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第8話 卒業と誓い

 ゴーン……ゴーン……ゴーン……………

 除夜の鐘が鳴り響く。

 「「明けましておめでとう!!」」

 俺達…いつもの4人は、神社に初詣に来ていた。

 俺と疾風は私服だが、由季と佳奈は(あで)やかな着物姿である。

 手を握り合い、隣を歩く彼女……由季。由季は、文字通り俺の彼女である。つい数日前に彼女になった…と言った方が正しいだろうか?

 クリスマスイブのあの日、由季の告白を受けた俺は、自分の気持ちも伝え、晴れて由季と恋人同士になった。次の日俺の家で、疾風と佳奈を招きクリスマスパーティを行った際には、由季との間に流れた甘い雰囲気からだろうか?聖夜に何かあったと簡単に感付かれ、結局付き合うことになったという秘密は1日も持続しなかったのだ。

 そういえば、雰囲気と言うと、手を繋いで前の方を歩く疾風と佳奈の関係性もどことなく変わっているような気がする。実際、パーティの際に、「そっちはどうなんだ?」と聞くと、はぐらかされてしまった。俺達と同じように、聖夜に何かがあったのかもしれない。しかし、変に詮索するのも気が引けるし、彼らが結ばれたなら俺としても嬉しいことだ。それに俺には、この右手の暖かい感触があれば…由季がいればそれで幸せなのだから……。


 しばらく歩くと、佳奈が立ち止まって振り向き声をかけてきた。

 「ねえ、おみくじあるよ?皆でやろうよ。」

 成る程、佳奈の指差す先にはおみくじをやっている店があった。私達は、皆でおみくじを引くことにした。

 「やった!大吉!なになに~?"今年は昨年以上に明るく楽しい1年になるでしょう。ただし、雪解けの季節には予想も出来ない何かが起こるかもしれません"……大吉の割には、なんか不吉だね……。由季は?」

 「私は中吉だけど、何か佳奈と同じようなことが書いてたよ……偶然…かな?あ、後、"大切なものの重さに気付かされるでしょう"……って。大切なもの……か。」

 大切なもの……そんなの何か決まっている。神大君だ。しかし、その重さに気付かされるとはどういうことなのだろうか?雪解けの季節……春?春に何かが…?…いや、考えすぎであろう。私は、神大君におみくじの結果を聞くことにした。

 「あ、神大君はおみくじ、どうだった?」

 言うと、神大君は複雑な顔をしながら私におみくじを差し出してきた。

 「えーっと……"前途多難な1年になるでしょう。時には何かを失いかけそうになるかもしれません。でも、それを繋ぎ止められるかどうかは、あなたの力次第です。"で…末吉…か。なんというか……難しそうだね…。」

 そう言って私は苦笑しながらくじを返した。

 「あ、疾風君はどうだった?」

 言うと、疾風君までもが苦笑しながら

 「…それが、俺も神大とほとんど同じことが書いてたよ…。後、"色々と振り回される1年でしょう"…って。ってかここのおみくじ、細工とかしてない…よな?」

 私は苦笑を返した。流石に神のお告げに細工なぞしたらバチが当たりそうだが、疾風君の言うことも理解出来る。私と佳奈、神大君と疾風君の結果がそれぞれほぼ同じだったのだから。

 奇妙なこともあるものだ。私はおみくじを結びつけながら、呑気なことを考えていた。

 チリリーン……チリリーン……

 どこかで鈴のようなものが鳴った気がした。


 この2ヶ月後に、お告げの一つが現実になろうとは、夢にも思っていなかった…………。


 時は過ぎ去り…2216年3月20日、神凪中学校卒業式。

 卒業式は学生にとって、未来へと飛躍するための式であると共に、仲間との別れを意味する悲しい式でもある。特にも、ここ神凪島では、中学校の卒業式が一番深いものであると私は思う。

