第9話 果たされた誓い
西暦2216年5月1日…神奈川県、神凪島。
キーンコーンカーンコーン……
「ふわぁ~ぁ…」
4時間目終了を報せるチャイムと同時に大きく伸びをした彼女は、私の親友……安藤佳奈だ。どういう運命か、私と佳奈の席の位置関係は変わらないでいる。例によって1クラスしか無いのだが、3年連続だと、やはり何かの運命だと思ってしまう。もっとも、私は親友がすぐ前の席にいるのはとても嬉しいのだが。
「由季~、今日は弁当どこで食べる~?」
佳奈が私の方を振り向いて、屈託の無い笑みで聞いてくる。中学校の頃までとは違い、昼食は弁当もしくは購買である。私は気分的に屋上を指定し、佳奈と共に、弁当を持って階段を上がった。
「ん~……やっぱここ、気持ちいいね~……。」
佳奈がそう言って腕を大きく広げる。私はそれに同意しながら、いつもの海側のベンチへと向かった。
この屋上は、私にとってもお気に入りの場所だ。……あそこの……神凪中の屋上に似ているから、というのが大きな理由でもある。私は、手すりに腕を掛け、水平線の向こう側を見つめながら、今までの出来事を思い出していた……。
2年前の4月20日、私はこの場所で"彼"に"家族"の意味を与えられた。母の死という悲しみが待っていた私を、彼は救い、家へと受け入れてくれた。海、祭り、文化祭…たくさんの思い出を作った。聖なる夜には、互い気持ちを伝え合い、彼と恋人同士になれた。しかし、神凪中卒業式の日、彼は…彼等は、突如として姿を消してしまった。私達は深い悲しみに落とされたが、彼等の遺した手紙によってそれを乗り越えた。
そして私達は、ここ…神凪学園高等学校に入学した。神凪学園は完全なる新設校だったためか、入学当初は1学年1クラス…全校生徒はたったの38人だった。だが、2年目の今、全校生徒は去年のおよそ6倍…238人にまで達した。理由は単純、新設されたばかりの、美しい海と自然に囲まれた高校があるということが、昨年の間に、全国の中学生の間で広まったのだ。神凪学園には寮もあり、義務教育が終わり高校になったということもあることから、本州の親元を離れ、ここで学園生活を送りたいと思う生徒が多く、今年度は入学希望者が殺到した。そこで急遽、冬・春休みの間に増築が行われて、今では、2年生が1クラス38名、1年生が5クラス200名と、何ともアンバランスな状況である。これからの生徒達のことを考え、全学年でA~Eまでの教室が用意されているが、私達2年生は無論2ーAだけである。来年もまず間違いなく3ーAであろう。
38人……中途半端な人数は、誰かが……彼等が足りないということを示しているようにも思える……。
「……き。……由季ってば!」
私はそこで、佳奈に名前を呼ばれているのに気付いた。
「ご、ゴメン……考え事してて……何?」
「何?じゃないよー。さっきから名前呼んでるのに気付かないんだもん。別に何かあったわけじゃないよー?それで……?何考えてたの?…って、聞くまでもないか…。」
どうやら佳奈にはお見通しらしかった。佳奈は私と同じく手すりに腕を掛けて、目を細めながら言葉を続ける。
「……あれからもう、1年経つんだよね…?……二人とも、元気かな……?」
思っていたことを佳奈に言われ、私は思わず苦笑を漏らしてしまった。私はそのまま笑顔をつくると、言った。
「きっと……元気でやってるよ。……案外すぐに戻ってきてくれるかもよ?…………なんてね。」
私は、佳奈と二人、そうして海を眺めていた…。
「ただいま~…って、誰もいないか。」
中学生の頃に引き続いて生徒会長を勤めている私は、生徒会活動を終え、帰宅した(3年生がいないため、2年生の私が会長を勤めているのである)。
帰宅……といっても、ここは私の本当の家では無い。唯一の肉親を失い、関わりたくない親戚に引き取らそうになっていたところを、居候させてくれることになったのだ。"彼"が事情を説明すると、彼の両親…沙織さんと玄吾さんは快く私を受け入れてくれたのを覚えている。二人は共働きで忙しい中、"彼"がいないにも関わらず、今も私の面倒を見てくれている。
テーブルの上には、夕食と、帰るのが遅くなるという旨のメモが置いてあった。昼食の弁当もほぼ毎日作って貰っている(さすがにたまには自分で作っている)上に、こうして食事も寝床も与えてくれているのだから、本当に感謝してもしきれない思いである。
