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ぺちゃくちゃ、ぺちゃくちゃ。
かりかり、かりかり。
うるさいな。
どうして君らは。
僕のとなりに。
いつも来るんだ。
ぺちゃくちゃ、ぺちゃくちゃ。
ぺちゃくちゃ、ぺちゃくちゃ。
山任 大樹。
講義くらい、真面目に受けたらどうなんだ?
社台 栄進。
携帯は、カバンにしまってくれないか?
新堀 朝日。
頼むから、僕に話しかけないでくれ。
ぺちゃくちゃ、ぺちゃくちゃ。
ぺちゃくちゃ、ぺちゃくちゃ。
僕はただ、真面目に受けたいだけなのに。
気付いたら、彼らがいつも近くにいる。
真面目に受ける気がないのなら、後ろの席で寝ててくれ。
「そういやさぁ」
新堀が、また新たな話題を繰り出す。
やめてくれ。
教授の声が聞こえない。
「お前らさ、『妖怪女』知ってるか?」
「なんだそれ」
「知らねーよ」
「心理学科の二つ上、白髪でいつも帽子にグラサン、夏でも長袖着てるヤツ」
「あぁ、なんとなく、見たことあるな」
そんなの、ただの白皮症。
妖怪だなんて、幼稚すぎるよ。
どうして、そんなに、君たちは。
どうして。
「栗さん、なんか知ってるか?」
「いいや、俺は見たこと無いな」
そんな嘘。
逃げるための嘘。
彼らに知識を与えれば、そこから会話が育ってしまう。
だから逃げる。
隔壁を作る。
「で、その妖怪がどうしたんだよ」
「いや、すげえなって思ってさ」
「色が?」
「色が」
「格好が?」
「格好が」
「あぁ」
「そうだな」
そんなこと。
小学生と変わらない。
帽子長袖サングラスは、ただ日光を避けるため。
それだけなのに、それだけなのに。
それだけなのに、どうしてそんな。
そんな下らない偏見に、僕を付き合わせないでくれ。
「変だよな、白髪とか。ゴスロリみたいなもんなのか?」
「精神病とか、怖すぎね?」
一体誰が。
誰が病気に追い込むのか。
君たちは何もわかっていない。
ぺちゃくちゃ、ぺちゃくちゃ。
かりかり、かりかり。
どうして前に座っているのに。
受講を邪魔されてしまうんだ?
彼らと縁を絶ち切れば、一人の時間が増えるのに。
だけど僕には。
勇気がない。
今に始まったことじゃない。
付和雷同は、生来の癖だ。
だから。
だから、仕方ない。
かりかり、かりかり。
かりかり、かり。
教授が講義の終わりを告げる。
後ろの方から、ぞろぞろと、色素の薄い連中が、講堂の外へ、向かってく。
「はー、昼飯どうすっか」
「今から行っても混むだろう」
「断食」
「嫌だね」
「栗東、行くぞー」
「ああ、ちょっと待て」
仕方ない。
僕は普通の人間だ。
だから、僕には、そんなこと。
常軌を逸脱した行動など。
普通ではない行動なんて。
できるわけなど、無いんだから。
「そういや、アイツ」
「妖怪?」
「妖怪」
「またかよ」
「もういいよ」
「アイツ、この前倒れててさ、保健室連れていかれてた」
「なんで?」
「喘息、咳してた」
ん?
日光?
喘息?
そうか、彼女は、そうなのか。
かちゃかちゃ、かちゃかちゃ。
僕は筆記具を忙しくしまう。
彼らに急かされ、急いでしまう。
かちゃかちゃ、すた。
楽しみだ。
金曜の夜が、楽しみだ。