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第5話 一夏の思い出

 ここ、神凪島(かんなぎじま)には、夏になると、海水浴をしに多くの観光客が訪れる。2215年現在、綺麗な海は貴重だからだ。産業開発が進むに連れ、首都圏(しゅとけん)を初めとする都市の自然は著しく無くなっていき、その影響があって海は汚れ果てていった。発展した技術・薬品を使い、汚れを取り除く事には成功しているが、それはあくまでも人工的なものである。無論、健康上の理由からほとんどの海水浴場は閉鎖されている。その点、神凪島周辺には、海流の影響から多くのプランクトンが生息しており、島でほとんど産業開発がされていない事から、水が綺麗なまま保持されている。だから自然も豊かで、島の北東部には、手付かずの自然が残っているという。そんなわけで、夏真っ盛りの今日も、神凪島海水浴場は、多くの人で(にぎ)わっていた。


 神凪中学校は、半月程前から夏休みに入っていた。夏休み期間は約一ヶ月程度と、大体平均的な長さである。ほぼ毎日部活がある中だったが、いつもの4人で勉強会を開くなどしていたため、課題は(すで)に終わっていた。今日は、部活の疲れを癒し信仰を深める、という名目(めいもく)(もと)、海へと遊びに来ていた。

 俺と疾風(はやて)は、着替えを済ませ、砂浜で由季(ゆき)佳奈(かな)の女子二人を待っていた。

 「お…おせーな………………………。なあ神大(こうた)、女子ってこんなに着替えに時間かかるもんなのか?もしくは………何かあったとかか!?」

 「落ち着けよ疾風………。まあ、気持ちは分からなくはねーけどさ………。………っと、ホラ、あれじゃないか?」

 指を指した方向から、二人の女子が近付いてくる。何やら、周囲の注目を浴びているような気がしたが、それも無理は無いだろう。二人の水着姿は、それほどのものだったからだ。

 由季の方は、フリルの付いたワンピースタイプの水着だったが、発展途上のボディラインがうっすらと浮かんでおり、それを恥じらうように上から羽織った大きめのタオルが、可愛らしさと共に(なまめ)かしさを(かも)し出していた。

 一方、佳奈の方は、水玉模様のビキニタイプの水着だった。中学生にしては発達している部類に入る佳奈のプロポーションは、高めの身長と(あい)まって、まるでモデルのようだった。

 いつもの姿とのギャップもあったからだろうか。そんな女子二人を目の前にして、俺達男子は(しば)呆然(ぼうぜん)としていた。

 「は…恥ずかしいから…そんなに視ないで………」

 「由季可愛いからいいじゃないの。で、お二人さん?艶姿(あですがた)の美女二人を目の前にしての感想はどうよ?」

 由季が恥じらう中、佳奈がそう問うてきた。

 「普通自分で言うかそれ………?ま、なんだ、その…………に、似合ってるんじゃねーの?」

 「ああ。二人とも…似合ってるよ。その…可愛い。」

 疾風がぶっきらぼうに言い、俺が本心を伝えると、由季は真っ赤になって照れ、佳奈は少し頬を染めつつも満足そうな笑みを浮かべていた。

 俺はこの場の微妙な空気を脱するべく言った。

 「え、えーと…こんな所にいるのもなんだし、折角海に来たんだし、泳ごうぜ?」

 「うん、そうだね!泳ご?」

 「そ、そうだよな!よっしゃー神大、競泳だ!」

 佳奈と疾風が盛り上がる。しかし、ただ一人由季だけが浮かない顔をしていた。

「………………げないの」

由季が何かを(つぶや)くが聞き取れない。

「え?聞こえないよ由季。何…?」

「………っ。だから、私………泳げないの………。」

え………………。思ってもいない由季の告白に、俺は目を丸くした。疾風と佳奈は、思い出したように、バツの悪そうな顔をしていた。どうやら由季は、本当に泳げないらしい。泳げないと言っても丸きり泳げないわけでは無いが、元々余り体が強くなかった由季は、幼い頃、塩素の入ったプールに、長時間身体を浸けていることが出来なかったらしい。それによって授業も見学しがちになり、他の人よりも泳ぐ機会が少なくなっていき、"泳げない"とのことであった。一人だけ泳げないのに俺達だけ泳ぎに行くわけには行かない。俺達はまず、浅瀬(あさせ)でビーチバレーをすることにした。


 ズッドーン!!

