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夜は僕  作者: イヌモグル
5/5

○○○○○

 そわそわ、そわそわ。

そわそわ、そわそわ。


 時計は十時を回ったばかり。

まだまだ時間が早すぎる。

 でも、僕は。

でも。


 かちゃ、がちゃがちゃ。

すたすた、かつかつ。


 きっと彼女が夜なのは、白に恐れをなしたから。

暗闇の中に溶けてしまえば、もはや色など関係ない。

だから、だから。

だから彼女は。


 すたすた、すたすた。

すたすた、すたすた。


 僕は彼女のことを知る。

夜が明るくなっていく。

 彼女もそう。

彼女が僕を知れば知るほど、夜は明るくなっていく。

 そうして互いの姿を捉え、彼女は僕の、僕は彼女の。

 ああ。

素敵だ。


 すたすた、すたすた。

すたすた、すたすた。


 やはり、出るのが早いだろうか?

彼女はきっと、来ていない。

それでも、それでも。

それでも、僕は待っていたい。

彼女と何を話そうか。

彼女の何を知りたいか。

彼女は僕に何を求めるか。

彼女は夜か。

僕は夜か。

ベンチに座って、一人きり。

頭の中を、撹拌したい。


 ちゃりん、ちゃりん。

ぴっ、がこん。


 ああ、どうして、こんなにも。

どうしてこんなに、楽しいのだろう。

他人の事など、興味はないのに。

どうして、どうして。

彼女は、他人?


 すたすた、すたすた。

すたすた、すたすた。


 違うな、彼女は。

彼女は、夜だ。

夜のことなら、もっと知りたい。

夜のことなら、もっと触れたい。

夜を、彼女を。

 だから、僕は、公園へ向かう。

待っていないのを知りながら。

僕は、アスファルトの上を。

ひたすら、歩く。

夜の元へ。


 すたすた、すたすた。

すたすた、すた。


 待っていないのは知っていた。

気長に待とう、そうしよう。

 僕はベンチに腰かける。

静かだ。

とても静かだ。

時おり聞こえてくる音は、遠くで車の音くらい。

後は、虫が。

虫の声しか聞こえない。


 じー、じー。

じー、じー。


 彼女はきっと。

僕のように。

きっと、夜に逃げ出して。

 そうして、溶けて、彼女は、彼女は。

 ああ、早く。

早く、会いたい。


 じー、じー。

じー、すたすた。


 誰かの何かの音が近付く。

一歩一歩、踏みしめて。

彼女か?

