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トラワレ

冷たい空気。

周囲を見回すと、青白い光は壁の根元あたりから出ているのがわかった。

無骨な直方体や立方体が所せましと並んでいて、その内部が薄っすらと明滅している。

俺の寝そべっている床は、冷えた金属のパネルで、所々が網になっている。

あまりに無機質な内装に、研究所という言葉がしっくりきた。


「あぁ…もう……起きちゃったら食べられないじゃない…」


頭を振りながら、化け物の瞳が忌々しそうに俺をにらみつけた。

その言葉を信じるのならば、一時の危機は脱したのかもしれない。

人語を話すのならば、どうにかして取引を持ち掛けることも

可能かもしれなかった。


「お、おい……俺を……食うっていうのか」

「食べ物が喋らないで」


俺の言葉を上書きするように、低いうなり声が続いた。

威圧感に身を強張らせると、再び冷えた空気が場を支配した。


「もう、しょうがないから……君はとっておくね」


巨大な化け物の顎が、俺の方に向き直り近づいてくる。

近くで照らされたそれは、ごつごつとした鱗状の皮膚に鋭い牙。

玉のように怪しく光る目玉は拳ほどもあるだろうか。

ファンタジーの中で竜と呼ばれるような姿形をしていた。


目の前で肉色の舌が大きくうねった。

粘性の唾液をあたりに飛び散らせながら、

今まさに俺を食わんとするように大きく顎をあける。


「ひぇっ……た、食べないでっ」

ぎゅうと目を瞑った俺を待っていたのは、

肉に鋭い牙の突き刺さる感触でも、

化け物の口臭でもなかった。

ただ、全身が重かった。

縛られたように身動きがとれない。


「なっ、何だぁこれっ……」

身体のいたるところが、謎の粘着質に覆われていた。

まるでトリモチに捕らわれたネズミのように、

俺は自由な動きをまったくとれなくなった。


「おえ゛っ…う゛えぇぇっ……ぎもぢわる゛っ……」

目の前で竜が激しくえづいている。

この粘着質は、竜の吐き出したものに違いなかった。

それにしても苦しそうに、何度も何度も地面にその口吻を向けている。


「これ辛いから嫌なんだよ……でも逃げられても面倒だから…」

口吻の周りを、巨大な舌が何度も往復する。

こころなしか、その瞳に涙が浮かんでいるようにも見えた。


「わたしは他のを取ってくるから、君はおとなしくしててよね」

人の身体ほどもある尾が俺の上空を舞うと、

全身で風を起こしながら、その巨体は暗がりの中へと消えて行ってしまった。


俺はしばらくの間どうにか粘着質がとれないかともがいていたが、

疲れを感じたのですぐにやめた。

無駄に体力を消耗するのは得策じゃないはずだ。

俺はぼんやりとした頭で「他の」の意味を考えながら、

目の前の明滅の光点を数えていた。

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