さあ、懺悔なさい。って、あなたがね!
「というわけで! このミリアは悪逆非道で低俗な存在! 同じ公爵令嬢として恥いるばかりですわ!」
——ケラケラッ! ケラケラケラッ!
突如。公爵家令嬢リリアナ主催によって開かれた夜会。
これもパーティーの一つの余興だった。
嬉々としてリリアナ自身が語り始め、私を酒の肴と言わんばかりに、パーティ参加者たちは嗤い合う。
いつからか私は、彼女に目の敵にされるようになっていた。
——懺悔、懺悔、懺悔ッ!
私を悪役に見立てて、許しを乞うように迫る。
まあ事の真偽は、彼らにはどうでもいいことなのでしょう。
私に懺悔させたいがために、リリアナの憂さ晴らしのための会といって相違ない。
リリアナを支持する取り巻きたちも、私が屈服する瞬間を、今か今かと待ち望んでいるようだった。
「ほらっ! 何か言い返してみなさいよミリア! それとも事実だからぐうの音も出ないかしらッ!?」
リリアナに増長するように、再び周囲から歓声が上がる。
まあ、好き放題言ってくれますね〜。
根も葉もない話を信じる、この人たちもこの人たちですが。
「なら、お認めになられてはいかがです? さあ、懺悔なさい!」
ええ、認めますとも。
確かに私には、懺悔しなければならないことがありますわ。
「分かりました、ならお話致しましょう。ではお聞きください。私の懺悔を——」
私の懺悔——ええ、確かにありますとも。
妹が隠していたおやつのチョコレートを、こっそり盗み食いしたこととか。
他にも、お父様の書斎から無断で魔導書を読み漁ったこと。
——その結果、魔導書一冊を無駄にしてしまい、私に変な能力が身についてしまったことも。
よって、全てを明かすことと致しましょう。
「私——ミリア・クローヴァは公爵家の地位を有する令嬢にも関わらず、今日の今日まで、リリアナ・ブルーライトの悪事を見過ごしてきたことを懺悔します」
「——はぁ? 何ですって?」
素っ頓狂な声を上げるリリアナに構わず、私は話を進めていく。
「私の婚約者——ルアンに対して、私たちが婚約関係であることを知った上で言い寄られていました。まるで私への当てつけのように」
「そのような言いがかりは、やめてくださいませ。私たちは決してそのような関係ではなく——」
「ここにリリアナ殿のサイン入りで、ルアンへ宛てた手紙がありますが、お読み致しましょうか?」
「——そ、それは……!」
その瞬間。
キイっと、この場にいるルアンを睨みつけ、彼に視線を送ろうとするも、リリアナはキョロキョロと見渡すばかり。
確かに先程まで近くにいたはず。
この手紙はルアンが私に渡したのだと、リリアナはそう考えたのだろう。
しかし彼の危機察知は中々のもので、すでに私たちの見える範囲にはいなかったようだ。
「それはもうルアンに対しての濃密な愛の囁きで、拝見した私も羞恥に駆られそうになるような恥ずかしい内容ばかりでしたよ。よろしければ——」
「いえ! 結構ッ!」
不機嫌そうに顔を歪めるリリアナに対して、私は冷え切った笑みを浮かべて「冗談です!」と返す。
「別に手紙を送っただけじゃない。それの何が問題だって言うの?」
その発言も中身を見ていなかったら、そのまま同意するのだけどね。
リリアナの手紙は、婚約者のいる異性に対して送るべき内容ではなかった。
「まあ私個人の問題であれば、大事にするつもりもなかったのですがね〜」
そうそう。
元々はリリアナも、ちょっとした出来心だったのかもしれないけれど、気づいた時にはってね。
「——何よ! アンタたち!」
リリアナの前に立ち塞がるようにして、複数の令嬢が集まっていた。
「あなたが見境なく、いろいろな方へちょっかいをかけた結果です」
「はぁ〜!? 何の話! 誰よ! この人たちは!?」
「分かりませんか? まあそうですよね〜。リリアナ殿ですものね〜」
若干、挑発染みた口調ではあったが、耐性のないリリアナの沸点は急上昇。
か〜っと、顔を燃え上がらせていた。
まあ、知らないでしょうね。
敵対心を燃やしていた私以外は、彼女にとってどうでもいい存在。
どのお方も一度くらいは顔を合わせたことはあるはずですがね。
「ここにいるのは私と同じ境遇の方々。リリアナ殿の色目で、自らの婚約者を引っかけられた被害者たちですわ」
ずらずらっと、総勢十三名の被害者の皆様にお集まりいただいて、彼女らの圧にリリアナも思わず尻込む。
後先考えずに気に入ったらとりあえず手を出す、リリアナの性分が招いたわけで。
さすがに大胆過ぎましたわね。
「は、はぁ〜! 何のことだかさっぱりですわ! 言いがかりもいい加減にしてくださいませ!」
