第1話 出会いと始まり
西暦2215年4月20日……。
神奈川県、神凪島。神凪島は、太平洋沖合い付近に存在する離島だ。周りは綺麗な海に囲まれている。人口がさほど多くないためもあり、小・中学校は1つずつしか無く、高校は無い。そのため大抵は、中学を卒業すると、島を出て高校に通うか、すぐ職に就くかのどちらかであったが、5月から高校の建設が始まり、来年からは島の高校にも通えることになっていた。私もそこに入学しようとしている。
ここ、私達の通う神凪中学校は島の南西に位置している。全校生徒は人口に比例して少なく、1学年1クラスである。この学校は海が近く、教室の窓からは、校庭の先にもう海が見える。だから私は、この一番後ろの窓際の席を気に入っている。3年生となり教室も一番上になって、海がよく見える。海を見ていると、何だか落ち着いた気分になるのだ。
そういえば、空席だった隣の席に机が置いてある。転校生でも来るのだろうか?
「おはよ由季♪ ねえ聞いた?今日転校生が来るんだって! それもなんか、カッコいい男の子らしいよっ♪」
予想はどうやら当たっていたらしい。私、蕩野由季に前の席から笑顔で挨拶してきたのは、親友の安藤佳奈だ。活発な性格で容姿も可愛いことから、クラスでの人気も高い。
「おはよ、佳奈。やっぱり転校生なんだ。でも、ここに転校生って珍しいよね」
私は男子と話すのが余り得意では無く、男友達も少ない。カッコいいと言われても、そういう色恋がよく分からないため、反応しようが無い。私は佳奈に別な話題を投げ掛けた。
「んーまあね~。島から出ていく人はいても入ってくる人は少ないからねー。何でも、親の都合らしいよ?」
佳奈がそう答えた。
(親の都合……転勤ということかな?やっぱ珍しいな~。)
「そ・れ・よ・り・も! 隣、席置いてるってことは、そこが転校生の席じゃないの~? どうする?由季~?」
佳奈が思い出しかのように言ってきた。カッコいいということに対しての「どうする?」なのだろうが、返答に困る。
「どうするって……。私そういうのよく分からないから、何とも……」
「ちぇー、つまんないの~」
私が曖昧に言葉を返すと、佳奈は唇を尖らせてつまらなそうにした。
そんな話をしていると、一人の男子生徒がこっちに向かってきた。
「おはよ、佳奈、由季ちゃん。転校生の話聞いただろ?やっぱ珍しいよな」
そう言って佳奈の隣の席に腰を下ろしたのは、佳奈の幼馴染みで、私の数少ない男友達の一人でもある、音神疾風だ。運動神経抜群で、足の速さは中学生の域を遥かに超えている。そんな彼もまた、容姿も相まってクラスでの人気が高い。
「おっはよ~、疾風♪」
「おはよう、疾風君。うん、珍しいよね」
クラスで人気の高い二人は、密かに付き合ってるのでは無いかと噂されているほど仲が良い。そんな二人が、地味な私に構ってくれるも不思議な程だ。まあ、こちらは悪い気がしないのでいいのだが。
「おはよー皆! 席着いて~? 朝のHR始めるわよ~!」
転校生に着いて話をしていると、HR開始のチャイムが鳴って、担任の清水麗香先生が入ってくる。麗香先生はまだ20台で、美人で優しく、生徒の相談に親身になって乗ってくれるいい先生だ。
「聞いている人もいるかも知れないけど、今日からこのクラスに転校生がやってきます。親の都合でこの島に来たばかりらしいから、皆仲良くしてあげてね~?」
「「はーい」」
皆ワクワクしているようだ。人数が少ないのだ。新しい友達が増えるのは、喜ばしいことである。
「それじゃあ入って来て~?」
先生が促すと、律儀にノックされた後ドアが開いた。
「失恋します」
入って来た生徒を見た女子達は色めいている。佳奈の言っていた通りに、格好いいのだろう。私はそんな中、彼から不思議な雰囲気を感じとっていた。
(何だろうこの感じ…、この雰囲気……。何か……私と、似ている……?)