私は夕食を食べ終えると、皿を洗って片付け、いつもより早めのお風呂に入った後、いつもより早めに部屋で休むことにした。
階段を上がると、ふと"彼"の部屋が目に入った。私は、導かれるようにと部屋のドアを開けた。
もちろん、彼の姿は無い。だけどここからは、ここからだけは、彼の痕跡を感じとることが出来る気がする。私は、彼のベッドに横になった。
(少しだけ…本当に少しだけだけど、"彼"の匂いがする…………。)
私はそのまま、そこで眠りに就いてしまっていた…。
翌日。目を覚ますと、ベッドで寝ていた私の上には毛布が掛けられていた。沙織さんか玄吾さんが掛けてくれたのだろうか?下に降りると、二人の姿は無かった。最近忙しいらしく、土曜日の今日も仕事に行っている。私は朝食のパンを食べ終えると、財布を持ち、外へと出て、その足で街のショッピングセンターへと向かった。
今日は5月2日、母・蕩野志穂の命日である。私は、花と線香、母の好物だった焼き菓子を購入し、母の墓がある墓地へと向かった。
私は、月に2回のペースで母のお墓参りに来ている。学校であったことなどを、母を寂しがらせないため、あまり日を空けずに伝えに来ているのだ。
墓石の前に到着した私は、水を替えて花をあげ、お供え物を供えてから、語りだした。
「お母さん、私だよ。お母さんがそっちに行ってから、もう2年も経つんだよね…。そっちでは元気でやっていますか?私は、元気です。後輩も出来たし、佳奈とも、クラスメイトとも仲良くやってるよ。ただ…"彼"がいないのはちょっと寂しいけどね……。あ、そういえば一昨日ね……………………」
母に話を終えた私は、また来るねと言い、墓地を後にした。するとそこで、弓道部の部活帰りの、弓を背負った佳奈にばったりと会った。
「あ、由季!こんなとこでどうしたの?…ってそっか、今日は…………。」
「……うん。お母さんの命日だから……。あ、佳奈、今帰りでしょ?私も今帰るとこなんだ。一緒に帰ろ?」
私と佳奈は、よく晴れた昼下がり、家への帰り道を歩いていた。西公園に差し掛かると、何やら人影を見つけた。一瞬、普通に島民がいるのだと思い声をかけようとした。しかし、その人影は妙な動きを見せていた。よく見ると、何やら黒服の男が地面を掘り返している。明らかに異質な光景だ。
「ねえ由季……。何か嫌な空気がするよ……。ここを離れよう……?」
佳奈が震える声で言ってくる。私は頷き、来た道を一旦引き返そうとした。
「……嬢ちゃん方、そこで何をしてる。」
途端、後ろから男の声が聴こえてきた。私達が恐る恐る振り向くと、そこには先程の男と同じ格好をした、威圧感を纏った男が立っていた。
「もう一度聞く。そこで何をしている。」
男が声音を低くして言ってきた。
「そ……その……帰り道で……たまたまそこの人が地面を掘り返しているのを……見て……。」
私は、震える声で答えた。すると男は、舌打ちをしながら、携帯電話を取り出した。
「ああ……ボス。住民に魔力発掘を見られました。はい……はい。分かりました……処分します。」
「だそうだ。悪いが君達にはここで死んでもらう。」
そう言い放つと、男は手を前に出した。するとそこに、一降りの剣が現れる。そして男は、何の躊躇いもなく、私に向かって剣を降り下ろしてきた。
「危ない!!」
そう叫び、佳奈が背負っていた弓で剣を受け止めようとした。その隙に私は後方に離れたが、弓はそのまま真っ二つに斬れてしまった。
「ふん……邪魔だ……。」
男は言い放つと、佳奈に回し蹴りを入れた。佳奈はその場で崩れ落ちる。
「佳奈……!!佳奈、だいじょう…………」
佳奈に駆け寄ろうとした私の喉元に、剣の切っ先が据えられる。
「動くな。そして喚くな。……そちらのお友達は威勢だけは良いようだからな……絶望の顔を見るためにも、まずはお前から殺らせて貰う。」
「……………………っ!!きゃっ…………!」
私は男に突き飛ばされ、その場で横に倒れた。向こう側で倒れている佳奈が、苦しげな表情でこちらに手を伸ばしてくる。
男が剣を振りかぶった。
「……死ね。」
私に向かって、剣が降り下ろされる。
(こんなところで……終わっちゃうのか……。佳奈ともうちょっとお喋りしたかったな。お母さんにもっといろいろ伝えたかったな。……神大君にもう一回だけ、会いたかったな…………。)
