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『ネット監視エリア内に、2つの端末が検出されました。端末はネットワークに対するアクセスを要求していますが、許可しますか?』
ユニの店内で石渡さんの試着を見ていると、アクセス許可申請が聞こえてくる。
僕はアクセス要求をしてきた相手を念のため確認する。千絵さんとスチュワートで間違いない。
(許可します。どうぞ)
僕が心の中で念じると、千絵さんの声が脳内に響く。
『芹沢さん。スチュワートさんの洗浄が完了いたしました』
『了解。ありがとう。一旦ネットワークからログアウトするから、そのまま待機していて』
『わかりました』
千絵さんとのやり取りを端的に済ませて、僕は石渡さんに声をかける。
「石渡さん。スチュワートを洗い終わったみたいです。一旦ネットワークからログアウトしましょう」
「む。そうかい? それじゃあまとめてログアウトしてしまってくれ」
「はい。それじゃあ、接続を遮断していきますね」
僕はネットワークからの遮断を脳内で指示し、段階的に感覚をネットワークの世界から切り離していく。この感覚の切り離し作業は何度やっても慣れない。自分の五感が少しずつ奪われていくようで、どことなく所在ない気持ちになるのだ。
目の前から小人の街が消え、喧騒も遠ざかっていく。この瞬間を見ると、あの世界はやはり幻だったのかなという気分になってくるから不思議だ。
『切断が完了しました。生体の感覚復元を開始します』
脳内でのアナウンスから、五感が戻ってくるのを感じる。
少しくすんだ木の臭いと、少し湿った空気の質感。それらはやはりリアルで、元の世界に戻ってきたなという感覚がある。
ゆっくりと目を開くと、目の前にはちょっと間の抜けた猫の顔。
「うわっ!」
猫の姿をしたスチュワートが僕の顔をのぞきこんでいたようだ。僕の声に驚いたのか、スチュワートは僕の体から飛び退き離れる。
「びっくりしたなあ、もう……」
そんな様子を見て、くつくつというお決まりの笑い声。
「戻ってきて早々に愉快な声をあげているな。芹沢君」
「目の前に猫の顔があったらびっくりもしますって……」
間抜けな悲鳴を聞かれたかと思うと、少し決まりが悪い。
「まあ、ともかくこれでようやく、そこのアンドロイドの記憶を探ることができるわけだな。やれやれだね。早く始めようか。私も早く自分のホビーを探したい」
「そうですね。千絵さん。大仕事ありがとう。しばらく休んでいてもらっていいよ」
「はい。芹沢さんのお役に立てて良かったです」
そう言って千絵さんは部屋の外へ出ていく。
僕はスチュワートを抱きかかえ、頭をなでる。
「スチュワートの視覚映像にダイレクトリンクすると、激しい上下の揺れとかがあって気分が悪くなる可能性があるから、一旦画像ファイルに加工してから見ることにしましょう」
「加工なんて、必要なのか?」
「はい。以前スチュワートがものをかくした事件のときにも、スチュワートの記憶を探ったって言う話をしたと思うんですが、その時は動画の再処理の手間をはしょるために視覚をダイレクトリンクしたんです。そしたら、走りまわるせいで上下に揺れる視界と、生物種の違いのせいでおこる違和感で、めちゃくちゃに酔ってしまって、何分も映像を見ていられなかったんですよ」
「へぇ……。そんなに違うもんか」
「ええ、結構堪えるんですよ。だから今回はその教訓を生かして、一度記憶情報を取り出してから、僕らが読み取りやすい形に加工しようと思います」
そこまで言うと、僕は頭をなでられて大人しくなったスチュワートの首に映像記憶を抽出するための電子端末を取り付ける。
スチュワートが持っていた今日の分の記憶を抽出し、コピーしていく。容量は想定したほど大きくなく、変換にもそれほど時間はかからなそうだ。僕は黙々と作業を進めていく。