彼女か。

きっと、そう。


 じー、すたすた。

すたすた、じー。


 夜が少しずつ、近づいて。

僕は、僕は。

 ああ、素敵だ。

素敵な夜だ。


 すたすた、すたすた。

すたすた、すた。


 「……ずいぶんお早いですね」

「なんだか気分が弾んでしまって」

「……私もあなたと、話がしたくて」


 ああ、すぐ、近くに。

夜が、僕の。


 「……お隣、座っても、よろしいですか?」

「ええ、どうぞ」


 すた、とす。


 僕は、僕は。

僕は、もう。


 「素敵です。夜も、あなたも」

「……私も。あなたが、素敵です」

「おかしいですね」

「……不思議です」

「あなたといると、満たされる」

「……なぜだか、妙に落ち着いて」

「互いに名前もまだ知らないのに」

「……まるで、あらすじがあるかのように」

「舞台の上の」

「……戯曲のように」

「ああ、マリア」

「……ああ、トニー」

「なんて」

「……なんて」


 くすくす、くすくす。

くすくす、くすくす。


 ウェストサイド物語。

二人でくすくす笑いだす。

どうして、こんなに。

どうして、こんなに。


「……おかしいですね、私も、あなたも」

「狂っているような気がします」

「……それでも、いいです、あなたなら」

「僕も、あなたと一緒なら」


 不思議なくらい、するすると、勝手に言葉が、唇を抜ける。

彼女が何を思っているか。

彼女が何を言いたいのか。

なぜだか、なぜだか。

なぜだか、わかる。


 「あなたは、なぜ夜が好きですか?」

「……夜は、全てに慈悲深い。全てに愛を、与えてくれます」

「なんだ、訊くまでもありませんね」

「……あなたも、夜の優しさに?」

「ええ、もちろん。僕も、夜に愛されたい」


 今、僕の。

僕の隣の、静かな夜に。


 「……運命なんて、そんなもの」

「信じたことなど無いけれど」

「……だけれど、これは信じたい」

「戯曲のように」

「……映画のように」

「嘘だとわかっているけれど」

「……今、舞台にいる瞬間は」

「本当のことだと」

「……信じていたい」

「なんて」

「……なんて」


 くすくす、くすくす。

くすくす、くすくす。


「あなたのことなら、わかる気がする」

「……あなたは孤独」

「あなたは一人」

「……あなたは好奇心旺盛で」

「なのにあなたは、排他的」

「……あなたはただただ愛されたい」

「そして同時に、愛したい」

「……それは本能で」

「それは理性で」

「……それはエスで」

「それは自我」

「……あなたは自分に自信がなくて」

「あなたは誰にも愛されなくて」

「……寂しくて」

「悲しくて」

「……情けなくて」

「可哀想で」

「……自分のことが大嫌いで」

「この世で一番自分が好きで」

「……臆病で」

「傲慢で」

「……怠惰で」

「生真面目で」

「……神経質で」

「無頓着で」

「……家族が嫌いで」

「認められたくて」

「……どこへ行っても」

「居場所がなくて」

「……やっとの思いで逃げ出したものの」

「自分の幼稚さに気が付いた」

「……愚かで」

「間抜けで」

「……浅短で」

「白痴で」

「……隣の青い芝を見て」

「ただ、ひたすら、妬み倒し」

「……向かいの枯れた花を見て」

「自らの花を祭り上げる」

「……どうして、どうして」

「どうして、こんなに」

「……自己紹介をしただけで」

「あなたをわかってしまうのか」

「……なんて」

「なんて」


 罵り合い?

いいや、違う。

夜であることの再確認。


 くすくす、くすくす。

くすくす、くすくす。


 「……なんて茶番」

「でも心地好い」

「……芝居じみた、言葉と言葉で」

「一つの舞台を作るかのよう」


 くすくす、くすくす。

くすくす、くすくす。


 自然と僕らは手を取り合う。

暖かくて、柔らかで。

夜の優しさが、満ち溢れてる。


 「そろそろ真面目に話しましょうか」

「……私も言おうと思っていました」

「考えることは、同じですね」

「……まるで鏡か、なにかのよう」

「あなたは、僕で」

「……あなたは、私で」

「ほら、また、茶番」

「……ああ、また、茶番」

「けれども茶番が心地好い」

「……けれども茶番に恋してる」


 くすくす、くすくす。

くすくす、くすくす。


 「……職業は?」

「K大生です」

「……あら、あなたも」

「ええ、僕も」

「……もしかすると、お互いに」

「太陽の下で、会っているかもと?」

「……それは、とても」

「とても?」


 ふるふる、ふるふる。


 彼女はとたんにうずくまり、それは嫌だと首を振る。


 ふるふる、ふるふる。


 「……光はもれなく嫌いです」

「それはなぜ?」

「……逃げ場がどこにもありません」

「六畳一間の小さな殻に、逃げ込むことはしないのですか?」

「……それでは、意味がないのです。いつまで経っても認められず、私は、私は、いつまでも」

「けれどもあなたは逃げ出して、今、夜の下にいるのでは?」

「……それは、あなたも」

「そう、僕も」


 繋いだ手から、指が這い、僕の胸元へ手が伸びる。

そうして、僕にすがるように、彼女は僕に抱きついた。

夜の匂い。

夜の感触。

夜の温もり。

夜の鼓動。


 「……私は夜に逃げ込んで、そうして安らぎを手に入れた」

「白日に晒され傷んだあなたは、優しい夜に恋をした」

「……ねぇ、あなたは、私の夜?」

「そうだよ、僕は、君の夜」


 彼女は僕の胸元に、顔を埋めて、頬擦った。

 ああ、僕は、僕は、夜だ。

僕は、僕は、彼女の夜だ。


 「……ずっとあなたを、求めてた」

「互いに愛を求めてた」

「……そうして、やっと、あなたを見つけ、自然と、あなたに、恋してた」

「愛することで、救われて」

「……愛することで、満たされる」

「ねぇ、君は、僕の夜?」

「……そう、私は、あなたの夜」


 互いにきつく締め合って、夜であることを確かめる。

確かに、彼女は、僕の夜。

確かに、僕は、彼女の夜。


 「僕らは互いに求めてた」

「……互いに互いを求めてた」

「僕は、君を」

「……私は、あなたを」


 僕は、彼女の夜なのだ。

彼女の夜は優しくて、例え彼女が白子であろうと、それを口に出すことはない。

彼女の姿を暗闇で包み、鋭い数多の光を遮る。

彼女を守り、彼女を癒し、彼女を愛され、彼女を愛す。

 そう、僕は、彼女の夜だ。

 そうして、僕は、彼女自身だ。


 「……けれども、いずれ、夜は明ける」

「だから、僕らは、互いを締める」

「……夜が明けるまで、いつまでも」

「傷を舐め合い、心を癒す」


 ああ、僕は、彼女の夜だ。

なんて、なんて、こんなにも。

こんなにも、素晴らしいんだろう。

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