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「感じたことをそのままに」は嘘。作文とはフィクションだ。〜小学生の私が褒められる文章を書くようになるまで

掲載日:2026/02/19

「自殺について、思うことを書きなさい」


小学四年の夏。

社会科の先生は、そう言い放った。

額の脂を何度もぬぐい、真剣に語る彼は、個性の強い教師だった。


ある時は、

「君たちは戦争を知らない」

そう言って、中東で繰り広げられる紛争を取材したビデオを再生した。


「難民のインタビューだけ、遠目に見た上空映像だけ。日本の生ぬるいマスコミは絶対に映さない、これが本物の戦争です」

そう言って彼は私たちに、どす黒い血、爆破される建物、幼子を抱いて泣き叫ぶ女性、欠損、少年兵……目をそらさず見なさいと語りかけた。


またある時は、

「政治について討論しなさい」

ひとつの政策を示し、賛成と反対を選ばせた。

「政治について外では話してはいけない。よく言われるよね?」

しかし、それでは市民はどこで政治を議論するのか。

この場で考えてほしいと、彼は私たちにディベートを実践させた。

選んだ賛否とは反対の主張を擁護するルールは、面白い工夫だったと思う。

法案成立に賛成のグループは、法案否決を目指して主張を並べる。反対派は、なんとしても法案可決を目指すのだ。


この社会科教師について、賛否両論あるだろう。

小学四年生に行う授業として、むしろ批判の方が多いとは思う。


当時の私は、別に彼のことは好きではなかった。

けれども嫌いでもなかったと思う。


自分の意見をこんなに自由に言う人もいるんだな。

変わってるけど、なんかすごいな。


そんな風に、ある意味では……信頼のようなものもあったかもしれない。


私のクラスは、というより校風だろうか。

皆真面目で協調性が高く、授業は静かに聞いて、発表や班活動は積極的。

転勤族の家族が多く、転出・転入が多いのも理由だろうか。

転校生は馴染みやすく、クラス全体が和やかだった。


だから、当時の皆はどう思っただろうか。

「自殺したいと思ったことある? 自殺について考えたことある? 正直に書いてみなさい」

案外ほとんどが、この社会科教師の言葉を上手に受け流して過ごしていたのかもしれない。


けれども、少なくとも私は、彼の言葉を真剣に受け止めた。

そして、素直に言葉を四百字に記したのである。


数日後、

「書き直しなさい」

呼び出され、小声で原稿用紙を差し戻されたとき。

私は「裏切られた」と感じたのだ。



***

要約すると「死にたいと思うことはある。でもまだ死のうとしたことはない」ということを書いた。


薄暗い曇天の朝に、母が泣いているときに。

理不尽に叱られたときに、誰かを失望させ続けていることに。

どういう時に「死にたい」と思うのか。


バカ正直に書き並べた。


「これを読んだ人が傷ついたらどうするの。ふざけずまじめに書きなさい」

衝撃に、頭を殴られた気がした。


誰にも話したことがなかった、柔らかな心の一部分を。

この先生ならそれでも良いと、私は無意識に、受け取ってもらえると信じていた。


何も言えずに顔色を伺う私に、先生は「ああ」と気づいたようにこう言った。


「こっちは先生の方で処分しておくから。書き直しは次の授業までに出しにきて」

それだけ言うと、もうなんでもなかったかのように、彼は職員室へと戻っていった。



***

「素直に思ったことを書きなさい」

「感じた通りに言葉にしなさい」


以来、私はこの類の言葉を信じない。


「今日は合唱祭の作文です。書けた人から自習時間ね」

さあ、どう書くか。

先日のショックからしばらくして、私はおかしな方向に燃えていた。


大人たちのいう「素晴らしい作文」を、書き上げてやろうではないか、と。

時間を目一杯に使って考える。


文を、作るのだ。

自分がどう感じた、ではない。

読む相手が、どう感じるか。


好まれそうなテーマを設け、そこに向けて背景説明。

山に興味深い出来事を設置し、それに対する心温まる感想を少し。


――驚くほど褒められた。

私の作文は"お手本"として、皆の前で読み上げられた。


なんだ、簡単だった。

作文とは「文を作ること」。

"作る"のだ。


事実の提示ではなく、創作だ。フィクションである。


以来、作文、そして国語は、私の得意科目となった。



***

以下、蛇足である。


「小説読解が苦手」

「登場人物の気持ちなんて分からない」

国語のテストで、友人がよくぼやいていたが、私には少し意外に思えた。


私にとって国語の読解問題で読み解くべきは、「登場人物の心」ではなく「出題者の意図」なのだから。


解答にある解説文を読み漁り、私は出題者の意図を学んだ。

問題を作りやすそうな文脈を知り、やがて「自分ならどこに設問を作るか」という出題者の目線で文章を読む。

国語のテストが嫌いという子に、良ければ伝えてあげてほしい。


もちろん、これらは斜に構えた見方であり、素直に「登場人物の気持ちが分かる」という人も多い。

それは――素直に羨ましい。

きっと彼らは、作文で「素直な気持ち」を綴ったとしても、差し戻しされることはないのだから。


平均値である。

心に抱く感想、見方、受け止め方。

これらが平均に収まれば、なんら問題ないのだろう。


素直に思ったことを言葉にすると、受け入れてもらえないことがある。

もしかすると、その感性は、少し平均から逸脱しているのかもしれない。


あの時の作文――今ならどう書くだろう。

文を書く時、時折私は思い返してしまうのだ。


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こんにちは。 そうなんですよ。 文章を書くということは。 作文もしかり、読書感想文もしかり、レポートもしかり。 全部、読んでいる側が「いいね」と思うような文章を作成すること。 それが正解。 これに私は…
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