第3話 微かな幸せ,深き悲しみ
「神大君、あ…あの………。」
先日の事件後から神大君と親しくなった私。帰宅中、十字路にて神大君を呼び止め、話を切り出した。
「えっと………、明日から連休だから、お母さんのお見舞に行こうと思っているんだけど…………。………神大君の事紹介したいから、一緒に…来てくれない?あ!もちろん無理にとは言わないし迷惑なのは分かってるけど………、その………………」
「迷惑なんてことは無いよ?俺も、由季のお母さんには一度会ってみたかったしさ。…もちろん、いいよ。」
私がしどろもどろになりながら言うと、神大君はそう言ってくれた。断られると思っていたため、快く了承してくれたので嬉しかった。
「あれ…?お見舞ってことは、花とか持っていくんだろ?買い物の荷物持ちなら手伝うぜ?どうせ明日ヒマだし、買いたいものもあるしな。」
願ってもいない申し出だ。確かにお見舞の花と果物を買おうとしていたし、食料も調達しようと思っていた。一人で持ちきれるかどうか悩んでいたとこだ。
「え、…ホントにいいの?………それじゃあお言葉に甘えて………。じゃあ待ち合わせは、9時に南公園でいい…?」
神大君の家は分からないが、この十字路まで一緒ということは、この近辺だろう。私は、ここから一番近い、神凪南公園を待ち合わせ場所に提案した。
「おう、いいぜ。っと、そろそろ帰んなきゃな。それじゃあ、明日な。」
「うん。じゃあね。」
神大君に別れを告げ、私は家に向かって歩き出した。と、ここでふとあることに気付いた。
(じゃあ明日…か。休日に男子と出かける約束なんかしたこと無かったな………。………ん?男子と…神大君と二人きりで出かける………?え…!これってもしかして………デート!?え………。えぇ!?っていうか私もなに平然と待ち合わせ場所の指定とかしちゃったんだろう!?で、でもだって………。ど、どうしよう!?)
私は一人で悶々としながら家までの道を歩いた。その日の夜、タンスを漁り服を2時間かけて選び、なかなか眠りに就けなかったのはここだけの話である。
翌日……神凪南公園。腕時計を見やると、由季との約束の時間まで、後30分ある。少し早起きし過ぎたのと、女の子との待ち合わせには男が早く来るべきという概念との両方の理由があった。
(なんだかまるで、デートの待ち合わせみたいだな………。ん?いやこれってデートになるのか?)
「おはよう。ゴメン神大君、待った?」
そんなことを考えていると、暫くしてから由季がやってきた。まだ待ち合わせの10分前である。
「いや、さっき来たとこだよ。それよりも………」
そう言って俺は、言葉に詰まる。原因は由季の姿にあった。薄い水色のデニムを羽織り、ふわりとした白のミニスカートを履いていた。制服姿しか見たことが無いからだろうか?純粋に、いつもより可愛く見えた。
「そ、それよりも…?」
俺が由季に見入っていると、頬を赤く染めた由季が問いかけてくる。こういう時は、正直に感想を述べた方が良いのだろうか?
「えっと………その服、その……似合ってるよ。」
「っ………………………」
俺が言うと、由季は顔を耳まで真っ赤にして俯いてしまった。選択を誤ってしまったのだろうか…?
「…えっと…ありがと………。………んっと………買い物…行こ?」
由季は赤い顔のまま礼を言ってくる。しかし、そんなに恥ずかしがられると、こっちまで恥ずかしくなってくる。他人から見れば初々しく甘い空気が漂っていただろう。ともかく俺達は、島の西に位置するショッピングセンターに向かうことにした。
神凪島には、大きなショッピングセンターは西と東で2つしかない。同じ系列の店だが、西側の方が僅かに大きい。私は食料品とお見舞用の花と果物を、神大君は本と雑貨を買い、昼食を済ませ、ベンチで食後のソフトクリームを食べていた。
(こうしていると、なんかホントにデートみたいだな…。あ………神大君の口にクリームが付いてる………。教え…いや拭ってあげて………いやいっそ……)
ブー!ブー!