 強烈なスパイクが叩き込まれる。砂浜に穴が開き、ボールがが超高速で回転している。疾風の"風"の力によるものだ。

 「ずりーぞ疾風!"力"使っただろ!?」

 「さて、どーかな~?」

 由季が入れたサーブを佳奈が拾い、再び疾風がスパイクを入れる。

 しかし、こちら側のコートに入った瞬間に、ボールが空中で静止する。俺の力…裁き"束縛(そくばく)"によるものである。俺は、体勢を崩している疾風に向かって、思いきりスパイクを叩き込んだ。

 「っ………いってー!お前こそずりーぞ神大!ってか動いてるボールも"裁き"の対象物になんのかよ!?」

 「ハハハ………わりぃわりぃ。前に言ったろ?俺の"裁き"は、<対象に裁きを与える能力>だって。動いてようが動いてまいが、ボールっていう対象があれば"力"は使えんだよ。」

 「何だそりゃ………。見てろよこの………!」

 そんなこんなで、俺&由季、疾風&佳奈に分かれて行われたビーチバレーは熱戦となり、気付けば多くのギャラリーを引き寄せていた(ただし、"力"が使われているということはスピードの速さからギャラリーには理解出来ていない)。結局、疾風が放ったボールが大きく外れて、海に拐われていったのでビーチバレーは中断となった(ボールは疾風が責任を持って回収してきた)。


 ジャンケンに負け、売店にてかき氷を買った俺と疾風は、待たせている二人の下へと急いでいた。と、何やら由季と佳奈が男達に囲まれていた。どうやらナンパされているらしい。

 (だから俺らのどっちかが残った方いいって言ったのに…………………。ってかナンパ男達も、相手が中学生ってこと分かってやってんのか………?)

 「あの~?その二人、俺らの連れなんすけど~…」

 「アァン?何だお前ら…は……。え…えーっと、ああそうだ!あの時の!あ、あの時は大変申し訳ございませんでした!よく見ればこの二人もあの時の………。そうとは知らずスイマセン!おいお前ら、女の子二人を解放しろ!こちらの少年は、俺の世界を変えたお方だぞ!兄貴!名前は?」

 テンションが高いその男は、以前由季達を襲おうとしていた男…………俺が"力"で吹っ飛ばした男だった。奇妙すぎる縁もあるものだ。いや…こんな縁があってたまるものか。

 「兄貴ってなんだよ………。えぇと…名前は神条神大(しんじょうこうた)だけど………。」

 「おお…じゃあ、神条の兄貴!本当にスイマセンっした!不良に絡まれでもしたら俺らを頼って下さい!おいお前ら、行くぞ!」

 そう言い残し、男は去っていった。

 (だから何で兄貴にされてるんだよ………。ってか………そもそも不良に、不良に絡まれたら頼れって言われてもな……逆に助けてくれよ…?)

 こうして、意図しない形で歳上の舎弟(しゃてい)(?)が出来てしまった。俺達は、何とも言えない顔で男達の後ろ姿を見送っていた…。


 その後少し休憩してから、俺は、由季の泳ぎの特訓に付き合っていた。疾風と佳奈は、沖の方に泳ぎに行った(と言うより佳奈が疾風を無理矢理連れていった)。見えない程遠くに行ったが、二人とも運動神経はいい上に疾風の"力"があるので大丈夫だろう。俺は、手を(つか)んでいる由季に視線を戻した。

 「OK。そのままゆっくり顔を浸けて…………………」

 元々真面目で努力家だからということもあるだろう。由季は上達が早く、3時を回った頃には、俺が手を放した状態でも、クロールの形がほぼ完璧になっていた。そうして波打ち際まで戻ってきた俺達は、少し散歩をすることにした。