「皆様、私と同じように何かしらの証拠をお持ちになられております。手紙のような物的証拠から、密会現場の多数の目撃証言」
「そ、それが何だと言うの? 私は知らないわよ!」
「中にはリリアナ殿と夜を共にし、彼女らの追及によって、すでに認められた不貞者もいらっしゃると。全て手順に則り正式な記録として残っていますが、それでもまだ認めないと?」
「私には関係のない濡れ衣でしょう! 証拠はいくらでも捏造できる! 証言だって、ただ口裏を合わせているだけかもしれない!」
だから、認めないと。
そう言ってリリアナは強く反発した。
どう考えても身勝手で無理がある主張。
手紙一つにしても筆跡鑑定ですぐに分かり、目撃者に関しても騒動に関係のない公平な者の証言だ。
このまま彼女が抵抗したとしても、司法がどちらの意見を取り入れるかは正直、明白ではある。
子供の駄々に近い言い草で、私たちも長々とつき合う気はない。
ちょいと強引な手段を取らせていただこう。
「分かりました。リリアナ殿がそこまでおっしゃるのでしたら。では——」
「そうよ! こんなもの何のアテにもならない——」
「そうですか〜? では昨日からのリリアナ殿の行動を、お一つずつ確認していくことにしましょうか!」
「は、はい?」
「公爵令嬢というだけあって、私に負けず劣らずのお忙しい日々をお過ごしでしたようで」
そう言った後、私は息を整えてから大きく吸い込んだ。
「午前七時十分——リリアナ殿起床。
午前七時二十分——鏡台で身支度を整え、午前八時——あなたが送ったであろう手紙の返事をニヤニヤ読み耽りながら朝食。
午前十時二十八分——手紙の相手と思わしき人物と白昼堂々の面会。ですが残念ながらこのお相手の方には、婚約者はいらっしゃいませんでしたのでリリアナ殿が好意を寄せても、特に問題はございません」
「ミ、ミリア…………な、何を言って——?」
「お二人で仲睦まじく楽しまれながら、午後二時十三分——彼に急な用事ができてしまったようで、リリアナ殿は名残惜しそうにその場は解散。
午後二時三十六分——物陰で様子を見ていたリリアナ殿の侍従を呼び寄せて、何やら耳打ち。
午後三時四分——慌てた様子で駆けつけられた別の殿方の姿が。それから夕刻までお二人でお楽しみになられたようで。
午後六時四十五分——リリアナ殿ご帰宅。実に羨ましい限りの日常——尤もフリーのお相手だったらですが」
「——はっ…………!」
「話はまだ終わってません。不健全なリリアナ殿の夜はこれからです。
午後七時十二分——自室で着替えを済ませた後、食事を取り。
午後八時三十分——入浴。
午後十時五十七分——長めの入浴を済ませた後、自室で顔の手入れ。
午後十一時三十三分——就寝と思いきや、衣服を纏って外出。使用人たちにも分からないようにこっそりと。
そして翌日。つまりは今日の午前零時十分——これまでの方とは別の殿方との夜分遅くの密会。それから彼の自室で夜を明かす」
「す、全て……私の、なんで……?」
「あなたから視えたものを、お伝えしているだけですわ」
「——み、みえた……?」
ええ。手に取るように分かる。
リリアナを視るだけ情景が思い浮かび上がり、これまで彼女が何をしていたのか——なーんて、朝飯前。
「リリアナ殿がお認めなられないのでしたら、昨日密会されていた殿方に確かめましょうかね? どうもこの場にいらっしゃるようなので——」
一切の迷いなく、私は歩みを進める。
この場に集まった方々の間をすり抜けるように、軽快な足取りであっという間に辿り着いて。
「——あなたですよね? リリアナと夜を過ごされていたのは?」
「な、何のことでしょう……? 自分にはすでに、心に決めた婚約者が——」
なるほど。
リリアナの心象に出てきた通りの外見。
彼女が好意を寄せる相手って、大体傾向的には似たり寄ったりで端正な顔立ちの青年が多い印象。
名前は忘れてしまいましたが、確か子爵家の方だったとお見受けします。
「私は正直者には寛大です。先ほどから事の顛末は見ておられましたよね?」
「——な、何を…………!」
この男の反応はあからさまだ。
不意を突かれ、明らかに動揺を隠せず、しどろもどろな口調。
不貞者の代表に対して、耳元で囁くように私はこう告げる。
「正直におっしゃらないのでしたら、リリアナと同様に今度はあなたの秘密を、この場で暴露することになりますがよろしいですね?」
地を這いずるような冷徹な声色。
男が耳にした途端、顔色が一変する。
気分を害されたようで、一瞬で青白いものへと染まってしまっていた。
