だめでしょう
だめでしょう
『生まれたい』と思って生まれてきたわけじゃない僕たちは、生きる理由なんてきっと見つからない。
「ときどき、思うことがある」
僕は意を決して、彼女に告白した。僕のどうしようもなく些細でかつ深刻な悩みについてだ。
「僕は生きる意味が分からない。僕たちは生まれながら、死ぬ運命を背負っている。例えば、サッカーをすることだけが生きがいだ、という人がいたとしよう。その人が老いるに従って、サッカーができなくなったら、その人の人生はどうなる。食べることだけが生きがいの人がいたとしよう。その人が食事ができないくらい老いてしまったらどうする? 僕がもしそうだったしたら、死にたくなる。否、他に生きがいを探せばよい、と誰しも思うだろう。なければ探す、順当な手段だ。だけどどんなことも、老いれば何もかもできなくなるし、死ねば、何もかも無駄になってしまう。結局、死が決定している僕たちは、生きることへの意味を探せど探せど見つからない。僕が生きている理由が分からない。何が楽しくて生きているの?」
本当は言いたくないことがどうしようもなく止めどなく口から出てくる。
こんなネガティブで情けない僕を彼女が好きでいてくれるはずがないから、僕は話せて気持ち良いはずなのに、心地良くなかった。
「じゃあ、なぜこんな世界に生まれた? 楽しいことに終わりがやってくる、この世界に僕はなぜ生まれた? 生まれた理由はそう、他でもない、親のせいだ。親が『僕を産もう』と思ったそれだけだ。それだけであって、それ以上でも以下でもない、たった一つのエゴのせいだ。一つの都合のせいで僕は生まれ、苦しんでいる。ふざけんなよ。僕は生まれたいと思って、生まれてきたわけじゃないんだぞ。」
ダメだ。止まらない。泣けてくる。
情けないくらい自己制御できない僕は、ふとある詩を思い出した。
『だめでしょう。とまりませんな。がぶがぶ湧いているですからな。』
どうしようもなく溢れてくる血に降参している姿が、今の僕に被った。
詩は宮沢賢治の「目にて云う」だった。
≪目にて云う≫
だめでしょう
止まりませんな
がぶがぶ湧いているですからな
夕べから眠らず血も出続けなもんだすから
血が出ているにもかかわらず
こんなに呑気で苦しくないのは
魂魄なかば体を離れたのですかな
ただどうも血のために
それを云えないのがつらいです
あなたの方からみたら
ずいぶん惨憺たる景色でしょうが
私から見えるのは
やっぱり綺麗な青空と
透き通った風ばかりです
「僕は君のことが好きだ。でも子供は作れない。作りたくない。親のエゴでしかない、子供を産むという行為を、僕はしたくない。」
言い終えると、不意に彼女が僕を抱きしめた。彼女の柔らかい体と心地よい香りに包まれた。安心する。
温かい吐息が僕の首筋に当った。「それでもいいよ」と彼女は短くつぶやいた。
僕はその一言に驚いた。「けどさ」と彼女はつづけた。
「確かに子供は親のエゴでしかないけどさ、親のエゴだからどうしたの? 私たちの子供は『生まれてこなければよかった』なんていう言葉が出ないように、二人でありったけの愛情注いでさ、その子を幸せにすればいいだけのことじゃん」
なるほどと、ただ純粋に思った。
子供を幸せにするためなら、僕は仕事に行ってお金を稼がねばなるまいし、親として子を見捨て、勝手に死ぬわけにもいかない。僕の生きる希望になりえる、至極まっとうな理由だった。そして君が僕の『青空』だったんだと、妙に納得した。
血→ネガティブ感情
あなた方→一般人(特にネガティブを忌み嫌う)
青空・透き通った風→彼女
宮沢賢治さんの詩と自分の感情を混ぜてみたくなったので、作りました。上手くはできませんでした。