 「さて、身体が冷えてもいけねーし、そろそろ疾風と佳奈呼びに行って上がらねーとな。ったくあいつらどこまで………。」

 「こっこだよ~♪」

 「うおぅっ!」

 後ろから急に声をかけられた俺はビックリした。どうやら疾風と共にさっきから近くに居たとのことだ。

 「ったく…来たなら声かけろよな~。………っと。そうだ、そろそろ上がろうぜ。もう3時だ。祭り始まってんじゃ無いか?」

 「げ…マジかよ。よし、急いで着替えて、一旦家戻って4時半に集合な。」

 俺達は、更衣室で着替えを済ませ、足早に家へと向かった。


 現在の時刻、4時29分。由季に先に行っててと言われた俺は、既に着いていた疾風と共に女子二人を待っていた。

 「………なんかこの状況、今日2回目じゃねーか………?」

 「あ、ああ………全くだ。」

 どうしようもない愚痴(ぐち)(こぼ)していると、二人がやって来た。俺と疾風は、水着の時と同じぐらい…見方によってはそれ以上に、二人の浴衣姿に目を奪われた。待たされたことなど、忘れてしまうほどだった。

 「………それで、先に行っててって言ったのか…。由季も佳奈も、その………綺麗だよ。」

 俺が賛辞(さんじ)を口にすると、二人が頬を染めて礼を言う。本日2度目の微妙な空気に包まれつつも、俺達は祭り会場へと歩きだした。


 神凪祭(かんなぎさい)。毎年8月10日に行われているこのお祭りには、島のほぼ全ての住人を初め、島の外からも多くの客が訪れる(その客の大半が、海水浴を楽しんだ後に祭りにも来ていたりする)。言い伝えによるこの祭りは、神を信仰(しんこう)すると共に、負の神を"()ぐ"祭り…「神薙祭(かんなぎさい)」とも言われているらしい。

 祭り会場に着いた俺は、人の多さに目を白黒させていた。祭り経験者の3人によると、いつもよりも少し人は多いらしい。 多いに盛り上がる会場を前にして、佳奈が提案してくる。

 「ねえ、各々欲しいものもあると思うから、二組に分かれて回らない?30分後にここに集合でどう?」

 ということで、俺と由季、疾風と佳奈に分かれて屋台を回ることにした。別れ際、疾風の手を取った佳奈が、由季に向かってウィンクをしていたのは気のせいだろうか。


 「………え、えっと………その………」

 さっきから由季がモジモジしている。その理由は分からなかったが、俺は由季へと手を伸ばした。

 「ほら。……はぐれるといけないから。」

 「あ………………。………うん!」

 由季が嬉しそうな顔で手を握ってきた。さっきまでの態度は何だったのかと思うほどご機嫌(きげん)である。…手を繋いで欲しかった……ということなのだろうか?一瞬聞こうと思ったが、なんとなく止めておいた。

 焼きそば、たこ焼き、クレープ、ラムネ、わたあめ、かき氷…。ひとしきり屋台を堪能(たんのう)しているうちに、花火が始まった。俺達は食べ物を片手に、待ち合わせ場所へと戻ってきていた。

 疾風と佳奈の姿はまだ無い。俺は、由季に、ふと浮かんだ質問をしてみることにした。

 「…そういえばさ、由季。何で……その、泳げなかったのに…海に来ようって言い出したんだ?」

 実は、皆で海に行こうと最初に言い出したのは他でも無い由季だったのだ。聞くと、由季は不意に立ち止まった。

 「確かに泳げなかったけど………、私、神大君のおかげで救われたから…神大君のおかげでこうしていられるから……神大君と…それに、佳奈と疾風君とも………海での…一夏の思い出を作りたかったんだ………。」

 由季が頬を染めながら言う。すると、背後から

 「ゆ~き~ぃ~!嬉しいこと言ってくれんじゃないの~このこの~♪」

 突然現れた佳奈が由季に抱きつきながら言った。疾風と共に先程戻っていたようだ。疾風は荷物もち(全部食べ物だが)にされていた。

 「おいおい佳奈…その辺にしといてやれよ…。ま、嬉しいよ由季ちゃん、ありがとう。」

 「ああ。今日は由季のおかげで、最高の思い出が出来たよ。…これからも皆で、たくさん思い出を作っていけたらいいな………。」

 由季が笑顔を見せる。その笑顔は、夜空の花火よりも綺麗に咲き誇っていた。

 こうして俺達は、時間ぎりぎりまで、神凪祭を楽しんだのだった………。



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