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第6話 文化祭

 文化祭。言うまでも無く、学校生活に於いての一大イベントである。ある者は食を極め、ある者は友情を深め、またある者は恋を実らせようと奮起(ふんき)する。

 ここ、神凪中学校でも、毎年10月20日に文化祭が行われれている。神凪島に中学校は一つで高校が無いというのが影響してか、多くの島民が、学生の姿を一目見ようと訪れる。

 そんなイベントを明日に(ひか)えた俺達は、準備へと(いそ)しんでいた。

 

 「疾風、椅子足りてるか!?」

 「ああ!でも机が2つ足んねぇ!」

 「りょーっかい!」

 疾風に設備の確認をしながら、俺は慌ただしく校舎を駆け回る。俺と疾風、由季と佳奈は、文化祭実行委員になっているからだ。委員会引退前の最後の大仕事である。教室では、生徒会の面々の指示の下、生徒達が飾り付けをしていた。俺は飛び込むと、大声で叫んだ。

 「机2つ余ってるか!?疾風の方で足りてない!」

 「はい、コレでしょ?余ってるよ。運ぶの手伝う?」

 男子生徒が用意をしていてくれたようだ。

 「サンキュ!大丈夫だよこんくらい。それより、けっこういい感じなってきたじゃん!その調子で頼むな!」

 俺はそう言い残し、机を担ぎ上げながら、疾風の下へと向かった。廊下を走っていると、曲がり角で、一人の女子生徒とぶつかりそうになった。俺は急ブレーキした。

 「わっ、ごめんなさい。」

 「こっちこそ…ってあれ、由季じゃんか。持ち場はどうしたんだ?確か体育館の飾り付けじゃ無かったけ?」

 そこにいたのは由季だった。由季は、持ち前のセンスを活かして、体育館に回っていたはずだった。

 「それが…ちょっと人手が足りてなくて…。今から教室に誰か呼びに行こうとしてたんだけど………。」

 何でも、外の方に人が回っているそうだ。でも、そういうことなら都合がいい。

 「これ疾風の所に置いたら、仕事空くんだ。俺と疾風が手伝うよ。」 

 「ホントに?ありがとう!」

 そう言って由季が微笑んでくる。思えば、出会った当所よりもずっと笑顔が増えているような気がした。


 残った仕事を他の生徒に預けてきた疾風と共に、俺と由季は体育館へとやってきた。神凪中の体育館は、だいぶ広いほうなので、飾り付けも毎年時間がかかるらしい。奥に向かって進んでいくと、ギャラリーから声が降ってきた。

 「おーい!由季~!助っ人連れて来た~?って、お?神大君と疾風じゃん!心強いね!」

 佳奈が身体を乗り出して、手を振りながら言ってきた。見てるこっちからすると少しヒヤヒヤする。

 「それで?俺らは何をすればいいんだ?」

 疾風が由季に問う。

 「私と佳奈で、ギャラリーから看板を降ろすから、神大君と疾風君には、下で支えながら引っ張って欲しいの。」

 どうやら、看板だけは、大きさ的に階段を使えないらしい。それにしても、この人数で大丈夫なのだろうか?その不安は、わずか3分後に的中することになってしまった。

 俺と疾風は、言われた通りに下で看板が降りてくるのを待っていた。ギャラリーの上から由季と佳奈が、ゆっくり看板を降ろし始める。思ったよりもかなりの大きさがあった。すると、ふと看板の動きが止まった。どうやらネットに引っ掛かってしまったようだ。由季が身を乗り出し、ネットをどけようと看板を支えていない方の手を伸ばした。その時、悲劇が起こった。

 築80年を過ぎ、老朽化(ろうきゅうか)が少しずつ進んできた校舎。それはもちろん体育館とて例外では無かった。由季が乗り出しているギャラリーの手すりが、看板と由季の重みに耐えかねて、崩壊(ほうかい)した。崩壊した手すりの反対側にいた佳奈は、すぐ看板から手を放したため無事だったが、身を乗り出していた由季は、看板と共に落下してきた。高さは5m程あり、由季が体勢を崩しているうえ、角度的に看板に潰される格好になりそうである。命にも関わってくるかもしれない。緊急事態だったため、俺は人目を避けている"力"である、裁き…"浮遊"を使おうとした。その刹那、一陣の風が吹いた。その風は、看板の角度を変え、由季を一瞬空中に留まらせた。その一瞬で俺は、怪しまれる危険性の高い"浮遊"を棄てて自らに"加速"の裁きを与え、一気に間合いを詰めた。

 (間に…………合え!!)