「うわぁ!?」
変な方向へと考えが進んでいた私は、突然鳴った携帯のバイブに驚いた。見ると病院からの電話だ。
「うぉっ!?いきなりどうしたんだ?由季。」
神大君もいきなり声を上げた私に驚いている。私は謝ってから、病院からの電話だということを伝え、電話に出た。
「もしもし…?はい、そうですけど。………………………………え!?何があったんですか!?はい………はい!い、今すぐ向かいます………!」
私は電話を切ると、慌てて立ち上がり、神大君に向かいなおった。
「お母さんの容態が………急に悪くなった、って………!」
私と神大君はタクシーを拾い、すぐに病院へと向かった。ゆっくり歩いてなどいられない。タクシーを降りると、いけないとは分かりつつも、走って病院の受付へと向かった。
「蕩野志穂の娘の蕩野由季です!お母さんは…!?」
捲し立てるように言うと、怪訝な顔をしていた看護師はすぐに険しい顔になり、病室へと案内してくれた。
「お母さん………!!」
病室のドアを勢いよく開け、母親の姿を見た私は、衝撃のあまり、持っていた買い物袋を落としてしまう。音を立てて、中の果物等が転がった。
「ぇ………………………?」
言葉にならない呟きが漏れる。それもそのはずであった。1ヶ月前にお見舞にきた母とは、別人のようだった。体は骨格が見えるほどまで痩せ細り、血色も失っている。聞くところによると、一度は治った心臓病が、一週間前に再発したらしい。それも重度のもので、激しく悪化していったとのことだ。
「手は尽くしましたが、もう長くは持たないでしょう………、最期は傍に………いてあげて下さい…。」
医師が暗い声でそう告げる。私は最初、意味がよく分からなかった。医師はなんと言ったか。長くは持たない…?最期は傍に…?………最期?最期………。母は………もうすぐ………死を迎える………?
私は母に駆け寄り、痩せ細った手を握った。
「お母さん…!お母さん………!!」
「………ゆ…き………?そこにいるの…は由季なのね…?………お母…さん……また………そう………呼んでくれるのね………?」
私が呼ぶと、母がそう枯れた声で返事をしてくる。一週間程前までは、母を呼ぶとき、「志穂さん」と呼んでいた私。でも今は違う。私の傍らに立っている彼…神大君が、大切な事に気付かせてくれたからだ。
「当たり前でしょ!?お母さん!!血が繋がっていなくても…本当の親子じゃ無くても………私達は、家族なんだから!!」
「………!家族…。家族…か………。由季…………私ね?自分の命がもう長くないことを悟り始めてから…ずっと、貴女の事ばかり考えていたの………。学校は楽しいのかな?友達とは上手くやれてるのかな?気になる子とか…出来たのかな?って………。」
「…学校は楽しいよ………!友達とも上手くやってるよ!…気になる人だって……いるよ!……だから!!」
母の言葉に、私は素直な気持ちをぶつける。もう涙で前があまり見えなくなっていた。
「そう………。良かった…。やっぱり、娘が幸せだという話を聞くと………私も、幸せだよ………。これで、もう………。」
母の呼吸はか細くなって来ていた。もう死が間近な事は明瞭だった。
「それでお母さんが幸せになるなら、これからもいろいろ伝えに来るから!毎日毎日、伝えに来るから……!だから………だから!!…死なないでよ………お母さん!!!!私を一人に、しないでよ!!!!」
「ううん………。貴女は一人じゃ無いでしょ………?友達が、想い人が、………家族がいるんだから。」
「でも………でも!私の"お母さん"は、お母さんだけなんだksら………!お母さんともっと一緒に話したいから………!だから………!だから………………」
「………由季。ねえ………笑って?貴女の笑顔を………納めておきたいの………?」
「………こう?………こうで………いい?」
私は涙を拭い、無理やり笑顔を作った。涙は止まることなく溢れてくるが、笑顔は崩さないようにした。
「ありがとう………。最期に貴女と話せて、嬉しかった。最期に貴女の笑顔が見れて、嬉しかった。………貴女が私の娘でいてくれて………………嬉しかった。母親らしいことなんて何もしてあげられなかったけど、貴女が娘で、幸せだった。……………由季。私の、たった一人の………家族。たった一人の………愛しき子………。私の子でいてくれて………………………………………………ありがとう………………………………………………………………………………………………………」
そう言って母は、目を閉じた。握っていた手からも、力が抜けるのを感じた。母は二度と、目を覚ますことは無かった。
「………うっ………うぅっ…………うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!!!!!」
私は大声で、泣いた。涙が枯れる程、喉が潰れる程、鳴き続けた。神大君が背中をさすってくれていたが、泣くのはやめられなかった。日が暮れて………空が暗くなって………。ずっとずっと、泣いていた。
家族。それは自分と何らかで繋がっているもの。
家族。それは互いに何かを言い合えるもの。
家族。それは、いなくなると、とても悲しいもの…。
外には満開の星空と、欠けた月が浮かんでいた。
二人の親子が繋がれたことを喜ぶように。
二人の親子の別れを悲しむように。
この日、島には、一人の娘の泣き声だけが響き渡っていた…………。




