殉死婚
嘘をついて生きてきた女が、嘘を許さない村の因習に呑まれる――
暗闇の中で、私は目を開いた。鼻腔を刺す腐敗の臭いは、もはや不快ですらない。
ただ、そこに在るものとして受け入れられていた。あれからどれほどの時が流れたのだろう。
この腐臭の濃さからすると、四日、あるいは五日が過ぎているはずだ。不思議なことに、喉は乾かず、腹も空かない。
ただ、自分がまだ生きているという事実だけが、静かに、確実に、私を絶望へと沈めていく。
私は黒須アゲハ。大学で出会った青年を、どこぞの名家の御曹司だと知った瞬間から、十日もかからずに骨抜きにした。
その青年の名は栃川優大。まだ二十歳そこそこ。彼を思い通りに動かすのは、容易なことだった。優大は知らなかった。私にはすでに男がいることを。
鬼形了という、ヤクザまがいの男だ。了とは十歳ほど年が離れている。私は四十歳。だが、そうは見えないらしい。
誰もが年下の了を「兄貴」だと勘違いする。私は二十歳そこそこにしか見えないのだ。
私にのめり込んだ優大は、祖母に結婚の許しを得ると先走り、実家へと帰った。そして十日後、彼の家の雑用係だという弁護士が、私のもとを訪れた。
念のため、了を「兄貴」と偽って同行させた。自家用飛行機に乗せられ、山の連なりを越えた先に、その集落はあった。
まるで三国志の英雄・諸葛亮の子孫が住まうという諸葛村のように、外界と完全に隔絶され、美しく整えられた町並み。出入りは吊り橋一つ。
それが今は落ちている。空から滑走路を使わねば、村には降りられない状態だった。
村の存続が危ぶまれたとき、吊り橋を落とすのがこの村の習わしだという。何があったのかと問えば、優大が結婚を反対され、首をくくったらしい。
反対の理由は、私が偽ってきた年齢と、了という男の存在。こんな隔絶された村で、なぜそこまで知られたのか。私は冷や汗をかいた。
だが、それ以上に恐ろしい話が、私たちを待っていた。
「殉死婚をしてもらう」
その言葉の意味が、すぐには理解できなかった。
しかし、「孫と、あの世で結ばれていただく」という一言で、事態は明らかになった。
了に目を向けた瞬間、私の腰は抜け、立ち上がることすらできなくなった。村人に引きずられるようにして、崖から落とされたのだ。
「もう逃げられねぇんだから、言われた通りにするのが一番楽だぞ」
祖母の声が、恐ろしく冷たい。引きずられた先には、美しい白い大理石の墓があった。その入り口から、足が見える。聞かずともわかる。優大のものだ。
私は彼と並ぶ形で、墓の奥へと押し込められた。
そして、闇に包まれた。殉死婚は、今、始まったばかりだ。
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