「——お、俺は……ミリア殿の言うように、リリアナとの密会を……繰り返しておりました…………」
男から発せられたその声には一切の覇気はなく、淡々と口にする。
最後は身に感じた恐怖からその場で崩れ去り、泡を吹きながら失神されていました。
「リリアナ殿。この男はあなたとの密会をお認めになられました。いかがなされるおつもりで?」
私は彼女の意思を尊重します。
正直、どちらでも構いません。
認めなければ、この余興が延々に続くまでのこと。
この冷え切った会場で、追加の醜態を晒されたいのでしたら是非どうぞ。
最早、周囲もリリアナの擁護をする者は誰もいなかった。
夜会の始まった当初とは、場の空気は一変し、私を敵対視していた者たちは震え上がる。
私に懺悔させようと盛り上がってたくせに。
今は次の標的にならないか、気が気でなかったようだった。
「——う、うぅ……婚約者がいると知りながら、彼に会っていました……」
しばらく無言のまま、遂には観念した様子で自白する。
リリアナは怯えていた。
誰にも知られようのない、自分だけの行動を私に明かされたことへの恐怖を、しっかりとその身で体感してくれたようだ。
最後は呆気ないもので、衛兵によって連行される際も大人しいものだった。
「やりましたわねミリア様! この度は本当にありがとうございました!」
「いえ、まだですよ——」
リリアナの敗北宣言により、この待ち望んでいた結果に令嬢たちからは歓声が上がる。
その一方で、元より私の懺悔を見るために集まっていた連中は沈黙していた。
「さてと、今ここにいる皆様方もお覚悟を——」
まだ終わっていない。
リリアナに籠絡された者へ、令嬢たちからの鉄槌を下すまでは。
「まだパーティーの余興は終わりません。リリアナとの背後関係——徹底的に洗うまではね」
私の手で、リリアナとの関係を晒し上げられたあの男。
今は婚約者によって裏に連れられ、その後どうなってしまわれたことやら。
これ以上、犠牲者が増えないことを願うばかり。
「——上手くいったかい?」
「——リリアナは連れて行かれましたよ、ルアン」
頃合いを見計らいルアンが会場内へと戻ってきた。
聞けば、私がリリアナと対峙している際、一人テラスで優雅に過ごしていたという。
だけど彼の境遇を思えば、自然と腹も立たない。
「正直、リリアナとはもう顔を合わせたくはない。手紙もこれで何通目だよ」
「それに関しては、私にも責任の一端はあります。ルアン殿には申し訳ない」
「いや、ミリアは何も悪くないよ。立場上、公爵家にはっきりと物言いできなかった俺にも問題はあった」
ルアンからは優しい言葉が返ってくる。
しかしリリアナがルアンに目をつける、そのきっかけとなったのは間違いなく私にあった。
同じ公爵令嬢として、何かと目の敵にしていた彼女が、次の標的にしたのが私の婚約者のルアン。
リリアナのルアンに対する執着心が相当なものだったのは、彼の反応を見ていてよく分かる。
彼女に付き纏われ、日々やつれていくルアンの姿は、見ていて痛々しいものだった。
「でも良かったじゃありませんか。これで悩みは解決できて」
「ああ。ようやく恐怖から解放された気分だよ」
清々しい晴々とした表情で、彼は喜びを露わにする。
「しかし、私は心配で心配で堪りませんでした! もしもリリアナの手紙によって、ルアンが惹かれることが万が一にもあったとすれば!」
「ふーん。ボクの身の潔白は、ミリア自身が当然分かってくれていると信じていたんだけどなぁ〜」
視えてるからボクの全てを知ってるくせに——
そう言わんばかりのしたり顔でルアンは見つめてくる。
互いに分かりきった話だ。
「——フフッ!」 「——ハハッ!」
我慢ならないとばかりに、二人して笑みが溢れる。
魔導書によって思わぬ形で得られた、この“透視”の力もルアンはとっくに知っていて、私の理解者でもあった。
彼の行動に不可解な点は一切なく、それどころか抑えきれないとばかりに、今も私への想いが止めどなく溢れていて。
「——ありがとうミリア……ボクを助けてくれて…………」
私の肩を抱き寄せて、ポツリとそう呟かれる。
いつも強気だと思っていたルアンが、初めて弱みを見せた瞬間だった。
私にとっては何よりも変えがたい、このご褒美に、
「——はい……これからも、何度でも……私は、ルアンの力になりますわ……!」
彼の頬に手を伸ばし微笑を浮かべながら、私は力強く宣言するのだった。
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