第7話 聖夜の告白
秋は過ぎ去り……冬。ここ神凪島にも、少なからず雪は降る。しかし今年は、気象の影響なのか、12月半ばを過ぎても、まだ初雪が降っていなかった。
明日はクリスマスイブ。私は、想い人である神大君をデートに誘うための、夜を徹してのシュミレーションをしていた。
「ねぇねぇ神大君~。明日~、デートに行こうよ~?」…………ダメ!なんか佳奈と被ってる!?
「あ、あの、神大…さん、明日、その…デートに…行きませんか…?」…………いやいや、なぜ敬語!?
「ああもう…………どうしよう…………。」
悩めば悩むほど私は迷走していた。
(っていうか神大君、私なんかと聖夜を過ごしてくれるのかな……?…好きな人って…いるのかな…?)
「由季、今いいか~?」
「うわぁぁっ!」
ガラガラガッシャーン!
ドアの向こうから、想いを馳せていた人物に急に声をかけられた私は、座っていた椅子ごとひっくり返ってしまった。途端、ドアが勢いよく開けられた。
「由季…!?……………………って、何してんだ……」
神大君はそう言って私を引っ張りあげてくれる。
「ゴメン…………、ちょっと考え事してて…。それでどうしたの?こんな時間に。」
私は平静を装って、神大君に向き直った。
「えーと、さ。明日、何か予定入ってる…?」
入ってるいるはずが無い。何せこれから神大君をデートに誘おうとしていたところだったのだから。私は首を大きく横に降る。
「…明日の夜、繁華街でクリスマスイルミネーションのイベントがあるのは知ってるよな?それで…よかったら、一緒に…見に行かないか?」
何と、私が誘おうとしていた所を、逆に誘われてしまった。
「え…………?嬉しいけど…私なんかとで…いいの?」
「…もちろん。…ってか、その…由季とだからこそ、行きたいんだ。」
動悸が速くなるのを感じる。このままだと、今すぐにでもこの想いをぶつけてしまいそうだ。
「…………………っ。あ、ありがとう…………。それじゃあ明日ね!おやすみなさい!」
そう早口で捲し立てて、私は勢いよく部屋のドアを閉めた。神大君は何か言いたげだった気もしたが、あのままでは、この想いをすぐにでもぶつけてしまいそうな気がしたからだ。
ベッドに顔を埋めると、顔がふにゃふにゃとにやけてくるのが分かる。
(由季とだからこそ……。それって…………?…少しは期待しても、いいんだよね?)
私は一人、悶々(もんもん)とした夜を過ごすのだった……。
翌日…クリスマスイブ。
私は言うまでも無く、寝不足だった。結局、溢れんばかりの想いをどうにか落ち着けて就寝したのは夜中の2時だった。
現在の時刻は10時。基本的には早寝早起きの私からすれば珍しい時間だった。1階に降りて、洗顔を済ませてからリビングに向かうと、神大君が朝食を食べ終わったところだった。
「おはよ、由季。珍しいなこんな時間に。起こそうかとも思ったんだけど、昨日の夜の態度が気になって………………。」
昨日の態度………。話の最後の方に、早口になったりドアを勢いよく閉めたりしたことだろう。変に誤解されてはいけない。私はすぐに弁解した。
「あ……そのことなら気にしないで?別に怒ってるとかそういうんじゃないから。…ただ、あんなことを言われて…少し恥ずかしくなった…だけだから…。」
思い出すだけでも恥ずかしくなってくる。実際顔も赤くなっていることだろう。と、少し経ってから、神大君は私の言わんとすることを理解したようだ。今度は、神大君の顔が少しずつ赤くなってくる。
「あ……その…昨日のアレは、場の流れ…というか…何というか…いや実際……え…ええっと……。そ、そうだ!朝食まだだろ?パンでいいか?」
話を逸らされてしまった。
(でも、今の反応って…………?)
