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世界人口が200億人を突破した頃、「ヒト」という種族は窮地にたたされていた。増加し続ける人口、それをやしなうための食料の不足、希少資源をめぐる戦争、経済破たんに伴う治安の悪化、気候変動etc……。
過去の人類が思い描いてきたような技術革新はなく、ヒトは太陽系を出ることもなく、時をかけることもなく、空間を移動することもなく、いまだに地球という星の上にあった。
居住空間を確保するために行った「月面移住計画」も2112年には頓挫し、人類という種の行き詰まりを意識せずにはいられなくなった。
しかし、ある技術革新により、「ヒト」という種はこの危機を脱したのである。
ヒトはヒトという種を捨てることによって、人類が生き残る術を見いだした。
現在の社会がこれほどまでに閉塞感に満ちているのは、言ってみれば「ヒト」が増えすぎたことにより、土地や食料、燃料といった資源が不足していることが問題だった。だからと言って消費を抑えるためにヒトを減らすという、非人道的な行動は許されるはずがない。そこで提案されたのが消費活動を、ヒトを減らさずに抑制する手法だった。
ヒトを減らさずに消費を抑制する、恐らくこの着想は以前の人間も考えたことがあるだろう。省エネ、エコ、多くの言葉が作られ、消費抑制はいくたびも促されてきた。しかし現実問題、人々は資源を食いつぶしてきた。
しかし、危機を脱却させた資源消費の抑制方法はそんな中途半端なものではなく、もっと大胆で、かつ強引なものだった。ヒトは消費を拡大し続ける生き物で、それを抑えることはできない。それならばいっそ、ヒトという種そのもののサイズを小さくしてしまうことで、消費規模を縮小し、資源不足を解消しよう、と。
しかしこの提案は、始めは受け入れられなかった。ヒトは他の生物を変化させることは恐れなかったが、自分自身の体を変化させることは恐れたのだ。
だが、当時人口爆発で生活困難者にあふれていた途上国と実験土壌を求めていた先進国の利害が合致し、アフリカ、東南アジア各国で実験的に人類の小人化が行われた。小人化実験には生活に困っていた多くの人間が飛びついた。このことからも、社会の多くの人間にとって、自分自身が改造されることに対する恐怖よりも、現実生活の困難さを脱却したいという気持ちのほうが大きくなっていたことがうかがえる。
最初の試験では、被験者約500人を小人化した。小人の箱庭は、500人という規模の小人を数部屋の実験室に収容した。遺伝子改変技術を受けた小人たちはその中で10日間の生活を行った。その結果、小人たちに健康障害は見られず、なおかつ消費活動の著しい縮小と、おおむね満足できるレベルの生活環境を実現した。
この実験の結果を受け、各国の政府は本格的に小人化の導入を検討し始めた。
当初、先進国は小人化の導入に難色を示したものの、多くの人口を抱える途上国では、小人化が圧倒的支持を受け、小人化は途上国を中心に試験的に導入されていった。
小人化試験導入からわずかに3年、小人化は着々と社会に浸透していった。
それに伴い、小人用の新たな街の建設、インフラの整備、小人用の食品加工や製造業など、小人による小人のための新たな需要が生まれ、経済も活発化していった。
このようにして経済の主体まで従来の人から小人に移っていくと、ヒトという種は着実に減少していき、世界の消費活動、資源の利用は抑えられ、社会を覆っていた暗い影は嘘のように薄れていった。これが小人という種が地球生物の主流となるまでの歴史。
一方で、ヒトという種全てがこの地球上から消えてなくなったわけではない。
この物語の語り手は、小人ではなく、数少なくなったかつての「ヒト」として生まれたボクが語る物語。