私は顔を俯け、目を閉じ、死を覚悟した。
……しかし、いつまで経っても、男の剣が私を斬り裂くことは無かった。恐る恐る、目を開ける。すると、男の剣は、何者かの剣によって受け止められていた。私は顔をゆっくりと持ち上げた。
そして、私を救ってくれた乱入者の姿を視界に納めた途端、何とも言えない感情に胸が締め付けられた。
「…………ぁ、ぁぁ………」
彼は男の剣を振り払うと、顔だけで振り向き、言った。
「言ったろ?"由季がピンチの時には、どこにいても・どんなときでも…必ず由季を、守る"って…。」
その乱入者は、私が再会を待ちわびていた最愛の人……他の誰でも無い、神条神大その人だった。
「……神大……君!」
私はありったけの想いを込めて、彼の名を呼んだ。
「……悪い、待たせたな。そこで待っててくれ……。すぐに、終わらせる。」
私は、安心感に包まれて、身体の力が抜けていくのを感じた。
「うん……待ってる…………。」
俺は、意識を失った由季を横目で見ながら、男に向き直った。
「お前だな。由季を手にかけようとしたのは。」
敵意を込めた声でそう問いかける。
「フン……。そこのお嬢さん方が我々の研究の邪魔をするから悪い。せっかく殺せたと思ったのに…邪魔者め。その剣が何だかは知らんが、我が剣の下に斬り捨ててくれよう。」
男がそう言って、剣を構える。
「斬り捨てる…か。その言葉、そっくりそのままお返しする。」
男が斬りかかってくる。俺は剣を掲げ、少しの"力"を込める。
次の瞬間、男の剣は真っ二つに折れていた。
「な……に……?ありえない……我が剣が…ボスから与えられた"魔器"が折れるなど……。」
「"魔器"だと?この程度の剣が、魔器なはずがあるものか。貴様はそのボスとやらに騙されているに過ぎん。」
俺が冷ややかに述べると、男は激昂してきた。
「黙れぇ!ボスが我々を騙すはずが無い!それに剣を折ったからって調子に乗るなよ小僧が!」
男は言い放つと、身体に闇の波動を纏う。しかし。
「裁き……束縛。」
俺の"力"により、男は身動きをとれなくなる。
「なんだこれは……身体が…動かん…!」
「…これが俺の力…いや…神技、"裁き"だ。ついでに言っとくと、こっちの剣は、神器……"裁きの剣<ジャジメント>"だ。」
俺が言い放つと、男が息を呑むのが聴こえてくる。
「貴様……まさか、神技使い……か…?それに…魔器と双璧を成すと言われる、神器……を………。」
「ああ、そうだ。お前は、怒らせる相手を間違えたんだよ。」
俺は男に詰め寄った。
「ま、待て……。ゆ、許してくれ……。もうしないから!そ、そうだ!お前、俺達の仲間になれ!ボスもきっと気に入ると………………」
「裁き……一閃。」
最後まで言い終える前に、俺は男を斬り捨てた。男の身体は、黒い塵と化して、完全に消滅した。
(やはり人間では無かったか……。しかし、ボスから与えられた魔器……か。ボスとやらは…一体何者なんだ……………?)
「死ねぇぇぇ!」
不意に、死角から、もう一人の男が剣で斬りかかってきた。恐らくさっきまで公園内にいた男だろう。
俺は、考え事をしていたため、反応が遅れてしまった。
「……しまっ……!」
避けれることは避けれるが、避けたら由季に当たる。俺は傷を覚悟した。しかし。
男の身体がたちまち細切れになり、消滅した。この"力"は……。
「ったく、注意不足だぞ、神大。」
「疾風……。悪い、助かった。今のは……神技"風"によるものだろ?」
「……まあ、な。ってそれより、佳奈達は大丈夫か?」
そういえば由季と佳奈は倒れていたのだった。俺は由季を、疾風は佳奈を抱き起こす。
「由季……由季、大丈夫か?」
俺の呼び掛けに、由季が目を覚ました。
「神大君……。うん、一応…大丈夫。あの人達は……?」
「ああ……倒したよ。……由季が無事で、よかった……。」
そして俺は由季を強く抱き寄せた。由季も、俺にもたれ掛かってきた。俺達は、時間を埋めるように、強い抱擁を交わした。
………暫く抱き合った後に、俺が身体を離すと、由季が口を開いた。
「あ……そうだ。ねえ、神大君。」
「……ん?何だ?」
由季は大きな笑顔を浮かべ、言った。
「お帰りなさい」
俺はその笑顔に見とれながらも、言葉を同じく笑顔で返した。
「ただいま」
あの日の誓いは、約一年ぶりに、しっかりと果たされたのだった…………。