「神条神大です。宜しくお願いします」
礼をして顔を上げた彼と目があった。彼は微笑んでいたのだが、私は反射的に顔を反らしてしまった。顔が少し熱かった。
「じゃあ皆も自己紹介してあげて? 最後に質問とかもお願いね。」
麗香先生が言い、自己紹介が始まる。前から横にいくようなので、私は一番最後のようだ。
(神大君は、体育と国語が得意で、好きな食べ物は寿司とラーメンで…………って私、何考えてるんだろう……)
「最後、由季ちゃん、お願いね」
一人で悶々としていると、いつの間にか私の番になっていたらしい。私は慌てて立ち上がった。
「蕩野由季です。よろしくお願いします」
(何か一言……か……。何か……何か……あ……。)
「えっと……"家族"って、どういうものだと思いますか?」
教室が静まりかえる。先生も少し困ったような顔をしている。やってしまった…………。なぜこんな質問をしたのだろう?それも初対面の彼に。私は、質問をし直そうとした。
キーンコーンカーンコーン
HR終了のチャイムが鳴る。
「あ、チャイム鳴っちゃった……。えっと……ゴメン由季ちゃん、私授業入ってるの……。終わっても…いい?」
申し訳なさそうに麗香先生が言ってくる。私としてもこの空気からはすぐに脱したかった。
「あ…はい……」
「ゴメンね? 折角質問してくれたのに……それじゃあ皆、今日も頑張りましょう!」
HR終了の号令が掛けられ、神大君は私の隣の席に座った。
「よろしく、由季ちゃん」
「……うん。よろしく」
(……名前、覚えてくれたんだ…)
神大君の周りにはクラスメイトが集まってきた。その後も休み時間の度に集まってきて、楽しそうに会話している。私はどこか上の空でそれを聞いていた。
放課後、学級委員長と言うこともあり、私は神大君に学校を案内してあげることになった。皆は部活に行っていないので、二人きりである。いつもなら動揺していたが、私は朝の質問で上の空だったこともあってか、あまり動揺していなかった。最後の屋上に着き、「ここは夕焼けが綺麗なんだよ」と、面白くも無い話をして、帰ろうとした。
「あのさ……。朝の由季ちゃんの質問なんだけど…………。何か訴えてるような気がしたんだけど…。お節介かもしれないけど…。相談なら、乗るよ?」
突然、神大君が朝の話を持ちかけてきた。忘れようと思っていた話だ。でも、神大君は「私が何かを訴えているな気がした」と言う。その通り、私は誰かに、胸に抱える気持ちを訴えたかったのかもしれない。気付くと私は、佳奈にも、疾風君にも、先生にも言ってなかった自分の家庭事情について、神大君に話し始めていた……。
物心がつく前に、両親が事故で死んだこと。母の妹…今の母に引き取られ、小学生になる少し前に義父も出来たこと。義父が浮気をし、小5の頃に出ていって、連絡も教育費もよこさないこと。教育費を稼ぐための過労により、中1の頃から母が倒れて入院していること。「家族」という言葉を聞くたびに、家族について考えるたびに、お義母さんとの関係がよく分からなくってしまっていくこと。見舞いに足を運ぶ回数が減っていき、行ってもろくに話をせず、ここ暫くは足が途絶えていること……。全てを話した。「そんな事で……」と引かれると思った。「それは仕方無い」と流されると思った。でも神大君は、そうは言わなかった。
「……そっか。俺、両親はいるけど、どっちもホントの親じゃ無いから…何となく気持ち、分かるよ。でも…さ……。例え血が繋がって無くてもさ、同居してる人だったり、友人だったり、恋人だったり……お互いに、繋がっていれば、それは一種の家族って言うんじゃないかな…? 繋がりたい、繋がっていたいと思う相手なら、その人は一種の家族なんじゃないかな…? だから…さ、…お母さんのお見舞い、行ってあげたらきっと喜ぶよ?由季ちゃんと由季ちゃんのお母さんは…家族なんだからさ…」
神大君の話を聞き私は、一粒の涙を流した。つっかえていた心の痛みが洗い流されて……嬉しくて、でも何か哀しくて…。
涙を拭った私は、神大君に、私は笑顔を見せ言った。
「ありがとう」
今度の連休、"お母さん"のお見舞に行こう。学校の話をたくさんしよう。私の心を融かしてくれた、一人の転校生の話をしよう…………。
海の向こうに浮かぶ夕陽は、心の色を示すように、いつもより、輝いていたような気がした。
これが、神大君と私の出会いであり、全ての物語の始まりだった………。