 神凪中学校の生徒は、神凪東小学校と神凪西小学校の卒業生によって構成されている。私のクラスにも、小学校からの友達も数人いる。もっと前に行けば、疾風君と佳奈のように幼稚園・保育所から一緒という生徒達もいる。しかし高校からは義務教育では無い……ずっと一緒だった人達とも、バラバラになることが多い。私や佳奈は、4月から新設された神凪高校に通うことにしているが、島外に出る・家を継ぐといった生徒も少なくは無い。

 だからこそ卒業式では、毎年のように多くの卒業生が泣いているのを見ていた…。

 10時、卒業式が始まった。しかし、しばらく経っても、涙は一向に出てこなかった。悲しみ…どころか、期待・憧れといった感情すら出てこない。…心が空っぽのように。泣いていないのは、佳奈と私だけだ。何故か……?私達の悲しみは、もっと別の所にあったからだ…………………。


 卒業式より、四時間前……。

 物音によって目が覚めた。時計を見ると6時だった。少し早いかな……とも思うが、卒業式…門出の日ならむしろこれぐらいが丁度いいのかもしれない。私はベッドから起き上がると、制服に着替え、リビングへと降りていった。するとそこには、神大君の両親…玄吾(げんご)さんと沙織(さおり)さんの姿があった。神大君は…まだ起きてきていないのだろう。私は眠い目を擦りながら挨拶をしようとした…

 「おはよーございま~……」

 「由季ちゃん!」

 「沙織さん……?そんなに慌ててどうしたんですか?」

 「……神大が、神大が、いなくなったの……。」

 「ぇ…………」

 言葉にならない呟きが漏れる。

 「……ま、またまた~…なんの冗談ですか~?」

 沙織さんは、そんな冗談を言う人ではないと分かっている。でも、そう言わずにはいられなかった。

 「冗談じゃないんだ…………。今朝、私が起きてきたら、"詳しい事は言えないけどしばらく留守にします"とだけ書かれた置き手紙が置いてあったんだ…。ほら……」

 そう言って玄吾さんから1枚の紙を手渡された。そこに書かれていた文字は、間違いなく神大君の字だった。

 こんな……こんなことって…………。

 「…………っ!!」

 「「由季ちゃん!?」」

 二人が呼び止めている気がするが頭に入ってこない。私は玄関のドアから外に出ると、冷えきった空気の中を走り出した。

 「神大君…神大君……神大君!!」

 西公園に南公園、病院、街中、私が暮らしていたアパート周辺、海岸、告白をした丘の上、初詣に行った神社…………神大君と行った・感じた・思い出を作った場所を走って回った。二時間ずっと、走り回った。……しかし、神大君の姿は、どこにも無かった………………。

 私は、混乱している頭をどうにか落ち着けながら、学校までの道をふらつく足取りで急いだ。教室に入ると、既に登校していた数人の生徒が見受けられた。だがそこに、神大君の姿は無かった……。

 「おっはよ~由季ちゃん。神大君は?一緒じゃないなんて珍しいね……って、どこ行くの!?」

 挨拶をしてくれたクラスメイトを無視するのは心が痛んだが、今はそれどころでは無かった。私は屋上へと走り、勢いよく扉を開けた。

 ……そこにも、神大君の姿は無かった。その代わりに、フェンスを背にして項垂(うなだ)れる一人の女子生徒の姿が目に入った。私は彼女に……佳奈に歩み寄った。

 「由季…………その様子だと……神大君も…?」

 佳奈が息を切らしながら聞いてきた。神大君も……ということは、疾風君もいなくなり、私と同じように走って探して回ったのだろう。私は何とか声を絞りだしながら、その問いに答えた。

 「うん…………。疾風君も、なんだね…………。なんで…………?なんで卒業式の日に…………。一緒に……卒業……出来ないの…?……私が……私がもっと…………。」

 「由季………………………………。」

 私の問いかけには、勿論誰も答えをくれなかった……。

 …暫くすると、私達だけがいないことに気付いたのだろう…担任の麗香(れいか)先生が呼びに来た。どうやらもうすぐ卒業式が始まるらしい。私と佳奈は、悲しみに染まったまま…涙も出ないまま、屋上を後にするのだった……。


