26
約100年前から、コンピュータは脳波をキャッチすることで、意識を直接プログラムやネットワークにリンクさせる機械になった。ネットワークに頭を直接リンクさせるので、難しい操作手段は一切なく、老若男女を問わず誰にでもネットワークを利用することができる。
しかし、このシステムには問題点もあった。脳を直接ネットワークに乗せること、それは自分自身の頭の中を第三者にさらす危険性があるということだった。悪意ある何者かに自身の頭の中を誰かにさらすということは、当然ながら危険な行為であり、ネットワーク社会はこのシステムを導入した当初は、脳波リンク式のネットワーク構築は犯罪の温床であるとも言われていた。
また、これらのコンピュータネットワークの極度な利用により、現実とコンピュータのネットワーク世界の区別がつかなくなるといった社会的な病も生まれ、その問題はさらに深刻なものとなった。
こうした背景をうけ、コンピュータ端末には改良がくわえられ、悪意ある意識のフィルタ機能や、利用時間規制等の対処がとられてきたが、それらはいまだに完全に機能してはいない。
しかし、社会はそのシステムの便利さゆえに問題点を抱えたネットワークシステムを今も利用している。
……ここまでの知識は全て、小人の世界の歴史から学んだこと。彼らの言う『巨人』であるボクには、現実とネットワークの世界の区別がつかなくなるということがよくわからないのだが。
石渡さんが浮かない顔をしているのは、小人の世界でのそうした社会問題のことを思っているのかもしれない。
コンピュータルームの中に入ると、机の上に小さなプラスチックの箱が一つ。ボクの目ではそんな風にしか見えない。しかし、石渡さんの目にはそうは見えないらしい。
「へぇ、旧世代のコンピュータとか言ってたけど、これ、見たことあるよ。まだコロニーでも、まだ現役で動いてるところあるんじゃないか?」
ボクの肉眼では箱にしか見えないそれは、石渡さんの目には何らかの機械に見えるらしい。
「ああ、やっぱり石渡さんにはきちんと機械に見えているんですね。ボクにはただの箱にしか見えないんですよ」
ボクが苦笑しながら言うと、
「ああそうか、巨人の君には機械に見えないレベルなのか。じゃあなんでこんなに小さい端末を使っているんだい?」
「はは、コンピュータみたいな精密機械は、巨人用のものなんて作ってくれないですもん」
ボクの答えに納得したように石渡さんはうなずく。
「まあそれもそうか。希少な金属とかいろいろ使われているもんな」
「はい。それに小さくても起動してしまえば大きさなんて関係ないですしね」
そう言ってから、ボクは目を閉じて一言「起動」とつぶやく。
コンピュータはボクの声紋を認識して起動を開始、自動的にこの部屋にいる人間の脳波を抽出し始める。その結果、コンピュータの所有者であるボクの意識はネットワーク上に意識を持ったアバターとして真っ先に出力される。
さらに、脳波抽出の結果を受けてコンピュータはボクの意識へと問いかけてくる。
『あなた以外に一人の人間の脳波を、検索有効範囲内で抽出しました。ネットワークへのアクセスを許可しますか?』
ボクはそれに対して、許可すると念じる。それと同時に、このコンピュータの管轄するボクの所有するネットワーク範囲内に、女性の形をしたアバターが出力され始める。
アバターは出力されながら、瞬時に危険な情報因子やバグ、ウィルスの類がないかスキャンがなされていく。その間ネットワーク内のボクの意識で、わずかに15秒。
「どうも。こうして同じサイズで対面すると不思議な感じですね。石渡さん」
ボクは目の前のアバターに笑顔で声をかける。
「ああ、どうもお邪魔するよ。顔が大きすぎて気がつかなかったが、意外とハンサムなんだな。芹沢君」
彼女はそう言ってほほ笑んだ。




