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第2話 淡い想い,微かな疑念

 「神大(こうた)君ゴメン……、このプリント教室までお願いしていい?集会に遅れそうで……」

 学級委員長である由季(ゆき)は、職員室前でそう言い、彼にプリントを手渡した。

 「おう。了解」

 そう言って彼は、すぐに仕事を手伝ってくれる。あの日、彼の言葉に救われてから、隣の席ということもあってか、彼と話す回数は増えていった。まだ彼が転校してきて一週間なのに、一番仲の良い男の子になったかもしれない。佳奈(かな)にはよくからかわれるけど、何故かあまり悪い気はしない。今思えば、私は、この時から彼に恋をしていたのかもしれない……。


 「いや~……疲れた疲れた~!」

 「ああ、そうだな~…」

 サッカー部での活動を終えた神大は、友人の疾風(はやて)と共に帰っていた。疾風とは趣味と波長が合い、この学校に来てすぐに打ち解けた。だから部活も、彼と同じサッカーを選んだのだ。元々サッカーが好きということもあったが、やはり疾風がいたのは大きいだろう。

 「ん……? なあ神大、あれ……」

 そんな事を考えていると、疾風がそう言い指を指してくる。指差す方を見ると、ガラの悪い5人組が、2人の女子生徒を路地裏へと連れ込もうとしていた。

 「ねえ! 放して!」

 「放して下さい……!」

 聞き覚えのある声……。よく見てみると、絡まれていたのは由季と佳奈だった。

「ぶつかっておいてそれは無いだろ? 嬢ちゃん方?」

「ワザとそっちからぶつかってきたくせに……!」

言いがかりをつけられたのだろう。佳奈が言い返し、抵抗しようとしているが、不良5人相手では分が悪い。由季は涙目で(うつむ)いている。

「疾風……!」

 不良に聞こえないように名を呼ぶと、彼は今にも飛び出しそうになっていた。俺も同じ気持ちだったが、無闇に出ていっても意味が無い。俺は疾風に手短に作戦を告げた。

 作戦は至って単純、疾風が裏から回り込み、俺が前から挑発する。由季と佳奈に手を出されてからでは遅い、疾風が見えなくなったのを見計らい、俺は路地へと躍り出た。

 「……大の大人が5人して2人の女子中学生を襲うとは情けねーな。そんなんだから女も出来ないんだろう?」

 俺は不良を挑発する。すると不良達は予想通り、由季と佳奈を放し、こっちを向いた。

 「何だテメーは! ぶっ殺すぞコラァ!」

  (いかにも血の気が多いな…。まあ、好都合だけどな…!)

 不良が5人とも金属バットを持ち、かかってくる。その隙に、回り込んだ疾風が由季と佳奈を助け出した。不良はそれに気付き振り返った。呼んでいた警察もそろそろ駆け付けるはずだ。サイレンの音がかすかに聴こえてきた。

 「お姫様の救出は済んだぜ? 後はお前らがお縄につくだけだぜ?」

 疾風がそう言い、二人にケガが無いか確認している。ここまでは手筈通りだ。しかし

 「ふざけんじゃねーぞ!!」

 リーダー格の男が、一瞬の隙を着いて由季に飛びかかった。疾風は佳奈の方を気にしていて、反応が遅れている。

 「由季!!」

 俺から男までの距離、およそ5m。俺は飛び出し、"空中"で加速して、男の前に着地し、振り返り様に男の顔面に右ストレートを叩き込んだ。男は5m程吹っ飛び、地面に落ちて気を失った。不良の仲間達も、由季達も唖然としている。人間が5mも吹っ飛べば無理もないだろう。

 (しまった……つい「力」を使っちまった……)