私は、神大君との微妙な空気の中で、朝食を食べ始めるのだった…。
楽しい時間はすぐ過ぎ去るとはよく言ったものだ。午後からショッピングセンターなどで、デート(だと私は思っている。)を楽しんでいた私達。日はあっという間に暮れて、夜を迎えようとしていた。
技術が進み、防犯体制がほぼ万全となった今でも、学生(主に小・中学生)だけでの夜間外出は控えるようにとなっている場合が多い。"ほぼ"万全の防犯体制の穴を巧妙に突いた犯罪がたまに発生するからだ。でも、ここ神凪島でそのような事件が起きたということは聞いたことがない。島民の人柄が全体的に良く、不良(今となっては逆に誠実そのものである)も大したことがないからだろう。
だからこそこうして、イルミネーションに彩られた街を神大君と歩くことが出来ているのだ。
イルミネーションに見とれながらしばらく歩くと、ふいに神大君が立ち止まった。
「けっこう冷えてきたな……。由季、寒くないか?」
そういえばさっきから、少しずつ肌寒さを感じてきていた。ここまで冷えるとは思わず、あまり厚着をしてこなかったからだろう。私は曖昧な返事を返して、再び歩き出そうとした。すると、後ろから黒いジャケットが差し出された。
「ほら、これ着ろって?……俺は部活で鍛えってから大丈夫。……由季に、風邪引かれたら…困るしさ。」
「…………ありがとう」
私は神大君のジャケットを受け取ると、服の上から羽織った。そのジャケットからは、神大君の匂いがした…。私は、無言で神大君の手を握った。神大君は一瞬びっくりしたが、そのまま手を握り返してくれた。
それからしばらく。神大君が見せたい景色があるということで、私達は、数十分かけて小高い丘の上まで登ってきた。そこには、無人の小さな展望台があった。転校してきて1年も経っていないのに、どうやってこんな場所を見つけたのだろうか?私は、神大君に言われるがままに、辺りの景色を見渡した。
「わあぁ……………………」
そこには、イルミネーションで照らされた、いつもとはひと味もふた味も違う街の姿があった。
神大君は、何でもこの日のために下見に下見を重ねて、誰も訪れない、尚且つ夜景が綺麗な場所を探してくれていたらしい。
こんなにも、何事にも一生懸命な彼が……。いつも私を気にかけてくれる彼のことが、私は……………。
ふいに、手に冷たい感覚を覚えた。空を見上げると、雪が……初雪が降ってきた。ホワイトクリスマス………聖夜の初雪。私は、その奇跡に後押しされて、神大君の方に向き直った。
「神大君。」
「ん?どうした、由季。」
「神大君と私が出会って、もう結構経ったよね。」
「そうだな。」
「佳奈と疾風君とも一緒に、いろんなことしたよね。」
「そうだな。」
「神大君…いっつも私を助けてくれて……支えてくれたよね。」
「そう……かな……?」
私は一旦言葉を切る。この先は……もう……。でもやっぱり、伝えたい。そして心臓の鼓動が速まる中、次の言葉を口にした。
「うん、そうだよ。いつも支えてくれる…側に居てくれる。私…私ね……?そんな神大君のことが…………………好き。……誰よりも、大好き。」
言った……言ってしまった。私は想いのあまりに、顔を俯けた。
無限にも近い時間が流れていく。迷惑……だっただろうか?私は謝ろうと思い、顔を上げ、口を開こうとした。すると、今まで私同様に顔を俯けていた神大君が、顔を上げた。そして
「……ありがとう。…俺も、由季のことが…好きだよ。最初は、守ってあげなきゃ程度に思っていた。でも、仲良くなるに連れ……由季の笑顔を見るに連れ、俺は由季のことが好きなんだと感じてきた。……俺も、世界中の誰よりも、由季のことが……好きなんだ。」
私は、信じられないという思いに駆られた。嬉しいけど……でも……だって……
「でも……でも私は……………………」
言い終わらない内に、唇が塞がれた。
神大君の顔、神大君の吐息、神大君の匂いが、零距離で私の感覚を満たした。
神大君は唇をゆっくり話すと、言った。
「大丈夫。由季は卑怯ものなんかじゃない。たとえ違う形で出会っていたとしても、俺は由季のことを好きになっていたよ。」
その言葉に、涙が溢れた。
「神大君…………。」
涙を拭う間もなく、再び唇に柔らかい感触が生まれた。そのまま強く抱き締められる。
「んっ……………………」
私は、目を閉じ、神大君に身体を預けた。
初雪が降り続く聖なる夜。
私達はいつまでも、強く…強く抱き合っていた…。