 俺はスライディングの格好になりながら、由季を何とか抱き止めた。そのまま足を壁に押し付けて、ブレーキをかけた。何とか、由季を助けることに成功した。

 しばらくして、由季がモゾモゾと動き始める。…俺の腕の中で。そういえばキツく抱きっぱなしだったということに気付き、俺は由季をバッと放した。

 「ご…ごめん…つい…………。え、えっと…身体は…大丈夫か?」

 由季は耳まで真っ赤になりながらも、小刻みに震えていた。抱かれていて恥ずかしかった反面、さっきの落下の恐怖感が抜けていないのだろう。俺は由季を、優しく再び抱き寄せて(ささや)いた。

 「助けられて、ホント良かった…。由季にもしものことがあったら…俺は…………」

 「……っ。ありがとう…神大君…。私…怖かった…。あのまま落ちて、神大君達ともう二度と話せないと思ったら…私…私…………」

 そう言って由季は、緊張の糸が切れたかのように俺に寄りかかり、すすり泣き始めた。俺にも込み上げてくるものがあったし、周りの生徒達も目を(こす)っていた。


 ………どれくらいそうしていただろうか?腕の中の温もりを確かめていた俺は、ふと周りを見渡した。他の生徒はこちらを心配しながらも、再び作業に入っている。時計を見やると、それなりの時間が経過していた。まだ文化祭の準備は残っているのだ。

 「…由季、そろそろ……いいか?文化祭の…準備…しなきゃ…………」

 「…………うん。もう大丈夫。ありがとう…神大君。」

 どこか甘い空気の流れる中、俺達は作業へと戻っていった…。

 神条家に帰り、部屋に入ってベッドに身体を預けた由季が、自分の行いを思い出し、顔を真っ赤にしてドタバタと枕を叩いていたのは、言うまでも無いだろう……。


 翌日、文化祭当日。会場は、毎年の例に盛れず、多くの人で賑わっていた。保護者達が生徒の作品を見て回る。そんな中で由季は、自分の描いた作品を前にして、どこか浮かない顔をしていた。

 「由季、どうした…?」

 俺は優しく声をかけた。すると由季が振り向き

 「…やっぱり、お母さんにも…見てほしかったな………って。」

 一応悲しみを乗り越えてはいるが、由季の母親(正確には義母)は既に無くなっている。生徒達の両親が自らの子供の作品を観ているのに、自分だけ観てくれる人がいないのが哀しいのだろう。でも…。

 「やっぱ、哀しいよな…。でもさ、由季。前にも言ったけど、由季は一人じゃないよ?それにこの作品だって……………ほら。」

 「やっぱ由季ちゃん絵上手いね~!」

 とクラスメイトが。

 「へぇ~。これ、貴女が描いたの?この絵、気にいったわ。絵画コンテストは貴女に投票してあげる。」

 と、クラスメイトの母親が。

 「凄いっすね姉貴の絵!自分もコレに投票させていただきますよ!」

 と、スーツ姿の男が…………アレ?どこかで見たような見なかったような…。

 「え、えーっと、どちら様で?」

 「酷いっすよ兄貴…俺です。朝桐一馬(あさぎりかずま)っす!仕事早引きして観に来ましたよ!」

 その男は舎弟(?)の不良だった。それにしてもそんな名前だったのか。初めて聞いた気がする。仕事の件に付いて聞くと、どうやらあの事件後に心を入れ替えて、9月からサラリーマンとして働き始めたらしい。それはさておいて…

 「ほらね?いつも気付いてないだけで、周りにいるたくさんの人達は、ちゃんと由季のことも見てるよ?」

 「神大君………。…うん。そうだよね。………よし!神大君行こっ?」

 どこか吹っ切れた表情の由季に手を引かれて俺達は、他の展示などを見て回ったり、疾風達がやっていた焼き鳥をタダで堪能(たんのう)したりして、文化祭を目一杯楽しんだのだった…………。


 神凪中学校文化祭絵画コンテスト。

 金賞「遠き日の夕焼け」作者:蕩野由季

 そこには、神大と由季…二人が初めて出会った日の夕焼けが描かれていた。 

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