 「神大……今のは…………っと、警察が来たか」

 ただ一人、(いぶか)しげな目を向けていた疾風が何か言いたそうにしていたが、警察が来たので、そちらを優先することにした。事情を説明すると、警察は驚きを隠せない顔をしていたが、やがて救急車を呼び、リーダーの男を乗せ、他の連中を警察車両へと乗せた。聞いた話によるとどうやらこの不良達は、前から悪さを繰り返して逃げ回っていたらしい。今回の件で捕まえたことにより、しっかりと法の裁きを受けさせることが出来るそうだ。表彰の日程等を説明されたが、俺は辞退した。元々由季達を助けるための行動だ。それで誉め称えられるというのも何かおかしい気がした。


 「なあ神大、さっきの話なんだけどさ…………」

 そう言って、疾風が話しかけてくる。由季と佳奈は、何かケガをしていないか、一応検査を受けているみたいだ。話と言うのは恐らく、さっきの俺の「力」についてだろう。この事は知られたくない事なので、どうにか曖昧(あいまい)誤魔化(ごまか)そうとしていると、続けて疾風が言ってくる。

 「お前のさっきの、"空中"での加速といい、パンチの威力といい、まさかお前は、俺と同じ………………」

 ヒュオォォォォォォォォォォ……!

 一際強い風が吹いた。その風により、疾風の最後の言葉を聞きそびれてしまった。聞き直そうとすると、検査を終えた由季と佳奈がやって来ていたのに気付く。特に目立った外傷は無いみたいだった。

 「さっきは……助けてくれてありがとう……。えっと、それで、その……な、なまえ……」

 名前?名前がどうしたのだろうか?見ると由季は何故か顔を赤くしている。

 「えと……その……由季、って…………さっき……」

 ここでようやく俺は、由季の言わんとする事を理解した。さっき俺は、不良リーダーが由季に襲いかかろうとしていたときに、感情が高ぶり、「ちゃん」を抜かし、呼び捨てで「由季」と呼んでしまっていた。佳奈は自分から呼び捨てで良いと言ってきたので呼び捨てにしているが、由季は呼び捨てにしたことがない。今となって恥ずかしくなったのだろう。実際俺も少し恥ずかしくなってきた。

 「ゴメンな、つい………」

 「え、えっと……そうじゃなくて……」

 謝ろうとしたが、由季の言葉に遮られてしまった。謝らなくてもいいという事なのだろうか?

 「そうじゃなくて……その……これからも…………由季…でいい………よ…?」

 予想外の言葉に俺は目を丸くした。怒っているのかと思っていたが、そうでは無かった。顔を一層赤くして、上目遣いで言ってきた由季に、俺は少なからずドキリとした。

 「あ、ああ、うん。それじゃあ……由季。さっきの事件、本当に大丈夫か?」

 「……うん…恐かったけど……神大君が、助けくれたから。さっきは本当にありがとう……!」

 そう笑顔で述べてくる由季に、俺はさらなる動揺を隠せなかった。由季のことを、「可愛い」と思った。

 「んー? なんかいいムード~?」

 「なんか俺デジャブなんだけど~……?」

 予想通り佳奈がからかってきた。疾風も、自分の功績が無かったかのように言われて口を尖らせている。だから俺は、言ってやった。

 「そーいや、由季と佳奈の姿を目の当たりにして、俺の制止も聞かず、すぐにも飛び出しそうになっていたのは疾風だったかな~。アイツら佳奈を……!とかも言ってたっけか。」

 「え……。ホント……? 疾風君……?」

 佳奈が珍しく(しお)らしい目で疾風を見る。

 「…違っ……いやっ……違くはねーけど…………、神大! ちょっと盛ってんじゃねぇ!」

 そう言って疾風が向かってくる。俺はしてやったりと思いながらも、先刻の話を思い出していた。

  (さっき疾風が言おうとしていた事は何だったのだろうか……?"まさかお前は、俺と同じ"……? 疾風と同じ…………? …………まさか、な。)

 先程疾風の言葉を遮った強風。その風は、自然に吹いたものなのだろうか? それとも、誰かが、何らかの理由で"吹かせた"ものなのだろうか……? 今となっては知るよしも無い。

 俺は、まだ顔の赤い由季と、いつものからかうような顔に戻っている佳奈と、突っかかってくる疾風と共に、今度こそ帰路へと着くのだった…………。

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