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さみしがりの物語

さみしがりの物語

作者: 一集

人、一人の力は如何ほどか。

そんなもの普通に生きていればいつか気付くもの。


自分が特別ではないことを。

誰もが同じように特別ではないことを。

どんなに頑張っても、自分一人で出来ることは限られていて、とても小さくて、悔しくて。


そうして気付く。

ああ、だから人は共に生きるのだ。

共に手を取り、歩くのだ。


一人ではできないことを、二人ならできるから。

二人でできないことを、もっと多くならきっとできるから。




「あーあ~、そんなかわいい世界に戻りたい」


小さな違いはあれども、逸脱するものなきあの優しい世界。

ふて腐れるのも無理はない。


先の人生の終わりはさっぱり覚えていない。

曖昧にぼやけて、三十代の後半に差し掛かろうと独身のまま仕事に生きていたのが最後だろうか。


なんだってこんな記憶が残っているのか。

新たな世界がどうしても奇妙に、不公平に思えて仕方ないのは絶対にこの記憶のせいだ。


科学のかの字もないこの不便な世界は、持つ者と持たざる者の差が歴然で。

その『持つ者』ばかりに囲まれる生活はなんとも腐らずにいるのが難しい。


「ねえさん!」

「…ただいま」

「姉貴!」


『持つ者』代表の弟三人が、三者三様に駆け戻ってくる。


一人で出来ないから、二人で。

二人で出来ないから、みんなで。


そんな幻想をぶち破って。

彼らはきっと千人でやることを一人で出来る。


「ちっちゃいときは可愛かったのに…」


にょきにょきと伸びて、自分より頭一つデカくなってしまった弟たちは傍目から見ても優良物件と言わざるを得ない。


野蛮なこの世界でも折り紙つきの実力はどこに行っても活躍できるだろうに。

何を考えているのか、この三人、一向にこの山奥の田舎町を出ていこうとしない。


キラキラとまぶしい一番目の弟は剣をぶんぶんと振り回しながら帰還のアピール。

金色の髪色と碧の瞳はかつての世界では定番の王子様カラーだった。

だが弟はもちろん鬼畜でもなければ腹黒でもない素直なシスコンである。


二番目の弟は物静かな色気を湛えた怜悧な美貌。

漆黒の髪と赤の美しいコントラストは白磁の肌によく映えて、これまた前世では物語に定番として出てきた色合い。

イメージから無口で無表情で冷徹などと思ってしまうが、彼は物静かなだけで、とても優しい弟なのだ。

今もその美しい口の端には柔らかな微笑みが乗せられ、自分へと向けられている。


末っ子は末っ子らしく、大変元気なやんちゃ坊主。

とは姉だけが言えることで、周りの評価は明朗快活な美丈夫、らしい。

昔は自分と同じ枯れ草色だった髪は、いつの間にか灰色を通り越して銀色の輝きを得て、その瞳は褐色から金色へと変化した。

かつてはもっとも姉弟らしかった姿形は、成長に伴って変化した不公平の象徴にすら見える。


仕方がない、まったくもって仕方がない。

生まれ持ったものを嘆いても、どうにもなりはしない。


溜息と共に神さまに対する文句も吐き出して、座っていた大樽の上から飛び降りる。

どんなに彼らにとってそれが簡単な事だとしても、今夜の夕飯をとってきてくれたのだから、感謝は示すべきである。


「お帰り、お疲れ様」


そうして微笑めば弟たちの表情に花が咲く。

近隣の村娘垂涎の笑みだ。


が、彼らの表情はすぐに硬くなった。


ささと自分の両脇から進み出てきた男たちの背中が彼らの姿を隠して壁となる。

なんだかそれが無性に大きな距離に見えた。


彼らと自分との。


「お待ちしておりました」


二人の騎士然とした男がおもむろに膝をついて頭を垂れる。


「どうぞ王都へのご帰還を!」


いつかこんな日が来ると思っていたけれど。

彼らからは見えないことをいい事に、小さな溜息を吐く。


というよりは、大きくなった暁には自分で旅立っていくものと思っていた。


思いに反して、一番目の弟はいつまでたっても姉が心配だと、あるべき場所に帰りはしなかった。

自分はこの国の行く末の方が心配だよ、と何度かたしなめたのだが、効果はまったく。


そうしてしびれを切らした運命の方が動き出したようだ。


かつて暗殺の憂き目に合い、かろうじて命を拾った王子様は近隣の村で育ち、やがて立派な青年となって国の英雄として帰還を果たす。

困難を乗り越え、人々の口に語られる英雄譚。


彼が行くべき道の先を眺める。


自分の見たこともない高みで。

国で並び立つ者なき高貴な位へと登り。

華やかで煌びやかな世界を生きる。


彼は、

血塗られた玉座と首を折るほどに重い王冠を継ぐ者。


ああ、困ったな。

かわいい弟をいばらの道になどやりたくはない。

苦しい道を歩ませるためにここまで育ててきたのではない。


「ねえさん」


柔らかな声が耳朶を打つ。


「なに?」


務めて平静に返す。


「俺は孤独にはなりたくない」


ああ、泣きそうだ。

弟が、泣きそうだ。


「もう、大丈夫ではないの?」


弟は小さくて、弱くて。

だから手をつないだ。

一人で出来ないことも、二人ならできるから。


「たくさんの人が出来ないことを、一人でもできるほどに、強くなったじゃない」


命を薙ぎ、人を纏め、その魂に、民は酔うだろう。

きっとこの国は美しい国になる。

弟のように、強く、誇り高く、優しい国に。


でも。


「できることは多い。俺にしか出来ないこともあるだろう」


国を導くことは、きっと、あなたにしか出来ない。


「だけど、俺は一人でできることよりも、みんなとしか出来ないことをしたい」


弟が駄々をこねる。

一人は嫌だと泣いている。


二人目の弟を見る。

目があった彼は困ったように微笑んだ。


「離れたくはないよ」


魔族と人間とが戦端を開いた国境から遠く。

漆黒の髪から覗く角がいつか遠からず迫害の対象になるだろう。


三人目の弟に目を向ける。


「振り回されたくはない」


銀色の鬣と金色の瞳が輝けば牙から獣の本性が漏れる。


誰もが一人で出来ないことを、できるひとたちだ。

出来ることの多い彼ら。


「いつまで経っても、さみしがりね」


それでも手を繋ぎたがるのか。


感慨深い。

人は一人で出来ることが少ないからみんなで力を合わせるのだと思っていたけれど。


でも、違うのなら。

姉としてできることを。


「さみしいのなら手をつなぎましょう?」


昔のように。

今もそうあるように。


これからも、そうしよう。


弟たちが笑った。

まあ、この笑顔を見られるのならば、何者を敵に回そうとも後悔はしないだろう。


この私は、小さな人間で。

どうしたって誰かと手をつないで生きていかなければならないのだから。


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