 そして、今に(きた)る。在校生送辞が始まった。次は卒業式答辞……生徒会長である私の答辞だ。

 今の私に、答辞など務まるのだろうか?3年間の事よりも、この1年間の事を…神大君の事だけを強く想っている私なんかに。神大君と一緒に卒業出来ない……それだけが頭でリフレインしていて、他に何も考えられない私なんかに……。

 ぎゅっと制服の(すそ)を握る。すると、ふいに生徒手帳を落としてしまった。慌てて拾うと、手帳に何かが挟まれていたのに気付いた。それは、私に宛てられた、神大君からの…手紙だった。


 卒業式答辞。返事をして、礼をして……壇上(だんじょう)まで上がった私は、全校生徒・先生・来賓・保護者……会場にいる全員と向かい合い、答辞を読み始めた。…用意していた、原稿を見ずに。


 「雪も溶け始め、春の陽射しが感じられる今日、3月21日、晴れて門出の日を迎えられたことを、心から大変嬉しく思います。思えばこの3年間、本当にたくさんの事がありました。緊張して、これからの学校生活に期待と不安を持って臨んだ……入学式。皆で協力して創り上げた……文化祭。夜遅くまで語り合った……修学旅行。どれも私にとって、かけがえのない思い出です。……ですが、この1年間の思い出は、それらをも容易く塗り潰してしまうほどのものでした……。」

 体育館がざわつき始める。私が原稿を見ていない上に、原稿とは違う言葉を喋りだしたに気付いたのだろう。だが私は、訂正するようにとジェスチャーを送る麗香先生を無視し、言葉を続けた。

 「……私の母は、義理の母親でした。義理の父親が出ていったために、無理をして、過労で倒れました。そこから私は、"家族"というものがどういうものか、よく分からなくなっていってしまいました。でも、そんな時私は、一人の転校生に出会いました。彼は、どこか不思議な雰囲気を持っていました。だからでしょうか?男の子と話すのが苦手なはずの私は、彼に、誰にも言ったことの無かった家庭のことを打ち明けました。彼は言いました……"繋がっていれば家族"と。私はその言葉に救われました。そして、一緒に母の見舞いへと行きました。私はそこで、母と確かな絆を結びましたが、母は亡くなってしまいました。彼は、彼の家族は、そんな私を、家へと受け入れてくれました……。」

 ざわついていた聴衆はだいぶ静かになっていた。私の真剣さが、少なからず伝わったのだろうか?

 「……その後、私と彼の絆もどんどん深くなっていきました。一緒に学業に励み、一夏の思い出を作り、文化祭を共に盛り上げ……私の気持ちは、いつしか恋慕(れんぼ)へと変わっていました。そして聖なる夜に……お互い気持ちを確かめ合うことが出来ました。」

 佳奈は何かに気付いたような表情をしている。が、同時に、なぜ今それを……?といった表情でもある。

 「しかし…………。今日、卒業式。彼は……出席していません。今朝、突然姿を消しました。彼の親友も同様です。なぜ……なぜ……この日に……一緒に卒業したかったのに……。先程までは私は、その事しか頭にありませんでした…。……でも。……生徒手帳の間から、1通の手紙を見つけました。その手紙を読んだからこそ私は、……私は、ここに……立って……いられます……。」

 涙が、溢れた。手紙を読む前、悲しいはずなのに溢れなかった…涙が。

 涙は止まらなかった。私は嗚咽(おえつ)を堪える事が出来なかった。……先生方が様子を伺っている。止められる訳にはいかない……。私はそのまま、どうにか声を振り絞り、言葉を続けた。

