第4話 顕現
…朝の日射しが眩しい。私は目をゆっくりと開くと、大きく伸びをしながら身体を起こす。と、同じように寝起きらしい神大君と目が合う。
「おはよう、由季。…………よく眠れた?」
「…………………………………おはよう、神大君。うん………おかげさまで。」
隣り合わせの布団に寝ていた相手との朝の挨拶。それも相手は、2週間程前に転校してきたばかりの男の子…神大君だ。なぜこのような状況になっているのか………。時は2日前に遡る。
5月2日。母の死を受け、様々な感情が取り巻くなか泣き叫んだ私。涙がやっとおさまってきた時には、夜の8時を回っていた。涙は枯れ果て、喉は潰れていた。実に3時間以上泣き続けていたことになるだろう。すすり泣き、咳き込みながら顔をあげると、心配そうに私を見つめる神大君の姿があった。
「由季……落ち着いた……?」
私が泣いている間、ずっと傍にいてれたのだろう。よく見ると神大君の服が少し縒れている。私がさっきまで泣きながら掴んでいたためだろう。
「うん………もう…大丈夫………。いつまでも泣いてたら、お母さんに叱られちゃうから………。」
私は枯れた声でそう述べる。神大君は未だ心配そうなまま医師達を呼びに行った。どうやら、私が落ち着いたら呼ぶようにと言われていたらしい。すぐに医師達がやって来て、お悔やみなりこの後について等を述べる。私は、ただただ頷くことしか出来なかった。その日は、病院の休憩室を借りて寝ることにしたが、眠りに就くことは出来なかった。
5月3日。母の葬儀が行われた。一中学生の私に葬儀をする程のお金は無かったが、神大君の両親がどうにかしてくれた。本当は母の残した僅かな遺産を使おうとしたのだが、それは何かに取っておくようにと、神大君に止められた。葬儀の手筈を整えてくれたのも神大君の両親だ。お礼を言っても言い切れない程である。葬儀は、小さな建物で行われた。母の家族は亡くなっているため、私は母の親戚を呼ぼうとした。そこで、電話で母の死を伝えた所、親戚は揃いも揃って、哀れむような素振りを感じさせつつも、微かに嘲笑する様を感じさせた。元々、子育てのために神凪島に移り住んだ母を良く思う人は少なかったのだろう…。私は気にしないふりをしながら、親戚一人一人に電話をかけた。
島の小さな会場で行われた葬儀は、比較的スムーズに進行した。比較的…というのは、母の遺骨を目にした時、母に別れの言葉を述べた時に、私が号泣して、一時葬儀が止められたからだ。
結局葬儀が終わったのは夕方になった。親戚の中で、私の身を誰が預かるかという話が始まっている。私は、この島を離れたくなかった。というよりも、私と母の気持ちを何も知らない彼らの下で生活したくなど無かった。親戚同士で罵り合うような声が聞こえてきた。互いに私を押し付けあっていたのだろう。すると、神大君が―
「アンタ達に由季を任せたくなんか無い。俺の家で、面倒をを見る」
遥か年下の男子中学生にアンタ達呼ばわりされ、親戚一同は最初、憮然とした表情を浮かべていたが、私を引き取らなくていいと分かり嬉しくなったのだろう。表面上でお礼を言い、足早に帰っていった。
私は神大君の言葉に呆然とした。さすがにそこまで迷惑をかける訳には行かない…しかし、親戚に引き取られるなら、神大君の家に世話になった方がマシ…むしろ願ったり叶ったりではある。それに、母がいない今、保険金もかけていないため、私一人では到底生活は賄えない。アパートの家賃も、食料費も、学校の集金も何もかもが払えない。
「え………そんな…………本当に…………いいの…………?迷惑でしょ………?」
そう遠慮はするが、神大君は引き下がらない。なぜここまでしてくれるのだろうか…?私は、事情を聞き迎えに来た神大君の両親、そして神大君に深々とお礼を言い、神大君の家で居候させてもらうことにした。
その日の夜、アパートから必要最小限のものを持ってきて、神大君の家にやってきた。夕飯とお風呂を頂き、就寝する時間になった。しかしどうやら、空き部屋が片付いていないらしい。そこで、急遽神大君の部屋で布団を敷き寝させてもらうことになった。布団と布団は離れているが、年頃の男女が同じ部屋で寝る。さすがに羞恥心はあったが、母親を亡くしたばかりだ。誰かが傍にいるという、安堵感の方が強かった。
「神大君…もう少しそっち…いっていい?」
神大君は承諾してくれる。私は布団を隣まで持っていった。
「ねえ神大君…?手………握って………?」
神大君は手を左手で私の右手を握ってくれた。普段の私なら絶対にやらないであろう行為だったが、この時ばかりは誰かに甘えたかった。
「ありがとう………おやすみ………………………………」
私は彼の手を握ったまま、深い深い眠りへと就いていったのだった………。
そして、今に来る。心なしか神大君も少し赤くなっている。気恥ずかしさの中、朝食を済ませた私達は、私の引っ越しをすませるため、アパートへと向かった。
由季のアパートの前まで来た俺達。ふと、気配を感じ、その方向を見つめると、アパート裏の人目に付きにくい公園で、中年の男がウロウロしていた。すると、その男の姿を見た由季が、息を飲んだ。
「………っ。し…晋也さん…………。」
聞くと、どうやらあの男は、由季の義父……浮気して逃げていった人物のようだ。
どうするべきか迷ったが、その男から嫌なオーラを感じた俺は、話しかけることにした。
「アンタ、こんな所で何をしている?」
すると男はびっくりしながらも振り向いた。
「んん………?おお!そこにいるのは由季じゃあないか!それと、隣にいるのは…………誰だ?邪魔だなぁ…………失せろ!」
男がこちらに手を向けるのと同時に、黒い波動のようなものが放たれた。俺は10m程吹っ飛び、フェンスにぶつかった。
(くっ…………今のは………。早く由季を…………!)
