家出娘の知らないとこで
民を統べる王に必要なものは力だ。
物心ついた頃から私はそう教えられてきた。
おとぎ話のお姫様はみんなキラキラしたドレスを着ているよ?なんて疑問を口にすれば、その本は次の日には消えていて、かわりに歴代の王たちの伝記なんかが本棚に並べられていた。
稽古にじゃまだからと髪はいつも肩にかからないぐらいまで切りそろえられた。(俗にいうベリーショートだ)
友人はすべて男、しかも全員が兵士としてともに切磋琢磨してきた者たち。
そんな生活を18年続けた私に、昨日弟が生まれた。
「あ、跡継ぎが生まれたからもういいぞー」
稽古中だった私に父上から告げられた一言。
キレて父をボコボコにした私をいったい誰が責められようか、いや責められまい。
「……それで、家出してきたんだ」
「なんだその目は。言っておくが私は謝らないぞ。だって私は悪くないのだからなっ!」
幼馴染の微妙な視線から逃れるように、枕に顔をうずめる。
「いや別にヴェーニュスが悪いとは思ってないけど…いつまで俺の家にいるのかなって思っただけ」
「私は…アランの邪魔か?」
父をタコ殴りにした後、わずかな金銭と剣だけを持って城を飛び出し、アランの家に転がり込んだ。
正直彼に追い出されてしまったら私は途方にくれてしまう。
枕から顔をあげ上目使いに彼を見やれば、優しげな笑みを浮かべた彼の手が私の頭に乗る。
「そんなこと言ってないだろ?好きなだけいていいよ。俺はどうせ日中は仕事だし、自分の家…とは違って質素な家だけど、好きに使っていいから」
私の短い髪をアランの大きな手が優しく梳いてくれる。
「…ありがと」
その手があまりにも気持ちよくて、私はそのまま夢の世界に落ちていった。
無防備に寝息をたてる彼女の頬に軽く口付けて、俺は机の上に散乱していた書類に手を伸ばす。
内容は姫と隣国の王子の婚約について。
それは姫が生まれた瞬間から決まっていたことで、たとえ姫が嫌がっても覆せない。
「断ったら国際問題だもんなぁ…」
書類一式をまとめて火にかける。
「だから君がここに逃げてきてくれて助かったよ」
調べによると隣国の王子は王族の権力に驕った最低な野郎らしい。
そんなところに俺の大事なヴェーニュスをやるなんて、とんでもない。
だから君が俺の手が届く範囲に来てくれて助かった。
これなら俺は隣国の王子が暗殺されるまでの間、君を守っていられる。
「…本当は俺自らの手で殺したいんだけどね」
そうすると姫を守れなくなってしまうから、仕方なくその役は部下に譲った。
「…ぅん」
ヴェーニュスが小さく寝返りをうって、その愛らしい顔が俺の方に向く。
その顔から笑顔を奪う奴は王族だろうと許さない。
「君のためなら俺は何でも出来るんだ」
きっと明日には隣国の王子は死んでいるだろう。
そしたらあの王はまた新しい結婚相手を見つけてくるかもしれないけど、その前に脅して言うことを聞かせてしまえば問題ない。
一応彼女の親だけど、この18年間の彼女に対する仕打ちを俺は一生許しはしない。
「大丈夫。殺したりなんかしないから」
あんな親でもヴェーニュスが大切に思っているのは知っているから。
「でも、一生飼い殺すけどね」
あの王はこれから死ぬまで俺の操り人形となる。
それが18年分の罰だ。
「なんたって俺はこの国の宰相だから」
アランの家に居候を始めて1か月。
慣れないながらも料理や掃除洗濯をしたり、もう生活の一部となってしまった剣の稽古をしたりして平和に暮らしていた。
最初の頃よりは幾分ましになった料理はそれでも3日に1度は失敗してしまって、それでもアランはいつも残さず食べてくれる。
掃除や洗濯も初めてな私にアランは根気よくやり方を教えてくれた。
そんな状況が続けば、昔からほのかに抱いていた恋心が明確なものへと成長していくのは必然で。
私はアランに勇気を出して告白をしてみた。
「…す、好きだ」
机に向かって何やら書き物をしていたアランの背中に向かってそう呟けば、彼はゆっくりとこちらを振り返る。
「私はアランが…好きなんだ」
「それって…本気で言ってるの?」
アランの瞳が探るように私を見つめる。
「こ、こんなこと嘘で言えるほど器用な人間じゃない」
なぜだか涙が溢れそうになって、慌てて目元を乱暴に擦る。
「あぁ、そんなに擦ったら駄目だろ」
優しげな声と共に彼の手が私の手にかかる。
「ほら、少し赤くなってる」
目元をなぞったアランの指が、そのまま頬へと移動する。
子供の頃は私よりも小さかった彼の手はいつの間にかこんなに大きくなっていて、改めてアランは男の人なんだと意識させられる。
「…好き」
頬に添えられた手に自分の手を重ね、もう一方の腕を彼の頬に当てる。
彼にとって私は妹みたいな存在かもしれないけど、恋愛対象としては見てもらえないかもしれないけど、それでもこの気持ちが本気だってことだけはわかってほしくて。
「ヴェーニュス…」
アランの声がいつもよりかすれている気がした。
瞳がいつもより潤んでいる気がした。
風邪なのか?そう聞こうと開いた口は彼の唇でふさがれて、結局私の声は外に出ることはなかった。
「まいったな…」
あの後恥ずかしさでベッドにもぐった彼女はそのまま寝てしまって、俺の気も知らないで可愛い寝顔を存分に晒している。
俺はと言えば予想外の告白に今だ動揺していて、テーブルの上に広げた書類が全く頭に入ってこない。
正直彼女にとって俺は兄のような存在でしかないと思っていた。
「なのに、俺のこと好きとか言うんだもんなぁ」
本当はこの世間知らずなお姫様に恋の1つでもさせるつもりだった。
そして彼女が望むなら、そいつと一緒になれるよう掛け合う覚悟もあったのだ。
「折角俺が俺から逃がしてあげてもいいかなって思ってたのに」
ヴェーニュスの気持ちが自分に向いているとわかった以上、俺はもう彼女を逃がすことが出来なくなった。
「後悔しても、もう遅いから」
広げただけの書類を適当にまとめて暖炉にくべる。
それは姫の元婚約者の国が内乱で滅びたという報告書。
民の暴動は凄まじかったらしく、王家の血は根絶やしにされたらしい。
もちろん、暴動のきっかけは俺の部下が作った。
「君が愛した男は、こんなこと平気で出来ちゃうんだ」
安らかに眠る顔は俺なんかと比べ物にならないほど、純真で透明。
その綺麗な彼女を汚さないためにも、この事実は絶対に教えられない。
「何も知らない、俺だけの可愛い天使。一生かけて、愛してる」
ヴェーニュスってのはどっかの国の言葉で美しいとかそういう意味だったような…