「最高の人生でした」
「最高の人生でした」
僕のお祖父ちゃんが他界する時にそう言った
お祖父ちゃんは特にこれといって病気もなく、そこそこ健康だった。
お酒は飲むけど、タバコは吸わず、いっぱい食べる人だった、
親戚はみんな口を揃えて「きっとまだまだ長生きするだろうね」ってよく決まり文句のように
いつも言ってたよ。それがある日突然倒れて救急車で運ばれたんだ、本当に突然だったから僕は唖然としたし、
親戚たちは茫然としたよ。僕はその時学校の帰りでちょうど家に帰ったところだったんだよ。そしたら父さんと母さんが慌てて
事情を説明してね、急いで病院に駆けつけてんだ。
病院まで向かう車の中で両親は手短にではあったが「お爺ちゃんにお礼言うのよ」って僕に言った。
僕はそのころ小学校高学年だったから、何を言いたいかくらい察しがついたよ。
急いで病室に入ったら、そこにはいつも通りな顔のお爺ちゃんが横たわっていた。
なんだ結構元気そうじゃないかとか内心思ったけど、どこかいつもと違う雰囲気を感じた。
まず第一声が「久しぶり、元気にしてたか」って問いかけてきた。
目の中の色は澄んでいて輝いている、やっぱりいつものお爺ちゃんだ。
もちろん両親にもいろいろ問いかけて軽く会話したよ。普通に笑ったし、普通に笑顔を見せた。
でも両親の顔は元気そうでよかったという笑顔なのか、どこか不安が籠った笑顔なのか、よくわからない崩れた笑顔をしていた。
何を想ってるか、何を言いたいのか、僕にはちゃんとわかった。内心いつかこういう日が来るだろうと薄々というか、はっきりわかっていたしね。
だってそうでしょ?自分のお爺ちゃんが不死身だったら怖いし、永遠に生きてたらそれはもっと怖い。
それからしばらくして親戚とかが、バラバラではあったけどここに来てお爺ちゃんと会話してった。
みんな元気そうなことを確認したら帰ってたよ、そりゃそれぞれ忙しいでしょきっと。
その間僕はずっとお爺ちゃんを見つめていたよ、ただただ会話するお爺ちゃんを。やっぱりいつも通り元気だ。
みんな帰ったあと両親は僕になにか伝えたような気がするけどはっきり覚えていない、覚えているのは
「お爺ちゃんにお礼を言うのよ」とただそれだけ。どことなく落ち着いた声で、静かに言うのだ。
両親もつきっきりでやっぱり疲れたのだろう、ちょっと飲み物を買ってくると僕に伝え病室から出て行った。
お爺ちゃんと二人っきりになった病室はエアコンの音だけが響き、外からは蝉の鳴き声が遠く聞こえる。
時間は何時だろう?時計は見てないけど外はくらいから夜も遅いんじゃないだろうか。
するとお爺ちゃんが「最近学校は楽しいか?」と切り出した。僕は「まあまあ」って曖昧な返事をした。
お爺ちゃんは苦笑いしながら「そうかそうか」と頷いてみせた。
僕も負けじと「最近元気にしてる?」と切り出した。お爺ちゃんは「まあまあ」って曖昧な返事をした。
僕は苦笑いで「そっかそっか」って返した。
少し間を置いて「今日でな、幸喜と会えるのは最後らしいんだ」と言う。
僕は心の中でやっぱりなと呟いた。
それから二人でどれくらい会話しただろう、結構長いことした。
でも話していくごとに元気がなくなっていくのが目に見えたよ。
途中こんなことを話してくれた。
「これから幸喜は何度でも、何度も何度も後悔して、何度も何度も傷ついて、
何度も何度も泣くかもしれない。でもその一つ一つを噛み締めて時が経てば、
いつの日か熱を帯びて手放しがたくなる時がくるかるはずだから」
そう弱弱しい声でそう言った。なにかの曲でそんな歌詞があったような気がする。なんだっけ?
でもどことなく意味が深く、僕にはまだよく理解できなかった。
お爺ちゃんはベッドにぐったりとしている。数分して両親が静かに入ってきた。
そしてなにも言わずに僕の隣に席を置き座る。
「最高の人生でした」
細い目をしたお爺ちゃんが突然口を開いた。
そしたら母さんが「優しくしてくれてありがとうございました」ただ一言そう言って、
父さんが「ここまで育ててくれてありがとうございました」と何故だか敬語で言った。
僕はそれを聞いて思い出したようにまだお礼を言っていないのに気が付く。
そっとお爺ちゃんに寄り添い、眠たそうに目を閉じかけているお爺ちゃんの耳元で
「…」
そう伝えた、はっきりと。
すると深く息を吐き、そして深く息を吸い、笑顔のまま眠りについた。
この時のことはちゃんと覚えているようでちゃんと覚えていない。
印象に残ってるのは両親が涙ひとつ見せずただ暖かい眼差しをしていたり、
お爺ちゃんは寝息もさせずに眠りについたり、知らない内に自分の頬が
濡れていたことかな。後日お祖母ちゃんからお祖父ちゃんの事を聞いた。
お祖母ちゃんが言うのは普通に出会い、普通に結婚し、普通に生きてきたよって僕に言い聞かせてくれた。
お祖母ちゃんは最高という言葉は使わず、普通という表現をした。
あの出来事から数年がたち僕は高校1年になった。
だけどあの時お祖父ちゃんが言った内容は理解できないし、ましてやお祖母ちゃんが言った普通という表現の
意味もよくわからない。そして一番重要な最後に伝えた言葉をよく思い出せずにいる。
さてなんて言ったけか、まあいつか思い出すだろう、僕はお祖父ちゃんに手を合わせる。