「由季!由季…!!愛しい由季よ…!母さんがいなくなって寂しいだろう?悲しいだろう?私の所に…………おいで!?」
狂喜の沙汰で詰め寄る男に、由季は怯えて動けないでいる。男の全身からは黒いオーラが淀み出ていて、今にも由季を襲いそうだ。由季が危ない。俺は痛みをこらえ、駆け出そうとする。
(くっ……さっきのの当たりどころが………。くそ………間に合わない!)
由季に向かって、男の手から波動が放たれる。しかしそれは、突如起こった旋風によって掻き消された。そこには、見覚えのある顔が立っていた。
「ダメだぜ?騎士<ナイト>ならちゃんと姫を守らなきゃ。」
声の主……それは親友である疾風だった。俺は、先日疾風が言わんとしていた事を理解した。
(そうか………、疾風。お前も俺と同じ………………)
「…………ああ、そうだな。助かったよ。………疾風、由季を頼む。
疾風は頷くと、由季を連れて俺の後ろに下がった。それを見計らい、俺は男に向き直った。
「お前なんかに由季をやるわけにはいかない。お前は由季を傷付けた…!お前は、由季の家族じゃない!お前には………"裁き"が必要だ。」
男が再び波動を放とうとしている。だが。
「裁き………"束縛"」
俺が手をかざし言葉を発すると同時に、男の動きが止まる。
「裁き………"掌破"!」
続けて、男の鳩尾に拳を打ち込む。男は10m程吹っ飛び、フェンスに衝突する。
俺は追撃を掛けようと男に歩み寄る。が、次の瞬間、男の体は闇の霧となって霧散した。
(くそ………逃げられたか…………。)
「悪い疾風、逃げられたみたいだ。」
「そっか………。しかし、この前の時はまさかと思ったけど、本当にそうだとはな………。しかも、"裁き"と来たもんだ……。ま、どんな"力"かはよく分かっちゃいねーけどな。」
「おいおい………。それより、そういうお前の力は……"風"か。シンプルだが………お前らしいな。」
疾風と言葉を交わす俺。ふと由季を見やると、目を白黒させて混乱していた。何がどうなっているか分からないといった顔だ。無理も無いだろう。俺は、知っている限りの"力"に関することを教えることにした。
「………………………………。それで……15年前、神大君と疾風君の他にも、何人かの、"力"を持った子供たちが産まれたらしい…と…。俄には信じがたいけど…実際にこの目で視たから…とりあえずは………信じる。でも…なんでさっきの男…………晋也さんは、その………"力"を使えたの?2200年以前にも"力"が使える人がいたって言うの………?」
由季は、難しい顔をしていたが、どうやら信じてはくれたらしい。由季が疑問を口にした。俺も、きっと疾風も、そこへと行き着いてはいた。
「よくそこが分かったな。それなんだ………。俺も、"力"に関することは、正直余り分かっていない。物心ついた頃から使えるって感じだからな………。」この島には……"何か"があるのかも知れないな。
3人とも、思想は様々ながらも難しい顔をしていると、息を切らしながら、こちらに向かって一人の少女が駆けてくる。と、疾風がどこかバツが悪そうに顔をしかめた。
「ぜぇ…はぁ…ぜぇ…はぁ…。疾風…………君…………。なんで…なんで…………置いてった…の…。」
走って来たのだろう。佳奈が息を切らしている。疾風が事情を説明すると、佳奈は意外にも順応している。聞く所によると、過去に"力"についての話をした事があるらしい。そういば疾風と佳奈は幼馴染みだったなと実感した。
「んーまあ、"力"に関してはよく分からないからいいとして…………。そういえば、何でこんな所に…?っていうか由季、連絡取れなかったけど…どうしてたの?」
(おいおい………まあ…佳奈らしいか。それに……一般人は余り、"力"についてを知らないほうがいいんだろうな………。)
そんな事を思いながらも、俺は由季の変わりに、今までの経緯を説明することにした。
「………そんなことが、あったんだ………。ゴメン由季、そうとは知らずに。それに………今まで気付いてあげられなくて、ごめんね………?」
と、佳奈。
「そうだったのか…………。俺も気付いてやれなくてゴメンな?何か力になれたかも知れなかったのに。」
と、疾風。
「ううん…………。二人は友達でいてくれた。私は、それだけで十分だよ?それに………。私の事は………神大君が………支えてくれたから。」
と、由季が述べる。3人はお互いに謝りあっていた。3人とも、いい友情を育んで来たんだなと思う。
しばらくしてふと気付くと、3人の視線は俺に集まっていた。そして佳奈が、面白そうな顔で、爆弾を投下した。
「それにしても………支えて~か。初デート、それに同居までとはね~…。ねえ、デートの話とか、もっと聞かせてよ♪」
疾風までもが笑いをこらえている。由季は耳まで真っ赤になってしまっている。俺はただただ、冷や汗を流すことしか出来なかった。
2215年5月4日。神奈川県神凪島、神凪西公園。
俺と由季、疾風と佳奈。ずっと続いていく4人の関係が確立されたのは、この日、この場所だった。
上を見上げると、雲一つ無い青空が、どこまでも、広がっていた………。