 「……その……手紙を読んで私は……気付かされました。私と彼は……既に"家族"であると…いうことに。どこでも…何時までも、"繋がっている"ということに…。だから私は……前を……向くことにしました……。後ろを振り返らずに……前を……。この先には……新しい出会いが…繋がりが待っているということを信じて……。皆さんも……これから……多くの出会い・別れを経験していくことと…思います。嬉しい出会いだけでなく、悲しい別れも待っているかと思います。でも……これだけは……忘れないで下さい……。あなたと誰かは繋がっていて、互いの気持ちがあれば……"家族"であるということを…。繋がりは…何時までも切れることはないということを…」

 涙で前は見えない。体育館の中では、どこかで、またどこかで、(すす)り泣く声が聞こえてくる。

 私は、最後を締めくくる

 「……例え二度と会えないとしても……いや…会えると信じて……私は彼のことを……絶対に…忘れません……。どこにいても、どんな時でも……いつまでも切れることの無い繋がりを……"永遠の繋がり"を信じ……て…………」

 もう限界だった。言葉を言い終えた私は、その場に崩れ落ちた。会場からは惜しみ無い拍手が贈られてくるが、涙を止めることは出来なかった。佳奈が列から飛び出して、私に抱きついてきた。佳奈にも、疾風君からの言葉は届いていたらしい……。私達は、抱き合いながら、泣いた。卒業式の最中だということも忘れて、泣いた。しかし、それを(とが)める者は誰一人としていなかった……。

 先生に(なだ)められ、席に戻った私達の顔に、もう涙はなかった。卒業式は予定より長引いたが、成功といった形で幕を閉じる事が出来た。


 式が終わった後、私達は屋上に来ていた。二人揃って、手すりに腕をかけ、手紙を握りしめながら、地平線の向こう側を見詰めていた。

 「……由季の言った通り…前を見ないとね。じゃないと、二人に叱られちゃうよっ!」

 佳奈が、そう笑顔で言ってくる。私も、笑顔で言葉を返した。

 「うん。前を向いて…笑顔でいよう…?いつか二人が帰って来た時に、笑顔で迎えられるように。"ただいま"を、"おかえり"でちゃんと返せるように……。」


 ……そよ風が吹いた。その風は、私達が持っていた手紙を運んでいった。手を伸ばすも、遅い。諦めた私達は、互いに顔を見合わせながら苦笑を漏らした。

 手紙が…文字が無くたって、言葉は胸に刻まれた。その言葉を胸に、私達は、生きていくのだから……。


 ~由季へ~

 まずは、いきなり姿を消した事を謝らせて欲しい。黙って姿を消した事も……。俺達は、俺達にしか出来ないことをするために、どうしてもここを、今日、去らなくてはいけなかったんだ。だから俺は、手紙を残すことにした。これを読んでいるっていうことは、ちゃんと気づいてくれたんだね。

 由季はきっと、自分を責め、俺に少なからず怒りを感じているよね……?

 俺を怒る分にはいい。だって、最愛の人に何も言わずにいきなりいなくなったんだから。でも、由季は自分を責めなんかしなくていい。いや、しないで欲しい。そうじゃないと、俺も由季も…誰も報われないから。

 …俺達は、家族だよ?前、言ったよね?同居している人・クラスメイト・恋人…繋がっていれば、家族だって。俺達は、その全てで繋がっている。全てに於いて、家族だから。俺達は、どんな時でも、どこにいても、ずっと繋がっているから。Eternal Connection…"永遠の繋がり"で……。

 だから、俺がいつの日か帰って、「ただいま」を言えたら、由季には、笑顔で「おかえり」を返して欲しい。それだけが、俺の望みだよ。

 …そして俺は、誓う。今すぐには帰れないけれど…、"由季がピンチの時には、どこにいても・どんなときでも…必ず由季を、守る"…って。

 P.S. 由季に出会えて、由季と居れて、幸せだった。ありがとう。大好きだよ。

 ~神大より~


 晴れやかな空の下、手紙が空を舞う。そして、その誓いは交わされた。絶対にして永遠の、"誓い"が………………。

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