒヤヒヤした」

「申し訳ありません」


 ぼくが心配したのは糸蓮ではない。ナンパ男の方だ。

 糸蓮は人形であるし、師匠の作品であるから絶対弱く作られているはずがない。

 ――当たり前だ、元は戦闘人形として作られているのだから。

 その人形があのナンパをするような男に負ける訳ない。むしろナンパ男の方が命の危険に陥る。

 さっきのは本当にヤバかったのだ。


「次は気をつけて。人間は、えーと、一般人は攻撃しないこと。約束」

「? 命令ではないのですか」

「うん? うん、そうだね。約束」

「……了解しました」


 少し間が空いたけれど、一応納得してくれたみたいだった。


「そろそろ行こう。遅刻しそうだよ」

「はい。あ、こちらの方が近道です」


 ☆


「ここ、かあ」


 大きいな。それしか感想が浮かばない。

 千代田区の一等地。ラッシュ時の東京駅とまでは言わないが、常に人が多く活気づく場所だ。

 その千代田区の一際目立つ、洋館の建物の前にぼくたちは立っていた。


「確認しました。人形遣い協団(パぺッターギルド)で間違いありません」

「うん、そうだろうね。ここ以外って言われるとは思っていないよ」


 自己主張の激しすぎる建物の中心部分には大々的に《人形遣い協団(パぺッターギルド)》と書かれているのだ。間違えるはずがないだろう。

 大きな建物に見合う大きな扉に手を掛けて開けようと力を入れた。

 ――しかし予想よりも遥かに扉は重くなく、勢い良く開いた扉にぼくは力を掛けていた分思い切り前のめりに顔面からの着地をする羽目になった。

 ズザァ、ととても良い音が響いて、瞬間その場の音が止まった気がした。

 視線が、この場にいる人数分ぼくに注がれる。


「……大丈夫ですか?」

「あ、はははは。うん、そうだねいつものことだよね。大丈夫大丈夫。ありがとう」


 空笑いだと、多分ここにいた全ての人間は気づいただろうがぼくは無視する。

 不運だとは知っていたけれど! ここまで! ここまで徹底的に不運じゃなくても良いと思わない!? 普通あの扉があんなに軽い力で開くとは誰も思わないだろう!!


「――大丈夫かい? 君」


 悶々としていると職員らしき人が心配をして声を掛けてくれた。黒髪に少し白髪が混じり、裕福そうな見た目をしていた。ほわほわと笑うその様は穏やかな雰囲気を纏っている。

 一見して、優しそうだな、と思った。


「あ、はい! すみません。みっともない姿をお見せして」

「いやいや。分かるよ、あの扉は随分見掛け倒しだからね。初めての人は君と同じようになるのも珍しくはないんだ。……ほら、あそこで蹲って悶えている輩が大体そうだと思っていい」


 倒れたぼくに優しく手を差し伸べてくれたこの人は、資金の問題もあるけれど新人弄りとしても面白いからそのままにしてあるんだ、と大らかに笑いながら言った。


「で、君が時仁くんだろう? それでそこにいるのが葉守華子の最終傑作の――」

「肯定します。その情報は葉守華子からですか?」

「そう。葉守さんとは昔からの馴染みでね。君たちのことを任されているんだ」


 どうやら師匠からぼくたちのことを事前に聞いていたらしい。じゃあこの人が師匠の言っていた“信頼できる人”なのか?


「ああ! 紹介が遅れたね。葉守さんからよく君たちののことを聞いていたせいで初対面の気がしなかったんだ。私は桜庭信慈、ここの協団長ギルドマスターだよ」


 思ったよりもずっと偉い方だった!

 聞けばパペッターではないそうで、師匠の言っていた人ではないらしい。


「初めまして、鎮目時仁です。こっちは先日ししょ……、華子さんから譲り受けた人形の――」

「糸蓮と申します。以後お見知りおきを」


 優雅にお辞儀をする糸蓮に桜庭さんは目を細めて、こちらこそ、と笑みを深めた。


「さあ二人とも此方においで。君たちを正式な人形遣い(パぺッター)として心から歓迎しよう」

 


 そんなこんなで順調に登録は進んだ。

 登録自体は時間がかからずすぐに終わり、桜庭さんと別れて約束の時間に少し余裕を持って待つ。

 人形遣い協団(パぺッターギルド)一階、食堂テラス。

 朝食を食べてる人が疎らに居る中、ぼくはテラスの指定された席へ座っていた。

 ちなみに糸蓮は席を勧めると断られてしまったので、ぼくの傍に立っている。

 そして。

 カタンとテラスの扉が開く音がした。


「あら、結構早く来たと思ったのだけれど……」


 その人物は、約束の時間十分前ぴったりやってきたのだ。


「あの、鎮目時仁さん……ですか?」


 ぼくの視界に入ってきた濃い紫。

 それはつい先ほど、数分だけだけれども確かに助けられたあの美少女で。

 彼女の方もぼくの姿を見て覚えがあるのかピシリとその場で身体を固めた。


「え、」

「えっ」

 


「うそ、貴方が華子さんの……!?」

 


 ぽつり、と本当に無意識のうちに溢れた声。その声はぼくにも届き、確信する。

 この子が、華子さんの言っていた人形遣い(パぺッター)なのだと。そして会うべき約束の人。


「お知り合いですか? トキヒト」


 糸蓮が不思議そうに聞いてくる。

 


 恐らくこの出逢いが、ぼくの運命を劇的に変えたのだろう。

 

 

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